私が感想もらってもイイですか?
――感想が1件届いています。
下吹越エリカは、その赤い文字列にビクッとした。
それは下吹越エリカにとって、初めて見るメッセージだった。その赤い色の印象から、最初、警告か注意のメッセージが飛んできたのではないかと、不安感からビクッとしてしまったのだ。
正直なところ、ユーザ登録をしたものの「なりうぇぶ」の世界に踏み込んで、まだ二週間程度である。自分が何か間違ったことをやってしまっていないかの不安は常にある。右も左も分からずに、恐る恐るだ。
しかし、そのメッセージには「感想が届いた」と書いてある。「どういうことだろう?」と思いながらも、下吹越エリカはそのリンクをクリックすると、ブラウザの画面が遷移して新しいページが開いた。
――カリエさんはじめまして! 実話でしょうか? 楽しく読ませていただきました。もし実話なら大変ですね~。 文体がコミカルで、ちょっと作者さんに同情しながらも笑ってしまいました。これからも時々覗かせてもらいますね。PS 会話文のカギ括弧を閉じる前には句点は不要ですよ。修正されると良いかと思います。(細かい指摘でスミマセン~)
そのメッセージは一週間前に下吹越エリカが
エリカは自分の稚拙な文章を読んで、見ず知らずの人が感想までくれたことに驚くとともに、「楽しく読ませていただきました」という感想と、初めてついたブックマークに、口許が自然と緩むのを感じた。正直、なんだか、チョット嬉しい。
実は、下吹越エリカは、二週間ほど前にユーザ登録をした後に、作品の投稿にもチャレンジしてみていた。初めは少し抵抗もあったが、やっぱり、やってみないと「なりうぇぶ」の本当の仕組みだととか、意味だとかは分からないし、南雲教授がどんな気持ちでこのWEBサイトに向き合っていたのかも分からないと思ったのだ。
だからといって、下吹越エリカは自分にそんな創作の才能があるなんて思っていなかった。小説なんて、どうやって書き始めて良いのかさえも分からない。「なりうぇぶ」をブラウジングして、いろんな作品に目を通しながら考えた末に、エリカがたどり着いたのはエッセイという選択肢だった。
よく考えてみたら、下吹越エリカのこの二ヶ月は「現実は小説より奇なり」という言葉がそのまま当てはまるような出来事の連続だった。そのことや、その中で揺れ動く自分の気持ちや考えを、そのままエッセイにしてしまえばいいんじゃないか、と考えた。
もちろん、本当に本当のことをそのまま書くと、南雲先生の身バレを生んでしまうし、自分自身の身バレだって起こしてしまう。そのほかにも、いろいろ問題も生むだろう。エロラノベ同盟の危機を自ら招く訳にはいかない。そういうわけで、適宜、匿名にした上で脚色も加えながら、エッセイとして文章を書き、一週間前くらいに「なりうぇぶ」に投稿してみたのだ。
そんな文章に対して、ぼよよよ~んさんは感想をくれたし、ブックマークまでしてくれたのだ。これは嬉しい。「続きを書かなくちゃ!」という気持ちも起きる。
(
エリカは「なりうぇぶ」への投稿を始めたばかりの五年前の南雲仙太郎の心の内に思いを馳せた。
(五年前か……)
エリカは同時に、当時の自分のことも思い出す。五年前といえば、自分は高校二年生だ。吹奏楽部の夏のコンクールで金賞に選ばれたものの、県代表には選ばれず、泣きながら引退を迎えていたっけ。昔のことを散文的に思い出す。
今から思えば高校時代って
その頃、南雲先生はこの「なりうぇぶ」の世界で活動を始めていたのだ。考えてみれば、それから五年間という年月は、人間をまた一つ成長させるには十分すぎるくらい長い時間である。
三年半前、下吹越エリカは大学に入学した。そういえば、その時に、学科の教員紹介があった。そこで准教授の一人として自己紹介をしていたのが南雲仙太郎先生だった。その立ち姿は微かな記憶の中に残っている。近くに座っていた何人かの新入生女子がコソコソと「ちょっと、カッコ良くない?」などと言っていた。
エリカは、その時からずっと南雲先生のことを「大学の先生」という色眼鏡を通してしか見てこなかった自分に今更ながら気づく。あの時、すでに「なりうぇぶ」投稿開始から一年半程度が経っていたのだろう。
南雲先生は、大学で講義をしたり研究を推進したりすると同時に、自宅ではこうやって、「なりうぇぶ」の感想やレビューなんかに一喜一憂して、試行錯誤しながら、この世界の中でも藻掻いていただのだろう。
下吹越エリカは、しばらくそんなことを考えていたが、ふと、現実に戻る。マウスを動かし、返信ボタンをクリックすると、下吹越エリカはぼよよよ~んさんにお礼のメッセージを送った。
