赤く染む・1


 ウーレンの首都・ジェスカヤ(皇女の名は、この地名にちなんで命名された)は、凱旋する皇女の軍隊を迎え入れる準備におおわらわであった。

 宰相モアは、お祭り騒ぎの市民たちを尻目に、頭を抱えていた。

 ウーレン国内には、エーデムを征服した華々しい戦果を伝えていた。誰もが喜んでいる。だが、実際は、皇女は不機嫌、激しい感情を抑えきれないでいる。

 攻め込めるあてのないガラルへの進軍を勧めたのも、それで少しでも彼女の怒りのはけ口が見つかれば……という配慮からだ。

 しかし、ガラルで得られたのは、どうやらエーデム王子はその地にはいないらしい……というささやかな情報だけだった。

 たとえガラルを陥落させても、有角のエーデム王族は手に入らない。

 皇女はますます腹を立てていることだろう。


 市民の一人でも、興奮の上、パレードの中にでも乱入したら? 

 ウーレンでは、王族の無礼討ちが許される。文書で残された法律はなく、常に「ウーレン王を法とせよ」という不文律が成り立っている。王なき今は、実質、皇女が王なのだ。

 凱旋門より王宮までの道の警備は人員を倍増しよう。鳴り物も禁止だ。旗は許可だが、飲酒は禁止だ。酔っ払いが一番困る。

 皇女の癇に障るようなことは、一切、起こしてはならない。

 王族としての威厳と才覚を持ち合わせていながら、残虐さという大きな欠点をも持ち合わせている皇女。熱き王族の血の宿命をうまく生かし、補助することも宰相の仕事であった。 




 皇女の問題。

 モアが頭を抱える大きな問題が、まだあった。それは子育てであった。

 皇女には二人の皇子がいる。闇夜の髪を持つ第一皇子・シーアラントと燃える髪を持つ第二皇子・ギルトラントである。

 ウーレンの特徴を強く持つということは、ウーレンの能力を強く持ち、王族の血を濃く持っていることの表われである。誰の目にも、皇女と同じウーレン・レッドの第二皇子は、将来楽しみな王族であった。

 ところが、皇女はなぜか、自分にもよく似た第二皇子を放棄してしまった。

 それどころか、乳母も付けない。死んでは困るということで、やむなくモアが養子として預かるという形に収まっている。

 皇女が子供嫌いと言うのなら、まだ、話がわかる。

 だが、暗黒の第一皇子は、目に入れてもいたくないかわいがりようで、いまや十歳という若年にもかかわらず、今回の戦争にもつれていくありさまなのだ。

 なのに、わずか二歳になろうかという第二皇子は生まれてこの方、興味なしという態度である。

 

 一体、どうしてこの子は嫌われるのだ?

 モアは思い当たることが、一つしか思い浮かばない。


 皇女は三年前、夫でもあった兄王を殺している。

 元々王は、近親結婚の弊害がひどく、精神的に病んでいた。ウーレンらしい特徴に欠ける黒髪で、時々心を乱しては、あたりかまわず血を求めた。

 ジェスカの反旗は人民に大いに受け入れられた。兄王の不人気に輪をかけて、彼女がウーレン・レッドの髪を持つ王族であったからだ。

 ジェスカが王宮の塔にのぼり、真っ赤な髪をなびかせて、ウーレンド・ウーレンが愛用したという剣をふるい、兄王の首を取ったとき人民は割れるような拍手をした。


 そのころお腹の中にいた子供ともなれば、嫌うのもわからないでもないが……。


 ギルトラント皇子は、若い乳母に愛情を込めて育てられ、最近はいたずらが過ぎるほど元気で明るい子に育っていた。

 モアが尋ねると、飛びついて顔をつねったり、髪を引っ張ったりと……手に負えないやんちゃぶり。だが、ついそれを許してしまうほど、愛らしかった。

 しかし、燃える髪を持つギルトラントは間違いなく王族、しかもかなり濃いウーレンの血を引き継いでいる。

 ウーレン魔族の特徴を待っているということは、それだけで王族の力も引き継いでいることをあわらしているのだ。

 皇女がいつまでもこの皇子を無視していられるはずがなかった。

 いつかは、第一皇子とともに自分の片腕として、側に置くだろうと考えていた。

 モアは、ウーレンの血を濃く引く者として、この皇子を大切に育てていた。

 王族としての教育を、そして本当の母のことをよく知っておく必要があると、モアはいつも考えていた。



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