2-043 知らなければ故意ではないようで
僕が薬に毒性があることを告げると、皆暫く驚いた様子だったけど、もちろんその状態は長く続かず、それぞれにアクションを返してきた。
「あなた、突然現れて、許可も得ずに何を言っているの! これは
まず、王后が激高した。
「うむ。フェニーの言うとおりだ。どこの誰だか分からんが、確証もなしに失礼なことを言うものではないぞ?」
そして、陛下が王后に追従し、僕を諌めた。
侍女たちは黙して語らず──
「ボグコリーナ様、さすがに無礼ではないですか……? そんなに僕を信用できませんか?」
最後に王子がやるせなさそうに、僕を責めた。
三者三様……そういう反応を見せるのか。
王后は一番早く感情的に反応したことから、恐らく陛下が薬を飲んだ後に体調を悪化させることも、王子が誰から薬を仕入れて持ってきているのかも知らないだろう。
ただ単純に、それぞれのことを信じて、深くツッコまないようにしていると見える。
だからこそ、信じていない僕に怒りが向いた。
逆に陛下は毒があることを身をもって知っているから、少し反応が遅れて、更にあえて「確証もなしに」という表現をしたのだろう。
声を荒げず、柔らかく諌めたということから、僕への期待があるのかもしれない。
一時的に魔法効果で体調が回復するとはいえ、食中毒を起こすんだから……飲みたくないんだろうね。
陛下が体調を崩して苦しんでいるのを、一番見ているのは侍女達だろうし、苦労しているのも彼女らだろう。
でも、彼女らは、口出しする立場じゃないと思っているから、色々知ってることがあっても何も言わないだろう。
まさに立場を弁えた反応だ。
そして、王子だ。
薬について触れることなく、僕が信じてくれていないことを残念だと言っただけ。
それでも明かせない秘密があるなら、黙っておく傾向にある。
それに、自分が良かれと思ってやってるなら、良い部分──例えばベネフィットを強調するだろう。
でも、王子はそれをしなかった。
つまり、人魚薬に毒性があることを分かっていて、それでも渡している可能性がある。
リスクが勝つかベネフィットが勝つか、もしかして王子は知っているのか……?
ベネフィットが勝つから使っている、って言うなら良いんだけど……態度から言って、きっとそうではないだろう。
でも、この持ち込まれた人魚薬の扱いは、確かに効果があることを、みんなが知っている必要がある。
噂レベルの薬を、何も調べずに一国の王が飲むことはないだろう。
よっぽど重篤で、明日には亡くなってしまうというぐらい緊急性を要しない限りは、毒見をさせるだろう。
なのに、その毒見役がいない。
ということは、最初に王子な持ち込んだ人魚薬は、毒性のない完全な人魚薬で、毒見も問題なくスルーして、陛下自身も副作用に苦しむことが無かったのではないだろうか?
そして、実績のある薬として信頼を得て、毒見役が間に入らなくなってから、毒性のあるものにすり替えていった可能性がある。
そうなると、衝動的で突発的な犯行ではなく、長い間をかけて行われた意図的で計画的な犯行ということになる。
わざわざそんな犯行をする動機は何だ?
考え方によっては、復讐のために苦しめて殺したくて、苦しめるためには長く続ける必要があって、続けるためにはバレてはいけない、と言えなくも無いけど……
ゆっくり苦しめて殺したいのでなければ、病気が悪化して死んだように見せたい──つまり、毒殺とは分からないようにしたいのだろう。
それはなぜだ?
犯人探しが始まって、跡継ぎ争いが更に激化するからか?
