クラウドサービスを使ってもイイですか?
――
それが、南雲教授によりブラウザ上に呼び出されたWEBサイトの名前だった。WEBサイトの名前というよりはサービス、もしくはツールの名称といったほうが適切だろう。
「先生。私、まだ、初心者ですよ。なんだか、レベルを上げすぎてませんか……?」
「……うっ。でも、絶対、これで下吹越さん、総合的には楽になるって」
「……そう……なんですか?」
「うん」
そういうと南雲教授はニコニコしながら、「じゃあ、とりあえず下吹越さんのアカウントつくるね〜」とサインアップのページへと突入していった。童心に帰った情熱が横顔に浮かぶ。
「アカウント名は『上方カリエ』の方にする? それとも……?」
「あ、すみません、下吹越エリカの方でお願いします。ほんとに、あっちの方は『なりうぇぶ』だけの限定的なものなので……」
「……はーい」
そうやって、ちょっとつまらなさそうに答えると、南雲教授は下吹越エリカのアカウントのサインアップを進めていった。
(なぜ、つまらなさそうなのか?)
どうやら南雲教授は「上方カリエ」の存在を面白がっているようである。
自分と同じ領域に仲間が増えたことを喜んでいるのかもしれないが、また、さらなるトラブルに巻き込まれてしまいそうな気がそこはかとなくする。警戒せねばなるまい。
下吹越エリカのメールアドレスを用いて入力を進め、暫定的なパスワードを設定すると、
「クリックしました」
エリカがスマートフォンに届いた電子メール内のリンクをクリックして、
「オッケー」
そういうと、南雲教授は下吹越エリカのノートパソコンを勝手に私物化しながら、WEBサイトの設定画面に侵入し、ポチポチと設定項目を変更し、カタカタと必要な情報を入力していった。
「先生……、楽しそうなところ申し訳ないんですが、私、まだ、このWEBサイトがどういうWEBサイトなのかさえも聞いていないんですが……」
自分の方を一切見ず、一言の確認も取らずに、下吹越エリカ名義のアカウントの設定を進める南雲仙太郎をエリカはジト目で睨んだ。南雲仙太郎は「あ、ごめん、ちょっと待って」と、これまたエリカの方すら見ずに、セットアップを続ける。エリカは心の中で溜息をついたが、いい加減、こういう先生にも慣れてきた。
数分が経過し、南雲は「よしっ」と手を打った。そして、ノートパソコンの画面を下吹越エリカの方に向けた。エリカは恨めしそうな顔をしながらも、自分のノートパソコンの液晶画面を覗き込む。最大化されたブラウザのウインドウの中に、いつものパイソンの開発環境によく似たエディタのようなものが存在していた。
そこには既にパイソンの簡単なプログラムの一部分が書かれている。
「ブラウザ上のエディタの中に、なにか
そう言って画面上の実行ボタンを南雲教授は指差して見せた。そこには緑色の三角形が横を向いた実行ボタンがあった。
下吹越エリカはコクリと頷くと、デスクトップに置いていた
すると、一瞬でブラウザ上での実行が終わり、ブラウザ上の別のウィンドウに実行結果が表示された。
「なんですか? これ?」
下吹越エリカは南雲教授の方を振り返った。
それは、いつも自分のパソコンの上で行っているプログラミングが、全部ブラウザのWEBサイトの上で行われてしまったという感じだった。
なんだか、良く分からない。なんで、WEBサイトでプログラミングが出来るんだろう? WEBサイトというのは、情報を発進する場所であって、電話帳や新聞、書籍、雑誌みたいなイメージだ。WEBサイトでプログラミングするなんて、まるでおかしな話だ。鳩が豆を食ったような顔をしている下吹越エリカに、してやったりと南雲仙太郎は自慢げな笑みを浮かべた。
「
「
エリカの聞いたことがない言葉だ。
「今、下吹越さんが、今、プログラムを実行しただろ? そのプログラムってどこで実行されたと思う?」
「……え? それは……、このパソコンでじゃないんですか?」
エリカがそういうと、南雲教授はニンマリと笑って、首を左右に振った。
「違うんだよ。PaaSっていうのは、いわゆるクラウドサービスでプログラムの実行とか自体を、インターネットの向こう側のサーバ側でやるんだ」
「つまり、今の私のプログラムは、私のパソコンじゃなくて、この
南雲教授の説明をなんとか理解しようと、エリカが自分の理解が正しいか確認する。「まぁ、大体そんな感じ」と南雲仙太郎は頷く。よく分からないが、分からないなりに、何だか自分が最先端のことをやっているような気がしてきた。
「WEB上からデータを自動的に集めたり、ちょっとしたネット上の常駐処理システムを作るのに、こういう仕組みはメチャクチャ便利なんだ」
「……えっと。……どうしてですか?」
「普通に手元のパソコンでプログラムを作ってWEB上からのデータの自動収集などをやり続けようとすると、ユーザ……、例えば、下吹越さん自身がプログラムを動かし続けないといけない。もし、そこを自動化したとしても、そのプログラムが動いている間中、パソコンの電源をつけてネットに接続しておかないといけないんだ。となると下吹越さんのパソコンは自宅の机の上で、二週間、二四時間電源つけっぱなしってわけだ。嫌だろう?」
「……あ、ちょっと嫌ですね……」
エリカは自室の机の上で二四時間光り続け、シャカシャカ動き続けるノートパソコンをイメージした。気になって眠りにくそうだし、ノートパソコンを今日みたいに持ち歩けなくなるのも困る。
「それに比べて始めっから、
「じゃあ、自分のパソコンを切っても、持ち歩いても大丈夫なんですか?」
「あぁ、その通りだよ」
「それ、便利じゃないですか?」
「あぁ、便利なんだよっ! だから、紹介したんじゃないか〜」
南雲先生が「僕が何のために、これを紹介したと思ってたんだ」と苦笑いを浮かべて、下吹越エリカは「エヘヘ」と頭を掻いた。
(さぁ、これで道具立ては揃った!)
この前のゼミで急に卒業論文の難易度が上がり、一度は出来るかどうか不安になった卒業論文だったが、ここに来て下吹越エリカは自分が何か大きな物事を達成できるんじゃないかという自己効力感の高まりを感じていた。
伝説の先輩みたいに、学部優秀卒業論文表彰を受賞できるくらいの立派な卒業論文を書けるのではないだろうか。
エロラノベ作家の
そんな期待にエリカの胸は膨らんだのだった。
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