2-039 まとめれば道筋が見えてくるようで


 第三王子主催のダンスパーティーがお開きになって、レバンテ様のお屋敷へと戻ってきた。

 朝から晩までパーティーとか、ホントに貴族は悠々自適な生活と言いたくなる。

 実際に目にしたのは、泥臭い情報戦と派閥争いなわけだけど。

 仕事していた頃も、多くの人が集まる会議ってこんな感じだったな……

 貴族間では、ダンスが会議の代わりなのかもしれないね。

 まあ、全然話は進んでないし、むしろ勘違いを増やすだけだったけど。

 会議は踊る、されど進まずってね。


 帰ってきて第三王子を労いがてら、魔法で作ったアイスワインとマシュマロを、夜食として持っていった。

 もちろん、異国の行商から入手したということにしてだ。

 やっぱり、疲れたときは甘いものに限るからね。

 チョコレートを選ばなかったのは、プラホヴァ城でのネブン様の一件があったからだ。

 媚薬効果が出るんだとしたら面倒だからね。

 お酒は……普段から飲んでいるから大丈夫だと思う。


 といっても、夜食はメインじゃない。

 僕は話したいことがあるから、王子のところを訪れたんだ。

 夜食の感想を軽く流して、僕はすぐに本題に入った。


「国王陛下のこと、公言できないこととは重々承知しておりますが……早く知りたかったです。やはりわたしのことを信頼はされていませんか?」


 昨日の段階で、第三王子は陛下の容態がバレるのを示唆する言葉を言っていた。

 それなら、話してくれても良かったのでは、と一応責めに来たのだ。

 後の話をスムーズに進めるために。


「そんなことはありません! 僕自身はあなたがどこの誰かなんて関係なく、信頼をしています!! ただ……どうしても、王子という立場として……昨日僕がああ言ったのも、早くバレてくれれば良いのにという思いからです。そうすれば、あなたに隠し事をしなくて済みますから」


 自分が隠し事をしている立場で、こういうことを言われると刺さるものがあるね。

 僕も身の安全を優先していて、それは王子も同じで、どちらも隠し事をしている。


「跡取り争いしていることを、教えて下さっていれば、わたしももう少しうまく立ち回りが出来たと思います……」


 うまく立ち回ったところで、他の王子達からの誘いは断れなかったから、あまり結果は変わらないのかもしれないけど、今は責められる部分を責めておく必要がある。

 どちらかというと、ダンスパーティーであることを知らなかった方が焦ったので、そっちを知っておきたかったという思いで責めている。

 この世界の貴族の常識として、踊るのが当然かもしれないから、言葉には出さないけど。


「見苦しいところを見せてしまいましたね……でも……僕の実力不足はあると思いますけど、もう少しあなたの素性を教えてもらっていれば、準備に時間を割けたと思います……」


 王子としても、僕から責められるだけでは終わらないか。

 第三王子は商才がありそうだから、交渉も上手なハズだよね。

 でもそれは、僕も解を持っていない。


「わたしは、なぜか少し裕福な暮らしをしていた、ただの町娘です」


 自分を娘って言うのがむず痒すぎるけど、ここはガマンだ。

 娘ではないけれど、金にがめつい整形医の子供だったのだから、裕福な暮らしをしていたのは間違っていない。

 もちろん僕は貴族ではなく、学生からサラリーマンになったという、一般人の一人でしかなかったのだから、町人と言っても良いだろう。

 更にもう一つ念を押しておこう。

 僕も段々、演技に抵抗がなくなってきたような……


「知らないことは教えられません。わたしにも知らないわたし自身のことが、どうやら色々とあるようなのです」


 うん、ぶっちゃけ、プラホヴァ領主様や家令のコンセルトさんが、僕をどういう扱いにしているのか、僕は知らない。

 それに、転生して知らない人の身体に入ったんだ。

 僕の知らない僕は、まだまだたくさんいるだろう。

 これをどういった意味で捉えるかは、聞き手次第だ。


「そうですか……何も知らされていなかったのですね……僕も王子なんてやってますから、その気持ちは少し分かります」


 申し訳なさそうな口調で、僕を気遣う第三王子。

 王子という立場上、知らないところで王子としての振る舞いを強要されてきたのだろう。

 突然、立場上の責任とか言われたら、それはそれはやるせない気持ちになるからね……元平社員として、僕もその気持ちは良く分かる。

 お互いに理解できるというのは、何だか安心できるよね?


