運命共同体でもイイですか?

「……先生、……なんで私のユーザID知ってるんですか?」


 エリカは南雲教授に自分のなりうぇぶアカウントのことを秘密にしていたわけではない。でも、まだユーザIDを伝えてはいなかった。一度ツイッターのアカウントから先生のアカウントにツイートしたことはあるが、それも、匿名のままでツイートしていて、それが自分だとは言っていない。


 不思議そうな顔をした下吹越エリカに、南雲仙太郎は逆に驚いた顔をした後に「はぁ〜」と溜息をついた。


「下吹越ぃ〜。匿名アカウントのつもりだったら、もう少し徹底した方がいいぞ〜ぉ……」

「え? バレてました?」

「バレバレだよ」

 そういって、南雲仙太郎は頭を押さえた。

 そして、指を一本立てると、南雲教授はその理由を列挙し始める。


「その1。アカウント名が実名に近すぎる。下吹越エリカのペンネームが、『上方カリエ』っていうのはあまりにストレート過ぎるだろ〜。実名もじりって一番、身バレしやすいペンネームの付け方なんだぞ」

「そ……そうなんですか?」

 言われてみればそのとおりである。続けて、南雲教授は二本目の指を立てる。


「その2。書いているエッセイがリアルすぎる。何か見たことある名前のユーザからフォローされたな〜、と思って作品リスト見に行って、エッセイちょっと覗いたら、完全に下吹越さんと僕の日常風景みたいな話だったから、逆にこっちがビックリしたよ。……まぁ、ちゃんと匿名化されて、フィクションっぽくなってたし、知らない人から見たら誰のことか分からないだろうから取り敢えずはいいんだけど」

「あ……すみません」

 なんだか、いつぞやと立場が逆転しているような気がする下吹越エリカであった。

「まだ、あるけど、行く?」

「あ……せっかくなんで」


「じゃあ、その3。ツイートに位置情報がついていたけど、ピンポイントで近所すぎる。ツイッターの位置情報は適宜切るように気を付けたほうがいいかもしれないぞ」

 まぁ、そんなところかな、と南雲教授はまとめた。

 いずれにせよ、エリカが匿名のつもりでいても、南雲教授にはバレバレだったわけだ。嗚呼、恥ずかしい。


「まぁ〜、このあたりは序の口って感じだけど、もはや、下吹越さんと僕、つまり、上方カリエ先生と未恋川騎士は『運命共同体』って感じになってきたからなぁ〜。一方の身バレは、もう一方の身バレを意味する。そういう点でもよろしく頼むよ」

「はぁい……。気をつけます」


 慣れないことはするものではない。

 エロラノベ同盟の足を引っ張る立場になってしまったかもしれない自分の失態に、エリカは心のなかで舌を出した。

 その一方で「運命共同体」という言葉が、頭の中でちょっとだけドラマチックに響いて、残るのだった。


「それはそうとして、下吹越さん、フォロワーリストの取り出し方はわかった?」

「あっ、はい。なんとなく」

「うん、まぁ、あとはチュートリアルページを見て、いろいろ試すといいよ」

「あ……ええと、……はい、わかりました。……で、Pythonパイソンはどうなるんですか?」

 URLを呼び出せば何だか情報が取れるらしいことは分かったが、今日まで勉強してきたプログラミング言語との関係が分からずに、エリカは先生に問いかける。


「あ、それね。それは、実は結構簡単。さっき、URLを叩く時にブラウザのアドレスバーに入力したでしょ?」

「はい。それでユーザID変更してリストを取得したやつですね」

「そうそう、それそれ。ああいうのってね、ブラウザはいつも、アドレスバーにいれられたURLを入力にしてインターネットからWEBページのデータをダウンロードして来ているんだ。そして、ダウンロードしてきたデータをブラウザ上の画面に表示しているってわけ」

「そうなんですか?」

 そういう風には考えたことは無かった。ブラウザはWEBページのアドレスを入れたら、本を開くようにページを開いてくれるもの。そういう認識だった。


「うん。それで、Pythonパイソンでは、アドレスバーからの入力の代わりに、引数としてURLを受け付ける関数があって、簡単にWEBページのデータを取って来れるんだよ」

