2-032 ある武具商人の場合(前編)


 それは、伝説に謳われるオリハルコンのような、しなやかな女性だった。

 女性を金属に例えるなど、反感を買いそうな表現だが、わたしにとっては最大級の褒め言葉であり、これ以上ないぐらいに魅力的である。

 魔法武具を扱っているわたしのところに来てくれたのは、何かの運命なのだと感じた。

 いや、これまでのわたしの経験が、その女性をオリハルコンに例えさせてしまったのかもしれない。


 オリハルコンとは、伝説上の鉱物のことで、加工性が良いのに、剣に使えば鋭い切れ味となり、鎧に使えば刃を通すことが無かったという。

 英雄に憧れる者は、ハンターや傭兵となり、それらの伝説の武具を身に纏うことを、夢に見るのだ。

 かく言うわたしも、寝物語に良く聞かされ、憧れたものだった。

 いつしかわたしも、大人と呼ばれるようになるにつれ憧れから離れ、商人となり、命と喧嘩以外何でも扱う行商人となった。

 国中を飛び回り、安い場所で仕入れて高い場所で売る、そんなことを繰り返している内に、不思議な魔道具に巡り合った。


 それは引退する鍛冶師から買った、貴重な魔道具で、金属を溶かすことが出来る魔法が込められているらしかった。

 さぞかし高く売れるだろうと、鍛冶師や細工師のところへ売りに行ったものの、鍛冶師には「熱くもならずに溶けるだけでは強い金属にはならない」と断られ、細工師には「溶けて形が作れないのだから細工には向かない」と言われた。

 欲しがるのは、金のない妖しげな錬金術師や魔女ばかりだった。

 引退した鍛冶師は、どう使うのか言っていなかった。

 断った者達と同じように、使い途が分からず、持ち腐れになっていたのかもしれない。

 だから、弟子に譲らずに、わたしに売ったのかもしれない。

 使えぬ物を高く買わされた、そう確信して、これも商売人のさがと魔道具のことを忘れることにした。


 それから経ったあと、異国から来たという異種族の行商人が貴重な鉱石──ウルフライトの話を持ち掛けてきた。

 貴重と言われて飛びつくほど、わたしも浅慮ではなくなっていた。

 行商仲間に聞く限り、その鉱石は貴重な割には安く、誰も必要としていなさそうだった。

 曰く、使い方が分からない。

 鍛冶屋に持ち込んでも、炉に入れて鉄が泡立つほど温度を上げても全く溶けることがなく、地金インゴットを作れなかったらしい。

 異種族の行商人に、この鉱石を使えている者がいるのかと聞けば、そういうものを扱える種族がいる、と返ってきた。

 人間にはその能力が無いのだろうか?


 そこでわたしは思い出した、わたしはガラクタの魔道具を持っていることを。

 金属なら溶かすことが出来るのでは無いか?

 異種族の行商人からウルフライトを仕入れ、すぐに試した。

 すると、鉱石から金属質が溶け出し、鉄とそう変わらない金属らしい光沢の地金を取り出すことに成功した。

 ガラクタの魔道具が役に立った。

 わたしの勘は間違っていなかった。

 これで、他にない新たな金属が得られる。

 そう思って地金を触ってみると、簡単に砕けてしまった。

 なんという……わたしはまたしても、ガラクタを得てしまったのか……

 異種族の行商人は、貴重とは言ったが、金属として役に立つとは言っていなかった。

 取り出すことが出来たというのに……こんな結果で終わってしまうのか……


 わたしは、苦々しい気持ちを噛み締め、諦め悪くも金属を強くする方法を、幾人かの鍛冶屋にそれとなく聞いて回った。

 鉄もそれ単体より、他の物と混ぜた方が強くなるらしいことが分かった。

 鉄でも質の良い地金と悪い地金があるが、その理由が混じり物によるらしい。

 物によっては、地金を商人から購入して、もう一度精錬する場合があるとか。

 行商人として知っているつもりだったが、その中身については知らなかった……いや、今回も何を混ぜるかは聞き出せなかった。

 つまり、強い鉄を得る方法は、鍛冶師それぞれの極意なのだろう。

 極意ならば簡単には得られない。

 それならば、この未知の金属も、使う方法を手探りで探すしかないということ。


 わたしは行商人だ。

 商売は利を最大にすることを考える。

 ガラクタを売って信用を落とすわけにはいかないが、良い物を安く仕入れて高く売るのが商売だ。

 未知の金属は貴重である。

 そして、仕入れたウルフライトから精製できた金属は、鉱石の半分以下だった。

 しかも金のように重い。

 これは、鉄のような比較的安価な物とは違うということ。

 だからとって、貴金属のように美しい物でもない。

 それならば、少ない量で最大限の利益を得る方法を考える必要がある。

 そのために、一旦行商は止めて王都に店を構え、信頼できる鍛冶師を見つけ、しばらく試行を重ねた。

 そして、一つの解を見付けた。

 それが、鉄に混ぜること。


 魔道具を使えば、2種類の金属を混ぜ合わせられることに気が付き、鉄に少量のウルフライトを混ぜ、熱を入れて叩けば、高い強度の鉄──ウルフライト鋼を得られることが分かった。

 もちろん、鍛冶師が元より持っていた極意も合わせてだが。

 これにより、安価なのに高品質な武具が製作できるようになった。

 伝説のオリハルコンほどに強靱ではないが、人が作る武具の中では最高の武具となったはずだ。

 少なくとも近隣国では最高だ。


 ただ、見た目は鉄製の武具と大きく変わらないが、中身は全くの別物の武具。

 ウルフライトのことは出来れば伏せておきたい。

 そうなると謳い文句として、性能だけでは印象に薄い。

 何かもっと、革新的な変化を作らねば、求心力が弱い。

 誰もが求めるような、魅力的な売りが必要だ。


 何か無いかと探し求めて、与太話という情報収集をするために酒場へ寄ったとき、揉め事に遭遇した。

 いつも酒場で飲んでくれている残念な男が、ツケの支払いを要求されている場面だった。

 飲んだくれを取り押さえて、兵士に突き出すような話がされていた。

 なんでもその男は魔道具師だという。

 魔法使いと名乗らないところがうさん臭いが、魔道具という縁に興味が湧いた。


 仲裁に入って、顔見知りの店主にツケを一部支払うことで、その魔道具師を解放してもらった。

 店主はわたしのことを心配してくれたが、商売の話だと言えば納得してくれた。

 大方、裏の仕事を依頼するとでも思われたのだろう。

 まだ誰にも、一度もそんなことを頼んだ覚えはないのだが。


 魔道具師と名乗る男は、魔法を使える稀有な存在だというのに、これ以上ないぐらいに腐っていた。

 いや、むしろ逆なのだろう。

 魔法を使えるのに、役立たずの扱いを受けたから、落ちぶれてしまったのだ。

 彼は、道具に効果のある魔法しか使えないらしかった。

 しかも、効果もほとんど分からないぐらいに弱いという。

 だが、わたしには、それで充分だった。

 これは魅力的だ。

 効果の分かりにくい魔法なら尚のこと良い。

 魔法と材質の寄与割合が判別できないからだ。


 こうして、魔法武具は誕生した。

 ウルフライト鋼を使用して強度を上げ、更に魔道具で機能を付加して、他の武具店が扱えない特殊な武具として。

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