こうして僕は国王に認められた

2-001 飛び火と拡がる煙


 このプラホヴァ領主の椅子に座って、人に会うのも久し振りな気がする。

 この夏は色々あって、避暑が少し長く感じられたからな。

 失ったものも大きいが、得られたものも大きい。

 わたしの横にはネブンが立っており、その目は面会に来た相手を厳しく見つめている。

 彼が見ているなら、おかしな事があればすぐに分かるだろう。

 信頼が置けるというのはとても安心できることだ。

 まだ少し複雑な思いはあるが。

 そのことはおいおい馴染んでいくだろう。

 それよりも今は、目の前の相手だ。


 面会を求めてきた者は、我が領の南側に隣接するヤミツロ領の遣いの者だ。

 ヤミツロ領は東西に細長い領土を持っており、他の多くの領と接している。

 ヤミツロ領を挟んで更に南には、レムス王国が王都アルテブカレがある。

 北寄りにある領は、よほど遠回りしない限り、王都へはこのヤミツロ領を通ることになる。

 そこが厄介で──


 書状を読み上げていたコンセルトが、眉をひそめたまま最後まで読み終えた。

 そして書状をネブンへと手渡す。


「つまり、ヤミツロ領は、通過税を引き上げると言うのだな?」


「そのようで御座いますな」


 使者を寄こして、事前にそれを伝えに来ただけ、まだ誠意があると考えるべきか……対象に魔石を含んでいるから、流通量の多い我が領からの報復を恐れて、形だけでも了解を得たようにしたいのか……

 しかし、なぜこんな時期に魔石の通過税を?


 そう思ったところでネブンが耳打ちをしてくる。


「父上。武具に関わる材料──特に魔法武具に関わる物の通過税を高くするようです。どこかで戦争の話でも掴んだのではないでしょうか?」


 確かに金属素材が多かったと思ったが……魔法武具か。

 元々単価の高い素材だから、少し税を上げただけでもかなりの収入となるだろう。

 だからこそ、商人は避けて通る可能性が上がり、自分の首を絞めることになるのだが……遠回りが出来ないほど、切迫している情勢だったか?

 領に入る関所での通過税はそのままだが、出て行くときの税を高くしたようだ。


「ヤミツロ領が戦争でも始める気か?」


 遣いの者から息が漏れた。

 今、鼻で笑ったか?

 どうにも、ヤミツロ領の使者達は、他領をバカにしているようでいかん。


「避暑に行っておられた閣下は、まだご存知でないようですな。少し前に、空を打ち落とさんばかりに、火球が上がった騒ぎがあったことを」


 そんな大事件があったのか!?


 顔に出すところだったが、何とか繕えただろう。


 空が降る騒ぎも異常だが、空を落とそうとする騒ぎはもっと大変だ。

 もし本当にそんなことがあれば、人為的な可能性が高いからだ。

 そんな騒ぎがわたしの耳に入ってないなど……


 ネブンとコンセルトと視線を飛ばす。

 思い当たる節があるのか、二人とも頷いている。

 しかし、慌てた様子はない。

 原因が分かっていて、不安に思うようなことがないのだろう。

 我が領としては。

 しかし、現実的に、ヤミツロ領が通過税を引き上げるということは、他領は有事に備えようとしているということだ。

 それほどに他領にとっては、脅威を感じたと言うことだ。


「我が領ではおおよそ見当が付いておるので問題ない」


 わたしにはまだ見当がついていないが、この二人が分かっているなら、少し他領を揺さぶってみるのも良いだろう。


 案の定、ヤミツロの使者は一瞬だけ驚きの表情を浮かべた。

 流石にすぐに戻して取り繕ったが。


「暢気なものですな。いえ、失礼。北西の方角であった物ですから、山の向こう──この領に隣接するブラツェン領が行った軍事行動だと噂されておりますゆえ」


 使者が薄い笑いを浮かべて、こちらの反応を窺っている。


 ブラツェンが軍事行動を取って、我が領が気付いていないのであれば、確かに暢気なものだ。

 ブラツェンと接するシエナ村でも、不穏な情勢でははいかと報告してきた。故に、シエナ村の防衛強化を、許可してきた。

 他領も気付くような軍事行動が行われれば、真っ先にシエナ村から緊急の報告が入るだろう。

 これは、どういうことだ……?


「教会の連中は、やはり悪魔が出たんだ、と騒いでおりましたよ」


 悪魔!?


 これまた、顔に出してしまうところだった。

 ネブンのことを言われたのかと。

 横に立つネブンへ視線を送ると、瞳の奥に一瞬だけ動揺が見てとれた。

 コンセルトは……平然としたものだ。

 この件はコンセルトの方が、詳しく知っているということか。


 ネブンに取り憑いていた悪魔は、ボグダン君が退治してくれた。

 彼がシエナ村に居る以上、滅多なことでブラツェンから侵略を許すことはないだろう。

 彼の力を知らなければ、不安に思うかも知れんが……


 はて? 何か引っ掛かった。

 ボグダン君のことで、今……


 空が降るのではなく、空を落とそうとする騒ぎ……


 空に昇って咲いた、光の花が目に浮かんだ。

 あれは美しいものだった。

 祭りの最後に相応しく、新たな門出を祝福する最高の方法ではないかと思うほどに。


「その日、音は聞こえたか?」


「は?」


 わたしの突然の問いに、間の抜けた答えを返す使者。


「あれは、神鳴かみなりだ。音が聞こえておれば、間違えることも無かったであろうが……だから、心配することではないのだ。山の神が我が領の催事に、祝いを送って下さっただけだろう」


