22話 マギア・マーザ

 三人が黒いローブに身を包んだ人物を発見したのは、幻馬種ケンタウロス達が戦っているであろう場所を目前にした木々が生い茂る場所だった。

 その人物は正体を隠す目的なのか、フードを深々と被っており、その視線は幻馬種ケンタウロス達がいるであろう方向へと向いている。

 明らかに不審人物であることは間違いない。


 充分に警戒しながら話しかけるのはヤエヤママル。

 謎の人物の背後を取っている優位性を活かし、気付かれる前に対応可能範囲内へと入る。


「アンタ、怪しいっすね。フードを脱いで両手を上げるっす。大人しく話を聞かせて貰えば悪いようにはしないっす」


 命令に従い、大人しく両手を上げる謎の人物。

 だが、フードは脱がず振り向くこともない。

 謎の人物の態度に、ヤエヤママルは「まあ、いいっす」と質問を投げかける。


「こんな所で何してたっすか?」


 緊迫した場面にも関わらず場違いなまでに、謎の人物は落ち着いた余裕ある声色で答える。


「……何をしていた、ですか。なんの変哲もない、普通の仕事ですよ」

「嘘は吐かないほうがいいっすよ!」

「いいえ、本当です。わたくしはしっかりと糾合騎士団の幹部を殺せたのか、そしてその後の請負人の体調の状態を確認しに来たのです」

「……!」


 さらりと告白される真実。

 その真実に、全員が固まる。

 なにか、良くない事が裏で起きている、それを彷彿とさせるには謎の人物の言葉は十分過ぎた。


「……どうやら、アンタは重要参考人っぽいっすね。悪いっすが、大人しく拘束されてくれると嬉しいっす。こっちは三人もいるんすから」


 謎の人物は振り向かないまま、返答する。


「三人、ですか……羅刹種オーガ獣人種ワービーストが二人……二人? いえ、片方は使い魔の様ですね」


 謎の人物は、悩んで片方を獣人種ワービーストのカテゴリーから外した。

 その判断に、獣人種ワービーストの二人は思い当たる節が無い。


「どういうことだ」


 意味を問うのはシュウ。

 その問いに、謎の人物は首を傾げる。


「貴方ですよ貴方、今喋った方です。……ですがおかしいですね。何故自分が使い魔だと認識していないのか。考えられるのは、召喚者が未熟なのか、貴方が強力過ぎるのか……もしくは両方か」

「何の話をしている!」


 こちらを置いてきぼりにした一方通行の会話。

 謎の人物は、シュウの言葉が聞こえていないかのように続ける。


「となると、命令もされていないと考えるべきでしょうか。もしくはその時が来るまで自由に泳がされているか……」

「もういいっす! 後は署で聞くっす!」


 謎の人物の言葉を遮り、ヤエヤママルが飛び掛かる。

 と、同時に閃光が迸り、三人の視界を奪う。

 視界が戻ると、謎の人物は消え、森のどこからともなく声が聞こえてきた。

 辺りを見回す三人。


『私には貴方のような者の召喚の報告は入っていません。ならば貴方は他の陣営の使い魔、つまりは敵である可能性が高い。そうなればここでの衝突は避けたい。私はここでおいとまさせて頂きます。ご無礼をどうかご容赦頂きたい。またどこかでお会いする事になるでしょう……それでは』

