1-024 事後処理はやることがたくさんあるようで


 負傷者を男女に分け、食堂を2分割するように敷居を魔法で作ったら、今度は先に人数分の下着を魔法で用意していく。素材は、床に散乱している元々彼らが着ていた服や、食堂にたくさんある椅子だ。

 みんな服がぼろぼろだからね。

 この後服も作っていかないと。

 起きた時に、騒ぎになってもイヤだし。

 水と食料も用意した方が良いかな?


 なんて、緊急性のない怪我ばかりだし、魔法なら一瞬で治せてしまうから、工作を先行させてしまってる。

 さすがに食料は治療してからで良いだろう。


 そう思って、先に女性陣を治療するために移動しようとしたとき、気になるものを見付けてしまった。


 まだ『識別救急トリアージ』を維持していたのだけど、1つだけ机の下にAR表示が出ていた。

 机には分厚いテーブルクロスが、床に届きそうな長さで掛かっているので、机の下に人がいるのに全く気付いていなかった。

 AR情報は見えていたんだけど、ほぼ無傷を示していたから、忘れていたようだ。


 一応外傷が無いか確認するために、テーブルクロスを上げてみると──


「ひぃぁっ!?」


 驚声と共に飛び退いたのは、領主夫人のビータさんだった。


 あれ……意識があると言うことは、ネブンと話したことも全部聞かれているのでは!?


