21話 漆黒の羅刹

 ――――――――――――――――――――――――――


「いたぞ! 人喰い鬼だ!」


 幻馬種ケンタウロスの一人が指を指して声を上げる。

 その声を元に集結する同志達。

 場所は森の中の開けた草原。

 幻馬種ケンタウロスの声に、座ったまま振り返るのは漆黒の鬼。

 口元を赤黒く染めるのは、鬼の前で無残に喰い殺された魔獣の血。

 鬼はにたりと笑ってゆっくり立ち上がった。


 大兵肥満の鬼の体表は、漆を塗った甲冑のようで、艶やかさと堅牢さを象徴していた。

 その額には、天を指すように生えている二本の角。

 湾曲した角は根元が薄く広がっていて、その先で急激に細くなり先端で三又に分かれている。


 鬼の前に幻馬種ケンタウロスの青年が躍り出て、声高々に名乗りを上げる。


「やぁやぁ、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは、グランハの村長が長男、おたぐりなりぃ! 貴様の度重なる悪行、もはやそこまでと知れ! 今こそ我等が同胞、ユッケの仇討たせてもらう!」

「――グオオオオォォォ!!!!」


 大地を震わせる鬼の咆哮。

 身構える幻馬種ケンタウロス達に、おたぐりが号令を掛ける。


「怯むな! 奴を打ち倒せ!」

「「ウオオオォォ!!」」


 突撃するのは武器を掲げ、斧や木槌、大剣を携えた者達。

 その後ろから、弓を構える者たちが矢を放つ。

 鬼もまた叫びながら、幻馬種ケンタウロスの一人に飛び掛かった。

 突然の事に、虚をつかれた幻馬種ケンタウロスはその攻撃を許してしまう。

 幻馬種ケンタウロスの体にしがみ付いた鬼は、その牙を首元へと突き立てる。

 痛みに暴れまわる幻馬種ケンタウロスだが、鬼は引き離されることなく首元の肉を引き千切り、ぐちゃりぐちゃりと汚らしい音を立ててその肉を味わう。


「うわあああぁ!!」

「あいつ、生きたまま喰ってやがる……」


 目の前の異様な光景を目にして、恐怖に身を固める男達。


「動くな!」


 瞬間、一人の幻馬種ケンタウロスが走り出て木槌で鬼の頭を殴りつけ引き離す。

 殴り飛ばされた鬼は、地面を何度もバウンドし砂埃を巻き上げる。

 そして、追撃する矢の雨が鬼へと降り注ぐ。


「やったか!?」


 息を呑む幻馬種ケンタウロス達。

 だが目に映るのは、砂埃の中でゆったりと立ち上がる漆黒の羅刹。


 ――地獄はまだ、始まったばかりだった。







 ――――――――――――――――――――――――――


 時を同じくして、シュウとケイトの二人も鬼と遭遇していた。

 木に向かってしゃがみ込む無防備な鬼。

 黒漆を塗っているような艶のある肌、微かに覗く額から生える上向きの湾曲した角。

 二本の角は芯は通っているが、中腹と先端に歯の様に内側に突起がある。


 シュウは油断は禁物だと自分に言い聞かせる。

 奴は、糾合騎士団のNo.8『不屈の戦車アフティピトス・チャリオット』を葬っているのだ。

 今やその実力を知ることはできないが、実力者だったことは間違いない。


 近くの木に身を潜めながら様子を伺う。

 背後からでは分からないが、なにやら地面を弄っているようだ。


「奴が……人喰い鬼……」

「はい、間違いないでしょう。鬼と呼ばれるのは黒い皮膚と角を持つ人型の種族、羅刹種オーガを除いて他にはあり得ません」


 ケイトの回答に、シュウは木陰から身を晒す。


「そうか、ならば先手必勝だな、嵐よ撃ち抜け、スィエラ・ボリヴァス!」


 シュウは嵐の弾丸を鬼へと乱れ打つ。

 嵐の弾丸は土を削り、木を木っ端へと変え、目の前の物という物を破壊していく。


「やったか?」


 命中した感触を確かに感じ、土煙が晴れるのを待つ。

 この状況でシュウの長年の感が、事の呆気無さの違和感を告げる。

 そして、その違和感は間違っていなかった。


「なんスかなんスか! いきなり!」

「無傷……だと?」


 突然起こったでき事に、慌てふためく漆黒の羅刹。

 だが、その肌には傷一つ付いてはいなかった。

 そして羅刹種オーガは、急襲した犯人。

 灰色の猫耳幼女と、その後ろに控える兎耳少女を発見して言う。


「いきなり何するんスかアンタ達」

「鬼退治だ」


 退治すべき対象へ堂々と言い放つシュウ。

 それは宣戦布告とも言える。

 だがしかし、対する羅刹種オーガの対応は予想外のものだった。


「え! もしかして人喰い鬼っスか!? 奇遇っスね! 自分もっス!」

「そうです! 覚悟してください! ……え?」


 仲間を見つけて嬉々とする鬼。

 敵を見つけたが困惑する二人。


「アンタ達、人喰い鬼を倒しに来たんっすスよね?」

「ああそうだ、だからここでお前を倒す」

「よし、力を合わせる……っス? はっ!? もしかして自分の事を言ってるっスか!?」

「他に誰がいる? ここにいる鬼はお前だけだ」


 シュウの言葉で、意見の食い違いに気付く羅刹種オーガ


「落ち着くっス! 自分も人喰い鬼を退治しに来たっス!」

「嘘を吐くな、同じ羅刹種オーガを退治する訳がないだろ。第一、そうやって油断させて襲う気だろう? 大方、『不屈の戦車アフティピトス・チャリオット』も油断して背後からやられたのかも知れん」