いや、王子が犯人だった場合、他の王子から弾圧されて継承権が剥奪されるのは必須。
だから、死因を病死にする必要があるだろう。
だとすると、動機は王位を得るためしか考えられない。
そして、それは充分動機たり得る。
今得ている情報では、この理由が妥当だろう。
ここで王子に、犯行を認めさせる手が無いわけでもないけど……何となく王子の人柄として、誰かに言われてやってるように感じられる。
全部演技で、全て王子が企てたことという可能性も考えられなくはないけど……それはないと信じたい。
それに、黒幕がいるなら、ここで王子に犯行を認めさせたら、黒幕をあぶり出せなくなってしまう危険がある。
なので、今は王子が知らなかったと言えるように進めよう。
「最初は問題なかった薬でも、長く使っていれば問題の出ることもあります。これを薬の副作用と言います。また、この薬以外にも薬を飲んだ場合や、薬を飲んだ前後の食事によっては、気分が悪くなったりします。これは、薬の飲み合わせと言います。更に、薬を必要以上に摂取しても悪い効果が現れる場合があります。これは、過剰摂取と言います。そして、薬も時間経過で傷んでしまうこともあります。これは単純に変質と言います。これらは、薬を扱う専門家でなければ、その変化には中々気付けないものです。特に、効果が強い薬は、効果を期待するあまり、過剰摂取をしてしまったり、副作用や飲み合わせに目を瞑ってしまいがちです。恐れながら、フェルール殿下はこのことをご存知でしたか?」
僕の言葉に、またしても驚きを露わにする王子達。
ただ薬の説明をして問い掛けただけなのに、こんな反応をされるとは……僕も少し熱を入れて語ってしまっていたらしい。
それもある意味仕方がない。
僕がなろうとしてなれなかった薬剤師の仕事を、こんなところでしているのだから……
今は、美容整形医なんだけどね。
「い、いえ……存じておりませんでした」
気圧されたように、おずおずと王子が返して来た。
正直者でよろしい。
そのために、この質問を選んだんだから。
知らなかったと言えば、とりあえず逃れられるでしょ。
「人魚薬は大変貴重な薬ですから、その知見がまだ得られていないでしょう。ですので、大抵の方はご存知ではないです。この薬を卸した方も、ご存知ではないかもしれません。陛下がお召し上がりになられている現状を鑑みますと、最初は確かに効果があって、副作用も出ていなかったと推測されます。長期間に渡って、定期的に、殿下がこの薬をお渡しされているのであれば、変質の可能性が高いと思います。わたしの存じております人魚薬は、輝くような白色でしたが、こちらは灰色掛かっています。少しずつ劣化して行って、今の状態になっているのではないでしょうか?」
僕はそこまで言い切って、初めて陛下へと視線を送った。
本来、歓迎されない行為だろう。
こんな世界の貴族の頂点が相手なのだから、最初の段階から相手の許可が必要だったと思う。
王子ですら、声が掛かるまで衝立の向こうで待機していたのだ。
僕には発言の許可も、顔を見る許可もを得ていないのだから、怒られても仕方がない。
でも、利益がある場合は異なってくる。
「その方、薬に詳しいようだな……」
陛下が神妙な表情で溜息をついた。
「陛下! この者の申すことを許すのですか!?」
王后が勢い良く陛下に詰め寄った。
やはり、とても失礼な行為だったようだ。
一つ謝りを入れておこう。
「このままお薬を召し上がっては陛下の身が危険だと思い、恐れ多くも勝手に発言してしまいました。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございません」
僕ははっきりと謝ってから頭を下げた。
ここ数日で、随分と演技するようになったと、しみじみ思う。
何せ今は、完全な女性体だし、もはや自分じゃないのだから、幾ら役を作っても恥ずかしくなくなってきた。
壁を越えれば、その先には、新しい世界が待っているものだね。
「発言を許す」
「陛下! 薬に毒があることを、お認めになるのですか!?」
僕の発言を許すことは、同時にその内容を認めることになる。
そして、それは陛下自身が毒を飲んでいたことになる。
更に言えば、王后から見れば
決して、許容できるような内容では無いだろう。
「フェニー……この薬は、徐々に毒が強くなっていったことは確かだ……だが、そんなことは誰も知らず、気付かなかったのだ。そしてこの者が言うように、厄介なことに効果もある。飲んだ後暫くは体調が良いのだ。少し経てば、良くない部分があったのだがな……」
陛下は言葉を濁して、侍女達へと視線を逃がす。
視線を受けた侍女達は、濁した部分内容を知っているからか、目を伏せるだけで何も答えない。
聞かれていないのだから、何も答えないのが正解だろう。
逆に視線の意図は理解して、王后に聞かれても答えないかもしれない。
食中毒様の症状なんて、聞いて気持ちの良いものでは無いからね。
「そんな……」
「母上!」
