2-044 砂糖も薬となるようで


 スヴェトラーナに持ってきてもらった、何の変哲もないカバンから取り出したりますは──

 じゃじゃん!!

 人魚薬〜♪

 真っ白な細かい粒子に、キラキラと少しのラメが混ざっている、瓶に入ったなんとも美しい粉。

 友人がフィニッシュパウダーと言っていた化粧品に似ている。

 一応、美味しい水好き人魚のキシラの鱗を、粉にした想定だ。

 もちろん薬として偽物で、ただの粉砂糖なのだけど。


「な、なんだ、それは! どうしてそんな物を持っている!」


 こんな怪しい粉を、侍女さんが没収していないことに驚いているのだろう。

 でも、その質問に正しく答えるつもりはない。

 カバンに手を入れたときに魔法で精製したから、たとえ没収されていたとしても取り出せるし。


「これがわたしの知っている人魚薬です。とある山奥に住む人魚を救ったときに、お礼として頂きました。飲めばたちどころにどんな病気も治るという……」


 ごくりと誰かの喉が鳴った。

 その反応だけで、僕の優位性が分かってしまうね。

 僕は陛下を見ながら、ニッコリと微笑んで瓶を開けた。


「ツィツィ、手を出して」


 言われたとおり、スヴェトラーナは僕の前に手を広げて差し出した。

 僕は人魚薬(偽)を、その掌に向けて少しだけ傾けた。

 人魚薬(偽)は、サラサラと瓶からこぼれ落ち、スヴェトラーナの小さな手に、小さな山を作った。


「食べて」


 僕がスヴェトラーナに告げると、彼女は迷いなく、掌の上の粉へと口をつけ、ペロリと舐めてしまった。

 こんな怪しげな粉を恐れること無く口に運ぶとは……

 それだけ信頼されているんだと、思うことにしておこう。


 薬を口に含んだスヴェトラーナは、目を大きく見開いて声にならない叫びを上げた。

 そして、ごくりと飲み込んでから、すぐに口を開いた。


「おいしいぃ〜!! あまいです〜!!」


 うん、粉砂糖だからね。

 子供は大好きだよね。

 スヴェトラーナはそこまで低年齢じゃないけど。


 彼女の味の感想は充分インパクトがあるけれど、これでは薬としての効果は何も分からない。

 サラを治療したときに、『殺菌灯スターリーランプ』と『夏日傘パラソル』で起こった発光現象を利用しよう。

 魔法を発動すると、一瞬だけスヴェトラーナの体が発光した……ように見えたはず。

 チラリと陛下と王子に視線を飛ばせば、2人とも言葉なくスヴェトラーナを凝視している。

 目の前の光景が信じられないといった感じだ。

 さて、これで交渉材料は充分用意できただろう。


「この薬、瓶を開けてしまうと、あまり長く持ちません」


 僕の言葉に、陛下と王子がハッと我に返って、視線が僕へと向く。


「こちらの薬を陛下に献上致します」


 僕は跪いて、陛下に向けて掌の上の瓶を差し出した。

 陛下がぐぬぬと唸り声を上げて、瓶を見つめている。

 僕は薬を渡すとしか言っていないのだから、素直に受け取れば良いんだけど……

 それに、まだ薬の効果が保証されたわけでもないし。


「……分かった。人を呼ぶだけで良いなら安かろう」


 空気を読んで、陛下は僕の要求を、薬と共に飲んでくれたということ。

 「人を呼ぶだけで」と言うことは、それ以上はしないという意味だろう。

 問題が起こっても、僕たちを助けはしないと言いたいのかも。

 人さえ呼んでもらえたら、僕としてはそれで良い。

 秘密を晒せば、勝手に尻尾を出してくれるさ。

 あ、行商人のガラキは元から尻尾があるから見分けにくいね。


「温情に感謝致します」


 うやうやしく陛下に礼をして、お礼を伝える。

 こんな世界なのだから、王に対して取った態度だけで殺されても文句は言えないのだろう。

 不条理には文句も言うし、殺される気はないけど、通例にまとめられなかったことに感謝するべきだ。

 そして、王子達を騙したことも同様だ。

 色々と嘘を吐いてここまで来たのだから、その寛大な処置には頭を下げておきたい。

 僕が暴く陰謀は、陛下にとってプラスに働くかマイナスに働くか分からないからね。

 今更としても、少しでもマシな人間に見せておきたい。


 掌に置かれた瓶の重みがなくなってから、僕は顔を上げた。

 陛下は、瓶を傾けて中身を確認した後、一気に人魚薬をあおった。

 あまり迷いを見せないところを見ると、病気が相当にこたえていたのか、王子の手前で無様なところを見せられないと思ったからかな。


 陛下は薬の味に驚いて、すぐに飲み込めていない。

 甘味あまみレベルを勘違いしていたのだろう。

 レバンテ様のお屋敷でも、デザートにお菓子らしいものをほとんど見なかったことを思うと、砂糖が貴重な国なのかもね。

 さて、この驚いてくれている間に、治療魔法の準備をしておこう。


 今回は外傷は無いものの、内臓の疾患が多く、栄養も体力も低下していることを考えると、身体に負担のかからない治療魔法が良いだろう。

 一応、『身体精密検査カラダスキャン』で見る限り、癌にはなってなさそうだけど、潰瘍や腸炎が続いているから、癌の元は出来ている危険はある。

 魔法で栄養補給しながら、自然治癒をバク上げして治療を行った場合、たぶん癌が進行してしまう危険がある。

 なので、今回はリスクを低減させるため、自然治癒を操作する系統ではない魔法を使いたいと思う。

