20話 最も驕心な種族

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「シュウ~、ここで休憩しませんか」

「ああ」


 森精種エルフの街、シュプレムを旅立ってから早や二日が経過。

 アルカからシュプレムまでの道中を含めると、既に七日を過ぎている。

 シエルの家でゆっくりと休息を取ったとはいえ、二人の疲労は度外視できないほどに蓄積していた。

 今や最初のペースで進むことはできない。

 周りに木々が生い茂る一本道、その端にケイトは自分のバックパックを下ろす。


「シュウー、水を飲ませてください~」

「ああ、待ってろ今飲ませてやる」


 ケイトのバックパックから銀の水筒を取り出し、お願いするケイトに水を飲ませる。

 水を飲んだケイトは、生き返ったように元気を取り戻す。


「プハァ……お腹も空きましたし、どうせならここで食事にしましょうか」

「…………」


 反応がないシュウに、ケイトが小首を傾げる。


「どうかしました?」

「……がもう……い」

「なんです?」

「食料がもう無い!」


 突然声を上げるシュウ。

 ケイトはいきなりの発言に思考が追いつかない。


「……え?」

「食料は全て食べてしまったと言っている!」

「ちょちょちょっと待ってください、食料は確か五日分ありますよね、それを二日で全部食べたって言ってます?」


 シュウは、自分のバックパックの中を見せつける。

 その中身の食料という食料は失われていた。

 それを見て、絶望に打ちひしがれるケイト。


「……ここからルチオンまでどれだけ急いでも、後三日は掛かりますし、私の分を二人で分けたとして一日と半分ほど我慢しないといけないですね……」

「すまん、食欲を抑えきれなかった」

「育ち盛りですもんね……仕方ないですよ、それを考慮していなかった私にも落ち度があります」


 どうしたものかと、考え込むケイト。

 一日と半分、別段命に係わるほどではないが、自分はいいとしてシュウが心配だ。

 こんな子供に我慢を強いて良いのだろうか。

 そして、ある結論に至る。


「そういえば! 道は少し外れますけど、この近くに小さな集落があるはずです。獣人種ワービーストと友好関係を築いている種族ですし、少し食料を分けてもらいましょう!」







 ――――――――――――――――――――――――――


「あ、見えました。ここですね」


 茨道を進んだ先にあったのは、木で作られた門と柵に囲われた小さな村。

 門は外敵を拒む構造にはなっておらず、領地を象徴するのみの物だった。

 この小さな村に足を踏み入れようとして、何やら村の中が騒がしいことに気付く。


「どうしたんでしょう?」

「さあな……祭でもやっているんじゃないか?」


 村の中に進み入ると、広場に人だかりができているのが見えた。

 数にして三十人程。


「あれは……幻馬種ケンタウロスか?」

「そのようですね」


 そこにいたのは、上半身は裸の人間種ヒューマン、下半身が馬の種族だった。

 だが、不可解なことに集まっている者全員が、剣や斧、弓を携え、頭に被っているのは馬の頭を模した鉄製兜。

 さらには、集まっている者達は全員が男のようだ。

 距離を置いて、麻の服を着た女性と子供の幻馬種ケンタウロス達がその様子を見守っている。


 集団を見守る幻馬種ケンタウロスの中年女性へ駆け寄るケイト。

 シュウは、その後を追いかける。


「なにかあったんですか?」

「人喰い鬼が出たのさ」

「……人喰い鬼ですか」


 人喰い鬼、物騒な響きだ。

 女性は言葉を噛み締めながら続ける。


「ああ~、恐ろしい……ここ数日で何人も犠牲になっちまってる。なんの用事か知らんが、こんな時に来ちまうとは運が悪い」

「私達ルチオンに向かって旅をしているのですが、食料を切らしてしまって、こちらで買えないかと寄ったんです」


 目的を話すケイトに、女性は驚きを示す。


「へえ! ルチオンにねぇ、若いのに偉いこって。食べ物くらいいくらでもあげるけど、今村を離れるのはおすすめしないねぇ」


 女性の答えに、ケイトはシュウへと対応を求め視線を移す。


「だ、そうですよ。どうしましょう?」

「どうするもこうするも、食料を頂けるのならばありがたい。食料を頂いてさっさと旅路を急ぐしかあるまい」


 当然のように、我関せずを公言するシュウ。

 しかし、それにケイトは異議を唱える。


「助けないんですか? 死人が出ているんですよ!? それも私達獣人種ワービーストと友好関係にある幻馬種ケンタウロスが!」

「それがどうかしたか? オレ達の目的には関係ない。自分達の身を自分達で守れないようでは、いずれまた繰り返す」


 冷酷なシュウの言葉に、ケイトは気を落とす。


「それはそうかも知れませんが……私は目の前で事件が起きているのに、力になれるかも知れないのに、なにもしないなんて……我儘を言っているのは分かっています。自分が戦えないことも。それでも私は、彼らの事が心配です!」

