2-041 毒は身体を蝕むようで
国王陛下の寝室に入って、すぐに見えたのは、天蓋付きの大きなベッド。
ただ、僕たちとベッドの間には、
これはまだ、見えてないから、お目通りが叶ったとは言わない状況かな?
僕たちはその衝立の前で、
寝室は病室特有の匂いが感じられ、陛下は長くここにいることが伺えた。
もし、天寿を迎えようとしているのなら、僕は手を加えるつもりはない。
シエナ村村長の息子である僕は、国王陛下の臣下であり、病気の治療などの要請には応えるべきではあるけど、それにも範囲や限度があると思う。
寿命は、運命や
それは人が未知を恐れるが故に、または渇望するが故に生まれる感情だと思う。
だから、その手段があることを知れば、ただ求める人が殺到するだけなら良いけど、排他的な感情や欲望を刺激して、争いを生むかも知れない。
一人の人を救った結果、多くの命が失われる未来に繋がりかねない。
恐らく、にのかみなら、僕がしたいと思ったらすれば良い、と仰りそうだけど。
その結果訪れる未来も、全て可能性の内の1つって。
でも、僕は……ただ傍に居て欲しいと願った人以外には、寿命に関わる魔法を使わないだろう。
チラリとミレルに視線を送れば、見ているだけで安心できる笑顔を返してくれた。
うん、間違っていないと思う。
「父上、フェルールが参りました。御加減如何でしょうか?」
第三王子が声を掛けると、衝立の向こうで動く気配があった。
陛下が身を起こしたのだろうか?
「まあ、フェルール。良く来てくれたわ……さあ、こちらに来て陛下にお顔をお見せしなさい」
少し疲れを感じさせる女性の声が聞こえた。
第三王子に命令できる女性ということは、お后様のお一人だろう。
話し方から察するに、第三王子の母親かな?
「母上、またいらっしゃっていましたか……」
なんだかまるで、母親がいることが嫌なような、苦々しい言い方だ。
「流行病が
病気の原因が分かっていないこの世界では、病人には近付かないのが鉄則なのかな?
だとしても、看病が必要なら、誰かがついているべきだろうけど……わざわざ后が来る必要はないということか。
それだけ、病状は芳しくないのだろうね。
「フェニーぐらいだ……ここに来るのは……」
ベッドから微かに、しわがれた声が聞こえた。
国王陛下の声だろう。
声だけ聞けば、かなり高齢だと勘違いしてしまいそうな、かすれた声だった。
これも病気によるものなのだろうか……
「陛下……誰に止められようと、わたしはいつでもあなたのお傍に居たいと思っております」
先程呼んだのはお后様の名前のようだ。
姿はまだ見えないが、夫婦仲睦まじいのは美しいこと。
それだけで感動出来てしまう。
ああ、そんな奥さんが僕にも欲しいなと……いや、今は余計な妄想をしている場合ではない。
しばらく間を開けてから、再び陛下の声が聞こえた。
「フェルール、何用だ?」
先ほどよりは幾分か力強い声が、王子に投げ掛けられた。
王子は居住まいを正して、先ほどより更に頭を下げた。
「いつものお薬をお持ちしましたのと……少し報告したいことがございます。お顔を拝見してもよろしいでしょうか?」
つまり、傍に寄っても良いかと聞いているのか。
単純に病気が感染しないように近付かないのかと思ったけど、それだけでは無かったようだ。
こういう場でのマナーは難しいな……
王子の問いに対して、先程より更に小さな声──どちらかというと独り言が聞こえてきた。
「あの不味いクスリか……あれを飲むと腹が痛くなるのだが……いや、息子が苦労して手に入れた、貴重な人魚薬を無下にするわけにはいかんな」
たぶん、魔法で聴力が勝手に強化される僕にしか聞こえていないだろう。
聞かなかったことにしておこう……まてまて!
その薬って、やっぱりレバンテ様のお屋敷の人魚──サラの病気の鱗じゃん!
