1-023 可能性とは想定する力のようで
突然の声に驚いて振り向くと、ネブンが起き上がり、見たことの無い晴れやかな笑顔で手を振っていた。
え??
どういうこと??
なんで、ネブン立ってるの!?
というか、今の女性の声はどこから?
「ここ、ここ! ちょっと身体借りてるんだ〜」
場にそぐわぬ明るい声で、ネブンの口から女性の声が漏れ聞こえてくる。
いや、ネブンにそんな可愛らしい仕草されても……
「きゃは♥︎」
このノリは、僕が引いてるの分かっててやってるよね……
誰か知らない人が、ネブンの中に入ってるとしか考えられない……
けど、それってまさか──
「転生者?」
「ぶっぶー! 外れ〜 同じ星の同じ時期に、転生者を送り込むことはしないの。あなたが転生者に会うなんてことは、システム的に起こらないのよ。普通はね」
システム的??
「そうそう、神様の構築された転生のシステムだよ」
え? じゃあ、尚のこと、そんなことを知ってるあなたは誰??
「おー 混乱してるね〜 簡単に言うと、わたしは管理者だよ、システムの。神様から任されてるんだ〜 ユタキって言うんだ、よろしくね!」
気軽に自己紹介をしてくれるユタキさん。
身体はネブンだというのに、仕草や表情や声で全くの別人に見えるから不思議だ。
いや、でも、精神的に死んだ人に入り込むなんてことが出来るってことは、僕を転生させてくれた女神様に関係のある人だよね?
「転生神様の関係者ですか?」
「テンセイシンサマ?? ああ、君はそう思ってるんだね。君を転生させた人は、自分を神様と名乗ったかな?」
あれ? 神様じゃないの?
あのときの記憶は曖昧になってきてるけど……
「確か……神様の仕事をしてる、って仰ってました」
「うん、それは正しいよ。神様の仕事をしてるのは間違いない。わたしも彼女もね。でも、神様ではないんだ。神様って呼ばれることは良くあるんだけど、少なくとも自分たちは神様だなんて思ったことがないよ」
神様の仕事をしてるのに神様じゃない……神様のお手伝いってこと?
「わたしたちが神様と呼ぶ存在はただ一人だけ。『にのかみ』と呼んでいるんだけどね、その神様も自分は神様じゃなくってただの代理だって仰るんだよ……」
いや、よく分からなくなってきたぞ……神様と呼ばれる人達の間で、自分が神様じゃないって言うのが流行っているのか?
「まあそんなことはどうでも良くて……たまたま君の近くに、依り代に出来る人が居て、ホント助かったよ〜」
ユタキさんは本当に嬉しそうに、僕に笑顔を向けてくる。
嫌味なの?
「んー? どうしたのー? 浮かない顔をしてるよ? どれ、お姉さんが一つ相談に乗ってあげよう」
なんだか良く喋る人だ……人と呼んで良いのか良く分からないけど。
神様の遣いなんだったら、ネブンに対してしたことの解決策も何か知ってるかも知れない。
好意に甘えて相談してみようかな……
「実は、今貴女が依り代にしている人物なのですが──」
という感じで、ネブンのこととその結末を、ユタキさんに聞いてもらった。
「うーん……みんなに嫌われてる人間がいなくなってハッピーって考えられない? これから起こることに目を向けた方が幸せだと思うよ?」
「それはそうなんですが……」
「自分が、この人が死ぬ切っ掛けになっちゃったから、気にしてるんでしょ? しかも、魔法なんて大きな力も手に入れちゃったし、上手く使えばなんとかなったんじゃないか? なんて思ってるんでしょ?」
的確に図星を突いてくる……
とても自分勝手な考え方で、僕は自分を守りたいだけだ。
これで良かったんだと誰かに言って欲しいだけ。
もしくは、逆に責められることによってそれに反論して、これで良かったんだと自分に対して言い切りたいだけ。
「そうだね……じゃあ、案1。この人は精神が弱かったから、周りを攻撃することでしか自分を守れなかった。次期領主という勝手な期待や貴族への勝手な嫉妬など、ストレッサーはたくさんあったでしょうね。だから、人を遠ざけ、期待を裏切り、自分を守った。そんな人に恐怖ストレスを与えれば死ぬことは容易に想像できたよね? そういう人は優しく受け入れてあげないと。そうしていればいずれ善人になってくれるのよ? なんでそんな簡単なことも分からないの??」
小馬鹿にしたように、ネブンの身体で小首を傾げて聞いてくるユタキさん。
やっぱりその格好に可愛い仕草は似合わないです……
それは良いとして、めっちゃ責められてる雰囲気だけど、案1って何……?
