銀竜の翼にて・2


 今から二千年ほど昔、ウーレン人の中のウーレン人と呼ばれた王がいた。

 ウーレンド・ウーレン。魔の島を統一した英雄であった。

 戦闘的で野心家の彼は、魔族支配に飽き足らず、さらに人間の大陸まで渡り、人間族までも支配下にいれ、ウーレン大帝国を一代で築いたのである。

 彼は、エーデム王の妹姫を略奪し妻とした。エーデム王から王位を奪って傀儡とし、自らエーデム王を名乗り、エーデムに伝わる神秘の力・エーデムリングを自由に操った。

 そしてその力をもって野望を果たしたのである。


 エーデムリングの遺跡に住まうという伝説の竜を召喚し、大軍を率いて、海を渡った。そして、国中を赤く血に染めた。

 人間の住まう地では、赤い悪魔が銀の竜の翼にて世界を滅ぼしにきたのだ、と長く歌い伝えている。


 ジェスカ皇女は、そのウーレンド・ウーレンに強く心酔していた。

 王族の血を、ウーレンド・ウーレンをこの世に生まれ変わらせようと、繰り返された王族結婚の果てに、彼女はこの世に生を受けた。自分自身を、ウーレンド・ウーレンの生まれ変わりと名乗っていた。皇女は自分の血を分けた兄と結婚し、さらに純粋な血を求めた。

 英雄ウーレンド・ウーレンの失策は、人間を奴隷として魔の島に連れて来ることを許したことだ。

 人間に繁殖を禁じ、時に種を切ることを義務としたが、人間の繁殖力はそれを超えていた。あっという間に魔の島にはびこり、今となっては、魔族との混血も進み、魔族の力を薄めて滅びの道を歩ませている。

 

 魔の島を統一する。

 銀竜の翼にて人間の島に攻め入り、その穢れた血を駆逐する。

 そして、この世界にウーレンド・ウーレンを超える大帝国を打ち立てる。


 それが、ウーレン皇女・ジェスカの夢だった。



 エーデムリングの力を使うには、純粋なエーデム族の血を引く者が必要だ。

 まんまと手に入れたエーデム王族・セルディン公は、ことの重大さに恐れおののき独房で自殺してしまうし、セルディンの妻子はガラル山地区まで撤退、まして、平民出の妻とその子供たちに、どこまで王族の偉大な力が引き継がれているか、知れたものではない。そして、まだ赤子であるセラファン王子は行方知れず。


 エーデム族は、ムンク鳥を使う。

 その鳥が赤子をガラルまで運んだのかもしれない。


 モアがそう言うので、彼を先にウーレンの首都に返し、皇女は兵をまとめてガラルを目指した。ガラルには、角なしではあっても、まだエーデムの王族が逃げ込んでいる。

 だが、彼女は探るだけ探って、ガラルへは攻め込まなかった。

 かの地は、エーデムリングの遺跡に近く、かつ、エーデムの巫女姫がいる。結界に阻まれて、いたずらに兵を減らすだけだ。攻め落とすには、すでに高齢と言われている巫女姫が死ぬまで待つか、今回のような陰謀が必要だ。

 ガラル近くのエーデム残党を掃討し、イズーでしつこく赤子を探した後、皇女はウーレンへと凱旋することを決めた。



 馬上で空を見上げると、銀の竜がガラルへ向けて翼を広げている。

 皇女が目を見開いてよく見ると、それはただの白い雲だった。ああ、とため息をつく。

 今回が初陣の幼い息子が、剣を振り回しては、馬にぶら下げたエーデム王族の首を切りつけて遊んでいる。

 微笑ましいことだ。だが、その可愛らしさも、今の皇女には慰めにならない。



 銀竜の翼にて、野望を果たす夢は潰えたのだ。




 首都凱旋に向かう途中、皇女はテントの中でエーデム王と王妃の首を並べては、つまらなそうにため息をついた。

 セラファン王子の首が足りぬ。首じゃだめだ。

 今となっては生かして捕まえなければ……。 


「この角がほしいのじゃ……」


 銀色の髪、そしてエーデム族最大の特徴である湾曲した角。

 彼女の知りうるエーデム人で、この角をもつほど血の強い者は、首の主・ファウル王とセルディン公だけであった。

 行方知れずのセラファン王子もおそらく成長したら、立派な角をもてるだけの血の濃さを持ち合わせているはず。連れ帰り、時間はかかれど、ウーレンの傀儡として育てれば、喜んで思い通りになるだろうに。 

 兵士の中には、赤子の泣き声を聞いたものもいる。

 ということは、この女がどこかへ隠したということか? 愛馬を叩くお気に入りの鞭でセーナ王妃の頬をピッシッと叩く。

 首は勢いよくテントの入り口まで飛んでいった。兵士がちょうど声をかけようと入り口に立っていたので、足元に転がった首にのけぞった。


「その後、王子の消息はつかめたのか?」

「分かりませぬ。城内も都もくまなく探しましたが……」

「赤子が歩いて逃げたとでも言うか! ばか者めがっ!」


 ジェスカは王妃の血で固まった髪をつかみ、首を引き寄せた。が、力まかせに引き寄せたので、首は手元を飛び越えて、ジェスカの後壁にぶつかり跳ね返った。首を手にして以来、常にこの調子なので、セーナの顔はもう見る影も無く崩れていた。


「誰でもよいわ! 誰か、セラファン王子をわらわの元へ連れてこい!」


 女同士というものは恐ろしいものである。皇女の苛立ちのはけ口は、彼女も意識せずしてセーナのみに向けられていた。

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