第23話 両想いでも上手くいかないことがあるようで



 気分が重い。

 今日の昼過ぎから気分が重い。

 昨日まですごく明るい気持ちになれていたのに。


 ここ数日、ベッドに入るとボーグのことばかり考えてる気がする。

 だって……だって、凄すぎるんですもん。

 それで少し気分が晴れるなら良いでしょ。


 ここ三日間のことを思い返していると眠れるのか不安になるぐらいに思い出すことが多い。

 でも今、心の奥にある不安に比べれば、幸せな不安で眠れないのだからその方が良い。

 それでも、浅い眠りを繰り返すわたしより、彼の方が寝ていないのだろうけど。

 きっと今日も遅くまで魔法の研究をしてると思う。


 そう、魔法を使えるようになってから劇的に変化したのよ。


 ボーグは村長おとうさんの家に行ったら、触れることすらなく見ただけで誰も使えなかった家宝アーティファクトの使用者となってしまった。それも2つも同時に。

 あまりの出来事にさすがの村長おとうさんもボーグのことを認めたぐらい。

 その上、朝使えるようになったところだというのに、もうお昼には水魔法で畑の水遣りをしてくれた。

 そんな簡単に最初に使えた光灯ライトと違う属性を使えるものなのかな?

 ラズバンさんの話だと、最初使えたのは火魔法だけで、光魔法を使えるようになるのにエルフの里で3年間修行したって言ってたのに……

 やっぱり、アーティファクトを手に入れる前から使えるようになってたんじゃないかしら?


 でも、こんなことで驚いていてはダメだったのよね……


 次から次に魔法を使えるようになって、しまいにはマリウスの傷跡を治しちゃった!

 国が探し回っても見つからないほどの難しい治療魔法をそんな簡単に使えるなんて……

 ううん、治療しただけじゃなくて、マリウスをかっこ良くしちゃったのよ!!

 でもボーグはまるで気付いてないみたいで、人はそうあるべきだというぐらい当然のようにキレイにしてしまったの。

 本当に神の使いなんじゃないかしら……?


 でも、とても人間臭いのよね。しかも、誤魔化すのが下手だし、どこか抜けているのよ。思わず笑っちゃった。


 マリウスが言ってたように『あいつ』はあんな優しい顔じゃなかったのに、昨日の朝には目尻の少し下がった優しい顔になってた。

 疲れ目なんて誤魔化してたけど、その下手な言い訳とその表情が可愛くてつい笑っちゃった。

 きっとみんな今の顔の方が好きだと思う。


 それにマリウスに対しての注意もそうよ。これは呆れちゃった。

 何だか魔法が使えることを隠したいみたいなんだけど、どれだけマリウスの口が硬くてもあんなに顔が変わっちゃったら誰でも分かるじゃない……

 ボーグは大丈夫だと思ってるみたいだけど。


 でも、常識も知らない世間ずれした感覚が、彼を人では無いように見せるのよ。

 だとしても、それは悪魔ではないと思う……ダメ、このことを今考えるのはまだ不安。

 もっと安心できることを考えなきゃ。


 ボーグはホントにすごいの。

 ホントに魔法でなんでも出来ちゃうの。

 空いた土地にキレイな布貼りの小屋を一日で建てちゃっただけでも凄かったのに、小屋の中を見ると頑丈な石造りで、さらに地下室まであるなんて……しかもお湯のお風呂まで!

 あんなの生まれて初めて入ったわ!

 この村では身体をキレイにしたかったら、川に入るか湖に入るかのどちらかだったのに。

 お湯に浸かるのってあんなに気持ちの良いことだなんて……誰も思い付かないことよ。領都に良く行く村長おとうさんなら知ってたのかな?

