第16話 過去に誰かが仕込んだみたいで

 さわやかな朝です。

 昨日は殺されなかったからね。

 でも、今日は朝一でお父さんに会わないといけないのだけど……


「おはよう、ボ、ボーグ……」


 ミレルが顔を少し俯けながら恥ずかしそうに挨拶をしてくる。そうされると上目遣いっぽくてそそられるんですけど……

 なんて思ったから、そんなミレルをジッと見てしまう。

 良かった、怪我は治ったみたいで。でも、痣は残ってるな……色素沈着してしまってるのかも。


「おはよう、ミレル……?」


 返事を返すとそそくさと顔を洗いに行ってしまった。


 ん? ボーグって僕の愛称だよね? たぶん……

 何このデレ期到来みたいな反応は? まだ僕はミレルに対して恨みを払拭できるようなこと何もしてないはず。傷は魔法で癒したけど、それは僕だと思ってないでしょ。だってアーティファクト持ってないし。たぶんミレルは昨日もらってきた新しい軟膏が良く効いたんだと思ってる、と僕は考えてるんだけど……今のはどういう反応なんだ?

 善行を積んだから少し印象が良くなった、と言うことにしておこう。『こいつ』の罪は少しぐらい良いことしたところで帳消しになるようなものじゃない。

 そう思っておかないとどこかで気を抜いてしまいそうだからね。


 今日もデボラおばさんの作った朝食を頂いて、すぐに出掛けることにした。早く行かないと村長が出かけるかも知れないと言うことで。そのあとはその足で畑に行く予定だ。

 と予定言ったらデボラおばさんが例の如くお弁当を持たせてくれた。助かります。


 お弁当を受け取って外に出た。今日も快晴、朝日がまぶしいです。6時ぐらいかな? やっぱり時計がほしい……

 スキルが無いなら生産系も魔法でなんとか出来る気がする。魔石なんて物もあるし、夜にでもいろいろと使える魔法を探して、時間があれば作ってみよう。



「あらボーグー、お早うねー」


 村長の家に入った途端に知らない人からそう声を掛けられた。さっき知ったばかりの愛称で話しかけてくると言うことは──


「お母さん久し振りに会えて嬉しいわぁ。なぜかみんな邪険にするから中々会えなくて寂しかったのよぉー?」


 甘えるような声──いや甘やかすような声で『お母さん』が続ける。

 これが『こいつ』のお母さんなのか……薄い茶色のキレイなストレートロングヘアを可愛く揺らしながら近寄ってくる。妙齢のバランスの整った顔が僕の顔に寄せられる。これまた絶妙にエロキレイなバランスのボディが僕を抱き締めてくる。

 その……色々魅力的です……


「ボーグはぁ、またお金が必要になったのぉ?」


 この反応、萎えるね……ホントに『こいつ』たかりに来ていたのか……


「グレタ! バカ息子を甘やかすんじゃない! お前が甘やかすからこいつは……」


 ホントそうですよ!

 このお母さんにして『こいつ』ありか……厳しすぎても、親の価値観ばかり押し付けてもダメだけど、甘やかしすぎても人間ダメになるよ。


 僕は拒絶と取られないようにやんわりとお母さんを押し返す。


「今日は他のお願いがあって来たんですよ、お母さん」


「まあ! ボーグが……ダニィ! ボーグがお母さんって呼んでくれたよぉ!」


 今度はダニエルお父さんの方へと抱き付いていく。


「みっともない真似をするな! ボグダン、お願いなんぞ聞かん! 帰れ!」


 早いな! とばっちりか!