「性善説を信じている博愛主義者が言いそうな案よね。優しく受け入れて、殴られることをお薦めしてくるとか、部外者だから言えることだね。こんなことを提案してしまう人の方が、殴られて目を覚ませば良いんじゃないかな?」
え? 何言ってるの?
「案2。あなたは素晴らしいことをしたわ。悪を滅ぼして、多くの罪のない人々を救ったの。この人は道を間違えてもう戻れなかったの。だから殺すしかなかったわ。それを実行したあなたは英雄よ。世界は常にそんな人を求めているわ。これからもみんなを守ってね」
貶されたり褒められたり、目が回りそうなんだけど?
「これは、善悪という二極化した思想をもって、無責任に他人を煽動するけど、自分は何もしない人が言いそうな案だね。これも自分は何もしない部外者だから言えることよ。一度、自分で世界の危機を救ってみて欲しいものだね」
う、うん。
そんな人もいるかもね。
「案3。うーん、それは難しい問題だね。物事は多くのことがこんがらがって出来上がっている物だよ。そう、例えるなら猫がじゃれた毛玉のように。一本の毛糸を引き出したいけれど、引き出そうと思えば思うほどに、よりこんがらがって行くものなんだ。慎重に糸を引っ張ってみたら良いんじゃ無いかな?」
つ、つまりどういことかな?
「これは、分かった風なことを言いながら、結局何も分からず解決策を見出せない、発散論者の案だね。付き合ってるといつまでも話は続くのだけど、問題は全く解決しないのよ。そんな人は、毛糸に締め上げられて窒息死すれば良いと思うの」
発案者が死にそうな判定ばかりじゃん!
なんでそういう結論になるの!?
というか、この案をいろいろ出されてるのが、すでに……
「そうそう、良く気が付いたね。簡単に言うと、君の質問の答えも、そうじゃない物も無数にあって、君がどれを信じたいか?ってだけなんだよ」
信じたいか信じたくないかじゃなくて、他に良い方法は無かったのかなって話しだったと思ったんだけど……
「結局、僕がやったことは良かったんでしょうか? 何か出来ることは無いんでしょうか?」
「君は時間が操れる?」
変わりすぎて話について行けない……
時間って、そんなの無理でしょ?
それこそ神様かユタキさんみたいな超常の存在じゃないと。
「アインシュタインの理論は知ってるよね? じゃあ、科学的に可能だよね? こうやって、まるで時を止めているかのような状態も、科学的な根拠がちゃんとあるんだよ?」
この世の常識みたいに進められちゃってるけど、僕は科学屋さんじゃなくて化学屋さんなんだ……
「わたしたちだけワームホールで隔離して、周りを超重力下において光速度で移動させれば簡単よ? 君はサードパーティー製の端末じゃないから、言霊システムへのフルパッケージアクセスが可能だと思うけど? あ……もしかして、量子論や紐理論を勉強してないのかな……?」
「いや、もう、言ってることがちょっと分からないですね……」
ユタキさん……そんな物凄い哀れみの視線を送らないで欲しいんだけど。
「え〜残念〜 まあいっか。それなら尚のこと、時間も操れないのに、他に良い方法があったか?なんて考えてもしょうが無いじゃない。起こってしまったことは変えられないんだから〜」
歌うように諭されてしまった。
でも、次に備えるために知っておくっていうのは……?