「えーっと……ビータ夫人、お身体の具合はいかがでしょうか? 不調は御座いませんか?」


 僕の言葉に、ビータ夫人は、がくがくと音がしそうな勢いで首を縦に振る。


 あー……かなり怖い思いをしたっぽいね……これなら、気絶してた方が楽だったろうけど……被害に遭わなかった方を喜ぶべきかな。

 ミレルに任せようか……


「悪魔は……悪魔はどうなったの……?」


 また悪魔か。

 恐らく、彼女にとっては豹変したネブンが悪魔に見えたのだろう。

 食堂に入って直後の状態から考えると、暴れているときは本当に悪魔のようだったろうし、仕方がないかな。

 僕は悪魔なんていないと思ってるんだけど……本当に悪魔が居るのかどうか、ユタキさんに聞いておくべきだったな。

 今持ってる情報だと、いないという確証が得られない。

 いや、それは正に『悪魔の証明』だから、果てのない話は止めておこう。

 今はネブンがどうなったかを、答えれば良いだけだし。

 かといってこの状態のビータ夫人に、本当のことを言うのも危険かな。

 とりあえず、ネブンは魔石に登録した『生命維持サステインライフ』で維持してあるから、彼はまだ死んでいない。


「ネブン様のことでしょうか? ご子息は現在、寝ておられます。ご覧になりますか? しばらく起きることはないので安全ですよ?」


 ビータ夫人は、首を微妙な角度に振ってくる。

 僕の顔を見るビータ夫人の瞳は揺れている。

 恐怖が残っているのか、悩んでいるのか。

 もしくは、自分の息子があんな暴挙に出たことを、信じられないで居るか。

 いずれにしても、一度恐怖の対象になった相手に、寝てるからと言って会うのは不安が残るだろう。


「とりあえず、机の下から出られてはいかがですか?」


 努めて優しい口調で話しかけながら、ビータ夫人に手を差し伸べる。

 夫人は少し迷った後、僕の手を取った。

 僕は夫人が頭をぶつけないように、机の下に手を添えながら、夫人を引っ張り出した。


 ありがとうと言いながら机から這い出た夫人は、立ち上がり、目を細めて周りを見回した。


「暗くて良く見えないわ……主人は? 主人のところへ連れて行ってくださる?」


 そう言えば、僕もミレルも見えるから、ランプをともしていなかった。

 夫人のドレスにも血が飛び散っているし、周りもあまり見えて嬉しい景色ではないから、このまま灯りは点けないでおこう。

 夫人も、ネブンのことはひとまず置いておいて、まずは旦那さんの無事を確認したいみたいだね。

 その方が精神的には良いだろう。


「承知しました。足元が危ないので、離れずに付いてきて下さい」


 後ろ手に夫人の手を引いて、僕は領主を寝かせている場所へ移動する。

 領主を寝かしている場所は、男女使用人達の間に設けてある。

 Yの字の左右に使用人、上に領主という配置だ。

 ちなみに、領主が寝ているスペースの一番壁側に、ネブンも寝かせてある。カーテンで仕切っているので、領主の場所からでは見えないけど。

 領主の寝かせてある簡易ベッドの横までくると、ビータ夫人は縋るように領主の手を握った。


「ああ……あなた……」


 怪我の治療は女性陣から開始する予定だったので、領主はまだ怪我をしている。

 予定を変更して領主から治療してしまおう。

 ビータ夫人も見ていることだし、僕はそれらしく領主へ手を翳して魔法を発動する。


復元レストアレーション!」


 魔法を叫ばないといけないなんて、ホント恥ずかしいね。

 実際に魔法が発動してくれるからまだ良いけど。


 領主の怪我がみるみる回復して、苦しそうだった表情も和らいでいく。

 心配そうな表情をしていた夫人も、その変化を見てホッとした様子だ。


 この間に領主と夫人の服と、ついでにハンガーラックも作って吊っておこう。

 ドレスは畳めないからね。


「うぅ……」


「あ、あなた!」


「おぉ……ビータか……」


 領主がゆっくりと身体を起こし、そこに夫人が抱き付く。

 落ち着かせるように夫人の後ろ頭を撫でながら、領主は僕の方へ向いた。


「ボグダン君か……ここは?」


「皆さんが倒れられていた食堂です。緊急性を要したので、一時的に救護室へ改造してしまいましたが、皆さんが落ち着かれたら元に戻そうと思います」


 僕の言葉に首をめぐらせる領主。

 領主が何か言い出す前に、僕は先に口を開いた。


「他の方々はまだ治療していませんので、まずは治療に行かせてもらってよろしいですか?」


「あ……ああ。そうしてくれ」


 領主が首肯してくれた。

 偉い人の許可を取っておくのは、後々理由付けしやすいから丁度良いね。


「では、失礼します」


 僕はカーテンを引いて、女性陣を集めた救護室に入った。


 中では、スヴェトラーナもすでに落ち着いた様子で、ミレルと会話をしていた。

 そういえば、スヴェトラーナの服をまだ作っていなかった。

 奴隷然とした簡素な服も可哀相だし、ここの使用人でもないからメイド服も違うだろうし……こういうのは難しいな。

 彼女の名前の響きからすると、イリーナやアナスタシアと同じ地方出身な気がするから、二人の着てる服に似せておいたら良いか。

 『水着精製みずぎせいせい』と恐らく同じ登録者の魔法に、服飾関連の魔法が大量にあるので、服ならどんな種類も作れてしまう。

 ただちょっと、専門用語には解説が欲しいなって思うけど……ダーツとかタックとかヨークとか言われても、何が何だかわかんないよ。

 魔法は知れば知るほど愚痴も出て来るけれど、使えば使うほどに感心してしまう部分も多い。

 例えば服なんて、精製物を着る相手が指定されていれば、勝手にその人の寸法で作られてしまう。

 子供の時に何度もメジャーで測られた、あのむず痒い体験が脳裏をよぎるよ……


 遠い過去の記憶は押しやって、さくさくっとスヴェトラーナの下着と服を作ってミレルに手渡す。


「向こうでスヴェトラーナを着がえさせてあげて。僕は片っ端から治療していくから」


「え? わたしに?」


 とスヴェトラーナの声が聞こえたけど、後はミレルに任せよう。


 僕はようやく、ケガ人の治療に移った。

 早い人は回復直後に起き上がってきたので、服を着るように指示を出しながら、一人残らず治療していく。

 因みに彼女らには、エプロンドレスの仕事着を用意した。有り体に言えばメイド服だね。

 着替えを終えて、着心地を確かめるように自分を確認していた女性へ、僕は口早に領主と夫人の話を伝えた。

 回復が早い人は、二人の着替えを手伝いに行くように指示を出しておいた。

 領主の着替えが終われば、次の指示は領主がくれるだろう。


 さて、次は男性陣だ。

 治療は簡単なんだけど……服をどうしたものか。

 ここ数日間通って見ていたけど、この屋敷では、男性の使用人には色んな職種があるように感じられた。

 家令や執事は当然のこと、従僕とか御者とかコックとか……体格の良さそうな人は騎士だろうし、門兵も同じ人だったのか憶えていない。

 なので、みんな同じ服というのはまずい気がしてしまって、どんな服を作れば良いか悩んでいる状態だ。

 一人ずつ確認して作っていくしか無いかな……そうなると、まずは家令の人を起こそう。

 と思ったら、すでに家令の人は上体を起こしており、意外に意識がハッキリしていそうだ。


「ボグダンです。相談があります」


「お前……起きて早々何だ……? というか、あの悪魔はどうなった!?」


 家令の人は起きてすぐ思い出したようで、ネブンのことが気になるようだ。

 責任感の強い人なのかな?


