2-040 調査の基本は聞き込みのようで


 第三王子は国王の息子ではなかった。

 でも、そのことを知っている者がいたとしたら、確実に王位継承権は無くなっているはず。

 だというのに、跡継ぎ争いに第三王子が入っているということは、誰も知らない可能性が高い。


 こんな世界だから、血液検査とか出来ないだろうし、身体的な特徴から判断することがほとんどだと思う。

 そうなると、現状では、第三王子は事故で顔に酷い傷を負っているから、顔以外の部分で判断されることになる。

 良く小さい子供と親を見比べて、目の色が同じだとか、笑ったときの目元がそっくりだとか言われるけど、そういう分かりやすい比較が出来ないわけだ。

 もちろん顔以外にも、遺伝的特徴は出るのだけれど、筋肉の付き方や癖で変わってきて、顔に比べて分かりにくい。

 更に言えば、腹違いだから兄弟間の比較もしづらい。

 だから、第三王子が完全な他人だったとしても、振る舞いが似ていれば、誰も気付いていないのかも知れない。


 王子のすり替えが発生する可能性があるのは──赤ちゃんの時に取り違えられたか、あるいは……事故の時にすり替えられたかだろう。

 いや、もちろん、僕の知らない情報はまだまだ沢山あって、誘拐されていた時期があったとか、神隠しに遭ったことがあるとか、お忍びで街に出ていることが多かったとか、あるかもしれない。

 赤ちゃんの時に発生していたら、それは育ちとしては本物の王子で、誰も気付かなかったとしても納得できる。

 でももし、それ以外ですり替えが行われていた場合、何かしら陰謀が働いているだろう。

 それには、第三王子の過去を洗って、誰がいつすり替えることが出来たかを検証しなければならはい。

 でも、本当に、誰が何の目的で第三王子を偽物にしたんだ?


 王位争いで有利に立ちたい王族の誰か?

 自分の立場を優位にしたい貴族の誰か?

 それとも、あまり仲が良いとは言えない北方の領ブラツェンのスパイ?

 それなら、他国のスパイの可能性も?

 僕として最悪なのは、この国での立場を強化したい教会の仕業かな?


 すり替えの可能性が分かっただけの現状では、犯人と動機を特定するのは難しい。

 情報が足りないのは、充分分かっていることだし。


 とはいえ、誰もが第三王子を本物だと思っているなら、今さら偽物だと言ったところで信じる人は少ない気がする。

 だったとしたら、第三王子との繋ぎを確保したまま王位に就かせて、傀儡にすることが目的の可能性は高そうだ。

 可能性として消えたのは……他の王族の線だけか。

 ううん……やっぱり詳しく調査しないと何も分からないか。


 と、考えたものの……それを、僕が調べる必要があるのか?

 そっとしておけば、誰も気付かないのでは……?

 国王陛下と第三王子とどちらも治療して、快気祝いをして花火の件を説明して帰れば、丸く収まるのでは?

 いや……教会が犯人だった場合、第三王子が王位に就いたら、僕の身に危険が及ぶ。

 それだけじゃなく、ミレルや村のみんなも危険にさらすことになるだろう。

 それは頂けない。

 それに、このまま第三王子を治療だけして、あまりにも王族と掛け離れた顔立ちをしていたら、僕が疑われる事態になりかねない。

 そこは、上手く国王陛下に似せて治療すれば、疑いは回避できるだろうけど……それをすると、王子のすり替えの分かりやすい証拠を、完全に闇に葬ることになる。

 すり替えが分かってしまった僕が、これをやっちゃうと共犯者になっちゃうよね。

 そうなると、共犯者になりたくなかったら、調べるしかないわけだ。

 すり替えを知ってしまったから。


 面倒なことに、どんどんと巻き込まれて行ってる気がするのは気のせいか?

