ガールズトークしてもイイですか?
「だぁ〜〜っはっはっは〜っ! 私と、南雲先生が不倫〜? 何それ? マジ受けるんですけどーっ! 無いわ〜、無い無いっ! ありえないからっ!」
柊ケイコは床をバンバン叩いて、笑った。「こっちは本気で心配していたのに、そこまで笑わなくていいじゃない」とエリカは拗ねるように思う。
二人は、横並びでベッドを背もたれにして、エリカの寝室のカーペットに座っていた。二人共、ダイニングに繋がる扉に向けて足を放り出している。手元には、マコトが気を効かせて買ってきてくれた二人分の缶チューハイとスナック菓子がある。
ガールズトークの時間だ。
「女の子同士の込み入った話があるんだから、男子は出ていってなさい」
とマコトは柊ケイコにより理不尽にもダイニング・キッチンに締め出されていた。ちなみに、柊ケイコが飲んでいる缶チューハイは、そもそもマコトが自分のために買ってきた分だった。マコトは基本的にケイコの言うことには絶対服従なのである。マコトはケイコに喜んでその缶チューハイを差し出していた。惚れた男の弱みだろうか。
スナック菓子を摘みながら、二人は女の子同士の話題に花を咲かせていた。よく考えたら、こうやって、ケイコとゆっくり話すのは一ヶ月以上振りな気がする。
「そっかぁ〜。エリカは、そんなことを心配してくれてたんだ〜。エリカ、真面目だし、不倫とか嫌いだもんね〜」
ケイコは缶チューハイの飲み口を唇から離すと、独り言のように漏らした。エリカはコクコクと頷く。
「私も、ケイコが、そんな国際会議の事務局しているなんて、思ってもいなかったから……、恥ずかしい勘違いしてゴメンね」
エリカが謝ると、ケイコは首を左右に振って
「私も、言えてなくてゴメン。南雲先生から伝わってるもんだとばっかり、勝手に思いこんでたのかも〜」
と謝り返した。
そして、ケイコは身体を傾けて自分の頭を、エリカの頭にコツンと当てた。
「じゃあ、事実確認しちゃっていい?」
エリカが悪戯っぽく言う。
「どうぞ」
ケイコは冗談っぽく、エリカに敬礼をしてみせた。
「今日、夜にやっていた『打ち合わせ』って?」
「さっき言っていた国際会議の打ち合わせ。ヨーロッパとテレビ会議で繋ぐから、時差の関係で、どうしても遅い時間になっちゃうんだよね」
確かに、今日の全員発表会が終わって帰る時に、ケイコは、南雲先生を「迎えに来た」と言っていたし、「これから打ち合わせ」だと言っていた。思い出してみると、ケイコの言っていたことが、そのまま事実だったというだけの話しだ。相当、
結局、そういう意味では、エリカが捻くれていただけなのだ。顔から火が出るほど恥ずかしい。
「えっと、じゃあ、クリスマス前に、南雲先生の部屋に居たのって?」
「もちろん、その国際会議の相談だよ? 特に、次の日に会場の下見に行くことになってたから、そのポイントとか、予算の確認とかもあったし〜」
事務局を手伝っているという話を聞いた後であれば、その説明も納得が行く。あの日だって、ケイコははっきりと「相談があった」と言っていた。それが国際会議の相談だったのだろう。
自分はなんと、穿ったものの見方をしていたのだろうか。恥ずかしさに頭を抱えたくなる。
「じゃあ、その次の日の夜、二人でホテルに居たのは……?」
「もちろん会場の下見。国際会議期間中にある、ソーシャルディナーで、あそこのレストランを使おうって話になってたから。正直、ホテルのディナーを国際会議の経費で奢ってもらえたのは、かなり役得だったわねー。それと、あと、来賓の方の客室の下見とか? ……って、なんでエリカがそれ知ってんの? 私、言ったっけ?」
ケイコは不思議そうにエリカの顔を見た。ここまで来たら、恥ずかしいことも、全部、洗いざらい喋っちゃおうと決めた。