 かなり高レベルな治療魔法の『初期化イニシャライズ』と『復元レストアレーション』を併用することにする。

 『初期化イニシャライズ』は遺伝子情報を元に戻す魔法だ。

 ゲーム的な要素で言えば、性別変更や種族変更が魔法で出来てしまうので、それらの遺伝子的操作を取り除くために使われるようだ。

 因みに遺伝子を操作する魔法より、元に戻すこの魔法の方が低いレベルで使える。

 『復元レストアレーション』の方は、シエナ村の人達を治療するのに良く使った魔法で、患者に負担なく治療できる魔法だ。

 その分の素材が必要だけど、素材もカバンの中に入っているから問題ない。

 そして後は、病原性のウィルスや菌の処理だ。

 身体の中で『殺菌灯スターリーランプ』を発動させれば、何とかなる気はするけど……普段光に晒されない内臓に、紫外線などを当てて他の問題が出ても困る。

 『毒見桜リエイジェントツリー』で毒判定されるなら、『毒物中和デトクサフィ』で無害化出来るのでは?

 毒と一言に言っても、種類や作用で様々な物があるんだし、複数種類の毒物が存在した場合に、都合良くそれらを無毒化するような中和剤なんて、僕の知ってる現実的には無いんだけど……と、遠未来の技術を現実的に捉えても仕方ない。

 僕の知ってる近未来でも、恐らく最適解を見付けるのは、人間よりAIの方が遥かに早くなっただろうし、その延長にある技術なのだと咀嚼しておこう。


 陛下の喉が上下に動いた。

 じゃあ、まずは『初期化イニシャライズ』から。

 この魔法を使ったところで、目に見える変化は起きない。

 僕みたいに、見た目を魔法で変えてるなら別だけど。


 何も起きないことに不審がられる前に、『復元レストアレーション』を使ってしまおう。

 並行して『点滴ドリップインフュージョン』も発動させる。


「おお! 父上の顔色が!」


 王子が驚きの声を上げたように、この2つの魔法は見る見る効果を現してくれる。

 変化の見えるのは顔や手足。

 色艶が良くなって、まるで若返っていくようだ。

 陛下自身も自分の手足を、信じられないものを見るような目で確認している。


 『復元レストアレーション』は、無くなった物まで元に戻すから、手や足が切断されていたら、それすら生えてきてしまう。

 むしろ、陛下にそういった欠損がなくて良かった。

 そこまで回復しちゃうと、さすがに薬の効果としてはやり過ぎだろうから。


 そして仕上げに、『殺菌灯スターリーランプ』と『夏日傘パラソル』で少し光らせて、治療の完了を教える。

 もちろん『身体精密検査カラダスキャン』で、異常は全て無くなっていることを確認した。

 よし、人魚薬のお陰で、陛下の病気は完治したね。

 これで陛下が国政に復活して、跡継ぎ争いは少しマシになって欲しい。


 ただ、逆に、陛下を暗殺しようとした人にとっては、焦る事態になってしまうので、早く決着を付ける必要が出て来る。

 さて、その話をしたいのだけど……


 元気になった陛下はスルリとベッドから降り、腕を回したり膝を屈伸させたりしている。


「ふんっ!」


 なんか力瘤を作ってポージングしてるし……言うなれば、シングルバイセップス?

 って、それなりに筋肉あるし!?

 寝たきりじゃなかったの?


「ヴィクトールの勧めで、療養中も共に身体を動かしていたのは間違いじゃなかったな。前ほどの衰えはなさそうだ」


 間違いです!!

 何やってんの第一王子!

 ただでさえ栄養が摂れていない状態だったのに、回復に使う体力を別のところに使わせないでよ……

 だから症状が重くなったんじゃないの……?

 まあ、声にも張りが戻って良かったとは思うけど。


「本物の人魚薬は、これほどの効き目とは……」


 陛下の元気な姿を見て、少し自信喪失気味の第三王子。

 こんなにあっさり治ってしまうと、自分の使っていた薬がなんだったのかと思ってしまうよね。

 まあ、毒薬なら、大きな変化があるとすぐにバレて困るんだろうけど。

 ただ少し、王子もホッとしているように見える……王子自身は、人魚薬として期待する効能の方に勝って欲しい、という思いがあったのかもね。


「これほどの薬を分けてもらったのだ。これは、先ほどの約束を是が非でも果たさざるを得ないな。話を詳しく聞こう。座って話そうではないか」


 そう言って、陛下はソファの方へと歩いていった。

 何処となくその背中が、筋肉を強調するような歩き方に見えるのは気のせいか……?

 第一王子のうきんの父親なのは間違いなさそうだ。


 元気そうに歩いてくる陛下を見て、王后が泣くほど喜んで、それを宥める時間があったけど、4者共席に座って話せる体制が整った。

 というか、僕も着席を勧められたけど、座って良かったんだろうか……気にしないでおこう。


「それで──」


 陛下が口を開いたと思ったら、寝室の入口も開き、衝立ついたての向こうに人の気配が並んだ。

 そこにはまだミレルが居るんだけど……来訪者は気に留めず、声を張り上げた。


「ジェラールが参りました。少しお話ししたいことが御座います」


 第二王子だ。

 このタイミングでやってくるとは……瑞鳥であってくれれば良いが。

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