「それよりも、もっと目の前の人を幸せにする方が良いと思うよ? どのみちこの人は死んだんだし」
ユタキさんはネブンの姿で自分の胸に手を当てる。
「え? なぜそんなことが……?」
「時間を操れるんだから、未来視なんて簡単だと思わない? 正しくは過去視な気もするけど〜」
そりゃそうか……ユタキさんが言ってることが良く分からないのはデフォなので、ツッコミはしないでおこう。
「それは分かりました。でも、ネブンは僕が何もしなくても死んだってことですか?」
「そうよ〜 生きてられる性格だと思う? 一番遅くて最悪のパターンは領主になってから領民に殺されたかな。一番早いのは、もっと昔に使用人に殺されてるパターンだよ。事故死もあれば、そこの奴隷の女の子に殺されるのもあるし、領主に殺されるパターンもあるよ」
ネブン姿のユタキさんは、人差し指をくるくる回しながら、目を閉じて説明してくれる。
「色んなパターンがあるなら、ネブンが領民想いの性格になるパターンは無いんですか?」
「ない……と言えるかな。一番分かりやすいのは、君がこの人に転生したパターンじゃないかな? 君が転生する時に貴族とかの要望を言ってたら、あったっぽいね。他にもあるにはあるんだけど、いずれにしてもこの人を『ネブン』とは呼べないパターンかな〜 貴族じゃなかったり、片親が死んでたり……」
そんなに変化が無いと変わらないのか、ネブンは……
「そんな簡単に人は変わらないよ。大切な人を失う、または大切な人を失いそうになる、とか、尊敬している人に衝撃的な言葉を言われるとか……そうそう起こり得ないことだよ。気に留めてない人から何かされても変わらないよ」
ユタキさんが天井を眺めながら、説明を追加してくれた。
そして、僕を指さして続けた。
「だから、君には変えられない。時間操作魔法を会得して、繰り返し使って、少しずつ影響を与えていけば可能かも知れないけど、この人にそこまで労力をかけたいの? 嫁さんほっといて」
それはダメだ。
うん、絶対ダメだ。
なんでネブンなんかに、時間を割かないといけないんだ。
そんなことするぐらいなら、嫁さんといちゃラブするよ。
「その顔は理解したね? 明るくなる未来を見た方が良いよ。じゃあもう少し軽くしてあげよう」
ユタキさんはそう言って、ネブンの顔でイタズラっぽく笑う。
「君が悩んだ時間は無駄じゃないんだよ。様々な可能性を考えて、正しいことを選ぼうとするのは良いことだよ。世界や環境で変わる正しさを、君は柔軟に捉えることが出来ている。君がそういう性格だからこそ、転生システムに選ばれたんだ。可能性を探せる人だから。君が可能性を考えてくれるほど、未来も過去も増えて、神様の捜し物が見つかる可能性が上がるからね。だから、君はこれからも、悩むことこそが正解なんだよ。良いかどうかは周りが教えてくれるさ」
言われてみて、確かに気分が軽くなった。
悩みに悩んで答えを出した。
その考え方を認めてもらえてる。
そしてその答えが、良いか悪いかと自分だけが抱えていても意味が無く、周りに聞いてみれば良いと。
それが望まれていたことかどうか、聞けばすぐに分かることだろう。
「ありがとうございます」
僕の口から素直に感謝の言葉が漏れた。
「どういたしまして。と言っても、君が可能性を考えられなくなったら、わたしたちには損失だからね。転生者みんながみんな、転生前の性格を維持できるわけじゃないから、機会があるなら導いておきたいんだ」
そりゃそうか、さっきも言われたように、何か目的があるから転生者という者がいるんだよね。
だったら、思い通りの方向に進めたい……?
明確な目的があるなら、思う通りにすれば良いのでは?
「その『にのかみ』は何を望んでいらっしゃるのですか?」
「うーん……それがね、分からないんだ。『にのかみ』が仰るには、オリジナルの神様『いちのかみ』がたぶん何かを望まれているから、それを見つけたい。それが『にのかみ』になった理由のはずなんだって……だから、まだ誰にも分からないんだよ。そんなわけで、可能性を広げられる人に協力してもらってるってわけ」
なんだか、分かったような分からないような。
僕が何を望まれてるのか分からないように、神様も何を望まれてるのか分からないなんて……フラクタルみたい。
「ま、君は君らしく生きてくれればそれで良いんだよ。さて、君の問題を解決できて良かったよ。わたしはそろそろ帰るよ〜」
そう言って、満足したような笑顔で、ひらひらと手を振るネブン姿のユタキさん。
そのためにわざわざ来てくれたの?
「何か話したいことがあって、来られたように思えたのですが……僕の悩みを聞いて下さってありがとうございます」
僕の言葉に、ユタキさんはぽんっと掌を打つ。
なんて古典的な仕草を……
「そうだった、そうだったよ、大事なことを忘れて帰るところだった! いやなに実はね、転生システムがハッキングされたんでね、他の転生者に会わなかったか聞こうと思ったんだよ」
なんか今、スゴいおかしな事を聞いた気がするだけど!?