「殿下……お気持ち痛み入ります。それでも、その上で申し上げます。殿下のお隣に立つという光栄な立場を頂く相手が居るとしたなら、殿下はその相手を父親に知らせなくてよろしいのですか? 病床なのでしたら……いえ、不敬な考えでした。どうかお許しください」


 そう言って、僕は深く頭を下げた。

 そう、国王陛下が死ぬことを連想するなんて不敬だ。

 そんなことを、その息子である王子に面と向かって言うなんて、死罪にされても仕方がないぐらいのことだと思う。

 光栄な立場を頂く誰かということにしたものの、これ以上王子の顔を見て話してられないと思って、顔を伏せたわけではないよ、決して。


「あなたはそこまで考えて……顔を上げて下さい。奥ゆかしい素敵な申し出で嬉しく思います。あなたの気持ちは受け止めました。明日、ちょうど薬を渡しに行く予定でしたので、その時に一緒に来て下さいますか?」


 どんな気持ちを受け取ったのか、聞いてみたいところ……いや、むしろ聞きたくない気がする。

 ツッコミどころは色々あるけど、王子は納得してくれたようだ。

 今日話したかったこと──要求は全面的に受け入れられた。

 これで無事国王陛下に会える。

 一緒に第三王子が居る状況で、どこまで出来るかは分からないけど、可能な限り状況が好転するように会話してみよう。

 後は……陛下の容態が、会話できないほどでないことを祈る。


 そして僕は、第三王子との会談を終えて、無事何事もなく部屋に戻った。



◇◆◇◆◇◆◇



 ベッドで寝息を立てているミレルの頭を、一度優しく撫でてから、僕はソファへ身体を預けた。

 うにゃうにゃ良く分からないミレルの声が聞こえたけど、慣れないパーティーで彼女も疲れたのだろう。

 起きることなく、そのまままた寝息が聞こえてきた。

 ちなみに、ダンスパーティーでミレルへの誘いは、一度もなかった。

 なぜって? それは僕が魔法で認識阻害を掛けていたからだ。

 紹介する場面では多少認識できたろうけど、基本的に参加者には見えていなかったはずだ。

 余計な虫が寄ってきたら嫌だからね。


 さて、情報の整理だ。

 今日分かったことは色々ある。

 だからこそ、更に疑問が浮かんできた。

 それらを一つ一つ慎重に把握していきたい。


 国王陛下に会う上で、整理しておかないといけないことは幾つもある。


 第三王子の治療のこと。

 花火のこと。

 王都の現状。

 教会の動向。

 国王陛下の体調のこと。

 跡継ぎ争いのこと。


 僕はこれらが、それぞれ独立していることではないと思っている。

 風が吹けば桶屋が儲かる論法は、悪い意味で取られがちなので、バタフライ効果と言った方が良いよね。

 直接的で分かりやすい例だと、陛下が体調不良だから跡継ぎ争いが激化してるとか、花火の騒動があったから物価が上がって王都の治安が悪化してるとか。

 人間関係から経済動向まで、様々なものが影響し合っている。

 だからこそ、どう対処するのかは、真因を捉えて、それを解決するのが一番良い。


 今回、僕が王都に呼ばれたのは、第三王子を治療すること。

 最低限このミッションをクリアすれば、あの山奥の長閑な村に帰ることが出来る。

 ミレルと二人、ロッキングチェアに腰掛けて、お茶でも飲みながらのんびり過ごす日々が帰ってくる……はず。

 そんな慎ましやかな理想の生活という夢想は置いておいて……


 このミッションには、花火の誤解を解くサブミッションが付随する。

 これは、知らなかったとはいえ、僕が不用意にお祭りで花火を上げてしまったが故に、国内に居る不穏分子の戦争準備に見られてしまった可能性がある、という自分の失敗の後始末だ。

 是非とも完遂して、憂い無く帰りたい。

 そして、この憂いは、王都の現状を見る限り、現実味を帯びていると言うこと。

 物価の上昇や治安の悪化、頻発する悪魔騒ぎなどとして、確実に緊張を高めて行っている。

 尚のこと、憂いを晴らさなければならない理由だ。


 これらのミッションの障害となるのが、ヤミツロ領で白鶴に聞いた内容で、教会の思想から考えて、僕を排除しようとする行動が予想されることだ。

 この国における教会の本部は王都にあるから、僕が王都に来ている間に、何か仕掛けてくるのではないかと危惧して、正体を偽った上で王子に接触するという面倒な手段をとっているわけだ。

 ここで重要なのは、穏健派のイオン司祭は教会の総本山に出掛けていて、過激派のツヴァイ司教が僕の対処に独断で当たってくるかもしれないということ。

 教会がどんな手段を取れるのか未知数だけど、この国における権力は低く、また所有しているリソースも少ないことから、武力行使をしてくるわけではなさそうなのが救いと言える。