「あーもう! 違うっスよ! どうして信じてくれないんスか!?」


 頑なに信じようとしない猫耳幼女に、焦りを隠せない羅刹種オーガの青年。

 そこで、後ろの兎耳少女へと説得を要求する。


「そこの兎耳のねーちゃん! アンタなら分かってくれるっスよね!?」

「えと……ごめんなさい」

「あああああああああぁぁ!!」


 ケイトの無慈悲な言葉に、羅刹種オーガの青年は頭を抱え天を仰ぐ。


「なぁケイト、あれ攻撃してもいいよな?」

「ど、どうでしょうか? 少し様子を見てみては?」

「どうすればどうすれば……」


 右往左往してどう釈明すれば納得するのか、考えを巡らせる漆黒の羅刹。

 そこには人喰い鬼などという、仰々しい呼び名は似合わない、ただの鬼の青年がいた。


「あっ!」


 狼狽していた羅刹種オーガの青年だが、何かを思い出したように、腰にぶら下げた麻布の袋を漁り、ある物を取り出す。

 それは――


「これを見るっス!」

「それは……糾合騎士団の手帳!」


 予想だにしなかった物の登場に、思わず声を上げるケイト。

 羅刹種オーガの青年が取り出したのは、黒い皮の手帳。

すなわち、糾合騎士団の団員であることを証明する身分証明証だった。

 羅刹種オーガの青年は、手帳を開いて見せつける。


「自分、ヤエヤママルって言うっス! 称号は『地獄の回転台ヘルスロット』っス!! これで信じてくれるっスよね!?」

 

 銀のエンブレムに描かれるのは、角の生えたドクロマークが横一列に揃ったスロット台。


「確かに糾合騎士団のもののようだ」

「なんだ、そうだったんですね」

「はぁ……やっと信じて貰えたっス……」


 ようやく誤解が晴れたことに安堵するヤエヤママル。

 それでも、新たな疑問が出てくるのは当然だった。


「なぜ、同じ種族である羅刹種オーガが鬼退治に来ている?」

「それは悠依崎さんの命令っス」


 ヤエヤママルは隠し立てする様子もなく、素直に理由を話す。

 これに対しケイトが、疑問を投げかける。


「それは、目には目を、歯には歯を、羅刹種オーガには羅刹種オーガという事でしょうか?」

「そうとも言えるっスけど、ちょっと違うっス。正確には縄張り争いに勝って、人喰い鬼を追い出すのがメイン目標っス」

「メイン目標?」

「そ、メイン目標っス。サブ目標はステルスミッションっスね。幻馬種ケンタウロスはプライドが高いっスから、他人に助けられるのを嫌うんス……ま、それはできたらで良いって言われてるっスけどね」


 なるほど、と納得するシュウ。

 ここでヤエヤママルからの質問が来る。


「二人はなんで鬼退治を? 仕事……って訳じゃなさそーっスね」


 経緯を説明するケイト。

 

「食料を貰おうとグランハに寄ったんですけど、人喰い鬼の件で大騒ぎになっていまして、女性陣は救援を希望なさいましたので鬼退治の手伝いをしようかと」

「……とても力になれるとは思えないっスけど」


 ヤエヤママルは、二人を品定めするように観察して評価する。


「これでも糾合騎士団の団員なんですよ? ……シュウが」

「え? ……兎耳のねーちゃんじゃなくて、こっちのちびっ子がっスか!?」


 目を伏せてシュウを見るケイトに、ヤエヤママルは驚く。


「ああ、これでもな」


 シュウは、自分の身分証明証をヤエヤママルへ見せる。


「『白銀の幻日』ヒナタ・シュウだ」

「あっ、ケイト・ルナ・クレシエンテです」


 自己紹介を忘れていた事に気付いたケイトが、慌ててシュウに引き続いて名前を教える。


「ヒナタにケイトっスね。よろしくっス」

「よろしくお願いします」

「よろしく頼む、ヤヤマル」

「ヤヤマル!?」


 突然略称で名前を呼ばれたヤエヤママル。

 当然反論する。


「ヤヤマルって自分の事っスか!? 嫌っスよ! なんか及第点みたいな名前じゃないっスか!」

「ヤエヤママルは言いづらい、ヤヤマルでいいだろう」

「そうっスか!? そんな事無いっすスね! 絶対面倒なだけっスよね!?」


 ドォン!!

 その時、轟音が森に響く。

 それが暗示するのは戦闘の激化。


「あっちからだ、急ぐぞヤヤマル!」

「あーもう! 仕方ないっスね!」

「待ってくださいー!」


 率先して走り出すシュウの背中を追いかける二人。

 三人は、同じ目的の為に森を疾走する。

 そこにあるのは地獄で。

 そこにいるのは地獄の住人で。

 そこがシュウにとって地獄の一丁目で。


 それはまだ、三人は知る由もない。

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