2-030 性格は遺伝子と生態から来るようで


「……わたしは……昔からこんなのキ……」


 サラに諦念の理由を聞いて、得られた回答がこれだ。

 捕まったから諦めてるってわけじゃないんだ。

 むしろ逆に、人生を諦めている性格だから、捕まってしまったとも言えるのか。

 そんな気持ちはイヤじゃないのかな?


「わたしの種族……シーオーラタスは……みんなのんびりしてるキ……たゆたう流れに身を任せてるキ」


 サラがそう言いながら、ぽこぽこと泡を吐き出している。

 その姿になんとなく、玄関に置かれた青い縁取りの水槽を幻視してしまった……

 人魚の中でも流れの少ない場所──池とか沼に生きてる種族なのかな?


 そんな疑問を解消すべく、僕はサラの肢体をつぶさに観察した。

 と言っても、もちろんエロい意味ではない。

 確かに服ら着ていないので、上半身は裸の女の子だけど。

 見ているのはそっちではなく、鱗に覆われた下半身の方だ。

 ついでに言い訳すると、ガラスも透明度が低く、水もそこまでキレイではないから、ジッと見ないとよく見えないのだ。

 どうでも良いけど、玄関の水槽感を感じたのは、手入れが行き届いていない感からかな?


 サラの下半身は、キシラとは少し違う形をしていた。

 特に違うのが尾ヒレの形だ。

 整形する前のキシラの尾ヒレは、川魚のようなスマートで飾りっ気のない形状だったけど、サラのそれは三方さんぽうに枝分かれしていて、ドレスのように大きく広がっている。

 色も鮮やかで、白と赤と金色がグラデーションしながらバランス良く配色されている。

 その華やかな尾びれは、水中にたゆたっているだけで、とても優雅で美しく見える。

 尾ヒレは常にゆらゆらと不規則に揺れていて、絶え間なく表情が移り変わり、ずっと見ていても飽きることがない。

 その場に留まるために、サラが尾ヒレを無意識に動かしているのかもしれない。

 ただ見事な美しさを持った尾ヒレだが、サラ本人が言うように、この尾ヒレではとてもじゃないが早く泳げないだろう。

 遺伝子に組み込まれた魔法によっては、形状に関係なく泳げるだろうけど。


 こうやって観察すると、キシラとは全然違う種族なのが良く分かった。

 その尾ヒレの形状から、キシラの種族は、水の流れの早いところで獲物を追って生活していそうだが、サラの種族は、ゆったりとした動きで体力を温存して、流れてくる獲物を待って生活していそうだ。

 そう考えれば、池や沼で生活していたという予想は間違ってなさそうで、生き方がそのまま性格に表れているようだ。


 種族と性格の理由はなんとなく分かった。

 次はいよいよ僕が確認したかった病気についてだ。


 サラの美しい尾ヒレの赤色の部分に、白い斑点が幾つか見える。

 それらは、レバンテ様に案内されたときにも気付い物だ。

 しかし、良く見ると、金色や白色の部分にも艶の違う鱗があるようだった。

 その異質な鱗は全て、艶のない白色の鱗だった。

 まるでその鱗だけ、死んでしまっているように見える。

 鱗が生え替わろうとしているのか、栄養が行かずに壊死したのか、それとも、そういう鱗が新しく生えてしまったのか。


「一部の鱗が変質してしまってるけど、身体の調子は大丈夫なのかな?」


「最近少し怠い気はするキ……でも、こんなものだった気もするキ……」


 なんとも心許ない答えだが、シシイの虫歯がそうだったように、傷んでいても痛みや痒みを感じないだけかもしれない。

 もともと性格がのんびりしているから、という理由ではないと思う。


 身体に害がないし、本人が望まないなら、治療をする必要はないのかもしれない……

 誰もが救いを望んでいるわけではないことを、白鶴の一件では学んだわけだし。

 それでも、せっかくの美しさが陰ってしまって惜しさを感じる。

 自分本位ではあるけれど、治してしまいたい気持ちになってしまう。

 それも、今の自分なら治せるという傲慢によるものだと思うと、尚のこと治療するのが間違っているように思えてくる。

 治して欲しいとか助け出して欲しいって要望があれば、とても楽なんだけどな……どこまでも自分勝手だな、僕は。


 物語のヒーローは、こういうところで悩まずに、真っ直ぐな気持ちで提供できるからこそ、ヒーローたり得るんだろね。

 僕としては、単純に相手の望むことを提供したい、って思ってただけのはずなんだけど、考えれば考えるほどにマイナスの要素がいくらでも出てくる。

 ここはプラスに捉えて、善意の押し売りにならないよう、相手のことを考えて本気で悩んでいるんだ、ということにしておこう。

 とりあえず今すべきは──


「詳しく見せて貰っても良いかな?」


 そう聞くと、サラは非常にゆっくりと、僕から遠ざかるように動き出した。

 もしかして、無意識下で拒否られてる!?