 でも、それだけのお湯を準備するのが大変なのに……ボーグは魔法で簡単に準備しちゃったけど、魔法無しでやろうと思ったらどのぐらい薪を使うのかしら……?  そんなの貴族や王族ぐらいしかそんなこと出来ないわよ。

 思い出したらまた入りたくなってきちゃった。

 流石に出掛けたボーグももう戻ってきてると思うし、今行ってもきっと入らせてくれるだろうけど……研究したり村のことを考えたりしてるボーグの邪魔をしたくないのよね。

 お風呂も治療魔法のひとつなのかしら? だとしたら身体が楽になるのも頷けるわ。

 魔法を料理に使ったり、畑仕事に使ったり、治療に使ったり……ボーグはみんなの役に立てるなら嬉しいって言ったけど、何か色んなことをしてる理由があるのかしら? そういう人っていう気もするけど。


 そういえば村のことを聞かれたわね。

 村の将来のことを考えてるボーグには流石に驚いちゃった。

 だって今までの『あいつ』は、昼は寝ているか酒を飲んでいるか遊んでいるかで、夜は寝てるか酒を飲んでるか誰か女の子を無理やり襲っているかどれかだったのに。

 今のボーグは、昼は畑で他の人に出来ないことをしてるか誰か人を助けてるかで、夜は魔法の研究をしているか……そして村のことを考えてるかなのよ。

 お風呂に浸かってボーッとしてたところで村のことを聞かれて、驚いたから思わず変な声が出ちゃった。

 恥ずかしくて自分を落ち着かせるのが大変だったわ。


 でも、女の子はみんなキレイになりたいか?って話になったけど、何でだろう……?

 普通は貴族に嫁いで好きなことして生きたいとか、都会でお金持ちに嫁いで楽して生きたいとかだと思うのだけど?

 そのためにキレイになりたいか?と聞かれればそうなのかも知れない。

 そうなるとキレイになりたいが基本となる願いなのかな? ボーグはみんなの願いと言えるような、根源的な思いが聞きたいのかな……それともただ単にキレイにしたいのかな……

 そりゃキレイになれるならなりたいわよね。

 男の人だってかっこ良くなりたいって思うんじゃないかな? マリウスだって嬉しそうだったし。

 わたしは今はあんまり望んでいない……なったところで良い思いをしない気がするから。

 でも、良い旦那さんが出来たらその人のためにキレイになりたいかな? その人が望むならだけど……なんてね。

 それより、今のこの村で少し良い生活が出来れば嬉しい。良い旦那さんに巡り会って、お父さんとお母さんのように良い夫婦になって、美味しい野菜が作れてそれが村のためになるならそれで良いと思う。

 そのぐらいがわたしには丁度良いと思うの。


 そんなことを考えてたら、ボーグが答えてくれた。


 『あいつ』は強欲の化身かと思うぐらいだったけど、ボーグは無欲の化身なんじゃないかな?

