2-033 ある武具商人の場合(後編)
魔法武具を売りだしたものの、そう簡単に売れるわけではなかった。
それも当たり前だ。
誰かが使わなければその良さは分からない。
だが、傭兵やハンターが試しに買えるほど安い値を付けていない。
来た客に実演してみても、さほど響いた様子はなし。
わたしは兵士でも傭兵でもハンターでもないので、何を思って彼らが武具を選ぶのか、本当のところは分かっていない。
行商をしてきて、それなりに彼らの基準を見てきたつもりだったが……
そもそも、彼らが購入するような価格設定をしていないのだから、それも意味がないか。
魔法剣で普通の剣を切断できるほどであれば、または魔法防具が普通の剣では傷付けられないほどに強ければ、彼らも高い値を払ってでも購入したかもしれないが、そこまで異常な性能は無い。
魔法武具の性能を、良く分かっているわたしが思っている価値と、まだ知らない者が思っている価値は違うのだ。
値を下げても充分な利を確保できるのだが……
わたしは魔法武具に自信を持っている。
そして、世の中、高い方が売れる物というのもある。
その地位まで、この魔法武具を押し上げたい。
やはり、貴族に売り込むしかないだろう。
そのためには……名の売れた傭兵が使って宣伝でもしてくれればな。
もしくは、国王陛下に献上して使ってもらうかだ。
そのためには繋ぎ役が必要なのだが。
わたしは、武器棚や鎧人形の並んでいるさまを眺め、後ろ首を
今日の曇り空にも似て、心も少し重いようだ。
そこへ、客が入ったこと知らせる鐘が、チロリンと鳴った。
誰かと思えば、異種族の行商人だ。
そう、この店にとって重要な、ウルフライトの仕入れ先だ。
「景気はどうだい?」
「見りゃ分かるだろ? さっぱりだ。物は良いんだがな最初が掴めない……」
他愛のない商人同士の会話を暫くした後、彼は自分のカバンを漁り、布に包まれた何かを取り出した。
包みを解けば、そこにはキラキラと輝く鱗が3枚並んでいた。
「なんだ? ずいぶんキレイだが何の魚だ?」
「魚ではない。これは人魚の鱗だ」
いつものことだ。
彼もわたしも商売をしているのだから、常に新しい物を、共に売り買いしたいと思っている。
その会話が成立するのは、その商品が売れる未来を想像できるかなのだ。
そして今回は、それが人魚の鱗だったと言うだけ。
人魚の肉と言えば、お伽話では食べれば不老不死になると言われている。
どこかの貴族が生け捕りにしたという話も聞いたが……
実際に不老不死になった人間に会ったことはないし、本物の人魚の肉も見たことがない。
たまにそんな話も聞くが、全て偽物か元からそんな効果がないかだ。
だが、そんな噂のある人魚だから、鱗だとしても煎じれば薬になるという考え方もある。
何か病気があるなら、試してみたいという者は多いだろう。
そういえば、最近、彼の毛皮が
彼はそれを気にしている様子だったから、きっと、この鱗を煎じて飲んでみたのだろう。
そして、効果がなかったから、売り捌こうという算段か。
彼には世話になっているから、引き取るのはやぶさかではないが……わたしの商品達も今は半死に筋、ゾンビ在庫。
高価な物を気にせず買える身でもない。
一つでも売れれば利益が大きいので、余裕になるのだが。
よし、それならば、魔法武具と交換というのはどうだろうか?
