1-018 事態は望まない方向に進むようで
「ネブンの相手をミレルにしてもらおうと思う」
この
「ボグダンよ、ミレルちゃんも納得しておる」
いや、領主と
「違うのボーグ。わたしがお願いしたの。ボーグのことを分かってもらうために、ネブン様とお話がしたいって」
分かってもらう必要はありませんから今すぐ撤回しましょうねー
っていうか、なんでこんな話になってるの?
僕がネブンの話をするために、領主と村長をつかまえたら、村長と話がしたいと言っていたミレルも一緒に居て、彼女がネブンの相手をすることが決まったと聞かされたわけだ。
ちなみに場所は、昨日新しく温泉に作った賓客用の会議室。
簡単に言うと、広々で静かで豪華な部屋だ。
村長と領主はリラックスした様子で、ミレルは少し居心地悪そうに豪華な椅子に座っている。
部屋の中には他に人が居なかった。
話を続ける前に、僕の見たことを聞いてもらおう。
ネブンが暴力を振るい、人をもてあそぶためにこの村の女の子を要求している。
もちろん、お年寄りを連れて行くことは否定された話もしておいた。
と、多少主観も入ってるけど、人を近付けるのは危険だと伝えた。
僕の話を聞いて領主と村長は、首を左右に振ったものの、何を今更という表情で僕を見返し、ミレルは尚のことヤル気を出している。
え? なんなの? 何があったの?
「わたしはな、ネブンを真っ当な領主にさせたいと思っているのだ。このままあいつに領主を継がせては領が崩壊してしまう」
全くもってその通りだと思います。
まともな領主で何よりだけど、何とかするのは親の仕事じゃないの?
「そこでな、わしから話をしたのだ。ボグダン、お前がまともになったのはミレルちゃんと一緒に居たからだと」
えー……そう見えるのは確かにそうかも知れないけど……ただ単純に、中身が別人になったからなだけなんだけど……
「是非とも、うちのネブンにもその聖女としての力を分けて欲しいと、話をさせて貰ったところ、彼女からもちょうど良かったと返事があったのでな」
聖女って……言い過ぎだし。いや、うん、素晴らしい女性であることに異論は無いよ。
っていうか、ミレルは何でよ?
「ほら、温泉で、ネブン様はボーグに怒りっぱなしだったじゃない? それはボーグの良さを知らないからだと思うの……だからね、ボーグのことをしっかり知ってもらって、もっとボーグのことを認めてくれるようにお願いしようかと思って……」
なぜそんなことを……
「その……自分の好きな人を嫌われてるのって嫌じゃない……?」
両手で顔を覆いながら言わなくても良いから。
嬉しい話だけど。
ただ、ネブンは自分より凄いヤツの話をされると、キレるタイプだと思う……
三者三様の期待が含まれた眼差しが僕に向いている。
それぞれになんだか勘違いしてるみたいだけど、僕に関しては本当のこともを言ったところで、信じてもらえなさそうだね……
ネブンの目的から考えたら、新妻を差し出すなんて絶対間違ってると思うんだけど。
村長は聖女だし何とかなるみたいなこと言うし、ミレルは貞操は守ってみせるって言うし……領主はなんか不安そうに見てるし……
これ……もう僕が否定しても多数決で負けるよね?
要するに、ミレルがネブンを説得できれば良いんだよね?
それって、ミレルと話だけ出来れば良いんだよね??
ミレルと会話できるんだから充分だよね??
だったら……徹底的にミレルに触れられないようにしてやる!
魔法を僕しか解除できないようにして、絶対に破れないようにしてやる!!
あんなやつに、指一本触れさせないよ!!
息だって届かないようにしてやる!!
それだと音も届かなくなるのか……?
音は振動だから大丈夫なのかな??
いや、今はどうでも良いけど。
ミレルも守りつつ、ネブンを何とかする方法を探してみよう。
無理ゲー臭がぷんぷんするけど……
誰かこの世界なりの方法で、性格の変え方とか知ってたりしないかな?
