2-035 それは思ったより大規模なようで


 王子が次に連れて来てくれたのは、予想していたとおり観劇だった。

 今回見せてもらったのは、まだ貴族だけが楽しむような演劇で、大ホールで上演するようなものではなく、限られた人間が広々とお茶などを楽しみながら見る娯楽のようだった。

 大衆演劇は別に存在しているみたいなので、どこかで見てみたいな。


「とても素敵なお話でしたね、お姉様」


 観劇を終えて、ミレルが瞳を少し潤ませていた。

 演劇と言っても、僕が日本で見たような舞台ではなかった。

 音楽は少なく、ほとんどが俳優の台詞とナレーションで構成されていた。

 確かにこれこそが演劇なんだけど、場の盛り上がりは音楽や歌があってこそだなと感じてしまった。

 更に言えば、ライトの演出とプロジェクションマッピングやバックスクリーンのCGがなければ、臨場感は目減りしてしまうものなのかと……進化した先余計な知識を知っていると、どうしても見劣りしてしまった。

 しかしながら、演劇としての余計な要素がない分、視線は確実に演者へと向き、その演技に引き込まれる。

 だからこそ、彼らの努力はそのまま僕たちに向かい、感情は確実に伝わると思う。

 その部分には素直に感心できた。

 今回は、どこかの小国の王子の悲恋を描いた物語だったが、王子の喜びや悲しみが、音楽や効果音なくても、その演技だけでしっかりと伝わってきた。

 恋人をうしなって悲しみのどん底に突き落とされた王子だったが、それでも成すべき事をするために生きていくことを選ぶという、生きることの意味を問うようなメッセージ性が伝わってきた。

 ただ、この国の王子がこれを見てどう思うのか、横が気になってソワソワしてしまったけど。

 在り来たりな感想を言っても、王子は気にしないだろうけど、何だか気持ちに寄り添った感想を言った方が良いような気がしてきた。


「そうですね。物語としては、悲恋からの意志ある決断で感動的だったと思います。この後、王子はいずれ王となり、劇中の王とは違って人の心が分かる政治をしてくれるようになるのでは?、という少し明るい未来が見えた気がします」


 結局、当たり障りのない感想になるわけだけどね。


「ははは……僕のことを言われてるわけでもないのに、何だか諌められている気持ちになります。でもしっかりとした意見をもらえることは嬉しいです。玉座の横であなたの言葉をもらえるなら、僕も少し明るい未来が見えてきます」


 それは王妃として意見が欲しい、とかそういうやつだよね?

 何がなんでもそっちに話が持っていくね。

 確かに、王子が今回僕を連れ出したのは、それが目的なんだけど。

 奥手な僕は、こうも積極的に来られると、逆に引いてしまうよ?

 応じられるなら応じたいみたいな言い方したけど、元から応える気は全くないからね!

 純粋に、作戦を気にして、僕が引いた事が王子に伝わって、悪い印象にならないか心配なだけで!


 そんな心配をしながら王子を観察していると、ミレルが僕越しに王子を覗き込んだ。


「フェルール殿下、姉は身内をしっかり立てる性格ですよ?」


 なんのフォローなの、身内になれば変わるみたいな……

 そもそも、僕ってそんな性格だっけ?


「そうですか、失礼しました。自分のしないことを望まれても困りますね。でも、褒めてもらえるのも安心できて良いですよ」


 苦笑いを浮かべた後、ミレルに微笑みを返す王子。

 何でも良いのか?

 しかし、仮面を付けているのに、意外に表情が分かりやすい王子だ。

 感情が読めないと、人は不気味がることが多いから、わざと分かりやすく振る舞っているのかもしれないね。


 こうやって一緒に出掛けると、その人の違った側面が見えてきて、人となりを知る上では重要かもね。


 この後、僕たちはそのまま同じ場所で、管弦楽の鑑賞を行って、レバンテ様のお屋敷に戻り、偽装デートは無事完了した。



◇◆◇◆◇◆



 次の日──つまり、他の王族に会う日だ。

 反故にはされず、ちゃんと準備は進んでいて、昼から夜までという結構長い時間かけて行われると聞かされた。

 恋人の家に遊びに行って、そのまま晩御飯を食べて帰る感じかな?