 今より少しだけ良くなれば良いって望むなんて、何も望まないって答えられるより無欲に聞こえるわ。

 その感じがわたしも気に入って、素直に答えたら……ボーグは笑って嬉しいって喜んでくれた。

 とてもとても優しい笑顔で。


 その顔を見た瞬間、わたしは理解してしまったの。


 今のボーグはわたしと同じ気持ちなのかもって。

 そう思ったら、急にわたしも嬉しくなって……幸せな気分になって……求めていたものはこれかも知れないなんて……


 わ、わたしは……ダメかも知れない……


 ボーグが神の遣いと思うぐらいのことが出来るのは凄いことだと思う。

 そんな凄い力をみんなの為に使って行ってることを素直に尊敬する。

 だから『あいつ』とは違う人だって思えるようになったし、嬉しいことだと思う。


 でも、それ以上に、人間臭くてどこか抜けてて欲の少ないところが……とても、良いと思うの。


 ううん、こんな言葉で逃げてはダメね。

 ビアンカには確実に見抜かれたと思うし……

 ビアンカは有り得ないって言ってたけど……わたしもそう思ってたけど……殺す以外に道はないって思ってたけど……


 もう、わたしはボーグをスキなんだと思う。


 これから、ボーグがその笑顔で、どんな風に村の人を元気にしていくのか見てみたいと思う。


 ビアンカもあんなにキレイにしてもらって……気にしていたものが無くなってスッキリした顔になってた。

 ダビドに告白する勇気が出ると良いな。

 と言っても、事件の前からビアンカはダビドに思いを告げられずに居たから、あんまり変わらないかも知れないけど。

 少なくとも、知られたら怖いという恐怖は無くなったと思う。


 恐怖ね……


 修道院からの帰りにボーグから突然声を掛けられたときはホントに驚いた。

 悪魔の話を聞いて不安でいっぱいだったところだもの。

 悪魔が来たかも知れないって怖かった……


 でも、そこに居たのは、ボーグだった。


 わたしはボーグを見て心底安心した。

 今一番安心できる相手だと思って。

 もっと安心を求めてそのまま抱き付いてしまうところだったのは自分でも焦ったわ。


 でも、もし悪魔が来ても、あの人なら何とかしてくれる。

 ビアンカから恐怖を取り除いたように、わたしからも取り除いてくれると思う……そう思いたい。


 まだ少し不安だれど、ボーグのことを考えて安心してきたから眠れそう……良かった……




◆◆◆◆




 信頼のミレルさんの呼びかけのお陰か、ビアンカは約束通り来てくれた。

 そして、ビアンカの説得はすぐに終わった。


 ミレルが魔法で傷跡を消せるという話をして、今回は本人に断ってから軽く鼻を整えると、是非治して欲しいと言ってきた。

 たぶん『こいつ』に殴られて歪んでしまってたんだろう。痛ましい……他への影響もあるかもしれないからもう少し丁寧に治しておこう。


 そう言えば、ビアンカと言う名前は、王道RPGの花嫁を思い出すね。名前から連想される容姿と性格は元気可愛いだよね。偶然、目の前のビアンカも同じような雰囲気だ。

 イメージは……オリジナル絵はデフォルメが強いので、友人の女装コスプレイヤーが脳裏に浮かんでしまった。

 そう言えば、友人からメイクの仕方を力説されたことがあったなぁ……女らしく見せるにはどうしたら良いかなんて語られて、実証するためにメイクさせられかけたときはどうしようかと思ったけど。今では良い思い出だ。


 とか思ってたら、ついつい彼女の少し太い眉を細目に整えたり、少し目を大きくしたりまでしてしまった。

 睡眠を削っているから集中が切れやすくなってるっぽいな。人の顔を弄ってるのにこれではダメだな。

 治療をするときはちゃんと睡眠を取った上でやるべきだ。


 ビアンカの顔を戻すべきかな……?


 いや、大丈夫、ビアンカだと分かるよ。友人のコスプレメイクほど変わってはいない。女性が普段するメイク程度の変化だから常識の範囲内だよ……


 作業を止めて恐る恐るビアンカの反応を窺うと、泣きそうな顔をしている。


 まずい!!

 やり過ぎた!!

 もしかして美的センスが僕と異なるのでは……


「ミレルぅ……わたし、わたし……」


 もう泣いてるよ!


「ビアンカとってもキレイよ」


「ありがとう!! ミレルはこれが言いたかったのね」


 泣きながらミレルに抱き付くビアンカ。

 不安な視線をミレルに送ると、コクリと頷いてくれた。


 いや、許してくれたのは分かったけど、それが良いのかどうかが分からないんだけど……


「イヤだったら元に戻すから言って──」


「このままが良いに決まってるでしょ! こんなことしといて元に戻すとか外道なの? ボグダンなの?」


 ビアンカさんがとってもおこです。

 って、僕の名前が外道の代名詞になってます……


「分かった分かった、戻さないから安心して。後は腕だけかな?」


 ビアンカを宥めながら話を進める。

 今日来た目的は傷跡を消すことなんだから、他も治してしまいたい。


 幸いなことに、ビアンカの気にしているところは腕の傷跡と足の形だけで、裸を見せてもらうような事態にはならなかった。

 『こいつ』の前で服を脱ぐとか絶対したくないだろうし、ダマリスみたいに完全拒否されない程度で良かった。


 これでビアンカも一歩踏み出せると良いな……


 ……と思って、気になったからビアンカの片想い期間をミレルに聞いてみた。

 『こいつ』が事件を起こす前から片想いをしていて、なかなか言い出せずに過ごしているらしかった。

 うーん……憂いは取り除けたけど……元に戻っただけなら、結局言い出せないような……


 『こいつ』の罪を帳消しにするには、失った時間を取り戻してもらわないと足りない気がする。

 そのためにはすぐにでも幸せになってもらわないと。


 ミレルに出掛けてくる旨を告げて実験室から外に出た。

 ビアンカが治療に来るまでに、すでに地下室出入り口のロックは認証式の魔石にしておいたし、その説明もミレルにしてある。

 認証方式はバイオフォトンという生物固有の波長を正確に読み取るらしく、虹彩や指紋よりも高度で確実な個体認識らしい。

 なので、ミレルが出られなくなることも無いし好きなときにお風呂にも入れるようになった。

 誰かが勝手に入ることもないから安心だね。


 さて、僕の目的地は北の詰め所。夜番ならダビドも暇だろう。差し入れに目の覚める飲み物でも準備しよう。

 栄養ドリンクは……レモン水に効果があるって言われてしまうくらいだから効き過ぎても困る。なら、コーヒー? 馴染みがないと飲みにくいか。この村では甘い飲み物の方が受けが良いっぽいし、そうなると、コーラだね。

