2-031 意外に数値だけでも分かるようで
サラの治療を終えて、レバンテ様に宛がわれた自室へと戻ってくると、ミレルがまだ起きていた。
「お疲れ様です。どうだった?」
ベッドに腰掛けたミレルが、そう聞いてきた。
ミレルのメイクは落としてあるので、彼女の口調は戻っているし、僕のことをお姉様と呼んでこない。
女性はメイクで変わると言うけど、たぶんこういう意味ではないと思う。
いつ見ても、見事なスイッチングだ。
ようやくそれにも慣れてきた。
「完治させてきたよ。鱗が生え変わった時に、元に戻るよ。本人はあまり興味がなさそうだったけどね」
「そう、良かったわ」
なんだか、嫁さんが嬉しそうにニコニコしている。
嫁さんの期待通りの行動は出来たってことかな?
それだけで僕は満足してしまった。
あれだけ無意味に悩んでいたのに、現金なものだ。
「今日は色々……疲れさせてしまったかな?」
僕はなんとなく気になって、嫁さんに問いかけた。
今日はフリーだったから、色んなことをしてしまった。
ガラキを追ったり、魔法防具を買ったり、サラを治療したり……
ガラキのことなんて、本当に僕の興味でみんなを振り回しただけだと思う。
「国王陛下に会うのに関係ないことなのに……」
「そんなことはないわ。見たこともない物や景色が見られて、わたしは楽しい。それに……意外に、全部国王陛下に関係してたりしない?」
さすがにそんなことはないと思うんだけど、今持っている知識では、否定も出来ないのは確か。
それも当然で、会ったばかりの人達、来たばかりの王都で、僕に分かることなんて少ない。
それならば、関係しているかもしれないと想定するのも、関係していないと想定するのと同じぐらい極論だろう。
むしろ、全ての物事が個々独立して発生している、なんてことはほぼあり得ないのだから、関連を辿っていけばどこかでたどり着く可能性の方が高いかもしれない。
関係していた、もしくは関係していなかったなんて、全容が見えてからしか結論が出せないはずなのだだから。
つまり、ミレルの言いたかったことは、自分のしたことをムダなことだと決め付けて否定するより、気持ちが楽な方に考えたら、そのほうが良いんじゃない?ということだろう。
たぶん。
「ありがとう、ミレルの言うとおりだ。きっと、全部関係していて、僕のしたことは国王陛下に感謝されるよね」
僕はベッドに近寄って、励ましてくれたミレルの頭を優しく撫でた。
しばらく撫でられていたミレルだけど、続ける内に、頭を僕のお腹にぶつけてきた。
一度だけぽふりと音が鳴った。
擦り寄ってくるネコみたいでかわいいね。
擦り寄ってくる嫁さんの方がカワイイけどね。
昨日はスヴェトラーナも同じ部屋にいたけど、今日はシシイと同じ部屋にいる。
なので今は二人きりだ。
二人きりだからこそ、ミレルもこんな風に接してくれているんだと思う。
こうして二人きりでいるのも、なんだか久し振りだ。
二人きりでいるときのミレルから溢れてくる甘え雰囲気が、ただただ愛おしい。
可愛いという言葉が頭を浸食していく。
そんな状態で頭を撫でながら、満ち足りた気持ちで無心になっていると、いつの間にかミレルが寝てしまっていた。
僕もこのまま一緒に寝てしまいたい気持ちになるけど、ミレルを変な体勢のまま寝かせるわけにはいかないので、仕方なく、ミレルをベッドに寝かしつけた。
幸せそうな寝顔に掻き立てられるものを感じ、起こしたくないので魔法を使って音を立てずに離れた。
幸福感以外の欲を満たすのは、ミレルが起きてるときにもしそういう雰囲気になったなら、求め合えば良い。
一緒にいて幸せなら、女性もソレを待っているはず、なんて妄想でしかないからね。
僕は天井に向けて長めの息を吐き出した。
気持ちを切り替えて、他のことを終わらせてしまおう。
僕は発動中の魔法の消音範囲を広げてから、ブリンダージ商会で購入した防具を一つ取り出して、サイドテーブルに置いた。
魔法防具は、この国ではまだ珍しいという話で、貴族がこぞって買い求めているらしい。