エリカは首を左右に「ううん」と振って自分の素行を白状した。
「あの日ね。私、家族で、あのホテルにご飯を食べに行ってたの。そうしたら、偶然、南雲先生とケイコがレストランから出て来るの見ちゃって。ちょっと、ビックリして、後を追いかけちゃったの。そうしたら、客室階に消えていくもんだから、……なんだか、ショックで、何が何だか分からなくなっちゃって」
そう言うと、エリカは自分の足を手繰り寄せ、三角座りの姿勢を作る。顎を膝の上に乗せた。なんだか、自分一人で、随分と長い間、空回りしていたみたいだ。
「あー、あそこを見られてたのか〜。確かに、紛らわしいわね。ごめんね」
そう言って、ケイコはちらりと舌を出した。
「下見……、本当は、藤村先生も来るはずだったんだけど、何だか急用とかで、ドタキャンされちゃって……。実行委員長なのにね。南雲先生と男女カップルで二人だと、何だか気まずいし、誰かに見られたら誤解されちゃうかもしれないし、延期しようかって話もあったんだけど……。あの後、クリスマスにお正月でしょ? 日程を変えて予約なんて取れなくって。じゃあ、もう、二人で行ってしまえっ! ってなったわけ」
経緯を聞いて、エリカはちょっと安心した。南雲先生は、やっぱり、女子学生と二人でホテルのレストランで食事することに関しては、抵抗を示されていたんだ。でも、仕事だし、背に腹は変えられず、止むを得ず、ということだったのだろう。
「でも、なんで、私が、南雲先生と付き合ってるなんて、誤解するかな〜?」
ケイコは缶チューハイを片手に、天井を見上げる。ケイコには全然、身に覚えがないらしい。
「ケイコが言ったんじゃん。カフェで話してた時も『不倫も、愛さえあれば大丈夫』とか言ってたし。それで、その後も、ケイコが南雲先生のこと『本気になっちゃおうかな〜』とか言ってたんだよ……?」
三角座りのまま、エリカはくいっとケイコの方を見て、唇を突き出しながらジト目で睨む。「そんなこと言うから、本気にしちゃったんだからね」と、ケイコの責任を追求しようとする。
そんなエリカに、ケイコは天井を見上げたまま「あぁ、そのことか」と、独り言ちた。そして、ケイコは視線を下ろすと、真っ直ぐ前を見て話を続けた。
「あれはね……。エリカを牽制しようとしたのよ」
ケイコの横顔は大人びて綺麗だ。黒い髪が綺麗に肩に流れている。
「牽制?」
確認するように言葉を繰り返すエリカに、ケイコはコクリと頷く。
「だって、エリカが、明らかに南雲先生に惹かれていっているみたいだったから。私が接近しようとしてるとか言ったら、それが不倫だってことに客観的に気付くだろうし、冷静になれるんじゃないかな〜、……とか思って」
エリカは思わぬケイコの言葉に、この大人びた女性の思わぬ思慮深さを見た気がした。「でも、それが逆効果になっちゃったのかもしれないね。ゴメンね」と、親友は少し苦笑いを浮かべた。エリカは「ううん、こっちこそゴメン」と首を振る。
「でも、エリカ、……もうかなり重症みたいだね」
ケイコはエリカの方を向いて、心配そうな表情を浮かべた。
「うん……重症みたい」
エリカもケイコの方に向く。お互いの顔が近すぎて、なんだか笑えてくる。
「『妻子持ち』を好きになっちゃうと、いろいろ辛いわよ〜。覚悟しなさいよ〜」
ケイコが更に顔を近づけてくる。おでこがエリカのおでこに当たった。
「分かってる。でも、私、奥さんから奪おうとか、そういうのんじゃないから。私は、私なりのカタチで、先生と仲良くしていくの」
エリカもおでこをケイコのおでこに押し当てて押し返す。
二人はなんだか可笑しくなって、おでこを離して笑った。
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