Smokin' Dogs Howling

海玉

Smokin' Dogs Howling

 今回の取引相手は、人間ではなかった。まず、頭が角の生えた獣の頭蓋骨で、体からは、翼やら余分な腕やら尻尾やら、いろいろなものが生えていた。全身がびっしり黒い毛に覆われているうえに、黒いコートと黒いブーツを履いていたせいで、骨の白さが際立っていた。全体的に、どことなく犬のような印象を受ける。もっとも、異界に犬がいるのか、俺は知らない。

「あんたか」

 ざらついたコンクリートのような、気味の悪い声だった。俺はうなずき、札束を突き出した。

 余計な会話はなかった。どうせお互い組織使い捨ての手駒。取り入る必要などない。むしろ、興味本位でお互いの領分に入りこめば危険を招く。

 札束を数え始めたそいつを横目に見ながら、俺は煙草の箱を取り出した。

 このご時世、煙草はめったにない貴重品だ。偶然、仕事のついでに手に入ったこれも、数年ぶりの味わうものだった。

 奴は懐に金を収めるついでに、三本の腕でごそごそと懐を探っていた。よく見ると、残った手でライターを持っている。煙草を探しているらしい。俺はこれ見よがしに煙を吐いた。舌打ちのような音が聞こえた。

「おい、一本恵んでくれないか」

 取引相手が個人的なことで俺に声をかけてくるのは、初めてだった。俺は躊躇した。こいつが異形ということを抜きにしても、貴重な煙草を分けてやるのは気が引けた。俺にどんな得があるというのだ。けれど、俺はしぶしぶ煙草を差し出した。背筋がぞわりとするこの声をこれ以上聞きたくなかった。

「ありがとう」

 奴は手慣れた調子で煙を吸い込んだ。鼻の穴や牙の隙間からぷかぷかと白い煙が昇る。滑稽なようで、なんとも不気味な姿だった。俺は煙草の火を踏み消すと、足早にそこを去った。


 *


「どういうことなんですか!!」

「どうもこうもねえ。おまえが持ってくるはずのブツが足りないってことは、おまえが横流ししたんだろ?」

 ボスはこちらも見もせず言い捨てた。

「俺はそんなことしてない。売人たちに聞いてみてください!!」

「残念だが、疑念の余地がある時点でおまえには不手際があったことになる」

 横に居並ぶ幹部のニヤニヤ顔で、すべてを察した。俺は嵌められたのだ。ボスから中級幹部まで、全員がグルで、新入りたちに『おまえらもこうならないよう気をつけろよ』と見せしめにするためだけに。どうりで仰々しかったわけだ。

 懐の隠しナイフだけでは、この場から逃げ去るのは不可能だろう。むしろ、誰かを傷つければ、連中はそれを理由にして嬉々として俺を拷問し始める。

 ……やってられるか。

「あああああああああああああああああ」

 俺は吠えた。ただ吠えた。野犬のように遠吠えをした。何かが好転すると期待したわけじゃない。ただ、こいつらが怯えを目に浮かべてビビるざまを拝みたかっただけだ。

「なっ!? ……くそ、取り押さえろ」

 我に返った元上司の号令で、一斉に俺めがけて手が伸ばされる。

 俺が舌を噛み切る覚悟を決めた瞬間、目の前でボスが血を吐いて倒れた。

「――え?」

 その場にいた全員が次々と倒れていく。逃げる暇など無い。きっと、何が起こったら理解しないうちに、全員が息絶えていたのだろう。

「これで、礼はしたぜ」

 ざらついたコンクリートのような声。振り返ると、奴がいた。数日前、取引をしたあの化け物だ。

「おまえ……なんで、俺なんかを」

 異形が取引以外で人に関わるなど、聞いたこともなかった。ましてや、煙草を分けてやっただけの関係だ。

 俺の困惑をよそに、奴はうまそうに煙草を吸った。

「犬ってのはな、忠義に厚いもんなんだ」

 言い捨てたきり、そいつは出て行った。


 煙草に限った話じゃないが、俺はそれ以来、人に物をくれてやることに対して積極的になった。

 いつ狗が助けてくれるか、わからないものな。

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