 恋人とか居たことないけどね。


 なんてバカなことを考えていた瞬間が僕にもありました。

 昼からと言われたのに、朝の内から移動させられて、考えが甘過ぎたことを実感させられたわけで……


「会場でお召し替えしていただけますので、今は特に指定は御座いません。何なりと御自由になさって下さい」


 思ったより早い出発だったので、いつもの侍女さんに服装を問いかけたその返答だ。

 会場って言ってる時点でおかしいよね?

 そう、王子達は、家族に会わせるという約束をしてくれたけど、家族だけに会わせるとは言ってなかった!

 そしてその会場は、王城城壁内部に建てられた大きなホールだった。


「こちらがお嬢様の控室で御座います」


 まだほとんど人の居ないホールを横切って、踊り場のある大きな階段を上がって、2階廊下を少し進んだ先にある部屋に通された。

 なんかヤバイ気がしてならない。

 1階はたぶんダンスホールだよ?

 昨日見た楽団の人達が、1階で何か準備してたよ?

 昨日音楽鑑賞をしたのって……ワルツばっかりじゃんって思ったけど、もしかして王子が最終チェックしてるのを一緒に聞いてただけだったの……?

 そう、これから始められるのは、完全に貴族のパーティー──いわゆる宮廷舞踏会だ。


 マジか……コンセルトさんに一応ダンスも聞いたけど、あんな付け焼き刃にもならないような練習時間だと、貴族相手はもちろん、王族相手には踊れないぞ? 失態を見せ付けるだけだぞ??


「ところでボグコリーナ様、わたしはフェルール殿下の侍女として、お願いしておきたいことが御座います」


 僕は今忙しいよ?

 ダンスの魔法を探しているところだから。

 この世界の魔法って何でも出来るから、ダンスを上手く踊れるような魔法もあるでしょ? あるに決まってるよね? というか、なくてもあって! お願い!!

 とりあえず、片手間になら聞くよ?


「フェルール殿下以外の誘いは断ってもらいたいのです」


 チートっぽい魔法とかなんかあるでしょ?

 音楽に合わせて身体を勝手に動かしてくれる魔法!? これか?

 名前は『演舞革命エンブエンブレボリューション』!

 正しくチートだけど、違うそうじゃない!

 たぶんこれは、踊れる曲が限定的過ぎる……

 ……ところで今、なんて言いました?


「ボグコリーナ様ほどお綺麗な方であれば、相手を決めていらっしゃらないので、ダンスを申し込む相手は引く手数多だと思われます。それこそ、他の王族の方々も……」


 だから困ってるんだよ?

 王族相手に断れないだろうから。



「ダンスというのは、相手との相性を見るための儀式と言えますので、誘いを受けるということは、あなたに興味がありますよと言ってるようなものです……ですから、全て断っていただきたいのです」


 あれ? フォーマルなダンスパーティーって、順番に踊るもんじゃなかったっけ??


「決まった相手がいらっしゃるのであれば、その決まった相手およびその近親者とダンスするものです。情報交換をするために、身内以外とダンスすることもありますが……基本的に未婚者は、気になった相手とダンスするものです」


 侍女さんが少し照れながら、仮想パートナーの背中に手を回しながらステップを踏む。

 なんか良い思い出でもあるのかな……?


 ただ、それってつまり……一人の相手とだけダンスをするっていうのは、求婚を受領するって意思表示になるよね?