それは性能故なのか、ただ新しい物を試してみたいだけなのか……物を調べれば何か分かるだろうと思って、買ってみたのだ。
取り出したのは籠手。
ベースはしっかり
甲の部分に嵌められた大きな魔石が、ファンタジー武具感を演出していて、それだけで何となくテンションが上がる。
異世界に来たんだから、金属や革だけでなく、こうあって欲しいよね。
そして、高級品と言うだけあって丁寧な造りで、品質に気を遣っていることは見て分かった。
簡単には壊れなさそうで、防具として信頼は置けそうだった。
ただ、物が良いことは確かだけど、見た目では何の金属か何の革かも分からない。
説明はしてくれたと思うんだけど……売り文句ってどこまで信じて良いのか分からないんだよね。
シシイの魔法剣も何の金属か分からなかったから、調べてみたかったんだけど、人の物を勝手に調べるのは気が引けるし、見られているところでなるべく魔法は使いたくなかったから。
ガラキを追っているときに、魔法で足音を消してた時もバレていなかったっぽいから、何も言わなければ魔法がバレることはないとは思うんだけど。
でも、今は誰も見ていないし、僕が購入した物だから、気兼ねなく魔法で調査できる!
調査用の魔法はいくつかあるんだけど、『
この魔法は優秀なことに、対象物を壊すことなく、様々な材料特性を調べてくれるというのだ、素晴らしいね。
サンプルを取って、酸で溶かしてみたり、熱して気体にしてみたり、千切れるまで引っ張ってみたり、変形するまで叩いてみたりしなくて良いんだよ? 魔法ってスゴいよね。
正直、防具とか着る必要がないぐらいに、魔法が強過ぎるから、非破壊である必要はないんだけど……壊さずに済むならその方が良い。
本当にいらなかったら売ることも出来るし、他の人に使ってもらうことも出来るからね。
さてさて、何が出るかな〜?
「おぉー」
AR表示が防具に追加されて、その素材や状態がグラフと言葉で可視化された。
でも、表示される項目が多過ぎる!
物の特性を表す指標って、こんなにあるのか……
全部分かれば、どんな特性かすぐに理解できるようになってるんだろけど。
化学特性は比較的馴染みがあるから分かるけど、機械特性は専門外だから正直良く分からない。
材料の特性や数値というのは、何かベースとなるものと比較しない限り普通は分からない。
ベースとなる物はよく知っている物で、例えば鉄などを基準で考える必要がある。
そのベースの特性を理解しているからこそ、比較対象の優劣を見極めることが出来るものだ。
ペットボトルが鉄より強いと言われて、何のことか分からなかったら、それはその基準となるものが理解できていないからなのだ。
大体、その場合は鉄を基準にしないだろうけど……
そんな比較機能がこの魔法にあれば、すんなり理解できるんだろうけど、残念ながらその機能は無いようだった。
まだ僕が見付けられてないだけかもしれないけど、小説や漫画で良く出てきた『鑑定魔法』のように万能ではないようだ。
あくまでもこの魔法は検査して調べるだけだから、たぶん別の魔法を併用して良し悪しを判断するんだろう。
この魔法だけでも、精製系の魔法で純鉄とか作って数値を比較すれば分かりそうだけど……とりあえず、今は組成と付与された魔法だけ分かれば良しとしよう。
「鉄がメインの合金なのか……意外に普通だけど……思ったより良い合金だ」
感動してついつい独り言が漏れてしまった。
ファンタジー金属を想像したけど、未知の元素は含まれていなかった。
ファンタジー金属も、別に未知の元素によるものではなく、製造方法が不明な合金なだけかもしれないのだけど。
添加剤にクロムやタングステンなどが含まれるところを見ると、地球でも耐腐食性が高く高強度とされていた鋼に近い気がする。
革は組成や構造が分かっても、全く良し悪しが分からない……これはむしろ『
こうして武具として使われているのだから、分かりきっていたことだけど、毒性はないから皮膚に触れても安心であることは分かった。
それ以上は、とりあえずパスだ。
最後は、一番知りたかった、魔法のターン!