ちなみに、会話文のカギ括弧の手前の句点は省略されるべき、というルールは知らなかった。インターネットでも検索して、改めて執筆の作法を調べ、確認するとともに、幾つかのサイトを今後の参考のためにブックマークした。
急いで、投稿済みのエッセイの第一話を開くと、編集ボタンを押して、間違いを修正した。世の中には、見ず知らずの初心者相手に、わざわざそんな間違いを指摘してくれる親切な人もいたものである。
ブラウザのタブを一つ新しく開いて、ツイッターの画面を開く。自分のいつものアカウントではなく、別のアカウントにログインし直す。先週作ったばかりの
「なりうぇぶ」周辺のWEB小説の世界を覗いてみて、一つ気づいたのは、多くの作家が一生懸命にセルフプロデュースしているということだった。確かに、何もせずに放っておいたら、広大なWEB空間の海の中、「なりうぇぶ」百万ユーザの間で、書いた作品は読まれずに沈殿していってしまうだけかもしれない。
折角書いたものは、みんなやっぱり誰かに読んで欲しいだろうし、プロになりたい人は誰かに見いだして貰いたいのだと思う。だからだろう、多くの人がツイッターを使って積極的な宣伝活動を行っていたのだ。下吹越エリカがプライベートのツイッターアカウントで行っているコミュニケーションとは全く違う種類のコミュニケーションがそこにはあった。
その様子をもう少し観察したくて、下吹越エリカは初め、自分のプライベートのアカウントで、まとまった数のなりうぇぶ作家をフォローしようとした。しかし、その手前で思い留まった。
そういう人を一杯フォローすると、また、柊ケイコを始めとした周囲の友人から理由を問い正されるかもしれない。そうすると、そこからいろいろと漏れてエロラノベ同盟崩壊の危機を生んでしまう危険性もある。
そこで、下吹越エリカは「なりうぇぶ」のペンネームである「上方カリエ」のツイッターアカウントを作って、なりうぇぶ作家を中心に三百人程度をフォローしたのだった。ちなみに、検索してみたら、これまた簡単に未恋川騎士のツイッターアカウントを見つけることが出来たので、速攻でフォローした。さすがはプロの人気作家といったところだろうか、未恋川騎士のフォロワー数は一万人を超えていた。
未恋川騎士のアカウントのページで最上部に現れたツイートはやっぱり「
ピン留めされたそのツイートには既に百件を超える「いいね」と十件以上のリプライが付いていた。そして、その下には「聖☆妹伝説」の第三巻を読んだいろんな人の呟きがリツイートされていた。
エリカは「聖☆妹伝説」の第三巻に関わるいろんな人のツイートを見ながら、その原稿を誰よりも早く手に取った自分のことを、ちょっと誇らしく思い、他のファン達に対して、少しばかりの優越感を感じるのだった。ほんの少しだが。
下吹越エリカはノートパソコンの画面から視線を外し、右手に握るマウスの隣、自分の手許の右隣に目を遣る。木目調のデスクの上には読み終えたばかりの「
九州の母に電話をかける前も、少しだけ読み返していた。エリカも、十月末の発売日直後に、新刊を近所の書店で購入していたのだ。出版社も力を入れているのだろう、近所の書店では本棚の前で平積みになっていたので、今度は探す必要もなかった。レジの店員さんに本を見せる時には、やっぱり、ちょっと恥ずかしかったが、三冊目ともなると、どこかもう慣れっこという感もあった。
第三巻の表紙はエルフのナターシャと女魔法使いのツーショットだった。第三巻の内容を頭の中で反芻しながら、エリカはノートパソコンのキーボードの上に両手を置くと、短文を弾いた。
――@knight_of_miren 「聖☆妹伝説」の第三巻よみましたよ! とっても面白かったです。次巻以降のさらなるラブロマンス展開も期待していま~す!
ブラウザ上の入力欄に、そう入力すると、下吹越エリカは、マウスでぽんっとツイートボタンをクリックした。パソンコンから手を離すと、下吹越エリカは椅子から立ち上がり、小さく伸びをした。
(南雲先生、これが、私だって分かるかな?)
それが誰からのツイートかに気づいて、困惑した顔をする南雲教授の表情を思い浮かべる。想像の中のその表情は滑稽で、エリカは悪戯っぽく微笑んだ。
ベランダの方に目を遣ると、夜の暗闇に染まった街並みをバックに、自分の全身が窓ガラスに映る。紺のガウチョパンツに白い長袖のブラウスを身に纏って、ガラスの向こうで背伸びをする女子大生の姿は、なんだか、とっても楽しそうに見えた。
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