2-004 花火は大きな火種になったようで


 すぐにプラホヴァ領領主様との面会が叶った僕たちは、玉座のある謁見場に行くと、すぐに別の部屋へと連れて行かれた。

 と言っても、移動した先は謁見場すぐ近くの部屋で、中央に重厚そうな大きな机が置いてあるから、恐らく会議室なのだろう。

 正直、謁見場でどんな態度をとったら良いのか分からないので助かったと思う。


 領主様が奥の席に座るのを待って、ネブン様が座ったのを見てから、着席を促されたので、ミレルの椅子を引いて彼女に座ってもらってから、僕は席に着いた。

 フォーマルな場での常識として、奥さんを連れている場合は椅子を引いて先に座ってもらう。実家で母親に散々マナーを教えられたので、自然にそんな振る舞いをしてしまったけど……

 ジェントルな領主様にまで驚かれてしまった。

 男尊女卑もまだまだ色濃そうだし、何が正しいか後でコンセルトさんに聞こう。

 ちなみに、残念ながらスヴェトラーナには立ってもらっている。

 理由はコンセルトさんが領主様の後ろに立っているのからなんだけど、スヴェトラーナ自身も座る気はなさそうだった。

 というか、彼女はめっちゃ緊張していたので、動きたくなさそうだった。

 僕も、領主様に対して失礼な振る舞いをしてないか、不安でいっぱいなんだけどね。


「ボグダン君との仲だし、大変世話になったから、あまり堅苦しいことは無しで行きたい」


 この前置きって……なんか無礼講っぽいこと言ってるけど、これって実際に無礼なことしたらめっちゃ怒られるヤツなんじゃ?

 余計に緊張しちゃうやつだ。

 この場面の最適な解を探すの、難しすぎない?

 ビジネスの常識程度でお茶を濁そうかな。


「急な面会に応じて下さりありがとうございます。お言葉に甘えて、早速本題に入らせてもらいます」


 向かいの面々はちょっと不思議そうな顔を浮かべた後、領主様が代表して頷いてくれた。

 とりあえずオーケーみたい。


「本日、国王陛下からの呼び出し状が届きまして、10日後に登城することとなりました。つきましては、王都訪問中の滞在場所として、領主様のお屋敷をお借りしたく、お願いに上がりました」


 一気に言い切ったものの、3つの驚いた顔がこちらを見ている。


「国王陛下が!」


「このタイミングで?!」


「これは既に掴んでおられるということでしょうか……」


 それぞれに感想を口にしながらも、思っていることは同じようで、顔を見合わせて頷き合っている。


 何かあったのかな?

 そういえば、呼び出された理由を説明しなかった。


「理由は第三王子の治療となっていました」


 あ、そうか、こういうときは、書簡を見てもらえば良いのか。

 僕がカバンから書簡を取り出すと、後ろに立っていたスヴェトラーナがすぐに受け取って、コンセルトさんに渡しに行ってくれた。


 あー、こういうときは主人が直接持っていってはダメなのね。

 でも、侍女が持って行くことが失礼に当たる場合とかありそう……

 貴族の振る舞いは、どんどんハードルが上がっていくね……


 対面の3人は順番に書簡に目を通して、読んだ順に悩ましげな顔に戻っていく。


 何か僕には分からない、おかしな事が書かれていたかな……?


「いやなに、ボグダン君に会う直前まで、ヤミツロ領の使いの者と話していてな、そこで不穏な話を聞いたのだ」


 話の内容は要約すると簡単だ。

 僕の打ち上げた花火が、貴族からは北の領ブラツェンが戦争の準備をしているように見えたこと。

 そしてもう一つ、教会は強大な悪魔が現れたと考えていること。


「そんな……」


「あんなにキレイだったのに、そんな風に思ってしまうのですね……」


 話を聞いて、ミレルとスヴェトラーナは、2人とも悲しそうな顔でそうこぼした。


 そして、ネブン様が追加の説明をしてくれた。

 このタイミングでの国王の呼び出しだったから、原因が僕にあることが、もうバレたのではないかということを、領主様達は心配していたみたい。

 ヤミツロ領の使者には、プラホヴァ領を神が祝ってくれているだけ、とうそぶいてくれたみたいだけど。


 まさか、そんな大事おおごとになっていたとは……ちょっと、大きな花火を上げすぎたみたいだね。

 村でもそんな情報を集められるようにしないとね。


 みんな気付いているか分からないけど、南側でそう捉えたってことは、北側も同じように捉えている可能性があるわけで……ブラツェン領もプラホヴァ領が戦争の準備を始めたと思っているかも知れない、ということ。

