2-036 ダンスは顔合わせの場でもあるようで


「パトリック・パディナです、お久しゅう御座います」


 その男性はそう言って、僕の隣にいる第三王子に頭を下げた。

 1人目だ。

 王子が踊り場で挨拶をして、階段を降りきってから最初に挨拶してきたのだ。

 参加者は100人以上、そんな衆目を集める気恥ずかしさと、それらを相手にダンスするかもしれないという緊張から、変なテンションになっていた僕は、パトリックさんが来たときに、心の中で「よっしゃぁこいやぁ!」と叫んでいた。

 顔に出ていないことを祈るばかりだけど、彼は第三王子と会話を続けている。


「パディナ卿、久しいな。僕が市井しせいで遊んでいる間も、弛まず働いてくれているようで何よりだ。聞いたぞ、ヤミツロが滞納している税の証拠を掴んだそうだな?」


 王子はパトリックさんに少し近付いて、トーンを落として問い掛けている。

 どうでも良いけど、渋い中年って雰囲気のパトリックさんが敬語で、王子がタメってすっごい違和感。

 この二人は上下関係がハッキリしてて、それが長く続いているんだろうね。


「いえいえ、殿下のご助力あってこそで御座います。一商会を使ってヤミツロへの納税量などを調べて頂いているからこそ、尻尾が掴めたというものですよ」


 ふふふっと二人して笑う。

 なんか代官と越後屋みがすごいけど、悪い企みする側ではなく、悪人を裁く側なんだよね。

 この会話だけで、王子がちゃんと王子をしていることが伝わってくる。

 王子はブリンダージ商会に、そういう目的で通っていたのか……


「ところで、そちらの美しい女性は?」


「自己紹介は先ほど聞いたと思うが……ボグコリーナ嬢は、実はプラホヴァ卿の隠し子だとか。ミリエール嬢に関しては不明だが、姉妹ということはたね違いだろう」


 うえぇぇ!!??

 そんなことになったの!?

 ヒソヒソ話してても僕には聞こえちゃうんですよ!

 いや、それ、めっちゃデマですよ!!


「真で御座いますか?! あの方は奥方にゾッコンだと思いましたが……」


 ほら、パトリックさんが驚きまくってるじゃん!

 そうだよ、プラホヴァ領主は愛妻家だよ?


「どうやら、ビータ夫人に会う前らしい。鳩を飛ばして確かな返事が得られたから間違いない。僕も驚いているが、このチャンスを逃す手はないと思っているのだ」


「はは、なるほど。抜け目ないですな」


 ちょっと領主様、それでいいの!?

 この場合の鳩は、スパイのことではなく、本当に伝書鳩のことだろう。

 王子は、領主様と手紙のやり取りをして、間違いないという答えが返ってきたと言いたいのだ。

 これは、王子が流している偽情報なのか、領主様が流すことにした偽情報なのか分からないぞ……

 領主様が僕に気を利かせて曖昧に答えたのを、王子が曲解した可能性もある。

 いずれにしても、益々誰の求婚も受けるわけにはいかなくなった。

 これは尚のこと、ダンスを完璧に踊って、誰もが勘違いする方向に進めねば。

 さあ! 踊りましょう!


 と思ったのに、パトリックさんは僕とミレルに挨拶だけして、彼は料理を食べに行ってしまった。

 あれ? あれれ??

 踊るんじゃないの?


 パトリックさんが去ると、すぐに次の誰かが王子の方に寄ってきた。

 そして僕は、ようやく気付いた。

 パーティーに呼ばれたのだから、参加者は基本的に主催者ホストへ挨拶に来ることに。


 あ、これって……挨拶してくる相手の顔と名前をここで覚えないといけないヤツじゃない!?

 この後その人達が、王子にどう関わってくるか全然予想できないし、関係が深い人物は覚えておくべきでしょ!

 踊り場から見回した感じでは、優に100人を超える参加者がいるように感じたよ?

 そんなの覚えきれないよ!


 僕は、青くて丸いロボットにお願いするぐらい、すぐさま辞書さんサーチディクショナリーを起動した。

 フレンドリスト、ギルド員リスト、電話帳、メーリングリスト、メッセージグループ、グループチャット、名刺管理──検索結果が大量に頭の中を流れていく。

 こういった『人を登録する機能』というのは、ゲームとしても、リアルに魔法を使うようになってからも、様々な場面で使われていたようだ。

 とりあえず覚えるだけなら、どれも似たようなものなので、どれを選んでも良いんだけど……

 この中で僕らしくって、美容整形に関わりそうな魔法はというと──統術『診察記録カルテ』、これだ!

