1-SP9 本物の神と本物の神の使い


 わたしは、転生システムとのリンクを切って、目を開いた。


 自分の部屋。

 ベッドしか置かれていない簡素な部屋。

 生活するために必要なものは存在しない。

 本来ベッドや部屋すら不要なのだ。

 もし必要だとしても、必要なものは必要なときに作り出せば良い。


 ベッドも部屋も、人だったときの名残だ。

 人によっては、雑多な物を置いている者も居るが、彼女らもそれを充分分かっている。

 ここはそういう場所で、ここにはそういう存在しか居ない。


 神に最も近い場所『神域』。

 神の目にとまり、神の力によって、人から神に近い存在になった者達の領域。


 その存在に総称は無い。

 人からは神や悪魔と呼ばれ、神からはそれぞれ人だった頃の名前で呼ばれる。

 わたしは勝手に、『神様のお手伝いさんホワイティア』と呼んでいる。

 それはホワイティアの神である『にのかみ』が、いつも白い服をお召しになっているからである。

 そして、この総称で呼ぶのはわたしだけで、きっと他のホワイティアは、自分で思う他の呼び方をしている。

 それが我々ホワイティアがホワイティアである所以だから。

 同じであっては、ホワイティアでいる意味が無いから。

 ホワイティアは、可能性を追求し続ける点でとても似ているが、それぞれにそれぞれが違う可能性を模索する。

 だから、それぞれ違う答えを持っている。

 そうやって神様の望む可能性の幅を広げていくのだ。


 そして、そんな個々バラバラな感性を持つホワイティアにも、共通の関心事がある。

 今はそれが『白鶴』だ。


 ホワイティアの間でも想像しなかった「転生システムのハッキング」をやってのけた人間。

 侵入経路不明。

 転生元も不明。

 転生先も不明。

 ただ、ログには白鶴が利用したことだけが残っている。

 どんなことをすれば、こんな異常な状態を作り出せるのか分からない。

 にのかみすらまだ答えを出せていない……いや、あの方の場合は、すでにお分かりだけど仰ってないだけかもしれないけどね。


 考えが落ち着いてきたところで、部屋の扉がノックされた。

 誰か? なんて問うまでもない。

 近くに居るホワイティアは何となく分かるってのもあるし、わざわざ部屋まで来て話をしようなんて律儀なことをするのは、彼しかいない。


「どうぞ」


 答えを待ってから開いた扉に、予想通りの相手が入ってきた。


「ユタキさん、お疲れさま。何か掴めた?」


「タカヒラ。少しぐらいのんびりお茶でもしてから報告したいものだけど?」


 なんて、軽口を返す。

 お互い分かっている。

 これも人の名残だと。

 疲れることなんてないし、のんびりする意味も無い。

 神域に呼ばれてからは、睡眠や食事も必要ないのだから。

 でも、何となくにのかみが、人だったときのように振る舞うことを望んでいらっしゃる気がして、わたしたちは意識して人の名残を保っている。

 もっとも、癖などなかなか抜けるものでは無く、ついやってしまうことも沢山あるのだけど。


 わたしは、タカヒラの分もお茶を用意しながら話を進めた。


「今回のアクセスは期待以上の成果だったと言えるわ。白鶴に繋がる可能性が見つかった」


 タカヒラは、礼を言いながらお茶を受け取って、会話を続けた。


「へぇ、それはすごいね。白鶴が生きてる間に見付けられるかすら疑問だったのに、こんなに早く糸口が掴めるなんて」


「そうね、わたしも驚いているわ。にのかみから、新しい転生者から順に当たるようにご指示を受けたのだけど……にのかみは分かっていらっしゃったのかしら?」


 転生システムの中身は、にのかみ以外には分からない。

 逆を言えば、にのかみはお分かりになるわけで、何かわたしたちの知らないことを掴んでいらっしゃるのかも──


「それなら、にのかみはすぐにユタキさんに仰ると思うよ。わざわざ隠し事をするような人でも無いし」


 人って……つい言ってしまう言葉の一つだけど。


「それもそうよね。でも、ハッキングの報告をしたとき、にのかみは凄く嬉しそうにしていらっしゃったわよね?」


「うん。目を輝かせて報告を聞いていらっしゃったね。それが?」


「だから、いつかハッキングされることを予想されていて、その理由や相手も予想されていたんじゃないかなってね」


 タカヒラがティーカップから手を離して、腕を組んで唸る。

 彼は、空中に静止したティーカップを見つめながら、すぐに口を開いた。


「あれは単純に、予想を超えることが起きて喜んでいらっしゃっただけじゃないかな?」


「んー……それもそうね。にのかみの予想外の事なんて、起こることじゃないし。にのかみはそういうご自分の想像を超える事象が発生することを、望んでいらっしゃるのかしら……?」


「それは……僕たちには計り知れないことだよ。可能性を拡げて何かが起きることを待っていらっしゃるのは確かだけど」


「それはわたしにも分からないんだから、仕方ないことなんだよ」


 ん?