キラキラとした美しいが薬として効果がない鱗と、売れずに棚に飾られ清らかに輝く魔法剣なら、お似合いではなかろうか。
彼はわたしの提案に、渋々ながらも了承し、交換に応じた。
付き合いもあるだろうし、まだ売れる可能性のある物に変えたかったというのもあるだろう。
彼にとっては、普通の鉄剣と変わらぬ値で売っても良いわけだからな。
そしてわたしの方は、また魔法のような効果を謳うガラクタを手に入れたわけだ。
全く、わたしにはお似合いの品だ。
ダメだな……最近、魔法武具の売れ行きが悪いから、自嘲気味になってきているな。
そんな気持ちでは良い物も売れない。
自信を持って売り込もうではないか。
◇◆
売れない日が数日続いたあと、雨の降る日にその客はやってきた。
店先の道には人通りは少なく、今日は店じまいをしても問題ないかと思っていたところ、一人の兵士が扉を開けて顔を覗かせた。
「ここは……武具屋か……なら用はない、邪魔したな」
店内を見るなり、それだけを告げて、再び扉を閉じようとしている。
看板を見ずに扉を開いたのか?
兵士なら武具も関係ないわけではないだろうに……いや、兵士なら自分で武具を購入することはないから関係ないか。
では何屋に用事があるのだ?
看板を見ていないと言うことは……
一体何を探して店を回っているのだ?
「ちょっとお待ちください。今は武具屋ですが、つい先日まで行商をしておりました。何か入り用でしたら承りますが?」
兵士は足を止めた。
少し逡巡した後、振り返ってカウンターに近寄ってきた。
「薬を探しているのだ……すぐに良く効く薬を」
わたしを信用していないのか、全てを話す気は無いようだ。
それにしても、薬を探しているとは変な話だ。
薬と言えば、普通は魔女のところへ行く。
この王都には、魔女ギルドもあるのだから、そちらに行けば商人を回るより遥かに品揃えが多い。
だというのに、こうして薬を探して商店を回っているという。
しかもすぐに良く効く薬と言った。
魔女の薬はすでに試したということだろう。
それに兵士が回っているということは……王族の誰かが体調を崩したのか?
しばらく前に、王子が大怪我したという話は聞いたが、その王子の容態がまだ悪いのだろうか?
しかし、それなら今急いで商店を回る意味もない。
容態が悪化したというなら別か……
「ああ、そうでした。最近とても良い薬を行商仲間から譲ってもらったのでした。使う当てもなかったので、丁度良いでしょう。少しだけ待っていてください」
「それは助かる。分かった待っていよう」
見るからにホッとした様子の兵士を横目に、わたしは店の奥へ入った。
人魚の鱗を引き出しから取り出し、近くの机に置いておいた乳鉢を引き寄せる。
乳鉢の底に鱗を3枚とも放り込んで、ゆっくりと粉にしていく。
こんな時はケチっても仕方がない。
王族に繋ぎが持てるなら、使える物は全て使うべきだ。
丁寧に鱗を細かな粉にしてから、小さな陶器の容器に移し、雨の湿気が入らぬようしっかりと蓋をする。
色々と間に合わせの物だが、すぐに使うなら問題ないだろう。
わたしは薬を持って店に戻った。
「3日以内にお使いください」
「分かった。いくらだ?」
価格は決めていない。
異種族の行商人に渡した、魔法剣1本分の価格にしても良いのだが……
「貴重な薬ですので金貨10枚ほどを見込んでいますが……お急ぎのようですから、お代は後日で結構です。信頼できる筋の方だとお見受けしますので」
ここは後払いを選択しよう。
薬には、効果がなければ踏み倒されるというリスクがあるのだが……逆に、この場合は高い額を払わせておいて、効果が出なかった場合の方が危険だ。
後で払ってもらえる保証があるなら、ただで持ち帰ってもらうに限る。
「10枚か……必ず支払いに来よう」
懐の確認をすることもなく、兵士は約束して帰って行った。
元から後払いのつもりだったのか、自分の持っている額を把握していたのか。
それはどちらでも良く、兵士が堂々としていたことが大事なのだ。
きっと約束は果たされるだろう。
◇◆
そして、その時はやって来た。
良く晴れているが風の心地良い、過ごしやすい日だった。
魔法武具は、あれから少しは売れたが、まだまだ在庫の出来る方が早い状況が続いている。
錆びることはないので、ホコリさえ払っていれば、倉庫に置ける限りは在庫が増えても困らないのだが。
気持ちは少し焦り始めていた。
そろそろどこかの貴族……魔石の仕入れ先であるプラホヴァ
店の扉が開いたかと思うと、丁度店先に一台の馬車が止まり、素早く降りてきた御者が馬車の扉を開けると、カッチリとしていて高級そうな衣装を着た──少年が馬車から軽やかに降りてきた。
元気そうな足取りだが、顔には大きな仮面を着けていた。
噂の仮面王子──第三王子か……
やはり、あの薬は王子に使われたのか?
