2-002 それはまるで仕事のようで
僕は北の山から、シエナ村を見下ろし、満足して頷いた。
この世界に来てから3か月程度経ったのだと思う。
来た頃は初夏だったけれど、この村は秋の訪れが早いようで、夏が過ぎたと思ったら、すぐに朝晩は肌寒く感じる程度になってきた。
山脈の高い場所ではすでに紅葉を始めていて、そんな山の変化は日本を思い出させて、少し淋しい気持ちも感じたけれど、ここはここでとても美しい景色だった。
それに、その美しい景色をミレルと一緒に眺められるなら、日本で紅葉を見ていたときよりも喜びを感じられるというもの。
やっぱり、転生してもらえたことを『にのかみ』に感謝しないとね。
それはそれとして、僕が見下ろしていたのは紅葉ではなく、シエナ村を囲むように作った防御壁だ。
城じゃないので城壁ではないと思う。
美容整形医だというのに、相変わらず村作りをしている。
村の防衛に不安を感じていた
村を隙間無く囲う壁を見ていると、まるきり要塞に見えてくる。
小麦畑や牧草地帯を含むので、要塞と呼ぶには巨大すぎると思うけど。
でも、そのぐらいしても良い場所だと思う。
北の領で内乱が起こったとしたら、王都へ向けて進軍するなら真っ先にここを通ることになるみたいで、現国王側に付くならシエナ村は最初に攻められる場所となるらしい。
山の上だし、ここに拠点を確保できれば、王都軍の動きが掴みやすくなるだろうしね。
だからこそ、戦争を起こす気が無くなるぐらい、絶対に落とせないと一目で確信できるようにしておこうと思って、要塞が完成したわけだ。
温泉の例の如く、範囲が広いとはいえデザインする必要性がないので、3日で出来上がってしまったんだけど……
外から見れば、登ることが出来ないツルリとした壁が、見上げても端が見えないぐらいに高く
実際は、簡単には登れないってだけで、そこまで高くないんだけど。
表面は継ぎ目のない金属──ゴーレムに使った高強度で耐腐食性の高い金属で作ってあるし、鍵縄なども掛けられないように天辺も丸めてあるから、普通はこれだけで充分に登れないと思う。
それに加えて、工場の天井に使ったプロジェクションマッピングみたいな魔法で、どこまでも高く壁が続いているように見せかけてある。
横方向は実際に村を囲んであるから、この壁を見れば、村には侵入出来ないと思うし、この道は通れないと判断すると思う。
もちろん河にも、同じ金属で作った網や柵が幾重にも設置してあるから通れることはない。
この状態を村の内側から見ると、とても息苦しく見えてしまうので、同じ魔法を使って内側には外が見えるようにしてある。
地下には、僕の研究施設を張り巡らさせたので、穴を掘って侵入することも出来ない。
こうして、外からは一切中が窺えないけど、中からは外が丸見えという、非常に守りやすい要塞が出来上がったわけだ。
ドーム状にして、第二の地球を探す宇宙船みたいにしても良かったんだけど……やり過ぎかと思って自重した。うん、自重した。
因みに、雨が降ったり雪が積もったときにどう見えるかも、実際に試して問題無いことを確認している。
問題点があるとしたら、内側から全く攻撃できないことかな?
相手を傷付けたいわけじゃないから、僕はこれで良いと思っている。
これで狼が侵入する問題も解決できたし、これなら門を閉めておけば、衛士達も寝ずの番をする必要が無くなるだろう。
プラホヴァ領主の計らいでやってきた騎士見習い達は、内側から攻撃できないことに文句を垂れていたけど。
ずっと取り囲まれていたら、我々も出られないではないか、と。
村の外に出掛ける用事がないなら問題無いんだけど、その状況は帰ってきた人を迎え入れるときが危険だよね。
何か追い払う手段は考えておかないと。
そんな感じで、サクサクと村の防衛強化を終えた僕のところに、一通の書状が届いた。
それも、国王からの。
「ついにこの時が来たか……」
要約すると、第三王子の治療のために登城すること、と書かれていた。
日時の指定は10日後らしい。
この第三王子とは、この世界に来て早々に聞いた、事故で大怪我を負ったという第三王子と同一人物だろう。
あんまり期待はしていなさそうな文章だったけど、色んな理由で、治せるなら治してしまいたいのだろう。
そんなことが出来る魔法使いがいるなら、国内へも他国へも力を示せるからとかね。
僕としては断りたい所なんだけど……
「すぐに支度して出掛けなさい」
とは
まあ、そうなるよね。
国のトップが来いって言ってるのに、一番下っ端の貴族が断れるわけないよね。
王都まで歩けば、少なくとも5日はかかるので、国王を待たせないためにも早く準備して出発しろということらしい。
まあ、国王に直接会うことはなく、王室付の家令とか、国の運営と王室を分けてないなら、魔法関係の大臣とかかもしれない。
でも、僕が回復魔法を使える情報は、どこから漏れたんだろう?
プラホヴァ領主には、時間の問題だって言われたけど……何となく気になるな。
僕が温泉を作りましたって温泉に書いてるわけでも無いから、魔法を使えることを知っている人から漏れたってことになると思うけど。
ネブン事件に関わった人達からかな?
キャラバンの人たちは……信用と情報を得るために魔法を使った気はする。
既に王都まで届いているのなら、キャラバンの人たちかも。
王城に入れたら、調べた方が良いかもしれない。
さて、すぐに出掛けるとして、僕が出掛けるということは、ミレルを連れて行くかという話になる。
「ボーグ、王都に行くの?」
自宅に帰ったら、ミレルにすぐ質問された。
その情報どこから得たのかな……?