 諦観してるように見えて、意外に主張があるのか、それとも本能的な行動なのかな?


「魔法で調べるだけだから、時間もかからないし痛くもないよ」


「そう……好きにすると良いキ……」


 サラはまたぽこぽこと泡を吐き出すと、その場に留まってくれた。

 さて、了承ももらえたことだし、恒例の『身体精密検査カラダスキャン』を始めますか。


 発動すればすぐにAR表示が現れ、サラの状態を詳しく教えてくれる。

 ガラスと水に阻まれて、サラの身体は歪んでいたり見えにくかったりするけれど、AR表示はいつもと変わらずハッキリと見える。

 やっぱりこの魔法は、現実に投影されているのではなく、脳内や網膜みたいな僕の身体側で行われている処理なんだね。

 情報が読み取れないとか、魔法を使う意味が無くなるから助かる。

 そういえば、今回、AR表示の一部にフリガナが振ってあることに気が付いた。

 良く使う言葉で言えば、付加遺伝子情報アドオンゲノム遺伝子付加魔法エンコーデッドアプリになるらしい。

 名前の雰囲気が、ゲーム開発の名残っぽい。


 検査の結果、サラの遺伝子的な特徴は、キシラとそう変わらなかった。

 人魚化に使われている付加遺伝子情報アドオンゲノムの種類が違うだけで、サラ本人が言ったように、シーオーラタス1種類だった。

 今のところ、複数種類が混ざっているシシイの方が、イレギュラーケースみたいだ。


 遺伝子付加魔法エンコーデッドアプリに関してもキシラとほぼ同じで、水の中で生活するのに便利な魔法が並んでいた。

 つまり、サラも速く泳ぐことは出来ると言うこと。

 でもそれらを使わず、のんびりとした生態や性格なのは、遺伝的なものの方が強く現れてるからみたいだね。

 同じ人魚でも、それぞれ個性があって面白く、その多様性が保たれていることが素晴らしいと思う。

 色んな種族に会ってみたくなる。


 さて本命の病気のことを確認しておかないと。

 病名は鱗白化病、とても直球な名前だ。

 原因は、鱗の付け根に細菌が付着し、鱗への栄養供給が断たれることで、鱗が壊死して白化するらしい。

 白化した鱗は剥がれ落ちて、真皮が露出することになるようだ。

 感染源は他の魚や剥離した鱗となっているけど……

 ここには感染源となる魚がいないことから、サラが元々持っていたものが、不衛生な水が原因で細菌が増殖し、病状が進行したと思われる。

 遺伝子付加魔法エンコーデッドアプリにある治療魔法では、新しい鱗を早く生やすことが出来ても、細菌は取り除けないので、鱗の白化は収まらないのだろう。

 このまま放置して菌の増殖が続けば、全ての鱗が白化し剥離してしまう可能性もあり得る。

 ただ、治療魔法の効果で本体は守られ続けるし、新しい鱗がすぐに生えてくるから、生きていくうえで問題はなさそうだ。

 ますます治療に悩む症状だ。

 ちなみに、この細菌を人間が取り込むと、食中毒様の症状が出るらしい。

 加熱もしくは長時間の冷凍や、濃い塩水につけると死滅するようなので、生で食べなければ大丈夫だ。

 といっても、魚の鱗や皮を生で食べることはほぼ無いと思うけど。


「サラ、君が病気なのは確かなようだ」


 続けて僕は、病気について詳しく説明をした。


「そうキ……」


 僕の説明にも、サラは興味なさそうで、相変わらず口からぽこぽこと泡を吐き出している。

 若干眠そうにさえ見える。

 退屈な話だったとか……?


