2-045 人命に比べれば軽いもので


「ジェラールか、ちょうど良い。こっちに来て一緒に話を聞け」


「は、はい」


 声から第二王子の戸惑いが伝わってくる。

 彼の予想した答えではなかったのだろう。

 それでも遅れることなく、陛下の言葉に従い、衝立の向こうからすぐに出てきた。

 そして、陛下がソファに座っているのを見て、驚きの声を上げた。


「ち、父上! そのようにしていてはお体に障りま……?」


 第二王子は、普段の状態からとっさに嗜めようとしたんだろうけど、状況を見て尻すぼみになっていく。

 陛下がその疑問に答えるように、ソファから立ち上がって、またまた腕にグッと力を入れる。

 さっきまで病人だったとは、全く思えない肉付きだ。


「そこの……ボグコリーナと言ったか? そのお嬢さんの人魚薬のお陰で、健康そのもののだぞ。どこも痛くない、怠さも全くない。今すぐにでも騎士団をしごきにいけるぐらいだ」


 いや、そういうのはしないで下さい。

 3日ぐらいは、身体の調子の確認のために激しい運動は止めてもらって、食事も消化に良い物から様子を見て欲しいぐらいなんだから。


「そ、そ、そんな薬がありますかッ!! それは本当に薬ですか!? 魔法より効果が高い薬なんて見たことがない!!」


 第二王子が激しく動揺している。

 いいえ、それは甘くて美味しいただの砂糖です。

 カバンの中のプラチナインゴットが原料の砂糖です。

 たぶん、プラチナは白金と言われるだけあって、一旦溶かして煮詰め続ければ、純白のきめ細かなラメの入った粉砂糖として再結晶化するんだと思います。

 一部の地域では、それを希少糖と呼んだとか……知らんけど。


「そうは言っても、現にこうして治っておる。世の中には知らぬ物もまだまだあるというだけではないか?」


「ボグコリーナ嬢! 貴女という人は、どれだけわたしを惑わせば済むのだ!! プロセルピナと共に魔法の研究をして編み出した、どれだけ高度な回復魔法でも、父上の病気は治せなかったというのに!?」


 動揺からの怒りがこちらに向いてしまった。

 僕が原因なので言い訳のしようもないけど、出来れば唾は飛ばさないでもらいたい。

 でも、高度な魔法って、一体どんなものなのだ……?

 これはもしかしたら、予想外にも、プロセルピナさんは高ランクの魔法が使えるか!?


「あの『ホイールケアキュイド』とかいう魔法か? 何度も掛けに来たから名前を覚えてしまったが、あれが効いているという実感は無かったぞ? まだ、フェルールの人魚薬の方が効き目があったな」


 そう言って陛下はどこか遠い目をする。

 人魚薬は効いたけど、後が大変だったのを、陛下は思い出してしまったのだろう。

 しかし、それっぽい名前の魔法だけど、僕の辞書さんサーチディクショナリ検索で見た覚えがないような……?

 名前検索すればヒットするのかな?


【析術『混合初級回復ホイールケアキュイド』】


 おお、あった!!

 ……

 …………

 ………………どうやら、効果は最も簡単な回復魔法『治癒ヒーリング』とほぼ同じらしい。

 説明に「どんなに初級魔法を混ぜても少ししか効果は上がりません」と書いてあった……ホイ──ケア──ああ、そう言うことね。

 確かに、他の魔法に比べたら、同じ魔法ランク帯でも難しいし効果は高いんだと思う。

 でもどれだけ初級魔法の混合を頑張っても、『再生リジェネレイト』の足下にも及ばないらしい。

 努力を否定されてるようでツラくなるけど……残念ながら頑張る方向が間違ってるってことなんだね。

 どこの世界でも、第一人者って、何をやったら正解なのか分からない状況で、暗中模索しないといけないんだから、大変だよね。

 もっと讃えられても良いと思う。


 んー?

 でも何か気になる。

 初級回復魔法って……

 待て待て!

 『治癒ヒーリング』と同じってことは、本人の自己治癒を加速させるような魔法ってことだよね?

 確か対象者に、充分な体力があるときに使わないと命の危険があったような……

 更に言えば、ウィルス性の病気の場合は、ウィルスが増殖するのを助けることもあるとか……


「何を仰いますか。魔法を掛けた後は、すぐにお眠りになられていたではありませんか? それは魔法が効いていた証拠ではないですか?」


 そう言って、第二王子の口角が上がる。


「ふぅむ、確かに、眠った記憶がないぐらいち、スッと眠っていたようだからな。そうだな、お前も良くやってくれていた」


 しみじみと首を縦に振る陛下。


「有難きお言葉です」


 そして優雅に一礼を返す第二王子。

 いや、なんかいい話風に進もうとしてるけど、それ気絶してたんでしょ!!

 ちょっと、本当に、この王子達は国王ちちおやを殺す気なの?!

