本当の気持ちに気づいてもイイですか?
上村純子は何も口を挟まずに下吹越エリカの話をきちんと聞いてくれた。
エリカは夏の終わりに「エロラノベ作家」である既婚男性に出会ったこと。そして、そこから彼と少しずつ仲良くなったこと。その相手を自分の親友が好きになったということ。そして、その二人が自分に隠れたところで会っていたこと。自分が二人の友人ともに不倫はしてほしくないと思っているということ。そのことで思い悩んでいること。
ただ、南雲仙太郎と未恋川騎士の秘密は守らないといけない。つまり、「エロラノベ同盟」の盟約はきちんと守らないといけない。そういうこともあり、その作家が自分の卒業論文の指導教員であるということは伏せておいた。なんとか「年上で卒業論文のテーマに関して的確なアドバイスをくれる人」という説明で辻褄を合わせた。一応、個人情報的に
「……とまあ、そんな感じで、私の知らないところで二人で会っていたって話。彼女も色々と恋多き女の子なんだけど、私の知ってる限り、これまで不倫ってことは無かったし、その男性も基本的にはすごく真面目で誠実なタイプだから不倫ていうのは似合わないと思うの」
そう言って溜息をつくと、下吹越エリカは「どう思う?」と、上村純子に意見を求めた。
上村純子はこの上なく困った顔で、おでこの下で眉を寄せた。そして、右手人差し指を眉の間に出来た皺に当てると「んんん〜」と唸った。
「確認だけどエリカ……、これって『友達関係』についての相談ってことなのよね?」
純子の確認に、エリカは「そうよ」と頷く。
「これは、エリカの『恋愛関係』についての相談じゃないってことで良いのね?」
純子は重ねて確認する。エリカは頷く。
「もちろんそうよ。私の友達が、妻子ある人を好きになっちゃって、その男性の方まで傾き出しちゃったみたいだから、どうしようって話。私自身も、その間、二人から全然そういう話を聞いてなくて、置いていかれているみたいで寂しいってのもあるけど」
そう自分で状況を確認するように言うと、エリカはうんうんと頷いた。
上村純子は一つ大きな溜息を漏らすと、店員さんを呼び「すみませーん、お兄さん! 日本酒熱燗一本! なるはやで〜!」と、お酒の追加を注文した。
「あれ? 純子、もうソフトドリンクに切り替えたんじゃ無かったの?」
エリカは純子の手元にある、ほぼ空になったジャスミンティーを指差す。純子は左肘をついてエリカの顔を下から覗き込む。
「これは、飲まなきゃやってられないわよ」
「え? ……そう?」
「ええ……。エリカ……、あなた相当の『重症』よ……」
純子はエリカの顔をじっと見た。そして、「はぁ〜」と大きく溜息をつくと、エリカの目をじっと見つめて、続けた。
「エリカ……、あなた、その彼の事が好きなのよ。大好きなのよ。多分……恋してるのよ」
「……わ、私はそんなつもりじゃ」
ビックリしてエリカは顔を赤らめる。
「つもりも何もあったもんじゃないし、既婚者だからって気持ちにブレーキを掛けてるのも分かるけど、現実を取り違えてたら、向き合うことも出来ないわよ?」
「……でも、先生には奥さんもお子さんもおられるし」
「先生?」
眉の端を上げる純子に、エリカは「あ、しまった」と気付く。
「……あ、えっと、アドバイスでいろいろ教えてくれる人だから、ニックネームで『先生』……みたいな?」
苦し紛れに誤魔化したが、純子は素直に「あ〜、そういうこと」と納得してくれたようだった。
「エリカ。その先生に奥さんやお子さんがいることは現実だけど、彼の側の話であって、エリカの気持ちの話じゃないでしょ?」
「……そうだけど。……でも、私にとって先生はあくまで、先生であって、恋愛対象では無いって言うか……」
困った顔で拗ねたようにカクテルを飲むエリカに、純子は改めて溜息を吐いた。
「じゃあ、エリカ、これから私が八つほど質問を出します。その質問にYESかNOで答えてください。直感でよろしくね」