「ッチ! 逃げたっすか!!」


 声と共に消える気配、それは謎の人物が完全に戦線を離脱したことを意味していた。


「奴は何者だったんだ……」

「シュウが使い魔だとかどうとか、よくわからなかったですね」

「ふむ、何か重要な事の気がするんだが……」


 シュウが腕を組んで考え込んだ瞬間、遠くないどこかに魔力の高まりを感じた。

 その高エネルギーは、魔法に精通していないケイトでもはっきりと感じ取れるモノだ。

 正確には、その局地的に高まる魔力と共に、周辺のマナが薄まっていく。

 広範囲のマナを集めた何かが行われようとしている。

 シュウは頭を切り替え、その場所へと向かう。


「急ぐっす!」

「はい!」







 幻馬種ケンタウロス

 人類種ヒューマンの上半身と、馬の首から下をくっ付けた容姿をした種族。

 それはつまり、人類種ヒューマン獣人種ワービースト混合種ハイブリッドとも言える。

 獣人種ワービーストに引けを取らない速さと怪力を持ち、人類種ヒューマンの特徴である道具、武器を使用。

 さらには魔法にも精通。

 これが『最も驕心な種族』である幻馬種ケンタウロスを、驕心たらしめる所以であった。


「うおおおおおおぉ!!!!」


 グランハの村長の息子であるおたぐりが、全力で羅刹種オーガの横を走りすぎながら、その腕に持つ身の丈ほどもある巨大な剣をすくい上げるように振りぬく。

 その速力と腕力から繰り出される攻撃力は、岩をも易々と砕くほどだ。

 だが、おたぐりの手に帰ってくるのは、鋼鉄の塊でも殴りつけたのかと錯覚するような痺れ。

 痺れる手で大剣を握りしめ、皆へと号令を掛ける。


「魔法部隊、追撃!」


 おたぐりの攻撃によりその巨体を飛ばされた羅刹種オーガへと、魔法の銃弾を乱れ打つ。

 魔法を放つのは魔法を得意とする同志、数にして十名。

 魔力の出力を強化する武器、魔石を先端に固定した杖。

 杖を構える幻馬種ケンタウロスによるつるべ打ち。

 様々な属性の銃弾が、倒れた羅刹種オーガへと容赦なく襲い掛かる。

 一個人に行使する武力でないことは明らかだ。

 逃げ場の無い銃弾が地面ごと羅刹種オーガを撃ち抜き、爆発音にも似た破壊音を鳴らす。

 過剰な武力。

 十分過ぎる破壊力。


「おいおい、嘘だろ……」


 そんな銃弾の中で起こった、とても信じることのできない光景に、幻馬種ケンタウロス達は驚愕の声を上げる。

 なぜなら殺意の塊である銃弾を、羅刹種オーガは雨でも浴びるように、ただただ鬱陶しそうにしながら、立ち上がったからだ。

 ハンマーも効かない、矢も通さない、大剣も魔法も。

 如何なる攻撃も通さない強固な肌を持つ種族、それが『最も堅牢な種族』羅刹種オーガ


 鋼鉄の如き肉体を目の当たりにした幻馬種ケンタウロス達。

 だが、その目の光は消えてはいない。

 羅刹種オーガの肉体が堅牢であることの情報は得ていた。

 ならば、我らの最高攻撃力を以って打ち倒せば良いだけの事。


 散っていった友の為、必ず打ち倒す。

 その誓いの下、村の男を集め作戦を何日も掛けて練った。

 準備は万全だ。

 おたぐりは今こそ、その作戦を実行する。


「近接部隊、突撃ぃー!!」


 三十いた仲間は、既に大半が地面へと突っ伏している。

 想像以上に消耗が激しい。

 肉体的ダメージもあるが、何より精神的に疲労していた。

 攻撃の効かない屈強な肉体、村一番の戦士を葬った敵と相対する恐怖。

 その敵が狂ったように、自分達を殺すよりも先に、捕食しようと襲いかかってくる狂気の沙汰。

 幸いなのは死傷者がいない事と、作戦に必要な人材が無傷な事。


 僅かに残った近接部隊が、羅刹種オーガへと攻撃を仕掛ける。

 剣を持ち、槍を持ち、斧を持って。

 幻馬種ケンタウロスの剛腕を以て振り下ろされる武器を、羅刹種オーガは避けようともしない。

 ただ、その身に受ける。無防備に、無作為に。


「回避を優先しろ!」

「おぉう!!」