魔石に『
もしかしたら、魔法を使ってた時代の人達は、魔法を検査する方をメインに使ってたのかもね。
登録されていた魔法は──衝術『
なんかめっちゃゲームっぽい表記された!?
え? どういうこと?
元のゲーム内には間違いなく存在した設定だろうけど……それ魔法として出てくるの?!
いや待て、僕は整形系の魔法を最初に見たときに、ゲームのアバター作成に使用してそう、って思ったはず。
アバター作成って、普通魔法じゃないもんね……課金したら変えられたりはするけど。
そうなると、武具の設定も魔法として存在して良くなるよね?
それに、この魔法なら、シシイが言われた「強いイメージ」という抽象的な説明がしっくりくる。
『
やっぱり、この世界の人達は、魔法を使うための科学知識が足りないから、別の理由で魔法が使えるようになっているのではなかろうか……?
危険度の少ない魔法だけ、魔法レベルとは別の指標で使えるようになるとか?
だって衝術は運動エネルギーに関する魔法だから、静力学じゃダメなんだよね? せめてニュートン力学ぐらい理解してないと使えないんだよね?
しかも、防具を強化するのに運動力学って……僕もその二点を結びつけることは出来ないと思う……
別の指標のような救済措置がないと、この世界の人達がこの魔法を使えない気がする。
その魔法を使える理由は腑に落ちないけど、魔法の内容については理解出来た。
そして、効果が弱いとはいえ、価値のあるものだということも理解できた。
範囲指定とか分かんないけど……全身をシリーズで固めば、10%ぐらい上がりそう。
10%も違えば……そりゃ……強い……のか?
合金の配合の試行錯誤をしなくとも、簡単に1割物性が良くなるって、これはスゴいことなのは間違いないんだけど、謳い文句としてインパクトあるのかな?
同じ材質のもの同士をぶつけたときに差が出るから、実験としては分かりやすいか。
生死を分けた戦いでは、その少しの差が効いてくるとは思う。
大きな差が無いところを、まるで隔絶的に違うかのように見せられれば……目の前でそんな実験がされれば、人気になるかもね。
となると、やっぱり、性能の方で人気になっているのか。
それがブリンダージの商才かな。
ついでに、他の防具も見てみよう。
ミレル用に購入した防具は──操術『
5%だって! これはかなり高くない?!
……あれ? エレクトリカルレジストって……電気抵抗じゃん……
確かに電気流れにくくなるけど!
雷とか相手だと、全く効果ないよね……
……そうでもないのか?
電気は流れやすいところを流れていくものだから、集団戦闘だと大きく効果があるのか!?
なるほどー、これも考え方によるのか。
最後はスヴェトラーナ用の防具は──析術『
それって金属だと、つまりイオン化傾向だよね?
3%ってどう変わるんだ……?
傾向の順位が変わるの??
そうじゃない、それだと%で表せない。
電子の奪われにくさが上がるってことかな?
リチウムを0として全てプラスに振れば……なるほどなるほど、これは分かりやすい。
もしかしたら、鉄が銅ぐらいまで、酸に溶けにくくなるのかも。
これは上がり幅が大きいね!!
……う、うーん?
そもそも酸性の液体って、戦闘で使われるの??
魔物の消化液なら強化されてそうだし、全く無意味ってわけじゃないか……出番は少なそうだけど。
こうやって3種類だけ調べても、それぞれに違った強さなんだね。
いやあ、これは勉強になった。
それに、極端な強化はされないみたいだし、僕のチート魔法を打ち破るほどではなさそうだ。
これで安心して眠れる。
僕は防具を片付けて、寝間着に着替えてから、ベッドに寝転がった。
因みに、メイクを落とした顔を人が見られたら困るので、落とさないのでそのまま寝るのだ。
最初は気になったけど、もう慣れてきた。
あまり嬉しいことではないけど……
「おやすみなさい」
隣のベッドに眠るミレルに、聞こえない程度に声を掛けてから、僕は眠りについた。
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