突然の純子の質問タイム宣言に、何のことか分からぬままにエリカはコクリと頷いた。
「第一問。エリカはその先生の部屋に毎日でも行ってお喋りしたいと思いますか?」
「う〜ん。YESかなぁ、居心地いいし、WiFiもあるし、紅茶もあるし、先生面白いし」
「……第二問。先生は完璧な人じゃなくて、面白い人、ユニークな人だと思っていますか?」
「あ、それはYES。先生は尊敬できる人だけど、完璧からは程遠いわ」
「第三問。先生と一緒にいる時に、自分が自分らしくいられると思いますか?」
「う〜ん。YESかなぁ。先生といて窮屈な思いをすることは、まったく無いわ」
「第四問。先生のために何かをしてあげたいと思いますか?」
「それも、YESかなぁ。私にできることは少ないけど……。あ、時々、先生の部屋でコーヒー入れてあげたり、紅茶入れてあげたりはしてるけどね」
「……第五問。先生はあなたを笑わせてくれますか?」
「はい。YES。それは即答。……先生、面白いし。もはや、存在自体が面白い」
エリカはふと、自分が上方カリエとして「なりうぇぶ」に書いているエッセイの事を思い出した。もともと想定していたよりも、ずっと多くのブックマークがついて、感想でも「面白い」と言ってもらえている。でも、それは先生という人間の面白さなんだと、エリカ自身は思っている。
「第六問。先生と一緒に居て楽しかった時のことを考えてください」
純子に言われて、エリカは先生と一緒にいて楽しかった時のことを思い出した。
それは、教授室で自分が入れた紅茶でティータイムを取りながら下らない話をしたり、研究の内容について教えてもらっている時間だった。それは、安くてお腹いっぱいになる中華料理の店「餃子の大将軍」で晩御飯を食べながら先生のエロラノベ論を聞いていた時間だった。それは、先生がソファで寝てしまっていた時に、先生の顔をずっと眺めていた時間だった。それは、編集の矢萩洋子さんと三人で「
「……それらは、大きなイベントや、ロマンチックな出来事ではなくて、日常の中の些細な出来事でしたか?」
「……YES」
「第七問。自分の弱みをや美しくない部分を、先生に見せられますか?」
「ん〜……。やっぱり、YESかなぁ。私の方が、先生の変な部分いっぱい見ちゃってるし。それに、元々、私、先生の前でも弱いし美しくもないから、多分、大丈夫だと思う」
上村純子は穏やかな笑顔を浮かべると「じゃあ、最後の質問ね」といって、第八問を投げかけた。
「第八問。先生を街中で見つけるだけで、自分の顔がほころんだり、ちょっと気分が盛り上がったりしますか? また、先生のことを考えると、ついついニヤけちゃったりしますか?」
エリカは大学で先生を見かけた時の事を思い出してみる。確かに、何だか楽しい気分になり、どう声をかけようかとか考えてしまう。
今、先生が一人でいるとして、何をしているか考えてみよう。きっと、一人なら、休日の時間を使って「
「……それも、YESかもしれない」
エリカは両膝に握り拳を押し当てながら、最後の質問にもYESで答えた。
上村純子は左肘をついて、エリカの顔を優しく覗き込む。
「結局、全部YESだったわね」
「……うん」
「これ、何の質問集だったか分かる?」
「……うん。……なんとなく」
下吹越エリカは下唇を突き出して、小さく首を縦に振った。なんだか、もう、認めないと駄目みたいだ。
「これは八問とも、相手に恋に落ちていればYESになる。そんな、恋愛診断テストなのよ。……百点満点の下吹越エリカさん」
そう心配そうに、でも、優しい声で、上村純子は言い、下吹越エリカの髪を優しく撫でた。
エリカは何故だか、両方の瞼から涙が溢れだすのを止めることが出来なかった。
同窓会の片隅で、周りに心配されないように、気を使いながらも、エリカは小さな嗚咽を漏らした。上村純子はそんな旧友の肩をそっと抱き「よしよし」と耳元で囁いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます