2-003 異世界の初立ちは順調なようで
国王陛下からの書状を読んで、わしもさすがに驚いた。
まさか、バカ息子だと思っていたボグダンが、国に呼ばれる時が来ようとは……
当然、書状を持ってきた者に、すぐに支度して出発する旨を伝えた。
彼は慣れたもので、返事を聞くとすぐに帰っていった。
10日の猶予が設定されているということは、急ぎでもなければ期待もされていないということ。
だが、それでも目を掛けてもらえる程になったというのは、喜ばしいことだ。
つい半年ほど前は、バカなことをして人に迷惑をかけることに心配していたというのに……
しかし今は、別の心配が頭をよぎる。
昔に比べて遙かにしっかりしたと思っておるが、常識の抜けているところはまだ目立つ。
それが昔は自分本位に迷惑を掛ける側に倒れていたのが、今は常識外のことを良かれと思ってやってしまう嫌いがある。
国王を待たせるようなことがあってはならんから、早く行けと言ったが……今のあいつなら、明日には王城に着いてしまってもおかしくない。
待たせてはいけないが、予定より早く着いて気をもまれてもいけない。
念のために、程よい早さを伝えておいたが……まだ何か不安が残る。
このような心配が出来るようになっただけ、良かったと思うべきなのだろうか。
程よいところで宿を取って王都へ向かえば、移動だけで6日はかかるだろう。
わしなら、王都で使う物をプラホヴァ領都で揃えるため、今日1日準備をして明日出発し、とりあえず領都へ向かい、領都でも領主への謁見と荷物の準備で2日を取るだろう。
合わせて9日。
程よい余裕のある日程で、程よい時に王都へ着く。
これが普通だ。
何? 何も持たずにもう出発しただと?!
あいつはまた何かをやらかしそうだな……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
関係各所──温泉や教会、ランプ工房や宿屋にいるデボラおばさんのところへ、出掛ける旨を伝えてから、医院の入り口に休診の看板を掛けて出掛けることにした。
教会で挨拶したときに、全身脱毛をしたアレシアさんから、イオン司教が王都にいるかもしれない旨を伝えられた。と言っても、僕自身はイオン司教に会っていないから、誰だか分からないんだけど……
アレシアさんとイオン司教は定期的に手紙のやり取りをしていたらしいのだけど、最近イオン司教からの手紙が返ってこないので心配しているんだとか。
ミレルはイオン司教の事も知っているので、会ったら伝えておくと返事をしておいた。
準備を終え、少し遅いお昼ご飯を食べてすぐ、僕たちは『
一応、今回の移動に使う『
どんな形でも、例のプロジェクションマッピングや光学迷彩みたいな魔法『
さながら
これなら、使わないときに川や池に浮かべておいても違和感はないよね。
「と、飛んでますよ!?」
そう言えば、スヴェトラーナは初めてだったね。
小舟型になったので、椅子を設置して身体を固定できるようにしたから、前に使った石板よりは快適に過ごせると思う。
「空の旅は気持ちいいわよ〜」
ミレルが髪の毛を押さえながら、スヴェトラーナへ笑顔を向ける。
欠片も怖がっていないミレルを見て安心したのか、スヴェトラーナの緊張もゆっくりと解けていった。
◇◆
僕としては、この山から降りることが初めてだから、周辺マップもしっかり埋めておきたい。
だから、遠くまで見るために、今回はかなり高度を上げて飛行することにした。
上昇するにつれて風も強くなり寒くなったので、『
最終的には、舟を浮かすことも魔石に登録してしまいたい。
移動する都度、舟ごと作ってたとしてもさほど時間は掛からないけどね。
暖かい舟の中から、美しい景色を見てはしゃいだり、スヴェトラーナが、いつの間にか医院から持ちだした魔石で、お茶をサーブしてくれたりと、のんびりまったりしながらしばらく、空のクルージングを楽しんで進んだ。
そして、街道を確認しながら山を下って、ちょうど山麓の町の上空まで移動すると、ここで2時間が経過していた。
ちょっと遊びすぎた感は否めないけど、飛ばせば領都へ日が暮れる前には着けそうだ。
山麓の町までも、歩くとだいたい半日かかると言うのだから、街道が通っているとはいえ、山道を通るのがどれだけ大変か良く分かる。
因みに、馬車の方が歩くより時間がかかるらしい。
飛んできた方向を振り返ると、山へと続く森林の中に、川と街道が細く1本通っていて、それが曲がりくねりながら山を登って、シエナ村まで続いているのが良く分かる。
麓の町は、シエナ村へ続く街道と、もう一つ東の谷へ伸びる街道の合わさるところに建てられていた。
いずれも横に川が流れている街道だ。
川も街道も合流する地点にある町の割には、あまり大きくもなく、活気があるようには見えない。
聞いていたとおり、この山脈を越える2つの街道は、あまり人気がないようだ。
西の方角を見れば、遠くにこの町より大きな街が見える。
その町から山脈へ伸びている道の方が太いようなので、あそこが山脈越えの人気ルートなのだろう。
南を見れば、ひときわ大きな街──北端の方に城が建てられている城塞都市が見える。
これがプラホヴァ領の領都だ。
さすがに、領都へは幾つもの街道が繫がっており、上空から見れば、この領の中心であることがひと目で分かる。
領都だから当たり前なんだけど、周辺を見る限り、この辺りで最大の街のようだ。
他には、領都近郊で一番目を引くのは、東側に広がる青く見える地帯だ。
大きくくぼんだ土地で、その青く見える鉱石を掘り出している採掘場のように見える。
何の施設なのか、領都に着いたら誰かに聞いてみよう。
僕はそっちに目が行ってしまったけど、ミレルとスヴェトラーナは、大きな街というのに憧れがあるのか、期待の眼差しで領都を見つめながら楽しそうにきゃいきゃい騒いでいた。
浮上舟の改造に時間を食ってしまったわけだし、今日は寄り道をせずに、このまま領都まで行くことにしよう。
一度、浮上舟の最高速テストもしておきたいし。
◇◆
『
その結果、運動エネルギーを直接操作してしまう魔法達は、僕たちを音になってしまうのではないかという位、簡単に浮上舟を加速させてしまった。
音速で飛ぶ木の船とか、どこの神話の乗り物だよ?!
この魔法、早く飛ぶ為の魔法じゃなくて、ただ浮かせて動かすだけの魔法の筈なんだけどな……
基本的に、この世界で使える魔法は、ちょっとレベルを上げただけでぶっ壊れ性能になってしまうけど、なんでかな??
おかげで、5分と掛からずに領都上空まで来てしまった。
「目が回ります……」
ミレルとスヴェトラーナは、これまでにない経験で目を回している。
身体への負担が減っているとは言え、急な加減速で血液が偏ってしまったのかもしれない。
彼女らの椅子をベッド状に変形させて、仰向けに寝かせてから、ゆっくりゆっくりと高度を下げていった。
限界性能のテストは、自分一人の時にしないと迷惑掛けちゃうね。
◇◆
一応、領都近郊の川に着水した後、鉄の鎖を生成して適当な場所に舟を係留した。
二人の気分が回復したところで、ここからは歩いて領都の門へ向かう。
空から直接領都へ降りてしまうのは、やっぱり不法侵入のような気がしたので。
そう言えば、身分証のようなものって無いんだけど……?
通してもらえるのかな??
「領内なら大丈夫だと思います。領外へ出るなら、ここで証明書を発行してもらう必要があると聞きました」
そうミレルが説明してくれる。
ということは、ほとんどの村人が身分証を持っていないのか。
まあ、日本でも、免許証や学生証が無かったら、ほとんど身分を証明できなかったからね。いつかの段階で発行してもらう必要があるのは同じかな。
川から城壁に沿って門まで回り込んで行くと、見上げるほどに大きな門が、口を開けて待っていた。
こういう巨大建築物を間近で見ると、やっぱり圧倒されるね。
子供の頃に、親に連れられていった海外旅行で、古代遺跡を訪れたときの懐かしい感覚が帰ってくる。
重機も魔法もないのに、こんな建物を建ててしまう技術と努力に純粋に驚かされる。
そして、そんな施設が現役で使われていることに、ファンタジー世界へ来たという実感が更に高められるようだった。
ただ、ファンタジー名物「門前の行列」はなく、大きな門の左右に、槍を持って鎧を着た男性──たぶん兵士──が暇そうに立っているだけだった。
門を通る人もいない。
やっぱり、こちら側の街道が使われることはほぼ無いようだ。
近付くと左右の兵士が槍を門の前で交差させて、フリーパスではないことを示した。
挨拶だけで通れるわけではないみたい。
門の中から別の兵士が出て来て、僕たちに話し掛けてくる。
「シエナ村から来たボグダンです。こっちはミレルとスヴェトラーナ」
名前とシエナ村から来たことを伝えると、すんなりと槍を降ろしてくれた。
入国審査のような会話もなく、手荷物の検査も無い。
そんなので大丈夫なのかな……?
「ここの門を使うのは、領内の北の村の人かキャラバンか、後は領主様ぐらいだからな。手荷物も少ないし、馬車もないから、冬前に足りない物だけ買いに来たのかい?」
「いえ、領主様に相談事がありまして」
「ああ、村長の使いの
丁寧に行き先も教えてくれた。
それだけ、領外の人が通ることもなければ、危険もないのだろう。
「門、開きっぱなしなんですね?」
僕の言葉に兵士さんが門の上を指した。
「あんな鉄門を、人が通る度に開け閉めしてたら大変すぎるだろ? 今は戦争もしてないし、周辺の魔物は定期的に討伐していて安全だから、昼間はずっと開けてるよ」
なるほど、平和なときは開けているもので、簡単に通れるようになってるわけか。
魔物や野盗の危険があるのは、田舎の街道だけなのか。
「我らが領主様がそういうお考えなだけであって、他の領に行けばまた違ってくるからな。南に行くことがあれば気を付けろよ」
兵士が僕に忠告してくれる。
たぶんどこから見ても、今の僕は田舎者に見えるのだろう。
事実田舎者だし、この世界のことをほとんど知らない。
その田舎者から搾取するのではなく、忠告をくれるっていうのは有難いことだ。
こういう情報って旅をする上では重要だと思う。
プラホヴァ領主は、領民の安全を考えた政策を取っているというだけで、南の領には悪徳領主がいるのかもしれない。
転生した先が平和な領の平和な村で良かった。
僕たちは兵士達に礼を言って、門をくぐった。
◇◆
門を入ってしばらくは、広い割に人通りの少ない道だった。
それが、街の中心へ行くにしたがって少しずつ人が増えていき、大通りへ出たときに、領都の雰囲気が一気に変わった。
人や馬車が活発に行き来して、村では感じられなかった騒がしさを感じられた。
夕暮れ前、家路を急ぐ町の人達。
これから酒場へ出掛けていく兵士や傭兵。
宿を探して歩くハンターや商人。
馬車の往来に注意を促す兵士の声が聞こえる。
仕事を終えた傭兵達の笑い声が聞こえる。
どこかのお店から呼び込みの声が聞こえる。
様々な人の生活が、喧騒を奏でている。
都会って感じがするね。
領都はかなり栄えているようだ。
本当に領主様は、上手く政治と経済を回している良い領主みたい。
兵士からの信頼も篤そうだったし。
ネブンが残念だったのが悔やまれるけど、今はそれも解決したし、将来も安泰かな。
この世界では訪問するには少し遅い時間かもしれないけど、一度領主様のところに顔を出しておこう。
相談をするのに、アポイントを取っておいた方が良いだろうし。
どこから見てもお城は目立つので、迷うことなく城門へたどり着けた。
「やや? ボグダン殿か?」
僕が声を掛けるより先に、城門に立つ騎士から声を掛けてきた。
何処かで聞いたことがあると思ったら、避暑の時に領主様と一緒にシエナ村に来ていた騎士だった。
挨拶を返した後、僕はすぐに本題を切り出した。
「遅くにすいません。領主様に相談事があるので、明日朝一にまた伺っても良いか、確認させていただきたいのですが」
「承知した。確認させるので、少し中で待っていてくれ」
そう言って騎士は、近くの使用人に伝言を頼んで、僕たちを騎士の詰め所へと案内してくれた。
僕たちが中へ入る時に、何となく偉そうで何となくイライラした歩き方の男性とすれ違った。
ちょうど僕たちと入れ違いで、お城から帰るところのようだった。
「丁度良く、領主様にお目通りしていた先客が帰ったようだぞ? すぐにお会いになるかもしれんな」
快く通してもらったので、いつも通り、詰め所にいる騎士達にレモン水を提供した。
村の外なので、目の前であからさまに魔法を使うようなことはせず、カバンから水筒とコップを取り出して、水筒から注ぐようにしてカモフラージュしている。
レモン水はここでも好評で、シエナ村に来ていた騎士が、毎日飲んでいたと自慢するのを、他の騎士が羨ましそうに聞いていた。
もちろん、ミレルとスヴェトラーナも一緒に飲めるように渡してある。
そんな風に、小休憩を満喫していると、さっきの使用人が僕たちのところにやってきた。
「領主様がお会いになるそうです」
あっさりと面会の許可が下りて、領主様に相談する機会が出来てしまった。
初日から幸先が良い。
これは旅も順調に進みそうだね。
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