村長と領主がこんな結論を出すんだから、人間には策がないんだろうね。
それなら、まだ村に残ってるエルフ師匠とか、傭兵業で色んなところに行ったシシイ、あとは一応キシラにも話を聞いてみても良いかもしれない。
領主の使用人達にも、ネブンのことを聞き込みした方が良いだろう。
「分かりました……」
方針も固まったので重々しく答えを返した。
すると、僕の言葉に安堵の溜息をつく3人。
いや、ただの村長の息子に、決定権なんか無いでしょうに。最終的に領主が命令すれば終わりだったでしょ。
ミレルには、ネブンがどんなヤツか
基本的に僕に変わる前のボグダンと
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
領主様も
わたしは聖女じゃないし、わたしがネブン様に納得してもらいたいのは、ボーグの良さなのよ。
ボーグのことをお話しして、ネブン様が変わる可能性は充分にあるとは思うけど。
だって、元々ボーグと仲が良かったんだから、変わったボーグの良さをよく知ったら、ネブン様もまた仲良くなって、変わるってこともあるんじゃないかな?
ネブン様がどんな方かは、ボーグが教えてくれたけど……確かにあまり良い人だとは言えないわ。
怒ってばっかりなのはわたしも目にしたし、だからすぐに手をあげるっていうのも納得できる。
女性は更に気を付けないといけない、と言うのも分かるわ。
でも、流石にここまでしなくても良いと思うのよ?
そう思って、わたしはボーグの作った鏡の中の自分を見つめた。
ボーグの用意したドレスは真っ黒で、身体のラインが分かりにくいとてもゆったりとしたデザインをしている。そして、腕や足はもちろん、首まで覆われて肌が露出しないようにされている。
そして、首に提げたネックレスには、魔石がスズランのように連なっている。
これだけつければ絶対大丈夫、宇宙でも生きられるよ?って良く分からないことを言われたけど……
刃物や手はもちろん触れられないし、毒霧でも高熱でも雷でも強い光でも不快な音でも……とにかく、わたしに害のあるものは全て無効にしてくれるんだって。
その上、緊急の事態になったら、足りないものは自動的に身体に供給してくれて、何も食べなくても生きていけるらしいの。
もう何が何だか良く分からないけど、とにかくすごいみたい。
もう……過保護なんだから……えへへ……
それだけ大切に思われてるってことなんだよね?
それは素直に嬉しいな……
これだけボーグのすごい魔法に守られてるんだから、これだけでもネブン様にボーグのすごさが伝わると思うの。
だから、ネブン様が指定した時間──次の日の夕方にネブン様に会いに来たの。
領主様の大きなお屋敷に入るのは初めてで、天井の高さとかキラキラした高価そうな置物に、少し目眩がする気分になったわ。
豪華さは感じるのだけど……わたしはボーグが作った温泉の受付とか休憩室みたいに、整っていて落ち着いている方が好きだなぁ。
ネブン様の部屋に着いて、ソファに座って待っていたけど、金糸や銀糸を使った柔らかいソファは、確かに煌びやかに見えるけど……これも、家にあるボーグの寝てるソファの方が良いなぁ。
あのお尻に沿うように凹む絶妙な硬さとか、表面の滑らかな触り心地とか……後なんだか安心する匂いがするのよね。ボーグの匂いだったりして……
「お前がミレルか」
突然声がして、わたしは慌てて立ち上がった。
「は、はい。ミレルです、今日はよろしくお願いします」
わたしが頭を下げると、ネブン様がフンと鼻を鳴らして、ソファに座る音が聞こえた。
「ネブン様、ミレル様はボグダン様の奥様でいらっしゃいます。それと、この村では聖女と呼ばれていらっしゃいますので、丁重にお扱い下さい」
侍女のコリーナさんがわたしの説明をしてくれた。
あ……村長の息子ボグダンの妻です、とかそういう挨拶が必要だったのね……貴族の挨拶って難しいわ。
侍女さんの言葉に、ネブン様の片眉だけが吊り上がるのが見えた。
「オレに指図するか! 聖女だろうが関係ないだろう。オレの方が偉いんだ」
うん、わたしは聖女じゃないから関係ないのは確かなんだけど……ちょっと怒ってるみたい? 自分の目で確かめたいということかな?