 もう一つの教会はどう動くか分からないけど……

 少なくともこの2領間の問題は、当事者である僕が何とか収めないと。

 その前に──


「わたしが至らぬばかりに、問題の火種を作ってしまい申し訳ございません」


 とりあえず、領主様には謝罪しておこう。

 コンセルトさんが驚いてるけど……あの時と同じで、この人は過去の『こいつボグダン』を良く知っているからだろうね。

 シエナ村のお屋敷でやったことは、領主様に恩を売れることだから、まだ『こいつ』もやったかもしれない。

 でも、謝罪は一番『こいつ』と相容れないものだったろうからね。

 僕が悪いことは確かなんだから。

 花火はなくとも祝砲みたいな文化はあるって言ってたけど……事前の周知が必要だったって事か。


「いや、わたしにも予想できなかった。ただただ綺麗な光だと感動していた。まさか、周りから見るとそんな風に見えていたとは……」


「どれほどの問題になるか測りかねていますので、まずは情報収集を始めているところです」


 領主様とネブン様が、慰めるように言ってくれる。

 ありがたい。

 失敗を責めないとは、やっぱり良い領主様なんだね。

 だからといって、僕が何もしないわけにはいかない。

 ただ、ネブン様が言うように、焦って行動したら、逆に悪手を打ってしまうかもしれない。

 情報を集めてもらうのを待つべきかな。


「ボグダン殿には少し様子を見て頂きたく思う」


 悩む僕にコンセルトさんがそう切り出し、どこか真剣な顔で、僕に続きを語ってくれた。


「ボグダン殿が国王陛下のお役に立つことは、プラホヴァ領としても喜ばしいこと。だが逆に、国王陛下にお招き頂いているのに、それを断ってはプラホヴァ領としてもお咎めを受ける可能性がある。そのため、ボグダン殿には王命を果たして頂きたい」


 プラホヴァ領の人間が王命に背いたとなったら、確かに覚えはよろしくない。

 だから、領としても、僕が王都に向かって欲しい。

 それは分かる。

 人の手を煩わせたくない思いはあるんだけど……

 情報の集め方も分からない僕が、的確な情報を得られるわけもないし。

 判断も含めて、任せるべきかな。


「それに……こちらにも対抗手段と少しのメリットがありましてな」


 対抗手段は、内戦に進ませない為の対策を打てるって事かな?

 じゃあメリットってなんだ?

 不思議そうな顔をしている僕に、ネブン様が爽やかかつ優しい笑顔を向けてくる。

 なんか、観葉植物に化けた外野がいたら、勘違いしそうな顔だ……

 元のネブンと同じ顔にしたと思ったんだけど、元々痩せてたらイケメンだったのかな……


「先ほど来たヤミツロの使者は、魔石などの通過税を上げると周知に来たんですよ。魔石は大変高価なものですから、その通過税も高く取れます。ヤミツロとしては、積極的に流して欲しい代物なんですよ」


 適当に使ってたけど魔石って、高価なものだったのか!?

 いや、でも、ランプ工房のラズバン氏も、小さい魔石には興味を示していなかったし……

 あと、魔石と領都の関係が分からないんだけど?


「我が領都の特産品は魔石です。近くに採石地があって、上質で大きな魔石が採れるんです。国内では飛び抜けた産出量を誇り、国内需要はほぼ独占している状態です。そんな状態ですから、この領都から売る魔石の量を調整すれば、国内の魔石の流れをコントロール出来るのです。だから、ヤミツロは、我々に事前通達しに来たわけです。父上の怒りを買わないために」


 なるほど。上空から見たあの青い採石場は、魔石だったのか。

 中々裕福な領都だと思ったけど、そういう理由があったんだね。

 ところで、小さい魔石の価値はどうなんだろ?


「小さい魔石には魔法が込められませんから、ただのキレイな石です。装飾品に使われることはありますが……ありふれたものなのであまり価値はありません」


 その辺は変わらないんだね、良かった。

 高級なものを、湯水の如く使ってしまっているのかと、ドキドキしたよ。

 この世界で湯水が安いかは、微妙なところだけど。


 領主様が魔石の話題に対して、何か言いたげな眼差しを僕に向けてきているけど──


「それはそうと、ボグダン殿は国王陛下に謁見する際の作法や服装について熟知しておりますかな?」


 コンセルトさんが先に口を開いてしまった。

 やっぱり空気を読めない家令さんなのか、主人の意向を制したように見えた。

 とはいえ、僕にとってはコンセルトさんの話題の方が大事。

 聞きたかったことをプロに聞けるなら、その機会は逃したくない。


「恥ずかしながら、見当違いの覚え方をしてしまったようで……もしご教授願えるなら、大変助かります」


 もちろん、質問をしてきた時点でコンセルトさんは、僕の答えを予想していたようで、意気揚々と前に出てきた。


「シエナ村の屋敷で、使用人共々お世話になった分を少しでも返せるなら、こちらとしても気持ちが楽になるというもの。是非ともプラホヴァ家が技術を伝授したい」


 コンセルトさんが異様に張り切ってるけど……領主様もネブン様も、家令を止めることはしないみたい。

 これも、プラホヴァ家に要らぬレッテルを貼られないために必要な事って、共通の認識なのかな?

 これまでの領主様との会話で、僕に貴族の常識がないことが、分かっているだろうからね。


 ということで、僕たち3人は、プラホヴァ城に泊めてもらい、夜遅くまで、コンセルトさんの指導しごきを受けることになったのだった。


 当然、貴族の礼儀作法は、一日でマスター出来るようなものでは無かったけど、何とかコンセルトさんには納得してもらえた。

 明日は、変なところが筋肉痛になりそうだ……

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