 とはいえ、キッチンを探してみたけど、水筒みたいなものが見つからないので現地で作ることにした。


 僕はコップ2個だけを持って夜の村へと出掛けた。


◇◇


 北の詰め所は街道沿いに走って行くとすぐに見つかった。何気に村の端まで来たのは初めてだ。

 申し訳程度の柵が街道に設けられていて、その横に簡素な木造の小屋が建っていた。


「ダビド、お疲れ様」


 街道の北を眺めていたダビドが僕の声に驚いて振り返る。


 音を消したつもりは無いんだけどな……


「ボグダンじゃないか! こんな時間にどうしたんだ?」


「差入れと、少し話したいことがあってね」


「そうなのか? 珍しいな。まあ、入ってくれ」


 ダビドが詰め所の扉を開いて招き入れてくれる。


 しっかり起きて夜番してるなんてマジメだ。人の来ない街道の番なんて僕なら絶対ウトウトしてるよ……


 詰め所は人が4人ぐらいは入れそうな大きさだけど今はダビドだけで、僕が入っても充分余裕がある。

 中には丸机と椅子が2脚置かれていた。

 ダビドに勧められるまま僕は座って、早速、コップをそれぞれの前に置いて魔法でコーラを精製する。材料はいつも通り近くの甕に汲み置かれている水だ。

 ダビドは初めて見る飲み物に目を白黒させたものの、僕の顔を見てからコーラを一口グビリと飲んだ。


 勇気のある……『こいつ』なら何かイタズラしててもおかしくないだろうに。ダビドは将来が心配になるぐらいに疑わない良いやつだな。これは恋愛面以外しっかりしてそうなビアンカは丁度良いかも知れない。


 ダビドのコーラ賛美や僕の魔法への驚きを軽く流して僕は本題に入った。


「ところでダビドは好きな女の子は居るのかい?」


「な、何を突然! お前こそミレルとは上手くいってるのか?」


 コーラを盛大に吹き出したダビドは、僕の状況を聞いてきた。

 話題を逸らしたいような……これは誰か居るのか?