 これでデータベースを作れば、後々使い勝手の良いデータベースが出来上がる。

 ほら? 白血病の治療とか? ……結局、魔法で治せるから、骨髄バンクもいらないのか……

 良いんだ別に!

 僕はそれっぽい魔法が使いたいだけなんだ!


 なんて開き直ってないで、早く使わないと、2人目が帰ってしまう。

 僕は急いで『診察記録カルテ』を発動した。

 すると、初回設定項目とAR表示され、まず僕の個人情報の入力が要求されてしまった!

 名前や住所などの基本的な項目は既に埋まっているけど、必須項目に個人か団体かの選択や、初診時に検査する項目があるようだ。

 あと、どこか他のSNS IDでログイン、という選択肢が……

 いや、そういうの良いから、早く使わせてよ!


 僕は指を滑らすようにすすすっと個人と検査項目自動を選んで、魔法の使用を開始した。

 指定した対象人物のカルテが自動的に作られ、個人情報が埋められていく。

 既に聞いていた項目は埋められていて、顔写真と全身写真がすぐに撮られ……身長と体重が追記され、レントゲン写真やMRI画像が埋められていく!

 えっ! ちょっ!!

 更にはDNA情報も書き込まれ、診断結果や疾患発症予測が追記された!

 医者なしに、カルテが自動で出来上がる魔法だったのか……魔法で病気も治せるし、遺伝子だって触れるなら、医者なんかいらないってことか……

 あ、でも、回復魔法はレベルが低くても使えるけど、遺伝子を触るには化学知識が高くないとダメなんだった。

 未来では、そのために医者が要るようになるのかな?

 ただ、遺伝的疾患は、治すべきか悩ましいところだよね。

 それが進化に必要なことかもしれないし、それが最適化の結果かもしれないし。

 しかし、この人は重度の近視家系なのか……

 横を見れば王子の情報も見える。

 王子はハゲの家系──ということは、王家はハゲ家系なのか……なんかこの魔法、使うとツラくなる情報多くない?

 うん、とりあえず、スルーしよう。


 既にご飯を食べに行ったパトリックさんのカルテもすぐに追加して、次々訪れる貴族達の情報を記録していった。

 遺伝子情報も登録されるから、親子関係もすぐに分かる。

 もちろん、夫婦関係も登録されるので、血の繋がりとしての人間関係が視覚的に見える。

 そして、貴族位や役職も登録されるので、仕事上の人間関係も視覚化されて、非常に分かりやすい。

 僕は、ビジュアル化された人間関係を見て楽しみながら、訪れる人達と挨拶をしていった。


 しかし……誰もダンスの相手に指名して来ない!!

 王子は何度か誘われていたけど、主催者の役割があるからと断っていた。

 相手もそれを分かっていて、まさしく社交辞令として声を掛けていったのかもしれない。

 本気なら、もう一度後で声を掛けに来る気だろう。


「あなたが美しすぎるので、みんな気後れしているみたいですね。そんなのでは、女神を射止めることは出来ないのに」


 王子は、キラキラ眩しい笑顔で、僕を安心させるように語りかけてくる。

 いや全然淋しくなんかないんだからね!

 男どもが声を掛けてこなくて清々してるんだから!!

 うん、意気込んでしまったから、から回ってる感はあるけど、冷静に考えて来ない方がマジで嬉しい。

 王子が何か、事前に根回ししていただけかもしれないけど。


「わたしは女神ではないので分かりませんが、女神は多くのことを考えられる多様性のある方を、好むと聞いたことがあります」


 少なくとも、僕の知ってる女神と呼べるような方達は、みんながみんな可能性の話をしていて、僕が多くの可能性を考えられるから選ばれたんだと仰っていた。

 そんな自覚は全くないけど、女神に選ばれたいと思うなら、色んなことが考えられないといけないらしい。


「ははは、手厳しいですね。あなたはまだ誰も選んでいないのでした。慢心せずに精進することにします」


 王子はおかしそうに笑って、また寄ってきた次の貴族と話を始めた。

 あー……うん。

 頑張ってね。


 何人かまた貴族との話を続けたけど、そういえば肝心な、王族とまだ会っていない。

 今日は、王子の家族に会うことだったハズなんだけど……?