 第三王子が病気にさせる → 第一王子が起きている間の体力を削ぐ → 第二王子が寝ている間にも体力を削ぐ → 死にかけるほどに弱る(イマココ)、みたいなそう言うヤツなの??

 まあ、病気のメカニズムが詳しく分かってない時代なら、ままあることだろうから、彼らが共謀して、陛下を殺しにかかったわけではないと信じたい……

 でも、少なくとも、結果的には殺そうとしたのと同義であることは、彼らに分かっておいてもらう必要があるだろうね。

 明日が終わってから、陛下に伝えよう。


「それはそうと、ジェラールよ。ボグダンという名に心当たりはないか?」


 陛下が少し視線を鋭くして問い掛けた。

 第二王子は陛下の視線を受けてたじろぐ。

 その態度がすでに、心当たりがあることを表してるね。


「父上がなぜその名前を……?」


「ボグコリーナが、お主が何かしようとしているのを教えてくれたぞ?」


 陛下は第二王子の質問への答えを、そのまま質問に変える。

 言えないようなことをしていないか?陛下のプレッシャーが増していく。

 第二王子は一度僕の方に視線を寄越してから、少し考える素振りをした。


「ボグダンという男が信用できるか不明だったので、父上には話しておりませんでした。プラホヴァ領の山村に、回復魔法を使える者が出たと聞き、調査したところ、そのボグダンという男でした。優秀ならば是非とも城仕えにしたいと思い、呼び寄せようと考えた次第です」


「それなら別に話しても良い内容だ。それだけではないな?」


「はい。そのボグダンという男、その山村の村長の息子でありながら、悪逆非道の限りを尽くす者だったと聞き及び、そんな者が回復魔法を使えるとは到底思えませんでしたので、偽情報の可能性を疑っております。それに、変形魔法と言う不可思議な名前も噂には聞きました。世の中には、人を人でない者に変えるような魔法も存在すると聞きます。石に変えたり、オコジョに変えたり、はたまたスライムに変えたり……そんな危険な魔法をもし使うような人間であれば、監視する必要があります。それには、本人を呼んで魔法を使わせてみれば解決しますので、呼んで確かめることにしました。そんな訳の分からない輩に、病床である父上のお心を煩わせる必要もないと思い、許可だけ頂いたのです」


 おおー! そういうことだったのかー!

 僕が呼ばれた一番の理由は、偽魔法使いを名乗る悪人だったからなんだ。

 っていうか、その良く分からん魔法分類、こんなところまで拡がっていたのか……噂とは怖いものだね。

 プラホヴァ第三爵うちの領主様には聞かなかったのかな?

 昨日のダンスパーティーの印象では、信頼してそうな雰囲気だったけど。

 いや、きっとそれよりも、圧倒的に悪評が多かったから、呼んで確かめることにしたのだろう。

 じゃあ、第三王子の治療っていうのは方便だったのかな?


「案の定偽物だったのか、刻限は明日だというのに王都に着いた報告もない。魔法使いが稀少なのを良いことに、なりすまそうなどとは……手配書を用意せねばならんかもしれんな」


 やれやれと首を左右に振る第二王子。

 元々かなりの犯罪者だったのに、このまま放っておけば国に追われる身にランクアップしてしまいそうだ。

 これは悪さを競うゲームではないし、僕の理想としても穏便に生活したい。

 気ままに諸国漫遊も良いかと思ったけど、それは決して国を追われてという意味ではない。

 今のボグコリーナが弁明するのも変だけど。


「いや、ボグコリーナの話では、明日その男は来るらしいぞ? その時に集めて欲しい人が居ると、今請願を受けたのだ」


 陛下が助け船を出してくれた。

 というか、その話をしようとしたところで、第二王子が乱入しただけなんだけだから、話を元に戻したとも言えるけど。

 陛下の言葉を受けて、第二王子の片眉が上がる。


「ボグコリーナ嬢。そのボグダンという男と顔見知りなのですか?」


「僕もそれが聞きたかったのです! 僕に近寄ったのは、ボグダンという男に便宜を払ってもらう請願をする目的で、父上に会うためだったのですか!?」


 今まで黙っていた第三王子も、ここぞとばかりに質問をしてきた。

 いや、どちらかというと責められてる気がする。

 僕が第三王子を利用していたのだから、責められても仕方がないのだけど……

 ただ、僕からも似たような言葉を返したいところはある。

 どの王子もボグコリーナに価値を見出していたから、僕は今ここにいると思うから。

 第三王子派が、陣営強化を急ぐ余りに、僕という素性の不透明な人間を、都合良くメリットだけを見て自陣に招き入れた結果だろう。

 それは即ち、僕を利用しようとしたということに他ならず、情報を集めきれずに判断ミスをしたという見方もできる。

 まあ、大抵のことは、お互い様なのだ。

 しかも、第三王子には王族と血の繋がりがないという、跡継ぎとしてあってはならない隠し事まである。

 最初からそのつもりだった僕か、一目惚れから入った王子か、どちらがたちが悪いかは裁判にかけても意見が分かれるところだと思う。

 あ、いや……性別を偽ってる点で、僕の方が分が悪いか……

 ただ、僕というリスクを招き入れた結果、第三王子を除いた王族が得るリターンは大きいと思うので、今は目を瞑って欲しいな。


 かと言って、これらのことを今説明するわけにもいかないのがツラいところ……

 誰かに麻酔を打って、代わりにしゃべらせられればなー


「恐れながら申し上げますが、皆さま、お姉様が困っています」


 振り返れば、傍に控えていたスヴェトラーナの横に、ミレルが立っていた。

 ミレルさんいつの間に!