わたしも国民として、正しく跪いた。
これで全然関係ない貴族だったら……逆だった場合のことを考えたら、そんなことも言っていられない。
「顔を上げて下さい。あなたは誇らしいことをしたのです」
人に跪かれることに慣れた態度だ。
やはり、王子か。
「そのようなお言葉わたしには勿体なく御座います。恐れながら申し上げますが、そのお言葉はわたしがした何を指しているのでしょうか?」
褒められたのは間違いないのだが、何を褒められているのか分からなければ、勘違いの可能性も捨てられない。
こういうとこで気を抜くと、足を掬われるものだ。
二人分の風が動いた。
跪いているので見えないが、傍付きが何か言おうとしたのを、王子が制したようだ。
「僕から礼を言おう。他言は厳禁だが、あなたは王族の一人の命を救う薬を兵士に売ったのです。覚えがありますね?」
「はい」
「顔を上げて聞かせてください」
ここまで言われて、頭を垂れ続けるのは逆に失礼に当たる。
わたしはゆっくりと顔を上げ、はっきりと答えた。
「はい」
当たりを引いた。
魔法のような効果を謳うガラクタだと思っていた物が、欲していた王族との繋がりに化けるとは。
いや、欲しいのは繋がりではなく、その先だ。
魔法武具を売り込み、更に貴族達に飛ぶように売れることだ。
魔石に飛行魔法でも埋め込めば、飛ぶように売れるのではなかろうか?とバカな冗談を考えたのは昨日までだ。
ここで王子と更に取引をせねば。
わたしは用意された褒美を受け取らず、一つの提案をした。
王子は笑いながら、実演を見て下さり、魔法武具の性能に驚き、提案を快く受けて下さった。
そして幾つかの魔法武具を、王城にお持ち帰りになられた。
そこから転がるような流れが出来た。
第三王子はわたしの魔法武具を、武勇で有名な第一王子にその性能を見て頂き、そのあと、博識で有名な第二王子にその質を見て頂いたらしい。
そして、お二人は共に魔法武具の素晴らしさを理解して、それぞれが思うままに、派閥の貴族達に言い回ったとか。
その結果、わたしの商店には貴族からの注文が殺到し、今は売れに売れているというわけだ。
わたしの商店が突然売れ出したためか、王都の他の 武具屋も、その秘密を知ろうと探りを入れに来たり、直接的に魔法武具を購入しようとしてきたぐらいだ。
もちろん、魔法自体は対したことがなく、ウルフライト鋼の性能が良いのだが、あまりそれがバレることは嬉しくないので、少し同業他社に忠告を行う場面もあった。
しかしそれも、わたしが貴族位を叙爵するまでだった。
直接的な叙爵の理由は、人魚薬のことだろう。
それは公にされていないため、魔法武具を新たに開発したことで叙爵されたということになっている。
魔法武具屋として、その方が箔があるし、本当の理由は言えないようなので、訂正することはしていない。
それもあってか、第三王子も良く来て頂けている。
商売の勉強をしたい、と仰っていた。
充分その才は既におありだと思うのだが……
様々なところで前とは少し違う、そんな意味合いで名前もブリンダージ商店から商会に変更した。
次は、人の集まるプラホヴァ領に、店を構えたいと思っている。
◇◆
王子がいらっしゃるようになって暫くしてから、王子からまた人魚薬を所望された。
体調が優れないのだろうか?