 正直、王族が来ないのならば、本来の目的を達成できないので、ここにいる意味が半減してしまう。

 うーん、どうしたものか……


 不意に、王子がいる側とは逆から、袖を引っ張られた。

 そちらを見れば、ミレルが察してと言いたげにこちらを見ている。

 ああ、つまり、お花摘みに行きたいということだね。

 彼女はパーティーが始まるのを待っている間、出された紅茶を結構飲んでいたからね。


 王子に席を外す旨を耳打ちすると、すぐに静かに頷いてくれた。

 こんなに長い時間話をしてて、彼は大丈夫なのだろうか?

 振り返っても、涼しい顔で会話を続けている。

 立場が上ってのも大変なもんだね……


 侍女さんの誘導に従って、僕たちは人の少ないところを通ってホールを出た。

 1階の廊下をそれなりに戻って、化粧室へと辿り着いた。

 ホールの奥に王子と一緒にいたけど、ホール真ん中の扉を通って出て、また奥にあるトイレへ向かっている。

 結構遠いというか、遠回りしているように思える。

 変な感じだ。

 ホールには、正面のエントランスへ繋がる扉以外にも、左右にそれぞれ5カ所の扉があるのに、ドアマンは真ん中の1カ所にしか立っていない。

 男性女性がそれぞれトイレに行くために、確保している扉だと思うけど……それならホール真ん中より、奥の方の扉の方が良くないか?

 疑問に思いながら花を摘んで、帰り際に一番近くの扉を見ると、少し開いていた。


 僕が立ち止まると、ミレルも侍女さんもすぐに気付いて立ち止まった。


「どうかされましたか?」


「こちらからの方が早いように感じましたので」


 侍女さんの質問にそう答えて、扉に近寄る。

 換気のために少し開けているのだろうか?

 場所的には、王子のいる一番奥より少し手前に位置する。

 入れるなら丁度良さそうだが。

 少しだけ扉が開いているからか、扉にもたれかかっているような人はいない。


「そちらは、普段通用口として使っていない扉ですので」


 使って良いのか悪いのか、良く分からない答えだ。

 何か理由があって、緊急用に使う用なのかな?


「開けてみてもよろしいですか?」


 念のため侍女さんに確認しておく。


「え……えぇ、差し支えありませんが……」


 何となく奥歯に物が挟まった言い方だけど、別に開けてみる分には問題無さそうだ。

 扉に片手を触れて、軽く押してみる。

 カタリと音が鳴る程度で、簡単には動かなさそうだった。


「基本的にドアマンが開けるような扉ですから、お嬢様の繊細なお力では……」


 心配してくれているのか、ひ弱だとバカにしているのか分からないけれど、それならもう少し力を加えたら開くのだろう。

 扉に触れている手に、グッと力を入れると、頭の中で『身体化学強化ケミカルブースト』が発動したアナウンスが聞こえた。


「あっ……」


 と思った時には既に遅く、ガギィっという金属部品が壊れるような音がしてから、扉はガタつきながらゆっくりと開いた。

 恐る恐る後ろを振り返って侍女さんを見ると、呆気にとられた表情で固まっていた。

 えーっと……無かったことにしておこう……

 最初見たときの開き量に扉を戻して、何事もなかったように侍女さんの元に歩み寄った。


「何事ですか!!」


 音を聞きつけた衛兵が数人駆け寄ってくる。

 その声で我に返った侍女さんは、咳払いをしてから衛兵に答えた。


「いえ、何でもありません。調度品にぶつかって落としてしまっただけです、危険はありません。持ち場に戻ってください」


 侍女さんの方が立場が上なのか、衛兵達は「そうでしたか」と言ってすぐに持ち場に戻っていった。

 助かった……余計なことはするもんじゃないね、ははは……

 エントランスへ向かう衛兵達を目で追っていると、入れ替わるようにして、フォーマルな服を着た大柄な男性が、廊下を足早に歩いてくるのが見えた。

 その瞬間、侍女さんが頭を下げて、頭を下げたままドアマンのいる扉へと急いで歩き出した。

 僕たちもそれに倣って、伏し目がちに歩き出す。

 服装から考えて、その男性は参加者だとは思うんだけど……

 侍女さんが少し緊張している。

 もしかして、位の高い人なのかな?