 僕はダビドのコップにコーラをつぎ足しながら目を細める。


「ミレルとは仲良くしてるよ。それはミレルから聞いてもらった方が良いと思うから置いといて……で、居るのか?」


「ぐぬぬぬぬ……やけに食いつくな。あまりお前に好きな人を言って良い結果になったと言う話は聞かないんだが……」


 本人を前に正直に言うね。

 まあ『こいつ』なら邪魔しそうだし、最悪嫌がらせで……ん? それが婚期が遅れてる主原因なのでは……


「そうか……なら、仕方がないな。ビアンカのことで話があるんだ」


「な、な、なぜいきなりビアンカなのだっ?! お前何かしたのか!?」


 ダビドは勢い良く立ち上がって、その反動でイスが倒れる。

 何という分かりやすいヤツ……何かしたかと言われたら何かしたんだけど。

 そこは折角上手くいきそうだから余計なことは言わないでおこう。


「いや、さっきビアンカがミレルに相談に来てね。好きな人がいて告白したいからって、親友であるミレルに勇気をもらいに来たんだ」


 イスを元の位置に戻していたダビドが、僕の言葉を聞いて中途半端な姿勢で固まる。


 余裕で両想いじゃないか。

 でも、ダビドも今まで伝えてないことを考えると、やっぱり膠着状態になってしまうか……

 ここは2人共の気持ちに気付いていないふりをしよう。


「ビアンカは明日にでも告白しそうな勢いだったよ?」


「な、なぜオレにその話を……?」


 震える手で自分を支えながら座り直すダビド。

 犯人が探偵に追い詰められている姿を幻視してしまったのは内緒だ。


「こんな時間だから聞く相手が居なくてね。ダビドはビアンカが誰を好きなのか知ってるかなと思って」


 夜の早い村だから、この時間に話しできるのは夜番をしてる人か酒場ぐらい。自分で答えておいてなんだけど、なかなか上手い言い訳じゃないかな。


「そう言うことか……いや、オレは知らん。そう言う話しには疎いからな」


 うん、そうだと思った。

 どう聞いても奥手な気がするもんね。


「お前はあまり参加していない気がするが、収穫祭付近で男から意中の女に花を贈るじゃないか? だから、収穫祭が近付くとそういった話は良く耳にするようにはなる」


 そんなイベントがあるのか、初耳だ。

 収穫祭が小麦の収穫だとすると、最近終わったところかな。


「衛士をしているとどうしても当番があるからな、そういう祭にも参加しにくいんだ……だからもし、誰かと一緒になっても不幸にするだけでは、とか考えてしまって祭に参加したとしても花を渡すことは無いだろう……」


 おおー! ダビドなんて良いやつ!

 奥手だと思って悪かった!

 相手のことを思う故に言い出せないのか……これはますます何とか一歩踏み込んで幸せになってもらいたい。

 ここまで考えているダビドにもビアンカと上手く生活して欲しいから、夜番についても何か対策を考えておかないと。

 今日中に何か使える魔法が無いか検索しておいて、丁度良いからそれを明日村長おとうさんに相談しよう。


「なんだ? 黙ってしまって……期待外れだったか?」


 いやいや、期待以上でした!

 と言うとややこしくなるので──ここは祭を利用しよう。ダビドは参加できてないみたいだし。


「いや、衛士も大変だなと思ってね……ところで、ビアンカは祭で告白してきてくれないから、もう意中の相手に自分から告白するつもりらしいよ? そんな思いを女性にさせるって、男としてどうよ?」


「折角、祭というお膳立てがあるのに想いを告げないなんて男として情けないと思う」


 うんうん、君はそう言うヤツだと思ったよ。


「でも、その男には他に言えない理由があったとしたら?」


「……それでも、告げれば良いと思う……」


 少しダビドが言い淀み少し俯く。

 自分で言ってて思うところがあったのだろう。


「そうだな、理由も含めて全て話してみれば良いよな。その理由が相手に受け容れられないものかは相手が決めることだからね」


 ダビドはハッと顔を上げこちらを見る。

 これ以上は必要ないかな?

 でも、少し発破は掛けておいた方が良いか。


「ビアンカは告白することを決意したからか気分が晴れたみたいで、いつもよりキレイで明るくなった気がするよ。一目見ておくと日々の疲れが癒されるかもよ? 彼女が相手に告白してしまってはあんまり見れなくなるだろうからね」


 もちろんキレイになった理由は治療によるものだけど、理由は何でも良い。男は美しい女性を見れたらラッキーって思って元気になるもんだ。

 それが前から好きだった子なら尚更。

 そして、それが見られなくなる可能性があると……


「そ、そうか、そこまで言うなら、夜番明けにでも行ってみることにする」


 瞳の奥に炎を滾らせながら僕を見据えてダビドが答える。


 ダビドはホントに正直だな。

 適当に誤魔化しておけば良いのに。


 この調子なら大丈夫だろう。

 用事も済んだしそろそろ帰ろう。


 そう思って立ち上がり、軽くダビドに挨拶をしてから詰め所から出る。

 村の方を見て──少し魅入ってしまった。

 街道は南側から北側に向けてゆっくり上り坂になっているので、北の詰め所は村より高い位置にある。だから村がよく見える。

 月明かりに照らされた夜の村は静かで美しく、どこか静謐さを感じさせた。


 そんな美しい景色を見渡していると、居住区の方に何か違和感を感じた。


 僕は感覚系の強化魔法をこっそり使って村を観察する。


「どうかしたか?」


「いや、ここからは村が良く見えるなと思ってね」


 ダビドの問いに適当に答え、挨拶もそこそこに僕は魔法で身体強化をしてから村へと走り出した。


 空に薄らと漂う黒い靄、それに強化して感じられる程度の微かな香ばしい臭い。


 どこかで火事が起こっている。

 火が見えないからまだ発生したところだと思う。


 雨が降っておらず乾燥している状態で、木造家屋ばかりの村を襲う火事。


 最悪を予想して、僕は街道を一気に駆け抜けた。


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