 それも不味いんだよ……でも、侍女さんとしてはそれを望むのも頷ける。

 でも僕は、求婚に肯定も否定もしない、誘われたから踊るという受動的で、だからこそ説明不要な理由を体現しておきたいんだよ。

 だから、下手なダンスで失望させるのは問題なんだよ……

 いっその事、誰ともダンスをしないという手も……?


「さすがに、裏の主賓であるボグコリーナ様が、フェルール殿下ホストに誘われて踊らないのは失礼かと……」


 ですよねー

 そうなると、確定にしないためには最低2回は踊らないといけないなら、やっぱり魔法を探さねば。


「お姉様ったら。お姉様ならきっと大丈夫ですわ。ほら、お姉様って麦踏みステップを褒められたことがあるじゃないですか?」


 口元へ上品に手を当てながら、くすくすとミレルが笑う。


 いや、あれは違うでしょ!

 あれは役に立つのを見せるために必死で頑張ろうと思ったら、何だか楽しくなってきただけで……音楽に合わせたものでもないし。

 後のことを考えたら──国王陛下にお目通りするには、心証を良くしておきたい。

 だからこそ、万全の体制で臨みたいんだよ。


「それなら求婚に応えてしまえば早いですのに」


 ミレルが耳元で囁き、またくすくすと笑う。

 ミレルの悪ノリが加速していくぅー

 それだと王子に悪いでしょうに。

 オーケーもらえたのに、実は相手が男で、国王陛下に会うために利用されただけだった、なんて深く深く傷付いて、今後恋愛できなくなってしまうかもよ?

 僕はそんなトラウマを持たせたくないなぁ……

 やっぱりここは、何人かとダンスを踊って、何とか穏便に済ませたい。


 社交ダンスのようにペアで踊る場合は、基本的に男性がリード側になるから、女性パートを踊るなら相手に合わせることでキレイに踊ることが出来る。

 例えそれが音楽に合っていなくても。

 下手に音楽に合わせようと思うと、相手とのタイミングが合わず、ぎこちない動きになってしまう。

 侍女さんが「ダンスで相手との相性を見る」と言った理由だろう。

 これらを踏まえて、もう一度魔法を探そう。

 護身用に使ってる魔法群『動作補足モーキャプ』と『身体動作補助アタクシアアジュバント』なら、相手の動きを読んで一緒に動くことは出来る。

 この魔法群の使用方法が、相手の攻撃を防ぐために相手より早く動くことを意識しているから、早く動いてしまってはリズムがズレる可能性がある。

 この僅かなズレはダンス音ゲーにおいて致命的だ。

 同時に動いてるのに何か合ってない、って最悪に気持ち悪いからね……そのまま相性は最悪だと感じてしまうことだろう。

 そうなると、もっと相手とリズムというか、むしろ呼吸というべきものを合わせる必要が出てくる。

 これで検索すると──ヒット!!

 この呼吸という考え方が、どうやら良かったようだ。

 閃術『阿吽呼吸マッチケイデンス』という、誰かとタイミングを合わせて作業をする際に有効な魔法があった。

 護身用の魔法群に加えれば、剣の打ち合いをいつまでも続けてられそうだね。


 よし! これで心置きなく──心を置きたいところは沢山残ってるけど、自信は持ってダンスに臨める!!

 王子でも王様でもどんとこいだよ!

 だから、僕の回答はこうだ。


「申し訳ないですが、わたしはまだフェルール殿下と決めたわけでは御座いません。あなたの立場上それを望むことは理解致しますが、色々な方にお会いして、じっくり考えたいと思います」


 侍女さんは、一度、口をキツく結んでから、平坦な表情に戻してから、もう一度、頭を下げた。


「差し出がましいことを申し上げましたことをお許しください」


 それを言う相手は王子なんじゃないかな……?