ミレルは何となく不安そうに僕の答えを待っている。
行くことは決定しているから、あとはミレルの意思次第かな。
「第三王子の件らしい。ミレルも一緒に行く?」
ミレルはやっぱりと呟いた後、驚いて聞き返してきた。
「わたしも行って良いものなの?」
いや、そういうことを聞かれても……しきたりとかマナーとか知らないよ?
その辺は村長が決めるのかな??
登城は出来なくても、王都に行くことは問題無いでしょ。
僕が城に行ってる間は、王都観光でもしておいてもらったら良いような。
「
「行きたい!」
嬉しそうに即答するミレル。
この村からほぼ出たことのない彼女だ。
他の街も見てみたい思いはあったのだろうけど、村のことに一生懸命で考える余裕が無かったのかも知れない。
食料の備蓄も増えて、防衛面も強化されたから、彼女の中で村の心配事がかなり減ったんなら、僕としても嬉しいな。
そして、もう一人。
玄関から、お昼ご飯用の収穫物を持った、スヴェトラーナが入ってきた。
「スヴェトラーナは王都に行きたい?」
「王都ですか!? そんなところ、わたしがついて行っても大丈夫でしょうか?」
まだ使用人としては一人前じゃないから、心配しているのかな?
それは僕が使用人としての業務をほとんどさせていないから、仕方がないことなんだけど。
それに、この世界の貴族のマナーとか、僕は知らないんだから、お互い様だと思う。
僕は貴族っぽく振る舞う気も無いんだけど、他の人に迷惑がかかるなら、それもやぶさか無いかな。
「村長に相談することにはなるけど、たぶん大丈夫だよ。王都に興味はある?」
「少し……興味あります」
なら決まりだね。
ゴーレム達に収穫して保管庫に入れる作業をさせるようにして、スヴェトラーナも連れて行く方向で考えよう。
◇◆
「連れて行かねばならん。侍女が一人なんて、少ないくらいだ。わしが王都に行くときは、最低でも4人は連れて行く。いくら辺境の村の貧乏貴族とはいえ、そのぐらいはせねば格好がつかん」
そういうもんですかー
見栄社会は大変ですね……
って、ここには4人も侍女がいないですよ?
村長家現使用人のエレクシアさんと退役使用人のデボラおばさんしか。
「臨時雇いというものだ」
アルバイトで使用人募集するの!?
そういうものなの??
そんなのでまともな使用人が来るの?
「辺境の貧乏貴族なんてそんなもんだ……」
分かりましたから、そんな泣きそうな顔しないでください。本当は人数増やしたいんですね。
そういえば、大名行列も人数を水増して力を誇示しようとしてたんだっけ? 町人も混じってたとかいう話もどこかで聞いたような。
人に見られるところでは、とにかく大きく見せたいのが貴族っていうものなのかもね。
僕としては、旅行には見知った仲間だけで行きたいのだけど。
「ボグダンよ。我々貴族は、王都に着いたら屋敷で過ごすことになるのだが、悲しいことにシエナ家の屋敷は王都に無い」
え? 宿を取るんじゃないの??
「バカなことを言うな。この国の貴族が王都で宿など取らん。他の国を訪れているのではないのだぞ? 国王陛下に呼ばれているのだ、公務なのだぞ?」
そうでした……これはお仕事ですね……
ミレルと新婚旅行とか浮かれてたらダメでしたね……
「服もフォーマルなものを用意する必要があるが……それは何とかなるだろう? 問題の屋敷なのだが、わしが行くときは、プラホヴァ領の一員として、プラホヴァ第三爵のお屋敷をお借りすることにしている。王都へ行く途中に立ち寄って、話を通してから行くのだ」
なるほど。
村長は貴族として、実際にその村の管理運営しているけど、村は領に所属するから代官的な意味合いでもあるのか。
広い意味で領主付きの役人ってことなのかな。
国や時代によって、国と貴族と領地の関係は違うから、こういうのは難しい。
コンセルトさん辺りに聞けば、詳しく教えてくれそうだから、領主様のところに立ち寄ったときに聞いてみよう。
「承知しました。では、2人を連れて出発いたします」
僕の場合はその場で何でも作れてしまうので、カモフラージュするための荷物さえあれば、中身は入ってなくても良い。
家に帰ればすぐに出かけられる。
歩いていくのも良いけど、急いで行った方が良いみたいだし、僕が使える最速の方法で行こうかな?
「……念の為言っておくが、王都へ急ぐ必要はあるが、あまり早く着きすぎるのも良くない。今回であれば9日目の朝に一度登城して着いたことを報告し、プラホヴァ第三爵の屋敷に滞在していることを伝えるのだぞ?」
あ、はい……飛んでいけば一日も掛からないなーとか、全然思ってませんよ。
その辺は、仕事のアポイントと同じなんだね。
昔は、指定の時間の15分前に着くことが理想だったけど、最終的には5分前とかになってたような。
今回の場合は、1日前ぐらいが適切な余裕みたいだ。
そういう場合は、早めに近くまで行って、近くのスタバで時間を潰す、みたいな方法は使えそうだけど。
遠ければ遠いほど不測の事態に備えて、早めの移動を心掛ける必要があるとは思うから、プラホヴァ領主のところへはさっさと行くことにしよう。
プラホヴァ領主に、なかなか会えないかもしれないからね。
「では、行って参ります」
村長は鷹揚に頷いて僕を送り出してくれた。
あ、下見をしておかないといざという時に困るから、やっぱり早く行こう。登城さえしなければ失礼もないだろうし。
振り返ると、村長が何となく不安そうな表情で僕を見送っていた。
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