第十一章 休日の喫茶店にて

冬の休日にイイですか?

 十二月にしては日差しの暖かい日曜日だった。風は冷たいが、コートでそれを防いでしまえば、頬に当たる日差しがホカホカと冬の心を柔らかくほぐしてくれる。


 駅前のショッピングモールの中は、もうクリスマスシーズンの粧いだ。沢山のカップルやファミリ-、また、プレゼントを探す若者達がモールの広い敷地の中を行き交っていた。二週間後に迫ったクリスマスイブ、そして年の瀬に向けて、その空間には十二月ならでは雰囲気が立ち込めていた。


 ショッピングモールにある婦人服ブランドの店頭から一人の女性が出てくる。レジで丁寧に包装したブラウスを、店員はブランドの手提げ袋に入れ女性に渡す。彼女は手提げ袋を右手に持つと、カウンターに置いていたトートバッグを左肩に掛け、店員さんに小さく一礼した。屋外では羽織っていたクリーム色のチェスターコートを左腕に掛けて持つ。ショッピングモールの店内は全館暖房がかかっており、コートが無くても寒くない程度には暖かいのだ。


 本当は柊ケイコと一緒に休日のショッピングに来るはずだった。「でも、まぁ、いいか」と下吹越エリカは心で呟く。一人っきりの休日は、それはそれで自由に楽しめる。たまにはこういうのも良い。


 ここのところ平日はずっと卒業論文に向けた準備や調査にかかりっきりだった。先月の上旬にようやく固まった卒業論文のテーマは、小説投稿サイトにおけるソーシャル・ネットワークの分析に関するものだった。

 前期の内は考えてもいなかったプログラミングの勉強まですることになり、一時はどうなることかと思った。でも、この二週間で随分と光明が見えてきた気がする。大学院生の先輩も親切にいろいろ教えてくれたし、それでも分からない部分は南雲先生に教えてもらっている。


 柊ケイコから、あまり頻繁に南雲教授室を訪れるのも周囲から変な目で見られる可能性があると注意された。一ヶ月程前のその電話から、二週間前にプログラミングについての質問のために南雲先生の部屋を訪れるまでのしばらくの間は、訪問を控えてはいた。でも結局、それ以降は、また、週に二回か三回は南雲教授の部屋を訪れるようになっていた。

 もちろん、ケイコに注意されたことを無視しているわけではない。それでも、やっぱり、卒業論文に関係した質問もある。そうしたきちんとした理由がある限りは、教授室の扉を叩いても問題はないだろうと、自分なりに判断しているのだ。


 そのブランドの薄いクリーム色の手提げ袋は濃い青い色で縁取られ、その縁の色と同じ色でブランド名のロゴが描かれていた。手提げ袋を提げながら、下吹越エリカはショッピングモールの二階を歩く。ウィンドウショッピングだ。

 左手には様々なブランドの婦人服店が並び、エスカレーターが各階をつなぐ吹き抜けを挟んだ向こう側には、雑貨店、喫茶店、アロマテラピーの専門店などが並んでいた。


(喫茶店で休憩でもしようかな……)


 気付くとちょっと疲れてきている気がする。

 だから、ちょっと贅沢な休憩を考えてみる。モンブランに紅茶、そして、ブックセンターで買ったばかりの小説を喫茶店で開いて、日曜日の昼下がりにまったりするなんて、どうだろう。ちょっと良い時間の使い方じゃないだろうか。なんとなく贅沢な感じもする。ここのところ根を詰めて卒論を頑張っていた自分へのご褒美だ。


 もともとの計画通り、柊ケイコと来ていたとしたら、間違いなくどこかの喫茶店には入っていただろう。そういう意味ではカロリー計算的にも許される範囲だと思う。エリカはそう考えて、吹き抜けの向こうに見えていた喫茶店へと足を向けた。


 ――Aftermoonアフタヌーン Teatimeティータイム


 英語でそう書かれた軒先テントが店舗の入り口の上部に掛けられていた。そもそも、ショッピングモールは屋内なので軒先テントは雨避けや日光避けのためには要らないのだが、お店の雰囲気のために設置しているようだ。


 エリカはしばしば、特に柊ケイコと一緒にこのショッピングモールには来るので、喫茶店やカフェで休憩することも多い。でも、よく考えると、この店には入ったことが無かった。

 入り口に置かれたメニュー看板でケーキやドリンクの値段を確認する。特に、他の店に比べて高いということもなさそうだ。ケーキの種類は中に入ってから見るとして、店内はどんな様子だろうかと、エリカは店の周りをトコトコと歩きながら覗き込んだ。


 店の壁面は腰の高さより上はガラス張りで、中の様子がよく見えた。やっぱり、女の子同士の二、三人組が多かったが、スーツを着た男性や、買い物の途中に立ち寄ったという感じの大人の女性などもいた。雰囲気は明るく、落ち着いていて、女性が一人で入ってもそんなにおかしく無さそうな様子だ。


 店内の様子を伺っていた下吹越エリカの視線が、一組のカップルを捉えた。紺のセーターを着た大人の男性と、白いタートルネックのセーターを着た女性だ。

 白いタートルネックの女性は三十歳前後だろうか、エリカの年齢からみると凄く大人びた女性というイメージを受けるが、おばさんというにはまだ若い。細い縁のメガネがインテリな印象を与える。少しシャープな印象のある顔立ちだが、男性に話された言葉を受けてか、指に何も付けていない綺麗な左手を口許に当てて可笑しそうに笑っていた。


 仲の良さそうなカップルだな、とエリカは思った。ふと、その紺のセーターを着た男性の後ろ姿を見て「どこかで見た後ろ姿だ」と気づく。後ろからでは分からないので、ついつい気になって、店の外をトコトコと移動して、男性の顔を前方から見える場所へと移動した。

 俯きながら机の上の書類を指差して、ひとしきり女性に何か話しかけていた男性は、女性に向けて顔をあげる。男性の顔には見知った黒縁の眼鏡があった。


(南雲先生……!?)


 いつものスマートカジュアルとは、雰囲気が違うので、すぐには気づけなかった。しかし、それは間違いなく、エリカの卒業研究の指導教員、南雲仙太郎だった。

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