 いや、まあ、僕は危険なフラグに近寄りたくないから追い返されても良いんだけど……


「待ってください、村──お父さん! 少し話を聞いて下さい!」


 ですよねー ここはミレルさんの出番ですよね。


「おおー ミレルちゃん、朝早くからどうしたんだい?」


 何その嬉しそうな顔。さっきまでと大違い過ぎるでしょ? これはミレルにお父さんと呼ばれるのが嬉しいっぽいな。周りがこのお母さんと『こいつ』みたいな息子だったんだから、まともに話の出来る優秀な娘が出来て嬉しいんだろう。


「ボグダンに……その……賢者の宝石ル ビジュー ド サージュを見せてあげて欲しいのです!」


 なんかミレルから意を決して言い切った!みたいな雰囲気が伝わってくるんだけど……怒られそうなことなの? もしかして、盗賊に家宝を見せたげてって言ってるようなレベルなのか……


「ミ、ミレルちゃん……もしかして君が毒されてしまったのか……?」


 お父さん酷いです。まだ一日しか経ってないです。流石にこれはミレルが可哀想だ。


「お父さん、それは誤解です。僕がミレルに感化されて色々試していこうと思っているだけで、ミレルはそれを手伝ってくれてるだけです。昨日ランプ工房を見学して僕が魔法に興味を持ったので、ミレルは使えるアーティファクトが無いか探してくれたんです。僕に問題があるから否定されるのは構いませんが、ミレルを悪く言うのは止めてください。不快ならすぐ帰りますから」


 とりあえずミレルを庇うために捲し立てたけど……皆して驚愕の表情でこっち凝視するのはやめてぇー さっきまで射殺しそうな目で僕を見ていたメイドさんまで固まらなくても……


「まあボーグ、立派になってぇ、お母さん嬉しいわぁ……」


 お母さんこんなことで泣かないでください。評価の上がり方が急激過ぎます。あなたの息子さんがおかしかっただけで普通のことですから。


「ふん、昨日修道院から聞いたことは嘘ではないようだな。お前が人助けなんてするとは思えんかったからな、てっきりミレルちゃんの手柄を横取りしたのかと」


 見下すように告げてくるお父さん。うん『こいつ』ならやりそう……それも金をせびる為とかいうゲスい理由で。


「それこそ誤解です! あれはボグダンがやったことで、むしろわたしが少しだけ手伝っただけです! ボグダンはアナスタシアを助けるために躊躇うことなく湖に飛び込んだんです!! そのあとも……」


 いや、今はそれを主張しなくても良いんですよミレルさん。今は信頼を得るときではなく、また来ますって帰るところでしょう。ね? だから、今日のところは──いやむしろずっと危険なアーティファクトには接触しない方向で……


「いや、その、なんだ、ミレルちゃんを困らせる為に言ったんじゃないからな。そんなツラそうな顔をせんでくれ」


 本当にミレルには甘いな。まるで孫を甘やかしてるお爺さんみたいだよ?


「ダニィ、女の子を虐めちゃだめでしょぅ? ほら、謝りなさいぃ」


 お母さんマイペースだなー

 そして素直に頭を下げるお父さん。

 より一層『こいつ』が残念なヤツになった理由が分かった気がする。


「ゴホン! 仕方ないな、どうせ使える物でもないし、見るだけなら見させてやろう」


 取り繕うような咳払いと共に僕へ告げるお父さん。


 こめかみに冷や汗が見えますよ?


 お父さんはそれを隠すように背を向けて、さっさと廊下を歩き出してしまう。


 いや、僕は見たいわけじゃ無いんだけど……この流れは……付いてく行くしかないか。


 僕の後ろにミレルが続き、なぜか更に後ろにお母さんとメイドさんまで続く。なぜ……



「これが我が家の家宝、賢者の宝石ル ビジュー ド サージュの『刺せない氷刺しアイスピック』と『解けないロープ』だ」


 リビングに僕たちを通したお父さんは暖炉の上に飾られた2つのアーティファクトを紹介してくれた。


 役に立たなさそうな名前なのがまた凄いな……


「どちらとも材質は分からんらしいが、同じ獣のシルエットが意匠されているからセットだと言われている」


 僕は2つのアーティファクトをジーッと眺める。『刺せない氷刺し』は、確かに持ち手に黒い獣をあしらった二又の豪華なアイスピックに見える。『解けないロープ』も、確かに装飾的な結び方を白い同じ獣を象った金具で止めてあるお洒落なロープに見える。


 でもこれって……デフォルメされた猫モチーフの『かんざし』と『帯留め』なんじゃ──


トレビシック級ランク4統術師ジェネラリストボグダンを黒猫フォンセ使用者マスターに設定します》

トレビシック級ランク4統術師ジェネラリストボグダンを白猫ルミリア使用者マスターに設定します》


 しまった! 罠だったか!