 マッチポンプ式に事件に巻き込まれて、それを解決するのは、平和を愛する名探偵の務めだから、仕方がないな……うんうんそれなら仕方がない。

 まあ僕は、お爺ちゃんが有名な探偵だったとか、なぜか小学生になったわけでもなく、ごく一般的な異世界転生をしただけのはずなんだけどなー

 と嘆きが浮かんでくるものの、推理マンガや難問を解くのは学生時代から好きだったりするので、少しわくわくしていたりする……

 未解決問題を解けた試しはなかったけどね。


 さて、犯人特定のためのプランが必要だ。

 それはすなわち、どうやって情報を集めるか、ということ。

 遺伝子情報としては、今日会った人達と第三王子には、血の繋がりが誰ひとりなかった。

 つまりこれは、魔法で知った情報から、繋がりを探ることは出来ないと言うことだ。

 だったらやることは、聞き込みしかない。

 第三王子本人に聞くのは、あまりにも不自然な気がするから、まずは国王陛下や他の王子達に聞いてみるのが良さそうだ。

 少なくとも、国王陛下には明日会える。

 それとなく、聞いてみるのが良さそうだ。



◆◇◆◇◆◇◆



 国王陛下への謁見するため、僕たちは王城へと来ていた。

 と言っても、城壁を備えて見張り塔が幾つも並ぶような、誰もが脳裏に描く城はスルーして、あまり高さもなく壁や塔よりも庭を重視した、どちらかというと宮殿と呼びたくなる建物に案内された。

 どうやら、城というのは砦であり、国王が城に住んでいるとしたら、それは戦争が頻発しているか、戦時中ということ。

 先の国を統一する戦争が終わってから、しばらく経っている現在では、現国王は王城ではなく、今の王宮に住んでいるとか。

 そりゃ危険がないなら、住みやすい方を選ぶよね。


 そして僕は、また想像力が不足していたことを思い知らされた。

 多くの可能性を考えられるから転生者に選ばれた、なんて神様の使いであるユタキさんには言われたけど、返上しなければならない気がする。

 そのぐらい、簡単に思いつくことだったのに……準備していなかった。

 いや、第三王子にそれだけ信頼されていると、高をくくっていたのかも知れない。


 国王陛下への寝室へと入る手前で、一度第三王子とは別れて、僕たちは別の部屋に通された。

 因みに人員は、ミレルとスヴェトラーナとは一緒で、シシイとイノは今回も待機だ。

 侍女はまだしも、護衛を連れているのは失礼だろうから外されたと思ったんだけど……


 第三王子の侍女とは違う、おそらく国王陛下に使える侍女達に、寝室に入る準備と称して取り囲まれていた。


「ボグコリーナ殿はお綺麗でいらっしゃいますので、殿下達も大変喜んでおいでですね」


「ボグコリーナ殿はお相手をお決めなったのですか?」


「武のヴィクトール殿下、知のジェラール殿下、商のフェルール殿下、皆さまそれぞれに優秀でいらっしゃいますから、迷われるのも仕方が御座いませんわ」


 侍女達がわいわいと楽しそうに会話しながら、世話しなく何かしらの準備をしている。

 王子達に比べて楽観的な感じがするけど、彼女たちは国王陛下付きだから、蚊帳の外なのだろうか?

 国王陛下が崩御されたら、仕事を失うような気もするのだけど……自動的に次の国王付になるのかな?

 しかし、何の準備なんだ?


「では、お召し物を脱がさせていただきますね」


 えっ!? いや、それは、困る!

 脱がされたらバレるモノがある!!


「陛下の御寝所にお入りになるのに、調べないわけにはいきませんので。皆さま最初は抵抗なさいますが、やましいことが無ければ、素直に従って下さった方が要らぬ疑いを掛けなくて済みます」


 やましいです!

 とってもやましいです!!

 だから待ってプリーズ!

 って、他2人は躊躇うことなく脱がされてるし!!

 僕が居るのに2人ともそれで良いの!?


「安心して下さいお姉様。ここには女性しかいないようですので」


 ミレルさん、フォローになってないよ……

 むしろ君らが裸になったら、それはそれでバレる危険が僕にはあるんだ!


 そんな僕の焦りとは裏腹に、にじり寄る侍女さん。

 他2人についている侍女さんも、とても慣れた手つきで2人の服を剥いで、服を調べていっているので、侍女さんの言うとおり、いつもやっていることなのだろう。

 これは、脱がされ始めたらすぐに分かるだろう……


「殿下も例外なく、別室で調べられていますので、ご安心なさってください」


 そこを心配してるわけじゃないよ!

 王子でも調べられるというのには驚きで、それなら僕たちが調べられるのも納得できるけど!