 彼女の肩越しに衝立を見れば、プロセルピナがミレルに向けて片手を伸ばしたまま、オロオロとしているのが見えた。

 止めようと思ったけど、間に合わなかったって感じだ。


「ミリエール様、陛下の許可なく入室されるのはご遠慮下さい!」


 と言いながら、入口に立っていた近衛が、ミレルを追ってきて腕を掴んだ。

 いや、正確に言うと、陛下や王子達や近衛自身にも、掴んだように見えたと思う。

 でも、触れる瞬間にミレルがスッと横にズレたので、近衛の腕は空を切っていた。


「ボグダンのことでお話しのご様子でしたから、勝手ながら口を挟みました。ボグダンはわたしの夫で御座います。昔は色々と御座いましたが、今は過去のことを猛省して、人の問題ごとを解決すべく立ち回っております。一度お会いいただければ、すぐに分かって頂けると思います」


 手を開いたり閉じたりしている近衛を無視して、話しを続けるミレル。

 ちょっと目が据わって気がするんだけど……オコなの?

 身内のこととなると、目上の人も殺してしまうのがミレルさんだったね。

 そのミレルの態度に、場の緊張が高まる。


「下がるんだ!!」


 陛下や王子達に怒られるのを恐れたのか、近衛が語気を荒げながら、先ほどより攻撃的にミレルの腕を掴みにかかる。

 でも、結果は同じ。

 近衛の手は空を切った。

 これは僕が納めるしかない。

 魔石全起動した彼女を止められる人なんて、この場にはほぼ存在しない。

 とはいえ、彼も2回目の対応は早く、今度はすぐに、羽交い締めにすべく両手を構え、そして、僕が間に入る間もなく、ミレルに突進をかました。


「ぐげぇぅ!」


 と奇妙な声を上げて、つんのめったというか、その場に押し止められたのは近衛の方だった。

 近衛の首元を見れば、襟部分がキツく後ろに引っ張られている。


「待ってください! ミリエールお嬢様も落ち着いてください!!」


 これまた止めたのは、いつの間にか近衛の後ろに移動していたスヴェトラーナだった。

 後ろから近衛の服を引っ張っているようだ。

 僕からは彼に隠れてスヴェトラーナは見えないけど。

 王の寝室を守る近衛が、女子供二人に弄ばれている事実について行けないからか、陛下と王子二人は目を白黒させている。

 ここは今のうちに素直に謝っておこう。


「連れが騒いでしまい申し訳ございません。ただ、ボグダンが妹の伴侶なのは間違いありません。ですので、あまり悪く言わないでもらえると助かります。また、重ねてお詫び申し上げますが、明日までわたしのことはお話しできません。呼んで頂いた方たちが揃ったときにお話し致します。これも全て、人命を案じて──例えば陛下に毒を盛っていた人物がいる可能性も含めてのことですので、ご理解頂けたら幸いです」


 そう、僕にとっては、ミレルとスヴェトラーナの命が優先されるべきことだけど、陛下や王子達の命も、まだ犯人の手の届くところにあるかもしれない。

 それを考えれば、僕の正体なんてちっぽけなものだよ。

 この国にとって、国王陛下の命に比べれば。


「そうやって父上も騙すおつもりですか?」


「貴女方が命を狙っていないとも言えないではないか?」


「よせ、フェルールもジェラールも。それなら、あれほど効果のある貴重な人魚薬などくれたりはせぬ。確かにこの者たちは、我らの命を守ろうとしているのだ」


 僕の言葉を陛下は理解してくれた。

 誰よりも病気で苦しんでいたのは陛下自身だ。

 それでどれだけ救われたかは、陛下にしか分からない。

 そして、その言葉が誰の言葉より一番重い。


「承知致しました」


 第三王子は無言で俯き、第二王子は了解の言葉を返した。


「それでボグコリーナよ。誰を呼べば良いのだ?」


 ふぅー……ぎりぎりだけど何とかなった。

 僕は呼んで欲しい人たちの名前を、その場でリストアップして陛下に渡した。


 遂に明日が正念場。

 もう一度、見落としていることがないか洗い出しておかねば。

 犯人を逃がさない為の最後のピースが、きっと見えてくるはずだ。

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