 な、悩ましい……

 治療することが余計なお世話に思えてならない。

 いやまて、サラの意思は若干動きに出るはずだ。

 興味なさそうに見えて、検査する話をしたときには、ゆっくり遠ざかっていった。

 どちらでも気にしないような内容でも、サラが望ましいと思う選択はあるのだと思う。


「治療させてもらっても良いかな? もちろん、これも魔法で行うので、痛みもなければ痒みもない。一瞬で終わるよ」


「好きにすると良いキ……」


 やはりどうでも良さそうな答えだ。

 でも、若干近寄ってきている気がする……ただの軸ブレかもしれない。

 いやいや、良く見ろ。

 尾ヒレの先が左右に揺れている、こんは反応は今まで無かった。


「もし、治療して欲しくない理由があったら、言ってくれると助かるよ……?」


「本当にどちらでも良いキ……」


 やっぱり平坦な口調でサラが答えるけど、尾ヒレの左右振れは止まった。

 どうやら、望ましいのは治療する方のようだ。

 それなら僕としても安心して治療できる。

 一応、目安として、治ったことを鏡を見てもらった方が良いだろう。


 鏡の材料は……大量にある水で良いか。

 鏡一枚作る程度なら、それほど水嵩みずかさも変わらない。

 魔法を使えばすぐに、僕の隣に姿見が出来上がる。

 何度も使った魔法だから慣れたものだ。

 見えにくいと困るので、水槽の歪みや曇りも取り払って、水もキレイにしてしまう。

 姿見にサラの全身が映るように調整し、サラに確認してもらう。

 珍しくサラが首を少し傾げる反応を示して、鏡に映った自分を見ているけど、周りの変化はあまり気にならないようだ。

 サラはすぐに飽きたように、僕の方に顔を向けた。

 治療を始めたら良い、という合図なのだろう。


「じゃあ、始めるね」


 サラは同意の意味として、一応首を縦に振ってくれた。

 感情が薄いだけで、意思疎通が出来るならまあいいか。


 さて、今回の治療は、殺菌と鱗の蘇生だ。

 殺菌と言えば、煮沸が基本だけど、痛みや痒みがないって言ったことが嘘になる。

 アルコールや塩素も同じかな。水の中だし使いにくい。

 薬なら抗生物質みたいな抗菌薬が良いけど、即効性がない。

 そうなると、電磁波による殺菌──紫外線殺菌か。


 照射する程度にもよるけど、軽度な火傷が発生する危険がある。

 でも、鱗の奥まで届かせようと思うと、照射量は多くする必要がある。

 二律背反的な問題だね。

 しかし魔法なら、真皮を『夏日傘パラソル』で保護しながら、殺菌すれば問題は解決できる。


 方針は決まったのでさっさと終わらせよう。

 今回は僕の希望で治療するので、村に移住する件はもちろん適用範囲外だ。

 そんなことしては、本当に押し売りになってしまうからね。


「じゃあ、始めるね」


 まず、サラの全身の真皮を『夏日傘パラソル』で覆う。

 この段階では何の変化も無い。

 そこに、『殺菌灯スターリーランプ』をサラの全周に発動し、3分間のタイマー付きで発動する。

 紫外線が照射されると、サラが少し青っぽく光り出した。

 ん-? パラソルの効果で偏光されたのかな?

 自分の身体が光ってることに驚いているのか、サラが少し慌てて周囲を見回している。


「大丈夫だよ、サラのことは魔法で保護してるから」


 痛みや熱さを感じないからか、サラはすぐに落ち着いて、いつもの無表情に戻った。

 貴重な反応だね。


 紫外線照射を止めて、『身体精密検査カラダスキャン』をかけると、白化病の表示は消えていた。

 問題なく菌を死滅させることが出来たみたいだ。


「終わったよ。これで、次に生えてくる鱗は、白くならないと思う」


 サラは鏡の前で、ゆっくりと一回転して、自分の尾ヒレを確認した。

 今はまだ何も変化は無いはずだけど……

 本人には何か違いが分かるのかもしれない。

 心なしか嬉しそうにしているように見える。


「そう…………ありがとうキ」


 ……気のせいかもしれない。

 嫌がってるわけでもないし、良しとしよう。


 ついでに、また病気になってしまわないように、水もキレイにしておこう。

 キシラのスキな水の成分なら、きっとサラも気に入るだろう。


 水槽の歪みと鏡を元に戻して、水がキレイになったことが分からないように、水槽の内面に色を付けておいた。

 うん、違和感ない、元通りだ。


 さてと、痕跡も消したし、用事も済んだ。

 部屋に帰ることにしよう。


 サラを見上げると、大きく深呼吸するように、水槽の水を飲んでいる。

 やっぱり、人魚はこの水が好きなのかな?

 あ……酔っ払ったらすぐにバレちゃうんだけど……?


「身体が……軽くなったキ」


 キシラみたいな酔っ払った雰囲気はない。

 なぜだ?

 んー?

 少し目に生気が戻ったような気がする?

 それ以外は……

 尾ヒレの赤が鮮やかになったような?!

 そういえばキシラの肌も赤くなっていた。

 あれは酔っ払って赤くなっていたんじゃなくて、水に含まれる何かしらの成分を吸収して赤くなっていたのか。

 一つ新しい発見があった。

 やっぱり、情けは人のためじゃないねー


「また来るね」


「分かったキ」


 最初来たときよりは歓迎されている気がするので、やって良かった思う。

 満足感を得て、僕はまた音を立てずに真っ暗な廊下を戻り、自室に帰った。


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