 いや、でも、まだ可能性が……どこまで脱ぐかによってはギリ堪えられるかも──


「下着の中に隠されているモノも、見落とすわけにはいきませんので、全部で御座います。大丈夫です、大切なお身体にキズを付けるようなことは致しませんし、お手を煩わせるようなことも致しません。優しく丁寧かつ迅速に、が、わたくしたちの信条で御座いますので」


 笑顔が怖いですよ侍女さん!

 隠してる、下着の中にナニかをちょー隠してるからまだダメです!

 だからといって、これ以上拒んでしまっては、国王陛下に会うチャンスがなくなる。

 光学迷彩でカモフラージュすれば……いや! それだと触られたらアウトだ。

 やはり、見えなくするのではダメだし、触れなくして違和感を感じられても困る。


 女性扱いにも求婚されるのにも慣れて来ていたけど、僕にはまだ覚悟が足りなかったんだね。

 男を捨てる覚悟が……

 ここは致し方ない……

 一時的に男を捨てよう。


 何でもかんでも魔法で出来るって言うのは便利だけど、自分というものが曖昧になってくるね。

 転生した時ではなく、今この瞬間に現存在ダーザインを説くとは……自分を形作る根幹アイデンティティを、実感させてくれる。

 確かに、転生により存在自体が変わってしまった僕なのだから、本当に自分自身を定義するものは、肉体ではなく別にある。

 我思う故に我があり、それはどんな形でも問題ではないのだ。

 それは存在すら必要なく、ただ自分が認識する自分の思いがあればいい。

 だから、ここで性別が変わろうが関係なく、それは僕自身である。


 さて、自己も再確認できたことだし、心置きなく。

 僕は魔法をこっそり発動させた。


 自分が認識するほどの時間も無く、僕の身体は変化した。

 今まででも散々いじってきたのだから、それほど気にすることではなかったようだ。

 骨格も肉付きも女性に寄せてあったから、僕が気になっていたパーツが変わっただけだ。

 ただ、やっぱり……遂にやってしまった、とか、一線を超えてしまった感は持ってしまう。

 クローズドなゲームなら簡単に変えられるし、ネットゲームでも課金したら変えられるし、なんなら現実でも、課金したら変えられるとも言える。

 だから、ただそれだけのことで、それを気にすることが性同一性障害というものなのだ。

 障害というのは、やっぱり自分がなってみれば、理解しやすい。


 という気付きをもらえたことはありがたいけど、服を脱がされて調べられるのには、恥ずかしさしかない。

 それはどちらかというと、男のままの方が強かったかも知れないね。

 いずれにしても、検査が終わったら元に戻そう。


「御退出された際も念のために調べさせてもらってますので、ご協力をお願い致します」


 ……左様で御座いますか。

 仕方がない、暫くこのままでいるか……

 持ち込まない、持ち出さないとは、感染症予防の原則みたいだね。

 というか、さっさとこの時間が終わって欲しい。


 だというのに、侍女さんの手が、僕を裸にして止まってしまった。

 ミレルとスヴェトラーナも、こっそりこっちを見てるし……


「あの……早くして頂けないでしょうか?」


「はっ!? 申し訳ございません。これまで見たどなたよりも、あまりにお綺麗でしたので、見取れてしまいました」


 かなり胸は小さい方だと思うんだけど、そういうもの?

 言い訳はこの際何でも良いから、手を動かして欲しい。

 侍女さんのモットーはどうしたの?


 と思ったら、身体を色々とまさぐられてしまった。

 隠せるところなんてどこにもないから、そんなに触らなくても良いんじゃないですか?

 胸とかお腹とか喉とか……変な声というより、ぐうの音が出ちゃうよ?


「女間者というものは、身の内に暗器コンシルを隠すもの。あなたほど美しければ尚のことです」


 確かに女スパイもくノ一も、キレイなほど任務が遂行しやすいというからね。

 キレイだと認識されたなら、念入りに調べられるのも受け入れねばならないのね。

 美人は得と言われるけれど、損をすることもあるということ。


「はい、服も身体も全く問題御座いません」


 言うが早いか、逆再生のように、僕に衣服を着せていく侍女さん。

 停止時間があったものの、モットーは確かなようだ。

 ただ、大切なお身体に傷はつかなかったけど、大切なお心にはちょっぴり傷がついた気がする。


 さて、審査も無事済んだことだし、いよいよ国王陛下とご対面だ。

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