 民衆を煽動するとか、そう言う手段の方が対応は面倒そうだけど……


 そして、更に事態をややこしくしたのが、僕の取り入った第三王子が教会派だったこと。

 僕が第三王子を治療すれば、自動的に僕が王都に来ていることが教会へバレるということ。

 更に言えば、教会が僕をおびき寄せるために、第三王子の治療の依頼をしてきた可能性が出て来たこと。

 それは、国王陛下の体調が悪いことで、確率が上がってしまった。

 国王陛下からの書状なのは間違いないのだけど……体調不良の陛下が、なぜその指示を出したのかが疑問に残る。


 そして、事態の進展を遅れさせているのが、国王体調不良による、跡継ぎ争いの激化だ。

 それぞれの派閥が、有利なカードを取り込もうと躍起になっている。

 誰かに知られる前に囲い込むために、繋ぎを付けたとしても、その情報が外部に漏れないように守りに入っている。

 ダンスパーティーであれだけの人を集めるのに、充分に早い対応だったと思えるし、国王に素性不明な人を簡単に会わせられないからと思っていたんだけど……僕がレバンテ様のお屋敷に宿泊したことも、国王陛下への謁見が中々出来ないのも、僕というカードが明るみになるのを、遅らせるのが目的だったのではないかと思えてくる。


 それに、もしかしたら教会も、この機に乗じて勢力拡大や国教化を目論んで、第三王子を取り込んで何か企んでいるのかもしれない。

 国王陛下相手では進展が臨めなかったから、次の国王へと乗り換えているのかもしれない。


 なんとなく教会が全て悪いように思えてくるのは、教会の印象が悪いというバイアスがあるためなのか……


 そもそも、国王との繋がりが浅いツヴァイ司祭が、国王の許可を取って、僕を書状で呼び出せるとは思えない。

 それに、仮に第三王子経由で魔法使いを呼ぶ書状を作ったとしても、魔法関連は第二王子の管轄なんだから、第二王子の目に触れるはずだ。

 この跡継ぎ争いをしている状態では、第二王子が第三王子に利があることを許可するとは思えない。

 だいたい、治療系で腕の良い魔法使いを呼ぶのなら、床に伏せっている国王の方を優先するはずだ。


 王都で最近頻出する悪魔騒ぎもそうだ。

 悪魔という名を聞くから、教会が関係しているように感じるけど、騒ぎを起こしたところで教会に利はないはずだ。

 単純に、貴族達の目が跡継ぎ争いに向かっていて、現状が見えていないだけかも知れない。


 同じく、ヤミツロ領が混乱に乗じるように増税したのも、国政を行う者達の注意が逸れていて、見逃してしまったから出来たことの可能性がある。

 第三王子はそれを見ようとしているだけ、他の王子達よりまともなのかもしれないし、僕がまだ他の王子達のことを知らないだけかもしれない。


 うーん……また、考えが発散し始めた。

 結局のところ、現状では、真因を炙り出すほどの情報は得られていないということかな……

 ただ、少なくとも、原因の多くに、国王陛下が病気であることが関わっているのは確かだ。

 これを片付ければ、半分は落ち着く気がする。

 だったら、国王陛下を治療して、跡継ぎ争いを沈静化に向けさせて、ボグダンを呼び出したのが本当に陛下なのかを本人に確認すれば良いのか。

 跡継ぎ争いが収まれば、治安の話しも片付けられるし、花火の話だって出来るわけだし。

 そして、そのチャンスは、明日にも揃うわけだ。

 第三王子も横にいるんだから、ついでに治療してしまえば良いのかな?


 うんうん、良いんじゃないかな。

 これは、解決の目処が立ってきたんじゃない?

 陛下と王子のことを片付けてからなら、教会のことだけ見れば良いし、何とかなるような。


 もしかしたら、人間関係を洗い出せば、教会に繋がる人は見えてくるんじゃないかな?

 僕には『診察記録カルテ』という便利な魔法が出来たわけだし。

 ちょっと、今日会った人達を並べてみてみよう。


 魔法を起動して人を並べてみると……王子達を先頭に派閥が分かれるかと思えば、そう単純なものでもないらしい。

 当然と言えば当然だろう。

 貴族達の中には、二人の娘を別々の派閥に、政略結婚させていたりする人もいるようだ。

 なので、人間関係を結ぶ線は、複雑に絡み合っている。

 ビジュアル化しても、分かりにくい関係は分かりにくいか……


 そしてまた、僕は先頭に並べた王子達に視線を戻すして……あることに気が付いた。

 でも、これはあり得ないことだ!

 王子達の間に線が足りない。

 血族なら繋がりがあるはずだ。

 第一王子と第二王子の間には、遺伝子情報上の父親が同じという関係性が見えている。

 母親は、正室と側室みたいに、腹違いなのも父親が国王なら納得できる。

 でも、第三王子には、他の王子との繋がりがない!!

 つまり、母親も父親も他の王子とは異なると言うこと。

 そうなると、完全な赤の他人だ。


 これは、どうやら、真因はまだまだ遠いようだ

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