「転生システムって、神様の力で動いてるんですよね?」
「ものすごく端的に言えばそうだね。ハードウェアは物質的なものだし、エネルギー源は恒星を使ってるから核融合発電みたいなものだけど、どういう原理で動いているのかは、管理者のわたしも知らないよ。ソフトウェアもプロダクトバイ『にのかみ』だから、『にのかみ』がお作りになられたインターフェースが無いと、読むことも出来ないし……」
そんなのハッキング出来るの!?
「出来るわけ無いって答えたいんだけどね……転生をするっていうことは、言うなればその生物の『魂』は転生システムにアクセスしてるわけだし、
「僕には不可能って仰ってるようにしか、聞こえないんですけど……?」
「うん、普通に考えたら不可能だよ。出来るわけ無いよ。でも、されちゃったんだもん!」
ちょっと、何で半ギレなんですか!?
しかし、本当にそんなことが人に可能なのだろうか……
ユタキさんは咳払いをして、少し気持ちを落ち着かせてから続けた。
「わたしたちはそのハッカーを『白鶴』と呼ぶんだけど、白鶴はわたしたちを欺けるみたいなんだ。意図してか意図してないのかは分からないけど、システムの記録に名前が出て来るんだけど、どうアクセスしているのかルートが分からないだ。だからこうして、コンタクトを取れる人に、聞き込み調査をしているんだよ」
日本酒みたいな名前だな……そこは重要じゃないと思うけど。
とりあえず、僕はこれまでに転生者に会った憶えはない。
でも、どこかで聞いたような……?
「会ったことは無いですが、100年ぐらい前にこの村を訪れた吟遊詩人が、転生者だったんじゃないか?と僕は予想しています。その人はこの2つのアーティファクトを置いていったらしいです」
僕は説明しながら、ユタキさんにアーティファクトを手渡した。
「100年前……普通の転生者なら、そんな近い年代には居ないはずだね……何でそう思うのかな?」
ユタキさんは、アーティファクトを色んな方向から確認しながら、質問をしてきた。
「僕が来ることを予見して、このアーティファクトを置いていったみたいなので。これが何か分かりますか?」
「デバイスよ? この時代ではアーティファクトと呼ばれているけど、魔法システムにアクセスするための端末なの」
外見の話をしようと思ったら、中身の話をされてしまった……
「え? あ? 見た目? そういうことは早く言ってよね〜 猫モチーフの
「僕も同じ意見です。そして、僕が初めてそれを見たときに、同じように思った瞬間、僕は使用者として登録されました。モチーフやデザインが転生前の日本で良く見たものだったので、それが見て分かる日本からの転生者だけが使えるように、ロックされていたんじゃないかと……」
「うーん……確証は持てないけど、怪しいのは間違いないね……転生者が来ることを予想できる可能性があるとしたら……」
何か思うところがあるのか、ユタキさんが考え事を始めてしまった。
と思ったら、すぐに僕に視線を戻した。
「これは帰ってしっかり検討しないとだよ! というわけで、情報ありがとう〜」
ユタキさんが急いでお礼を言って、手を振ったと思ったら、また目眩に襲われた。
軽く頭を振って前を見ると、さっきまで立っていたネブンが床に倒れ込もうとしている。
それに気付いたミレルが、驚いて瞬きを繰り返している。
時が動き出したようだ。
来たときと同じように唐突に帰って行った。
と思ったのに、また目眩が。
「そうそう、言い忘れたけど、転生者に直接会ったら、『にのかみ』が会いたがってるって伝えておいて」
その言葉を認識したら、また目眩に襲われた。
デタラメな力だと思う。
時間を止めて人の身体に入り込む。
そんな魔法を、簡単に使って、何度も出たり入ったりするなんて、やっぱり神様の使徒なんだろうね。
魔法の余波だけで酔ってしまいそうだ。
酔うぐらいで、他に大きな影響が無いことは、分かってるのかもしれないけど。
さて、衝撃的なことを教えられて、ちょっと忘れかけてたけど、周りに転がる人達を見て僕は現実を思い出した。
悩んでいたことに対しては、アドバイスをしてもらえたので、今は、目の前の問題に対処すれば良いだけだね。
僕は怪我人達を、まずは男女別々に分けることから始めた。
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