 わたしとタカヒラは同時に顔を見合わせ、そして同時に視線を下に向けた。

 すると、わたしとタカヒラの間、部屋の床からこちらを見上げている人と目が合った。


『にのかみ!?』


 まさに神出鬼没。

 この方は、わたしたちの感覚の隙間に、滑り込むように現れる。

 穴から這い出て来たにのかみは、いつも通り真っ白な衣装に身を包んで、気楽な仕草で手を挙げた。


「はい! 呼んだ?」


『いえ、呼んでません』


「え? でも、今、にのかみ!?、って言ったよね?」


 時系列がおかしいです。

 にのかみが現れて驚いたから名前を言ったのであって、呼んだからにのかみが現れたわけじゃないから呼んでいないのです。


「そっか……」


 にのかみはそう仰って、淋しそうに出て来た穴へとお戻りになろうとする。


「いやいや、待ってください! 呼びました、呼びましたから」


 わたしの引き留める言葉に、にのかみはそのご尊顔に眩しい笑顔を浮かべられて、何度も頷かれました。


「そうだよね! そうだよね〜 やっぱり呼んだよね〜」


 その喜びようは子供のようで……身長もとても低い小柄な女の子なので、子供にしか見えなくて……わたしも笑顔になってしまうのよ。


「さて、結果は聞いていたから報告はいらないけど。わたしの探しているものに一歩近付いた感じはするのよ? 何を見付ければ良いのかわたしにも分からないのだけどね」


 あっけらかんと告げられるにのかみのお言葉に、わたしたちは、やっぱりと唸ってしまうのよ。


「探し物が分からないのでは、本当に見付けられたかも分からないと思うのですが……」


 と言ったのはタカヒラ。


「世の中答えのあるものだけじゃないんだよ〜 まだ見ぬ未来、絶対時間軸の枝分かれしたその先に、きっと見つかるただ一つのものなのさ〜」


 何か良く分からないけれど、にのかみは楽しそうに歌ってらっしゃいます。


「にのかみにも想像が及ばない未来なんて、あるのでしょうか?」


 にのかみがわたしを見上げていらっしゃいます。

 そのお姿は、正真正銘本物の神様なのに、わたしたちホワイティアより、よっぽど人間の子供らしく見えるのが不思議。


「わたし一人で出来る事なんて、たかが知れてるんだよ。まだ、ここと似たような宇宙を、作るぐらいまでしか出来ないのよ?」


 規模がおかしい。

 わたしたちには、安定した恒星系を一つ作る程度でも難しいのに。


「出来上がったところに何かを加えるのはむしろ難しいのよ。エネルギーを詰め込んで爆発させちゃえば、似たような宇宙は出来るんだから、簡単なものよ」


 事も無げにそう仰いますが……

 詰め込んだエネルギーがどう対称性の破れに繋がるか、というところから、ビッグバン以降のエネルギーの流れが予測できないと、まともな宇宙にならないわけだし、100億年単位でシミュレーションが必要なので、わたしたちには到底出来ない分野なんだけど。

 正確には、長い長い時間をかければ出来るとは思うのだけど、にのかみが仰るほど簡単には出来ないということね。まずは、宇宙創成シミュレータから作らないと。


「それで、転生者には伝えてくれたんだよね?」


「はい、確かに、『にのかみ』が一度会ってみたいと言ってる、と伝えました」


「うんうん、そうかそうか。これで繋がりが出来るね」


 嬉しそうに頷いていらっしゃるにのかみだけど、わたしはこれの意味するところが分かっていない。

 確かに彼が白鶴を見付けてくれれば、わたしたちが白鶴を探し出すことも可能になるけれど……


「名前というのは、認識して貰うために一番大切なものなんだよ? 一番の繋がりだよ。今も呼ばれたからこそ、わたしはここに来たわけだし」


 確かににのかみは、お名前を出すと突然顕現されることが多い。

 それが神様のお力なのか、わたしたちのまだ気付いていない神様システムの使い方なのか……


「ところで、にのかみはその白鶴にお会いになってどうされるのですか? 不正アクセスの罪を問うのですか?」


 タカヒラがわたしも気になっていたことを聞いてくれた。


「何もする予定は無いよ。特に、罪に問うようなことは絶対しない。有るかどうかも分からないシステムに、恐らく無意識でアクセスしたんだ。それを罪というのは酷というものだし、何より、わたしがそのアクセスが出来てしまうようにシステムを構築してしまったんだから、アクセスを許可された人だと言えないかな?」


