2-067-2 待っててくれるのは心地良いようで

「ふぅー……これは心地良いな」


「固まった身体がほぐされていくようですな」


 陛下とレバンテ様にはおおむね好評で、ぬるめの温度設定のお湯に暫く浸かっていた。


「見える景色も美しいです」


 クタレは露天風呂の足だけ浸けて外を見ている。

 ……流石に仮面取らないと暑いよね。

 侍女さん達が居るから今は外せないか。


「みなさまに気に入って頂けて喜ばしく思います。きっと王后殿下にも気に入って頂けると思いますよ」


「そうだな。フェニーは少し落ち込むやもしれんが……いや、気にするな」


 温泉入って落ち込むの?

 気にするなと言われても、それは気になります。

 といっても、陛下はそれ以上第三フェニシア王后について口を開く気はなさそうだ。

 代わりに、一瞬の静けさを突いて、一般浴場からわきゃわきゃとはしゃぐ声が滑り込んでくる。


「下が騒がしそうですが……あれ? ボグコリーナ様、いつの間に人魚を降ろされたのですか?」


 クタレが不思議そうに下を覗き込んでいる。

 シシイを見付けてキシラが突撃したのかな?

 そうだ、陛下の参加で忘れてたけど、後でサラを降ろしておかないとね。


「いえ、あれは元からこの温泉に住んでいる人魚でキシラといいます。若い人魚のようで、好奇心旺盛に寄ってくるので、村民とは仲良く暮らしています」


「人魚と共存しているのか……?」


「ええ、彼女は人の言葉が話せますので、問題なくこの温泉で暮らしています。文化が違うので受付嬢は少し大変そうですが、シシイも含めとても仲良しですよ」


 陛下とレバンテ様が難しい顔をして唸ってしまった。

 シシイやガラキみたいに、人語を解する異種族は問題なく共存できるんだから、一緒だと思うんだけど……常識的ではなかったのかな?


「人魚が段々上がって来ますよ!?」


 特別室には繋いでないから、一段下まで来る気かな?


「ボーグ〜!! 帰ってきたのケ〜??」


 水音が激しくなると共に、キシラの叫び声がここまで聞こえてきた。

 あー……うん、あの性格だから会いたがる気はする。

 けど今は色々とどうしようもない。

 せめてミレルの化粧を落とすか……


 ミレルの化粧を落として対応を考えていると、一際激しく水面を叩く音がした。


「ボォォーグウゥゥゥーーー!!!」


 尾を引くような声と共に、特別室の湖面側からキシラが飛び込んできた!!


「うわぁぁ!」


 慌ててクタレが横に飛び退くと同時に、キシラは露天風呂へと勢い良くダイブインした。

 バッシャーンと盛大に飛沫しぶきが上がり、僕たちに降り注いだ。

 キシラは全く自由だなー

 というか、良く飛んで来れたな……


 手で顔を拭いながら周りを見れば、陛下もレバンテ様も頭からお湯をしたたらせながら、突然の出来事に目をぱちくりしている。


「あっ! ミレル! 久しぶりケ!! ボーグは帰ってきてないケ??」


 何事もなかったかのように、キシラは首を傾げながらミレルへ声を掛けた。

 ミレルもボトボトなんだけど、やっぱり気にしてなさそうだ。

 僕たちは最悪お湯を被っても全然問題無いけど、流石にお客さん来てるときは止めさせた方が良いような……

 しかしながら、人魚としては濡れて困ることが何一つないから、中々理解しづらいだろうケ。

 じゃなかった、だろうね。

 これはいっその事、砂被り席ならぬ水被り席みたいに、キシラにお湯を掛けてもらったらラッキーみたいな発想に出来るのでは?


「キシラ、久しぶりね。でもダメよ、人間は水に濡れてると体調を崩すこともあるし、場合によっては息が出来なって死んでしまうわ。あなたが水を掛けることを知ってる人以外が居るときに、水を掛けちゃダメなのよ?」


 ミレルお姉さんが優しく諭してくれている。

 ふむふむ、この言い方だと、知ってれば掛けて良いことになるけど……まあ、知ってるなら良いか。


「人はそんなことでも死ぬのケ!? 頭が水に浸かったら死ぬから気を付けてるケど、これも気を付けないといけないのケ? ごめんなのケー」


 キシラは謝りながら、申し訳なさそうに周りに頭を下げて回った。

 謝り方は人間と同じなのか……ダマリスが教えたのかな?


「はっはっはっ!! 中々愉快な人魚だな。人魚とはこんなに感情豊かなものだったとは知らなかった」


 陛下は愉快そうに、顔を拭い髪の毛を掻き上げながら笑った。

 狭量な人でなくて良かった。

 知ってたけど。


「屋敷の人魚は何があっても表情ひとつ変えなかったが……」


 レバンテ様は訝しげに眉根を寄せて、必死に思い出している。


「人魚にも色々といるみたいですね」


 仮面を着けていたので被害の少ないクタレが、感心したようにふーんと頷く。

 みんな正しく上に立つものだからか、許容範囲が広い、良い人達だね。


「それでボーグはいないケ?!」


 周りを見回すキシラ。

 僕と目が合ったけど、気付かずスルー。

 まあ、当然だよね。

 顔もかなり違うし。


「今はここにはいないの、明日には帰ってくるから良い子にして待ってるのよ?」


「そうなのケ!? 分かったケ〜 待ってるケ〜」


 楽しそうにお湯の中でくるくると周りながら、尾ヒレの先で水面を叩く。

 うん、この仕草も懐かしいぐらいだね。

 ひとしきり回って納得したのか、今度は水飛沫を飛ばすことなく飛び跳ねて、一般浴場へと飛んでいった。

 あんなに帰りを待っててくれてるなら、明日の朝一にでも魚の燻製を持っていこうかな。


「お騒がせしましたが、当温泉の看板娘ですので、可愛がって頂ければ幸いです」


「其方がそう言うのであれば危険は無いのだろう」


「感情と言葉が分かると可愛いものですな」


「とても可憐な衣装でしたが、あれもボグコリーナ様が創られたのですか?」


 三者三様、それぞれ捉え方が違うけど、とりあえず受け入れてくれるようだ、良かった。

 クタレには肯定を返しておいた。


 さて、無邪気な闖入者ちんにゅうしゃも帰ったことだし、陛下達に温泉を気に入ってもらえたなら帰ろうかな?

 一度この格好をシシイに見せに行くのと、サラを降ろしてやる必要はあるけど。


 少しこの後の行動に悩んだとき、特別室の入口が開く音が僕の耳には聞こえた。

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