先生の足跡追ってもイイですか?

 下吹越エリカは「なりうぇぶ」のユーザ登録を済ませ、その奥へと潜航を開始する。


 検索窓から「未恋川騎士」で著者検索をかけてみた。すると簡単に未恋川騎士のユーザアカウントを発見することが出来た。プロとしてデビューした現在でも、未恋川騎士のWEB作家としてのアカウントは「なりうぇぶ」の中に生きていたのだ。

 さすがに商業作家デビューした後の作品は投稿されてはいなかったが、それまでに投稿された長編小説や短編小説はそのままWEBサイト上に置かれていた。


 長編小説が六編、短編小説が八編掲載されていた。初めの短編小説が投稿された日付を見ると、大体、五年前だった。南雲教授が言っていた話が嘘では無かったことが、あらためてわかった。やっぱり、南雲先生は基本的には正直な人なんだな、とエリカは再認識する。

 それと同時に思うのは、一体全体、どうすれば、これほどまでの量の作品を、大学の教員、研究者という仕事を続けながら書くことが出来るのだろう?という疑問だった。長編はいずれも書籍化を意識してか十万字から二十万字といった範囲に納まっていた。南雲教授は文庫本や新書だと一冊が十二万字くらいになると言っていた。


 十万字なんて考えただけで頭がクラクラする。小学生の時に苦しめられた読書感想文でさえ、四百字詰めの原稿用紙二枚か三枚、合計千字程度である。その百倍なんて正気の沙汰ではない。しかも、それを一作ではなく約二年間の間に短編長編あわせて十四編、合計百万字程度書いているのである。読書感想文の千倍の規模感である。一ヶ月に約四万字。下吹越エリカはただただ圧倒された。

 そんな長編をたくさん書いているのは未恋川騎士だけではなかった。百万字規模で投稿をしているWEB作家さんは他にも沢山いた。しかも、仕事としてではなくて、全ては創作に懸けた純粋な情熱をエネルギーとして、生み出されているのだ。趣味であったり、プロになりたい気持ちであったりと、それぞれの具体的な心の持ちようはあるのだろうが、その圧倒的なエネルギーに下吹越エリカは言葉を失った。


(スゴい世界があるもんなんだなぁ~)

 掛け値なく、下吹越エリカは純粋に感心したし、ちょっと感動しさえもした。


 トップページのランキングや、新着投稿などから、ポチポチとクリックして、「なりうぇぶ」の中をブラウジングしていく。いろいろな作家のページを見ることが出来た。特徴的なユーザアイコンを設定している作家、作品の冒頭に挿し絵を挿入している作家、毎日のように近況報告を投稿している作家、千人を超えるユーザや作品をフォローしていて「お前、絶対、その全部は読めてないだろ?」と思われる作家、いろいろな作家がいた。作風も様々だった。作品としてはどうやら圧倒的にファンタジーものが多いようだったが、ラブコメや、純愛モノ、SFや、ミステリーなんかもあった。投稿のスタイルも様々で、二百話を超す異常に長い長編を書いている人も居れば、千字にも満たないショートショートを大量に投稿している人もいた。


 エリカは頬杖をつきながら、ブラウジングする。他のユーザによって書かれた作品のレビューや感想を見ながら、いくつかの作品をブックマークしたり、作家をフォローしたりした。


 エリカは未恋川騎士のプロフィールページの作品リストの中に「アルファ・ノクターン」のタイトルを見つけた。「アルファ・ノクターン」は未恋川騎士の商業出版デビュー作だ。二年前にDT文庫から出版されて、合計一万部程度をほぼ売り切ったと南雲教授は言っていた。この作品で、彼は審査員特別賞を受賞し、デビューの切っ掛けを手に入れたのだ。

 商業出版物との差別化を図るためか、出版時に大幅改稿したためかは分からないが、「なりうぇぶ」に掲載されたままになっている「アルファ・ノクターン」のタイトルには「<WEB版>」という文言が添えられていた。

 著者の近況報告欄を見た。未恋川騎士は今でも時々、現在執筆中の作品の進捗状況の報告などを「なりうぇぶ」に投稿しており、読者とのコミュニケーションを図っているようだった。最近の投稿では新刊の告知が行われていた。


 ――「聖☆妹伝説セイント・シスター・レジェンド アポカリプス」の最新刊! 第三巻が十月末に出ますっ! 第三巻も山あり谷あり、谷間あり(もちろん胸の間のwww)デスっ! 絶対に買って後悔させませんから、読んで頂ければ嬉しいですっ!


 といった感じだ。「やっぱり、未恋川騎士のキャラは南雲仙太郎教授の講義でのイメージとは全然違うなぁ」とエリカはあらためて額を押さえる。そんなカジュアルな未恋川騎士の投稿にも、他のユーザから二十件を超す返信の書き込みがあった。


 ――うぉぉぉ! 楽しみにしていますっ!