 それは許可をしたと言うより、見過ごしたって感じがするんだけど。


「君たちの力を頼って、わたしは君たちにここに来てもらった。君たちがわたしと会えた理由を考えれば分かってると思うけど、わたしが許可しないことがこの宇宙で出来ると思う?」


 そう。

 答えはノーしかない。

 神様が禁止していないことだから全てのことは出来るだけで、本気で神様が禁止をしたなら、たとえわたしたちでも出来ない。

 もし、神様が気付いていなくて出来たとして、それを神様が見つけたなら、時間を遡ってでも無かったことにしてしまう。

 神様とは、そういう能力のお持ちで、そういうことを実際にされる方だ。


「厳密に言うと、わたしはこの宇宙を創世した『いちのかみ』ではないから、いちのかみが許可してることがあったら、もしかしたら気付けないかも知れないけど。でも、あの方はそんなことをされる方じゃないからね」


 いちのかみは戯けられて舌をお出しになった。

 わたしは──わたしたちホワイティアの誰も、いちのかみにお会いしたことがないから分からないことなのだけど、にのかみが仰るのならそうなのでしょう。


「そう、だから、わたしが白鶴のアクセスを許可をしていると言えるの。正しくは、わたしが転生システムを作った以上、白鶴のアクセスを禁止できないんだけ、なんだけどね。まあ、どっちでも良いのよ。わたしはそれを求めていたのだから」


 そしてやっぱり、その理由は分からない。

 いえ、何度も説明されてるのだけど、わたしは理解できない。


「それは、いちのかみが望まれたことだから、でしょうか?」


 わたしの言葉に、にのかみはとても愛おしそうな表情をされて、便宜上の天井を見上げられた。


「そうよ。あの方が望んだことがもうすぐ分かるかもしれない……」


 にのかみはそれを、とてつもなく渇望していらっしゃる。

 熱の纏ったお姿を見ていれば容易に想像できる。

 わたしも、にのかみのご期待に応えらるなら嬉しいと思うから、わたしのこの思いと系統は同じなのだと思う。


 ただ、にのかみの場合……


「そんなに渇望なさってるなら、未来をご覧になっては如何でしょう?」


 と、タカヒラが聞いてしまった。

 こういうときに、地雷かもしれないものを踏み抜いてくれる、タカヒラをマジ尊敬する。

 そうなりたくはないけど。


「陸君……分かって言ってるよね? そんは無粋なこと、わたしに出来るわけ無いじゃん? というか、今まで何百億年と色んな事してきたけど、わたしが意識的にやってしまっては上手く行かないみたいなんだよ? わたしの気付いていないところにこそ真実はあるんだよ?? だから、わたしが干渉することで、霧散してしまっては意味がないんだよ?? 釣りっていうのは、確実に釣れると確信したときしか釣り糸を垂らしてはいけないの、分かるでしょう??」


 にのかみがちょっと怒っていらっしゃる。

 オノマトペをつけるなら『ぷんすこ』って感じで、可愛らしさしかないけど。

 タカヒラも手を挙げて降参の体を取りながら、ニヤニヤ見てるんじゃ無いよ。

 あなたが地雷を踏み抜くのはこれが理由か。


 とりあえず、そんな釣りの極意は知りません。

 わたしは普通に、糸を垂らして引かれるのを待つものだと思います。


「だから、影響の少ない、転生システムの管理者であるユタキちゃんに行ってもらったんだから。わたしが干渉していいのは、白鶴自身に接触するときだけだよ。分かった?」


 分かりました。

 タカヒラに向けられた言葉は、わたしに向けられた言葉で、ホワイティア全員に向けられた言葉。

 だから、わたしも理解する必要がある。


 ……つまり、わたしが釣り糸だったのでは……?

 そして餌があの転生者かな?


「あ…………え〜……そうとも言えるわね」


 気付いてなかったんかい……


 まあ、そういうところも、いつものことなんだけど。


「とにかく! 白鶴のことは待つしかないから、通常の業務を続けてちょうだい」


 手を打ち鳴らされて、にのかみが宣言された。


 そう、わたしたちは基本的に、直接的な干渉は行わない。

 この宇宙で生きている者達の邪魔はしない。

 でも、導くこともしない。

 正しいこととは何も決まっていないことだから。


 だから、可能性を拡げることだけに専念する。


 わたしは転生システムの管理で、タカヒラは魔法システムの管理で。

 今回も、本来はただのイレギュラー調査でしかない。

 干渉は極端に少なく。

 可能性の邪魔をしないように。


 そうしていれば、にのかみがお探しのものが見つかると信じて。

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