 と思ったら、俯いた侍女さんの肩が少し震えている。

 僕が変に王子にチクって、自分が危うくなるのが困るという思いか、自分が余計なことを言った所為で、僕が持つ王子の印象を悪くしたかも知れないという思いか。

 いずれにしても、王子の思惑とは違って、、余計なことをしたということは分かっているみたいだ。

 これも演技で、全部王子が仕組んだという線もあるんだけどね。


「分かっております。何も聞かなかったことにします」


 僕の言葉に侍女さんは肩の力を抜いた。

 彼女が何を心配しようが、最終的には僕が全てをバラして御破算になるので、何でも良いと言えば良いんだけどね。

 侍女さんに余計な心労をかける必要は無いし。

 誰か僕の心労も半分持ってくれないかな?


「お姉様が気に病んでおられるようなので、わたしも頑張りましょうか?」


 ごめんなさい、僕が勝手に抱えてる心労なので、このまま持っておきます。

 ミレルに色目を使わすなんて、旦那として、僕の矜持が許さぬよ。

 さて、後の準備は衣裳だけだけど……


「ボグコリーナ様は他の方より遅く、殿下と一緒にホールに入っていただきます」


 主催ホストの客人なのだから、これは仕方がないとしても、その登場を見た人達には、特別な関係を疑われるだろう。

 これは王子の最低限の意思表示だな。

 それでも侍女さんの予測では、声を掛けてられるのだから、この世界の貴族の間では、略奪するのが一般的なのかもしれない。


「それともう一つ、衣装に関してですが、これは殿下がご希望されていることですが、こちらで用意させた衣装が御座いますので、お気に召しましたら……」


 これまでの僕の回答からか、侍女さんが続きを言い淀んでしまった。

 着て欲しいということなんだろうけど、王族色や王子なら個人紋とか入れそうだから、たぶん着るわけにはいかないとは思う。

 とはいえ、見もせずに断るのはさすがに……

 衣装を見た上で、何かしら理由を付けて断るのが最善だろう。


 見せて欲しいと僕が告げると、侍女さんが一旦席を外した。

 そしてすぐに、別室に控えていた他の侍女さんと一緒に、布の掛かったトルソーを二人がかりで押してきた。


 ……なんかボリュームが既にすごいんだけど……?

 布を取ったら倍に膨れ上がったりしないよね??


 侍女さんが、掛かっていた布を丁寧に剥がしていく。

 そこに現れたのは、結婚式でも着なさそうな、大ボリュームのスカートを持つ、いかにも貴族のお姫様が着ていそうなドレスだった。

 色は鮮やかな青に、金色の刺繍で何かしらの紋章が入っている。

 青は王族の色、そこに入れる紋章は……やっぱり王子に関係する紋なんだろうね。

 しかし……こんなの着たら動けないぞ……?

 鉄のコルセットやパニエを使ってるほどのものではないだろうけど、これはどう見ても飾るための衣装だ。

 衣装を露わにした後、侍女さんは苦笑いをこちらに向けている。

 デザインやそのボリュームから、僕やミレルが着ていたドレスとは全く違うから、着るとは思っていないのだろう。

 もしかしたら、単純にこの時代の女性から見ても、無いわーって思うドレスなのかもしれない。


 丁重にお断りして、自分で用意する旨を伝えた。

 こんな時のために、スヴェトラーナに大きなカバンを持って付いてきてもらったのだ。

 ここから取り出す振りをして、今日のドレスコードにあった衣装を用意しよう。

 ドレスの話しすれば長くなるので、ここは割愛して、とにかく出しゃばらない程度で、ダンス映えのするドレスを今回は用意した。


 これで準備万端、これでどんな相手でもダンスを踊ってやろう、という心意気で、呼ばれるのを暫く待った。

 そしてその時が来て、王子と共に、喝采を浴びて恥ずかしい思いを感じながらも、気丈に大きな階段をゆっくりと降りきった。

 さあ! 誰から誘いが来るのか?


 おかしなテンションになってきて、期待と不安が折り混ざった心持ちで、その時が来て──もう一つ問題があったことを、1人目に声を掛けられて、完全に抜けていたことに気付かされた。



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