鱗に付着した細菌が滅菌もされてないし、取り除かれていない状態で薬にされたってことなんじゃ……
知らないって怖い……時には良かれと思って自ら死を選ぶ。
と言っても、昔は身体に良いとされていた物が、後の世で有毒とされるのは良くあることなのだけど。
この場合は厄介だ。
人魚薬が本当に人体に有意だった場合、素材は本物の人魚の鱗なのだから、全てが有害だとは言い切れないし、それが毒だと言っても信じられにくい。
そもそも、僕は薬を検分した訳でも無いのだから、僕の妄想かも知れないし。
念のため、薬が取り出されたら確認してみよう。
「許可する。顔を見せよ」
これが国王の威厳なのか、病気で寝ている状態でも、傲然たる態度を崩さない。
それはプライドなのか、慣習なのか、惰性なのか……その姿を見ればはっきりするかも知れない。
王子に促されて、僕は一緒にベッドの傍へと歩き出した。
ミレルとスヴェトラーナは、ここまで一緒に来たものの、衝立の前に留めらてしまった。
陛下のプライドが高いなら、病床の姿など誰にも見られたくは無いだろうし……興味本位で病人を見たいというのも失礼だ。
2人にはしばらく待っていてもらおう。
衝立を出てベッドを見れば、若く見える女性がベッド横に立っている。
王子の母親なのだから、それなりの年齢だと思ったのだけど……同い年ぐらいに見える。
看病の疲れなのか、多少やつれては見えるけど、それでも美人だと思える。
さすが一国の王の后だ。
うん、まあ、ミレルの方が可愛いけど。
「あらフェルール? 横の方はどなた?」
后が僕を見た瞬間に、先程までの暗い雰囲気はなりを潜め、優しい雰囲気で微笑みを浮かべた。
こんなところまで連れて来たのだから、その意味を察したのだろう。
「この方は──」
僕は王子の言葉を制するように、王子の前に手を差し出した。
さて、ここからが正念場。
どう説明したものか……
「殿下のお言葉を遮って大変申し訳御座いません」
とりあえず、目上の人のやることを止めたことを謝罪しておく。
同時に、僕を責める切っ掛けを与える言葉となるのだけど、そこを更に機先を制して……
「ですが、陛下の御身を案じまして、先に
「まあ! それもそうね。誰か薬を飲む準備を」
僕の提案に、お后様がすぐに乗って、声に応じて近くに待機していた侍女が2人入ってきた。
最近若い侍女しか見ていなかったから、高齢の侍女は少し新鮮だ。
王子から見たら、婆やと呼ばれてそうな雰囲気がある。
長く国王陛下に仕えている、信頼の置ける侍女なのだろう。
一人の侍女は、シルバーのトレイに、ガラス瓶とガラスコップを載せて持っている。
ガラス製品を他であまり見ていないことを思うと、これらも高級品の類いなのだろう。
もう一人の侍女は、僕たちとは反対のベッド脇に立って、一礼してから陛下が起き上がる介助を始めた。
ここでようやく、僕はこの国の国王陛下と対面した。
薄ら白い顔は頬が痩せており、あまり食べられていない程に病状が悪いことが、その見た目から簡単に予想できた。
だというのに、掛け布団から出された腕には、それなりに筋肉が残っているように見える。
痩せ細ってはいるものの、王子を見る眼光はしっかりと強く、座る姿にも威厳があり、見た目以上の存在感を与えていた。
国王の矜持として、病魔に打ち勝って必ず玉座に戻るという信念が、そこには見えているようだった。
意思の力で打ち勝てるような病気であれば良いんだけど……とりあえず、治療するには現状を知っておきたい。
僕はすぐに、『
AR表示される陛下の状態は、潰瘍や腸炎といった消化器系の疾患と、弱い肺炎という呼吸器系の疾患もあった。
体力の低下に伴う機能不全なのか、薬の影響によるものなのか、それとも他になにか原因があるのか。
癌までは発症していなかったものの、このまま疾患が続いて内臓にダメージが継続すれば、発症する可能性は上がり続けてしまう。
幸い複合的だけど、一つ一つは重症ではないので、治る見込みのない病気ではないようだ。
あと目立った点は、床ずれのような褥瘡がないことから、ずっと寝ているわけではなさそうだ。
症状の割に筋肉量が落ちてない理由は、何かしら運動しているからだろう。
因みに、『
でも会話をしている感じは、親子関係にあるように見えるので、もしかしたら王子自身も気付いていないだけかもしれない。
ベッド上の準備が整ったのを見て、王子が懐から包みを取り出した。
さて、この薬を、どうやって検分して、どうやって問題があることを伝えたものか……
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