訪れる回数の増えた異種族の行商人に、もう一度人魚薬が手に入らないか聞いてみた。
やはり貴重な物で、後数枚は何とかなると思うが、それ以上は難しいと断った上で、すぐにその数枚を調達してくれた。
優秀な行商人だと思う。
人魚薬を王子に渡すと、暫く融通して欲しいと言われてしまった……
王子自身がどう思われているか分からないが、わたしとしては王子に恩を感じているので、無理をしてでも聞き入れたい願いではある。
しかしながら、人魚の鱗を手に入れる方法が他に思い当たらない。
行商をしていた間、異種族の行商人からしか本物を得たことがないのだから。
公算は低いが、もう一度異種族の行商人に話をしてみた。
すると、今までとは違うところから仕入れられるかもしれないと答えが返ってきた。
それは願ってもないことだ。
二つ返事で、引き続き仕入れてもらえるように依頼しておいた。
違いとしては、仕入れ先が代わってから、鱗ではなく薬の状態で渡されるようになったぐらいだ。
王子も今まで通りお元気なご様子だから、良く効いているのだろう。
そして、今も無事に、人魚薬は王子へと定期的に供給できている。
魔法武具の売れ行きは、供給が上げられないこともあってか、更に求める声が上がっている。
有名な傭兵も買い付けに店舗へ来たぐらいだ。
この調子がこのまま続いてくれれば良いのだが。
◆◇
そして、件の傭兵が連れてきた女性が、そのオリハルコンのような女性だ。
ウルフライト鋼と普通の鉄の刃物を打ち合わせたところで、ウルフライト鋼が簡単に欠けることはない。
いずれ損耗はするものだが、一度の模擬戦で、しかもたった一度打ち合わせただけなら、早々起こり得ない。
つまり、何かと理由を付けて、払い戻しをさせようという魂胆だろう。
有名な傭兵とは言え、所詮はその程度か。
そうはさせまいと、様々パターンを想定して、魔法剣とはどういうものかを、何度も説明した。
その中で幾つも当てはまれば、自分の責を感じて引き下がることだろう。
何度も説明されると、段々と自分が悪いかもしれないと思ってくるものだ。
もしくは、理解を放棄して手をあげるものだ。
誰もが諦める雰囲気になっていた中、その女性だけはわたしの話をしっかりと聞いていた。
誰もが溜息を漏らすような美貌に優雅な
まさしく完璧な女性、ウルフライト鋼ではなく、わたしの求めたオリハルコンのようだ。
気付けばわたしは、その女性を口説いていた。
しかしながら、その思いは叶わず、第三王子に持って行かれてしまった。
さすがに分が悪い。
わたしにはやはり偽物がお似合いなのだろう。
万が一、王子との縁談が上手く行かなかったときに、お零れに与ることにしよう。
なんてすぐに諦めた次の日に、彼女は不思議な姿で店にやって来た。
街でお忍びではしゃぎすぎたとは、お茶目な方だ。
異種族にもその商品にも興味津々で、楽しそうにしているその姿も、また可愛らしかった。
第三王子と上手くことが進んだら、あの薬については、わたしから言わずとも知ることになる。
そう思って敢えて伏せておいた。
すると、わたしを困らせてしまったと思ったのか、店に置いていた魔法防具を3着も購入して帰ってしまった。
あの羽振りの良さから考えて、本当にプラホヴァ家に
やはり、わたしには高嶺の花のようだ。
望みすぎては痛い目を見る。
わたしには、ガラクタのような使い途のあるような、そういうキワモノが丁度良いのだろう。
彼女が第三王子と縁を結び、国を変えるようなことになったら、夢物語として酒の肴に語るとしよう。
オリハルコンのように、語り継がれる伝説としよう。
分相応な自分を慰めるように。
この時のわたしは、それで納得していた。
数日後に、わたしの取り巻く世界がひっくり返るとも知らずに。
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