「彼は僕が取り押さえて寝かせましたので、安心して下さい」


 本当のことは、最初に領主へ話す方が良いと思うので、少しぼやかして答える。

 対して家令の人は、僕の瞳をジッと覗き込んで、真偽を確かめてくる。


 こういう人、苦手だな……


「まあいい……嘘かもしれないが、これ以上悪い方に進めるつもりではないようだな。それで──」


 言葉を切って辺りを見回す家令の人。


「派手にやってくれたようだな……」


「はい。皆さんの服がぼろぼろになってしまっています。なので、服を作りたいのですが、どんなものが良いものか悩んでしまいまして……」


 家令の人は僕の言葉に、目を丸くしてこちらを見つめてくる。

 いや、だって、ほら、この世界での役割毎の服なんて僕は知らないし……白衣とか無菌衣とかサラトガスーツとかなら、用途に合わせて作れるけど……


「相談とはそんなことなのか!? この状況で?」


「皆さん治療は終わりましたし、彼は起きる心配も無いです。そうなると、次に必要なのは、服と食料だと思うんですけど……あなたは裸で屋敷の中を歩き回りたいですか?」


 家令の人は天井を仰いで、しばらく頭を押さえた後、元の姿勢に戻ってきて息を吐いた。


「危機がないなら確かにそうかも知れんな。あと、わたしの名前はコンセルトだ」


 おお! 名前を言ってくれた。

 僕が思い出せないことに気が付いたのか、なかなか鋭い。


「では、コンセルトさん。まずはあなたの服からです」


 そんな感じで、コンセルトさんに役割とその人に向いた服装を説明してもらい、男性陣の特注服を作ることになった。

 どこかの悪魔的な執事さんは、一人で何でもやってくれるので、ああいうのは非常に楽だよね。


 コンセルトさんが言うには、この国では使用人には大きく分けて2種類あるとか。

 侍従と下男下女、つまりは雇われ使用人と奴隷の使用人のこと。

 前者には給金が支払われ、後者は住居と食事が与えられると思ったら良さそうだ。

 当然ながら前者の方が任せられる仕事に責任が大きく、後者の方が簡単だけど体力のいる仕事だったりする。

 なので、奴隷は男の方が高いようだ。

 ここの領主はまともな人なので、それほど無理なことはさせていないらしいけど、酷いところでは下男下女は使い潰したり、侍従に責任を押し付けすぎる貴族もいるらしい。

 現代のファンタジー知識を元にすると、悪い貴族の方が多そうだけど……見方を変えれば、社員とバイトみたいな捉え方が出来そうだね。

 それは会社次第、社長など上司次第で変わるというもので、良い会社や良い上司もいれば、そうでないところもある。それと一緒のようだ。


 本当に簡単な仕事なら、人を変えていっても一定の品質が保てるけど、少し難しいことになると、人を変えた途端に品質が落ちるのは必至だ。

 良い環境だから頑張ろうと思えば、仕事を良くしていくアイデアも出て来るけど、酷い環境だと日々の仕事をするだけで精一杯になる。


 だから、より生産性を上げるなら、使用人達のやる気を保つことが重要となってくる。

 そのためには、使用人達に尊敬される人となって、その人の役に立ちたいと思わせるのが一番大切で、コミュニケーションを密にとって、信頼を得ていくのが良いんだとか。


 なんていう、途中から話は脱線して、服とは関係の無い話しになっていた。

 コンセルトさんはなぜそんなことを、僕にツラツラと語ってくれた。

 もしかして……『こいつ』を知ってる人だから、僕にまともな道を歩ませるために、教えているんだろうか。

 自分には関係ないことだろうに、お節介焼きなのかな?

 それとも、ネブンを間近で見てきたから、そういうダメ貴族に対する愚痴が溜まっているだけかも知れない。


 余計な話をしながらだったけど、僕が魔法を使って服を作れば、喋りながらも服のチェックをして、評価をしてきてくれた。

 侍従も下男も関係なく、一括りに使用人を見て、貴族の質を測る者も居るから、適切な服装で仕立ても良くて、その上で見た目も良いことがお仕着せには求められるとか。

 それほど完璧な使用人をコンセルトさんも見たことは無いらしいけど……

 男性陣全員の服を作り終えた後、着がえた男性陣を並べて見て、コンセルトさんは呆れた風に言った。


「意外にうちの使用人も、化けるものだな。馬子にも衣装とは良く言ったものだ」


 心なしかコンセルトさんも、他の使用人達も嬉しそうで、僕も作った甲斐があったと思えて嬉しい。


 さて、彼らの仕事着も揃ったことだし、急拵えの仕切りを取っ払った後、片付けは彼らに任せて、僕は領主に事の顛末を話に行こうかな。

 そろそろ落ち着いた頃だろう。

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