 すれ違いざまに、男性は僕たちに一瞥だけくれて、廊下の奥へと歩いて行った。

 そして、何事もなかったように、僕たちは王子の横へと戻る。

 侍女さんが王子に耳打ちしているけど、王子も頷いただけなので、問題は無かったのだろう。

 でも、王子の表情が少しだけ引き締まったような……

 と言っても、口元しか見えないんだけどね。


 そして、今相手をしている貴族との話が一段落したところで、先ほど僕たちが入ってきた扉の方が騒がしくなった。

 王子を見ると、動じることなく騒がしい方に視線を飛ばすだけだ。

 原因が分かっているかのように。


 その騒がしさは波のように伝わって、その原因を通すように、人垣が割れて道が出来上がっていった。

 その道を悠然と大柄の男性が歩いてくる。

 先ほど廊下で擦れ違った男性だ。

 王子に挨拶をするタイミング見計らっていた貴族が、その男性を見て、諦めたように軽く首を振った。


「これはご機嫌麗しゅう御座います、兄上様」


 王子が男性に向けて挨拶をした。

 これが、王子の一人、第一か第二かは分からないけど、どちらかのようだ。

 なるほど、だから侍女さんが緊張しながら頭を下げたのか。


「ああ、フェルール、遅くなって済まなかったな」


「いいえ、滅相も御座いません。騎士達の稽古があるのは重々承知していましたので。むしろ予定より早いお着きに、感謝致しますよ」


 大柄な王子の謝罪に、柔らかくお辞儀を返す第三王子。

 分かっていない僕に、侍女さんが気を利かせて耳打ちしてくれた。


「第一王子のヴィクトール殿下です。見ての通り、武人なお方です」


 おおー、この人が第一王子か。

 王位継承権第一位で、即ち、僕がダンスを断れない人第一位だね。

 と言っても、誘われなければ関係ないのだけど。


「ところで、フェルールよ。先ほど、丁度ここに到着した際に、大きな物音を聞いてな、気になって調べに行ってみたのだ」


 ギクリ……


「物好きも大概にして下さいよ、怪我でもされたら大変です」


「何、そんなに簡単には怪我をする玉ではないさ、お前もよく知ってるだろう?」


 がははと豪快に笑う第一王子。

 第三王子の言葉には、小言も含まれていただろうけど、第一王子は些細なことを気にしないタイプのようだ。


「そんなことより、物音の原因だ! 調べてみると

なんと! あそこの奥の扉が開くようになっていたのだ!! 何があったか?」


 最後に視線を侍女へと送る第一王子。

 そそくさと横を通った侍女が怪しいと考えているのか、それとも……


「僕はずっとここに居ましたので、残念ながら存じ上げておりません。ポーラ、何かあったのか?」


 侍女さんはポーラという名前だったのか……初めて聞いた気がする。

 第三王子が侍女さんに視線を送る。

 侍女さんの表情が強張った。

 ここで侍女さんが責められるのはお門違いだ。

 許可を取ったとは言え、僕が興味本位で触っただけなんだから。

 僕が一歩前に出て、頭を下げる。


「申し訳ございません。わたしが興味本位で扉を開けてみただけです。何か問題が御座いましたら、わたしが罰を受けます」


 言っても扉を動かしただけだ、それほど重大なことではないだろう。


「ほぅ……ところでこの方は……?」


 第一王子が第三王子に問いかける。

 第三王子はやれやれといった体で、面倒くさ気に答えた。


「今回のパーティーの主賓ですよ。ボグコリーナ嬢とミリエール嬢です」


 第三王子はプラホヴァ家のことなどの、余計な情報を第一王子に伝える気はなさそうだ。

 ライバルは増やしたくない考えの現れだね。


「それで、あなたは、あそこの扉を動かしたと? 何か道具を使ったのか??」


 この質問は、扉が動きにくかったことと関係しているだろう。

 大方、蝶番ちょうつがいが錆び付いていて、動きにくかっただけだろう。

 ああいうのは大抵、切っ掛けがあれば動くようになるものだ。

 錆を取らなければ動きにくいままだけど。


「はい、錆び付いていたのか動きは硬かったですが、片手で力を込めれば動きましたので、錆も取れ掛かっていたのだと思われます」


 と言ったら、第一王子が目を丸くした。


「片手で……だと……? ほほぅ、これはボグコリーナ嬢に興味が湧いてきましたぞ!」


 第一王子が、野性味のある笑顔をこちらに向けてくる。

 え? 何が気に入ったの??


「一太刀、お手合わせ願えませんかや?」


「兄上! ここはダンスパーティーの会場ですよ!!」


「わはは、そうだったそうだった。では、一曲、お付き合い頂けませんかな?」


 ギャラリーからどよめきが起こる。

 第一王子がダンスに誘ったと。

 そんな大変なことなの……?

 その前に、試合を申し込まれた気がするけど……

 ゆっくりと、第三王子の顔を見ると、苦々しげに頷いている。

 とりあえず、ダンスは受けろということだろう。


「喜んでお相手させて頂きます」


 こうして、僕の1人目のダンス相手が決まった。

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