「……なるほど」

 下吹越エリカはなんとか南雲の言葉を理解しようと、慣れない言葉に振り回されながら頭を捻った。「そうなんですか」とか「なるほど」と相槌を打っているものの、ちゃんと理解できているかどうかについては、あまり自信がない。


 少し質問もしながら、内容を確認していくと徐々に分かってきた。結局のところ、Pythonパイソンのプログラムから、URLを入力にしてWEBページの情報を取ってくるのは、実はとても簡単なので、その入力欄のURLにさっきの「なりうぇぶAPI」のURLをセットすればいいということだった。すると、さっきブラウザに現れたようなフォロワーリストが関数の出力結果として返ってくるので、あとは、手元のデータに対して、プログラミング演習でもやったような文字列処理などをして、扱えばいいということのようだった。


 下吹越エリカが自分の理解を言葉にして改めて説明すると、南雲仙太郎は「さすが、下吹越さん、飲み込みが早い」と満足そうに頷いた。


「他に必要な情報とかは、また、メールしてあげるから、頑張ってみて」

「あっ、はい、ありがとうございます」

 まだ、不安が完全に無くなった訳ではないが、エリカにとっての霧は随分と晴れた。この部屋に来る前は正直なところ五里霧中だった。


 下吹越エリカは、自分のノートにボールペンでメモをとりながら、自分が作らないといけないプログラムの概要を整理した。

 基本的にはPythonパイソンで「なりうぇぶAPI」にAPIを使ってリクエストを送れば、ユーザのフォロワー一覧表が入手できる。つまり、百人のユーザに対してフォロワー一覧データが欲しければ、そのプログラムを百回実行すればいいのだ。

 そこまで考えてみて、「あれ?」と下吹越エリカはふとペンを止めた。


「先生、『なりうぇぶ』のユーザ数って物凄く多いですよね?」

「うん。そうだよね」

「たしか、百万人くらいいたような……」

「そうだね〜。僕が始めたころはもっと少なかったけれど、今じゃそのくらいいるよね。政令指定都市レベルだね」

 冗談めかして南雲仙太郎が答える。


「だとしたら、先生。この方法で全ユーザの情報を得ようとしたら、私が、このプログラムを百万回実行しないといけないということでしょうか……?」

「まぁ、このままだとそうなるね」

 ざっと計算してみる。一回の実行が一秒で出来たとしても24時間ぶっ通しでやって、合計12日かかる計算だ。自分が自宅のパソコンの前で、ひたすらエンターキーを押し続けている姿を想像して、エリカは少しゾッとした。


「い……いやですっ!」

 反射的にエリカはそのイメージを撥ね退けた。


 エリカが何を考えているのか、大体の想像がついたのだろうか、南雲教授は可笑しそうに笑った。

「何も、君自身が百万回実行しないといけないわけじゃないよ。実行自体もプログラムにさせればいいんだよ」

 言われてみればそのとおりである。そもそも、人間の作業をアルゴリズムとして書くことでコンピュータにおいて代替させることこそがプログラミングの本質である。こういう単純作業こそ、コンピュータに似つかわしいお仕事なのであろう。


 エリカは「あ、そうか。よかった」と胸を撫で下ろした。


 そんな下吹越エリカを見ながら、南雲は右手で自分の顎を触り、少し考えてから「よし」と、自分自身に何かを納得させるように呟いた。そして、下吹越エリカの顔を覗き込む。


「下吹越さん。今日は折角だから、もう一つ、君に便利なツールを紹介するよ」


 そういうと、南雲仙太郎はエリカのノートパソコンのキーボードを叩き、ブラウザから一つのWEBサイトを呼び出した。

 南雲教授により呼び出されたWEBサイトのトップページにはいかにも情報技術者の扱うページのデザインで、大きくそのツールの名前が示されていた。


 ――Cloudクラウド Appアップ Engineエンジン

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