 ――今回こそ、ナターシャちゃんのリアルエッチシーンを期待ナリ!

 ――未恋川先生、第三巻発売決定おめでとうございます。いつも、先生の文体には刺激を頂いております。次の巻もしっかりと拝読し、勉強させていただきます。


 などといった思い思いのコメントが未恋川騎士の投稿に返信される形で付けられていた。その中で、エリカが「おっ」と思ったのは以下のような書き込みだった。


 ――『聖☆妹伝説セイント・シスター・レジェンド』楽しく読ませて頂いています。二巻までは物凄いテンポ感で、ちょっとエッチの度が過ぎるような気もするものの王道ファンタジーが素敵でした。一方で、私自身は「アルファ・ノクターン」の時のような純愛こそ未恋川先生の神髄だと思っており、「聖☆妹伝説」でも、少しずつ、そういうピュアな成分が増えてくることを期待しています。三巻を読ませて頂いたら、また、感想など書かせて頂きますね。脱稿、お疲れ様でした。


 これには、少しエリカも共感を覚えた。

 南雲教授の裏側を知った夏の終わりに、怖いもの見たさに「聖☆妹伝説セイント・シスター・レジェンド アポカリプス」の一巻を買い、そして二巻を買って読んだ。その感想も持って臨んだ四週間前の先生へのリベンジだった。

 未恋川騎士の誕生秘話を聞いたエリカが言った「デビュー作もエロラノベなのか?」という趣旨の質問に、南雲先生は首を横に振った。


 ――もし、良かったら『アルファ・ノクターン』も読んでよ。気に入ってもらえるか分からないけど。


 先生の言葉が気になって、下吹越エリカは、そのしばらく後に近所の書店で未恋川騎士のデビュー作「アルファ・ノクターン」も買って読んだのだ。


 泣いた。


 下吹越エリカは、その切なさに、本当に涙した。「アルファ・ノクターン」は少しだけSF要素の入ったボーイミーツガールものだったが、主人公の心の機微や、ヒロインの存在の儚さが丁寧に描かれていて、ラストでは堪えきれずにエリカも涙を流してしまったのだ。


 確かに、未恋川騎士の作品としては「聖☆妹伝説セイント・シスター・レジェンド アポカリプス」は売上げ累計十万部に届き、彼の代表作なのかもしれない。しかし、読み比べた時、エリカにとっては「アルファ・ノクターン」こそが未恋川騎士の真骨頂のように思われた。この作品で、未恋川騎士が審査員特別賞を受賞し、デビューの切っ掛けを掴んだという話は、エリカにとって極めて納得のいくものだった。


 だからこそ、このユーザの書き込みには大いに頷くところがあった。下吹越エリカも、未恋川騎士先生には「アルファ・ノクターン」のような純愛要素の大きい作品を、もっと書いて欲しいと思い出していた。


 ユーザ登録を済ませて、初めてこの世界に潜航を始めた日のことを思い出しながら、下吹越エリカはキーボードとマウスに手を戻す。「小説家になりたくてWEBうぇぶっ!」のトップページが画面一杯に最大化されている。下吹越エリカは、ユーザIDとパスワードを入力すると、メニューからログインボタンをクリックした。

 画面が遷移し、下吹越エリカのマイページへと移動する。ユーザ画面には下吹越エリカの設定したペンネームと、作品や近況報告、また、自らがフォローしているユーザの一覧などが掲載される。


 ――上方かみかたカリエ


 それがマイページに表示された、下吹越エリカのペンネームだった。ログインする度に自分のペンネームのセンスの無さに絶望する。

 未恋川みれんがわ騎士ないとというペンネームを付けた南雲先生に「絶望的にセンスが無い」などと言った二ヶ月前の自分を土下座させたくなる。


 下吹越エリカは、あくまで「なりうぇぶ」のことを知ることが目的で、ユーザアカウントを作ったので、アカウントを作ろうとした時に自分のペンネームなんて考えてもいなかったし、自分で作品を書くつもりなんて無かった。しかし、システム上、ユーザ名はペンネームと称されており、アカウントを作る時にペンネームを考える必要があった。とっさに、下吹越エリカが選んだのは「本名をもじる」という、ペンネーム作成では最もベタで、最も簡単ではあるが、最も本人バレのリスクも高い方法だった。

 ちなみに「本人バレのリスク」の話は、後から知った。しかし、時すでに遅しである。まぁ、過去を悔やんでも仕方ない。前を見て生きよう。


 今日もちょっと「なりうぇぶ」の世界を覗いてみようと、マウスのホイールに中指をかけ、画面のスクロールをしようとした瞬間、エリカの視界に、初めて見る赤い警告のような文字列が飛び込んで来た。


 ――感想が1件届いています。


(なんだろう?)


 初めて見るメッセージにエリカの視線は釘付けになった。

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