 掴みかかる羅刹種オーガへ反撃しようとした同志を制止する。

 その言葉を切っ掛けに、近接部隊である三人は羅刹種オーガの周りをぐるぐる回りながら、ヒット&アウェイへと移行。

 幻馬種ケンタウロスが武器を振るう度、金属と金属がぶつかるような音が森へ木霊した。


「遠隔部隊、弓からソマイへと切り替え! 魔法部隊、作戦発動開始!!」


 干し草を編んで作られた、長さ一メートル程の縄、その両端に拳大の石が括り付けられた道具を、遠隔部隊の残り五人が頭の上で振り回し円を描く。

 ソマイ、それは武器ではなく捕獲道具。

 羅刹種オーガの動きを封じる、勝利への一手。


「「おおおぉぉおお!!!!」」


 そして、羅刹種オーガへと向け弧状に隊列を組み、杖を斜め上へ向ける魔法部隊。

 同志の内の一人が持つ変異魔法ストレンジアーツを使い、バラバラな同志の魔力を一つへ練り上げる。

 杖の向けられる先に、幻馬種ケンタウロス八名のエナと、周囲のマナを掻き集た魔力の塊が球という形状を形作り、巨大な魔法へと成長していく。

 これこそが、勝利を決める最高威力の魔法。


「「うおおおおぉ!!」」


 ガァン!!

 槍使いが羅刹種オーガと競り合っている間に、助走をつけた剣士と斧使いが、同時に渾身の一撃を振るう。

 強烈な攻撃を受けた羅刹種オーガの体は空中へ舞い、地面へと叩きつけられる。


「今だ! 投擲ぃー!!」


 羅刹種オーガが立ち上がるのを見計らい、おたぐりが遠隔部隊へと合図を出す。

 遠隔部隊の投げる捕獲道具は、先端の石が打撃を与え、縄が四肢を拘束する。


「グオオオオォオオオォォォ!!」


 絡みついた縄を引き千切らんと、咆哮を放つ羅刹種オーガ

 拘束する縄が、僅かな破断音を立てながら少しずつほつれていく。

 羅刹種オーガが拘束を解くのは時間の問題だが、充分な時間稼ぎにはなった。


 八人でマナ吸収域を広げて生み出した集大成。

 森のマナを吸い尽くすそれに、草木は生命力を奪われ萎れていく。

 大気さえも、潤いを無くし干上がっていった。


 杖の先には、遠方からでも視認できるほどの巨大な魔力の球体が完成していた。

 まさに、全てを込めた最高の破壊力を持つ一撃。


「近接部隊退避ー!!」


  その集大成を今――


「「――マギア・マーザ」」


 羅刹種オーガへと撃ちつけた。

 全てを破壊する絶大な威力の魔法。

 マギア・マーザは着弾すると、轟音と暴風をまき散らし、幻馬種ケンタウロスを軽々と飛ばし、木々をなぎ倒し、地面を抉る。

 核である魔力が直撃した時の威力は、深さ数メートルにも及ぶクレーターができるほど。


「ぐうぅ……」


 散り散りに吹き飛んだ幻馬種ケンタウロス達が、力の入らない体に鞭を打ち這いずり仲間の安否を確認する。

 あちらこちらで呻き声が上がるが、死亡を確認した声は上がらない。


 実際に放たれたマギア・マーザを見て、おたぐりは確信する。

 いくら堅牢な肉体を持とうとも、この絶大な威力を誇る魔法に耐えられるはずがない、と。

 おたぐりはボロボロの体を引きずり、マギア・マーザの着弾地点へと足を運ぶ。

 奴の息の根を確実に止める攻撃魔法。

 存在ごと消し飛ばす気で編み出した、最高の魔法。

 体中が痛むが、どうしても破顔を抑えられない。

 この痛みこそが、生きている実感。


「我らはついに、ついに仇を討ったのだ……っ!」


 深い深いクレーターを、抑えきれない笑顔でのぞき込む。

 のぞき込んだ瞬間――


「なん……だと……」


 その笑顔が絶望へと塗り替わった。

 そこにいたのは、大の字で天を仰ぐ羅刹種オーガ

 体表は焼け焦げ、傷付き無傷ではない。

 だが、それではマギア・マーザの威力と釣り合わない。

 重症程度の傷。


「いてぇ……」


 羅刹種オーガはぐらつく体を支え、何度も倒れそうになりながら、ゆっくりとその体を起こした。

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