「失礼しました」
「もういい、お前は下がれ」
頭を下げる侍女さんに、ネブン様は手を払ってそう告げた。
「そう言うわけにはいきません。ネブン様のお世話もお客人のお世話もするのがわたしの務めですから」
頭を下げたまま続ける侍女さん。
ネブン様がカッと目を開き、息を吸い込んだ──
あ、怒鳴りそう!
と思ったのに、なぜかそのまま息を吐いて、目を少し閉じた。
「分かった」
ネブン様が急に真面目な表情になった気がする。
コリーナさんのお仕事をしっかり理解しているのね。
しっかりした人じゃないの?
コリーナさんがこちらを向いて片目を
わたしに何か伝えようとしてるようだけど、ごめんなさい分からないわ……
「何だか気分が変だな……まあいい、座れ」
ネブン様は首を傾げて呟いた後、座るように促してきた。
なので、ネブン様に向き合うソファに腰を掛ける。
「違う、こっちだ!」
ネブン様は自分の横を指さして、わたしを
確かにこういうところはボーグの言う通りかも?
言われるままに、わたしは立ち上がって、ネブン様の横に移動した。
ソファの横に来たときに、ネブン様の手が勢い良くわたしに伸びてきて、わたしに触れる前にピタリと止まった。
「な!? 昨日から何だというのだ?!」
ネブン様は自分の手とわたしを交互に見つめながら、驚きの声を上げる。
わたしに手を伸ばしたいけど伸ばせないみたい。
これがボーグの加護なのね……
「ネブン様。不躾ながら申し上げますが、聖女には触れてはいけないのです」
「何を言っている! そんなわけ、ないだろう……」
また、ネブン様に怒りの表情が表れたと思ったら、すぐに落ち着いた表情に戻ってしまった。
なんだか不安定みたい、お疲れなのかしら……?
コリーナさんはなんだか嬉しそうにしているから、そういうわけではないのかな?
「また、あいつか? 魔法が使えるようになったからと良い気になってやがるな!」
『あいつ』ってボーグのことよね?
ボーグは良い気になんてなっていないと思うわ。
やっぱり勘違いされているみたいだし、しっかりお話ししないと。
「ちっ! 触らせないようにさせる魔法とか聞いたことが無いが、あいつも使っていたようだし……あいつの妻というから気晴らしも出来るかと思ったのに、これじゃあ何のために呼んだんだか」
「領主様は、ミレル様のお話をしっかり伺うように仰っていたと存じます」
ネブン様がコリーナさんに睨むような視線を送る。
「そんなことするわけが……なんだか怒るのもバカバカしい。声は良いし子守歌程度に聞いてやる」
さっきから何度目かのネブン様の急激な変化、それとコリーナさんからの意味ありげな視線。
知らないところでわたしは守られている気がするけど、それもボーグがお願いしたことなのかな……
それならわたしは安心して、自分のやるべき事に専念できるわね。
わたしはネブン様の隣に腰を下ろしてネブン様を見上げた。
「ではまず……ネブン様はボグダンのことを勘違いしています──」
わたしがボーグの話を始めると、ネブン様は顔を顰めてしまった。
勘違いとはいえ、嫌いな人の話は聞きたくないわよね?
でも、話せば分かってくれると思うのよ。
話しをしていると、
そんな状態がしばらく続くと、疲れたと言って下がらされてしまった。
まだ1つ目の話も終わってないのに、やっぱり調子が悪いみたい。
これは尚のことボーグの出番ね。
ボーグのことを理解してもらったら、治療も受け入れて貰えるでしょうから、毎日お話に来ましょう。
だからわたしは、ネブン様のところに毎日通うことにした。
やっぱり体調が悪いみたいで、寝ている日も多かったけど、少しずつ聞いて貰える時間が長くなっていった。
これは少しずつだけど、理解して貰えてると思えるの!
このまま話を続けていれば上手く行くんじゃないかな?
わたしはそんな希望を抱いてお屋敷に通い続けた。
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