 間の抜けた顔が、呆れた顔に変化しておる。

 より一層、暢気だと思っていることだろう。


 我が領が、怪しげな行動を取っていると思われては敵わん。

 晴れている時の雷鳴は、神の祝い。

 魔女が教える古い習わしにそって、自然なものであると告げておこう。

 彼は『花火』とか言っておったかな。


「懸念となることが何も無いと分かれば、戦争騒ぎもすぐに落ち着くことだろう。その時、まだ高い通過税を設定していれば、みな迂回するだけになるだろうから、早めに下げることをお勧めしておこう」


 資源が少なく、税収頼りのヤミツロ領では、王都へ向かう者に通ってもらわなければ、困ることになるからな。


 呆れていた使者の顔が苦く歪む。

 他領の領主の前で、もう少し表情を抑えることを覚えた方が良いと思うが……

 無礼を働いたと手打ちにされても致し方ないと思うが。

 それもヤミツロの狙いだろうから、適当にあしらっておくのが良いのだが。


「左様で御座いますか。ご忠告痛み入ります。帰って主に伝えることに致します」


 言葉遣いは丁寧だから、やはり態となのだろう。


「それはそうと……最近羽振りがよろしいようで、どのようにすればそのように贅を尽くせるのか、知りたいものです」


 先ほどからチラリチラリとどこを見ていたのかと思えば、わたしやコンセルトやネブンの服を気にしておったようだ。


「このように凝った装飾を、今までお目にかかったことが御座いませんが、とても洗練されていて、高価なことが窺えます」


 何が狙いかは知らんが、ボグダン君の作った衣装のことが気になるようだ。

 無意味に褒めるところを見ると、あまり良い意味で興味を持ったわけではない気がするが。


 しかし、このことは正直に答えるわけにもいかん。


「仕立ては家令に任せているのでな、どこぞで良い仕立屋でも見付けてきたか?」


 言葉の後半はコンセルトへ向ける。

 彼なら上手く逃れてくれるだろう。


「西の方から流れて来たという仕立屋が、我が領のお抱えになりたいからと、見本にといくつか仕立ててもらいました。避暑地のシエナ村で会いましたから、まだ村に残っているやもしれません。ご興味がおありでしたら、お会いに行かれては如何ですか?」


 西方の衣装なら、この辺りで見ぬのも頷けるだろう。この装飾がどこのものかは誰にも分からぬだろうし、西の装飾でも無いと言われれば、流れだからどこかで学んできたのだろうと、はぐらかせば良いということか。

 そして、その『仕立屋』は、今もシエナ村に居ることは間違いなく、シエナ村はここより西方にあるので、嘘も言ってもいない。


 そして、この者が会いに行くことも無いだろう。


「領民はこのことを?」


 やはり、そちらに話を進めたか。

 大方、領主は贅沢な生活を送っていると、民衆の不満でも煽ってやろうという魂胆だろう。

 ヤミツロ領というところは、自領に人や物が流れてくるなら、何でも良いと思っている領だからな。


「もちろん、避暑からの帰りに見ておる。憧れの対象となっていると聞いておるよ」


 事実そうだろう。

 ビータも召使い達も、領民に接する機会を多くしている。

 人となりを知り、皆が領民のでであること、場合によっては奴隷の出であることも知れば、自分もなれるかもしれぬと思うもの。

 多くはなくとも、毎年領民からも召使いを雇い入れている。

 上手く領をまとめている領主であれば、誰でもやっていることだ。


「左様で御座いますか、それは大変喜ばしいことです」


 苦々しく世辞を述べてきよる。

 全く、付け入る隙を与えるものでは無いな。


 そのあと、適当な会話を幾つかしてから、使者は帰っていった。


 しかし……


「まさか、あの花火が、このような事態にはってんするとはな……」


 ただただ美しく、間近で見ていても危険を感じなかったため、外から見たらどう見えるか、という想像が出来ておらんかった。


「全くですな。しかし……もう一度見たいと思うほどに、美しかったですな」


 コンセルトの言葉に、わたしとネブンは深く頷いた。

 異常なほどに魔法の使えるボグダン君を責めるわけでは無いが、魔法が使えることが、もう少し異常だと理解はしてもらう必要はありそうだ。

 あそこまで異常な魔法は、村の中だけで留めるように言っておかねば。

 余計な火種が出来てしまう。

 今はまず情報収集が先決だ。

 魔石の通過税を上げたと言うことは、我が領にも魔石を売るように、どこかしこから話が来ることだろう。


「コンセルト、既に出遅れているようだから、至急他領の情報を集めるように手配しろ。魔石の流れも掴んでおけ」


「承知致しました」


 家令は恭しく礼をして、下がっていった。


「何も無ければ良いのですが」


 心配そうな声を漏らすネブン。

 病は気からではないが、そのようなことを言ってしまうと、何事が起こってしまうかもしれんぞ。


 そこへ、侍従の一人が、また面会者が来ていると告げに来た。

 その名を聞いて流石のわたしも顔に出てしまった。


「なぜボグダン殿が今ここへ……」


 ネブンの驚きようも分かると言うもの。

 タイミング良く、渦中の人物がやって来てしまったようだ。

 シエナ村の強化に取り組んでいるはずの彼が、なぜ今ここへ来ているのか。


 果たして、火種を持ってきたのか、鎮火をしにきたのか。

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