「……そうは言うが、村の男が総出のようだし、案外何事もなく済むと思うぞ?」


 ケイトの言葉に、信念にシュウは気圧される。

 これに同意するのは、幻馬種ケンタウロスの女性。


「そうさね、村の男衆総出で退治に向かうんだ、鬼の一匹がなんだい。それにお嬢ちゃん達に助けられたとあっちゃあ、幻馬種ケンタウロスの名折れさね」


 幻馬種ケンタウロス

 ケイトの父親曰く、『最も驕心な種族』。

 非常に誇り高く、騎士道や武士道に近しい心意気を持った種族。

 礼節を重んじ、義を尽くし、名誉の為に戦う。


 でも……と、幻馬種ケンタウロスの女性が続ける。


「村一番の戦士のユッケが、独りで立ち向かって返り討ちにあったんさ。それが少し心配だねぇ……」

 

 不安気な女性をケイトが励ます。


「ご、ごめんなさい! 不安にさせるつもりじゃ……きっと大丈夫ですよ! そのユッケって人も調子が悪かったのかも」

「ユッケが、自分の体の調子も考えないヘマやらかすかい。ユッケは糾合騎士団のNo.8で『不屈の戦車アフティピトス・チャリオット』なんて呼ばれてるのにさ」


 明かされる事実。

 糾合騎士団の幹部クラスが負けた。

 その事実は重い。


 その時、男衆の中心にいた青年が、武器を掲げ大声で叫ぶ。


「準備は整った! 義を尽くした我等が同胞ユッケ、彼の死を無駄にしてはいけない! 今こそ我等が同胞達を喰らう鬼に、裁きの鉄槌を与えん!」

「「ウオオオオォォ!!」」


 青年に続き、男衆も武器を天高く掲げ雄叫びを上げる。

 そして列を作り、村の外へと走り出す男衆。


「……行っちゃいましたね。さっき言ってましたけど、糾合騎士団の幹部ともなれば、糾合騎士団も黙っていないのでは? それこそ救援とか着そうなものですが」

「援軍は断ったよ」

「えっ?」


 理解不能な行動にケイトが驚きの声を上げる。

 「どうしてですか?」その言葉が出る前に、女性は悲しそうに言う。


「男衆がね……私達女衆も誇り高い幻馬種ケンタウロスとして、援軍は要らないと思ってるさ。でもさ、少し、ほんの少し後悔してるんさ。誇りの為に、無駄に人が死ぬのを良しとしていいのか」

「それでは、今からでも援軍が間に合うなら、支援を希望しますか?」


 女性の言葉に、ケイトは笑顔を見せて言う。

 シュウは、その笑顔の意味を知っていた。

 その言葉の意味を知っていた。


「ああそうさね、今更援軍が間に合うとは思わないけど、男衆の反対を押し切って呼んでいれば良かったと思うね」

「皆さんも、援軍をお望みでしょうか?」


 ケイトが、残った他の幻馬種ケンタウロスへと呼びかける。


「当たり前だよ! 馬鹿な男衆が心配でならないね!」

「援軍があったほうが良いに決まってるわ!」

「お父さん死なないよね!?」


 支援を望む声に、シエルは満足気に頷く。


「それではシュウ! 援軍に向かいましょう!」

「はあ……やれやれ、やはりこうなってしまったか。本当に優しいな、ケイトは。まあ、強敵と戦えると思えば案外悪くないのかも知れんが」


 急かす兎耳少女に、煩わしそうにしながらも、歩を進める猫耳幼女。

 村の外に出ようとする二人に、先ほどまで話していた女性が声を掛ける。


「お嬢ちゃん達は一体何者なんだい?」


 その問いに、二人は答える。

 兎耳少女は誇らしげに、猫耳幼女は億劫そうに黒い手帳を見せて。


「糾合騎士団団員!」

「『白銀の幻日』だ」

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