王后がふらりと蹌踉めいて、王子がそれを支える。
王后にはちょっと刺激の強い現実だったね。
少しソファにでも座らせた方が良いだろう。
僕が口を開く前に、王子が王后を窓辺にあるソファへと連れていった。
侍女もそれに付き従う。
必然的に、僕と陛下だけが取り残されることになる。
「その方、何者だ?」
鋭く重い、でも敵意は含まない声で、陛下が僕に問い掛けてきた。
「ただの陛下と殿下の身を案じる者です。名はボグコリーナと申します。フェルール殿下にお声かけ頂いて、こちらへお連れいただきました」
印象を良くするために、微笑みを浮かべてカーテシーで挨拶をする。
でも、陛下の厳しい視線は変わらない。
「言いよる。フェルールを利用したな……?」
「見方によってはそうなるかもしれませんが……殿下が薬を届ける前に、ここへ来る必要が御座いましたので、それならとご一緒させて頂いた次第です」
表情を崩さぬまま僕は
まあ、ほとんどここに来てから分かったことばかりなんだけど。
結果的に陛下を救うことになるのだから、全てが嘘ではない。
「どこまで本当のことやら。だが……あの苦しい薬を飲まずに済んだのは確かだ。お主は何を知っているのだ?」
陛下が、僕の心の奥を見透かそうという視線を投げ掛けてくる。
この見た目が偽物だと見分けられない時点で、心の奥を見透かすなんて不可能なことは明白なのだけど……一国の王だけあって、病床とは言え力のある視線だ。
でも、誰が何の目的でやったのかもまだ分かっていないのだ……今、全てを話しても解決できない。
解決するためには怪しいと思う人間を全員集めて、毒の話をして様子を見る必要があるだろう。
人魚薬に関わっている人と、ボグダンの呼び出しに関わっている人を、全て呼び出せるなら……
「わたしも分かっていないことが殆どです。陛下は、明日にシエナ村のボグダンという男が、フェルール殿下の治療に来ることはご存知でしょうか?」
話しの転換について行けないのか、目をぱちくりとさせる陛下。
「聞いたことがない。フェルールはどこか悪いのか?」
あ……そんなレベルで認識がないですか。
ボグダンが誰か?ということより、王子の心配をするところは好感が持てるけど。
まず人が来ることを聞いてないし、そもそも、王子の顔の傷が治せるとは思っていないから、治療という発想自体が出てこない状態みたいだね。
とりあえず、これで、僕を呼び出したのが陛下でないことだけは明確になった。
「殿下のお顔です。陛下がお呼びだと伺っていたのですが…………それなら誰が呼んだのでしょう?」
僕がボグダンの関係者ということは、知ってもらった方が良い。
僕の目的を良いように想像してくれるだろう。
「顔の治療……? それなら魔法使いか……そういえばしばらく前、ジェラールに魔法使いを招聘したいからと言われ、儂の名前を使うことを許可したな」
やはり第二王子だったか。
それなら、第二王子の方も目的を聞き出した方が良さそうだ。
毒を盛るのとは違って、悪いことでは無いと思うけど、計算高そうな第二王子の目的が、弟の治療だけとは思えない。
「して、お主は、そのボグダンという男とどういう関係なのだ? 答え次第では即追い出さねばならんが?」
陛下からの当然の追求が来た。
先に第二王子に関する情報をくれただけ、陛下は優しいと思う。
第三王子を利用して国王に近付いたとなれば、事と次第では罰を受ける可能性もある。
でも、真実──同一人物と答えるわけにもいかないし、それによってここを追い出されても困る。
「陛下……恐れながら、訳あって命の危険があるため、まだその質問に答えられません……その上で無礼を申し上げますが、明日ボグダンという男が来る前に、謁見の間へ幾人か人を呼んで頂きたいのですが……」
「何をバカなことを言っておる! 自分のことを何も答えず、要求だけしてくる者があるか!!」
さすがの陛下も怒ってしまった。
その声に、ソファで
うん、分かる、普通は怒ると思う。
今さっき会ったばかりの人間で、しかも信頼できるかも怪しいのに要求するだけなんて、僕でもイラッとすると思う。
でも、それでも、通さないといけないこともあるんだ。
みんなの身の安全のために。
国王さえ毒殺しようとしている誰かがいるなら、その犯人は国王以外の人間を殺すことなんて、何とも思わない気がする。
この国の中で、国王を殺すこと以上にリスクの高いことは無いから。
だったとしたら、その犯人は、僕たちが毒に気付いたことを知れば、僕とその周りにいる人間を、消しに掛かってくるかもしれない。
だから、僕たちの情報を公開できるのは、犯人を特定するその時以降だ。
だから、少し、無理を通そう。
「ツィツィ、カバンをここへ」
「はい!」
嬉しそうな返事をして、すぐに駆け寄ってくるスヴェトラーナ。
僕は、僕を裸にした侍女さん達が行った、持ち物検査を軽くスルーした、怪しい物は何も入っていないカバンを引き寄せた。
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