 いや、まだだ! まだ誰も僕が使用者になったなんて気付いていないはずだ。


 僕はそろりと音も立てずに一歩後ろへと下がった。


「な、なんだ! 突然アーティファクトが光り出したぞ! こんなことは今まで一度も見たことが無い!」


 お父さん……説明ありがとうございます。

 イベントを進めるためのアクションを起こさないと外に出られないゲームかよ……これは逃げられないか……

 いや、まだ、ミレルが使用者に登録された可能性も考えられるはず。だから、ミレルさん、こっちをそんなに見つめないでください。


「ボーグ……光灯ライトを使ってみて」


 ミレルさん、先手を打つのが早いよ! まあ、この状況では逃げられるわけないよね……どうあっても僕が使用者になったことはバレる。それが遅いか早いかだけの違いだよね。


 内心溜息を吐きつつ、光灯を最小レベルで発動させるイメージをする。


ウェーバー級ランク6閃術師アンジュレーターボグダンの申請により『光灯』レベル1を発動します》

ウェーバー級ランク6閃術師アンジュレーターボグダンの申請により『光灯』レベル1を黒猫経由で発動します》

ウェーバー級ランク6閃術師アンジュレーターボグダンの申請により『光灯』レベル1を白猫経由で発動します》


 ぽんっという効果音を出しそうな感じに2つの光球が暖炉の上に現れる。

 あー……1つで良いのに……

 3つ目は僕の足元にあったから踏みつけて隠しておいた。


「なんだと! 言葉を発することなく、しかも2つ同時に! なぜだ……なぜボグダンが……」


「すごいわぁ! ボーグ、すごいわよぉ!」


 項垂れるお父さんとは対照的にお母さんは大喜びだ。ミレルとメイドさんは言葉もなく驚いている。

 いや、ミレル、分かってて言ったんじゃ無かったの?


「お前は過去に何度もこの家宝を金に換えようと……何の反応も示さない家宝に腹を立てたのが最初だったはずだ……」


 うーん……魔法が知識によってランクが上げられるんだし、この世界の魔法だと後天的にしか魔法を使えるようにならないと思うんだけど……

 不思議に思ってミレルを見ると──


「10歳までに魔法を使えない人は望みがないと思われているのよ。少なくとも村では大人になってから使えるようになった人は居ないようよ」


 そうですか。子供の段階でイメージ力が魔法に適合していないと、この世界の生活ではもう身に付かないのということかな。娯楽も少なそうだしね。マンガやラノベがあればすぐに使えるようになりそうなのに。


「お前が何か変わり始めていることを家宝は証明してくれたようだ……認めよう、アーティファクトを持っていくが良い」


 苦しそうに、それでも何かに期待するように、お父さんが僕へと家宝のかんざしと帯留めを渡してくる。


 男にそれを渡すってどうなの? 女装しろってことなんじゃ……用途を知らないんだろうけど。


 とかどうでも良いことを思いつつ、僕は仕方なく、それらしい態度とそれらしい言葉を添えて家宝を受け取る。


「有難く拝借致します……」


「拝借? 使用者となった以上それはお前の物だ。本当に数日前とは比べものにならないぐらいに謙虚だな?」


 いえ、妖しげな物を受け取りたくないだけです。絶対過去の日本人転生者が仕掛けたフラグだってこれ……

 とは言えないから、せめて好意を持ってもらえる程度の定型文で評価を変えていくことにしよう。


「謹んで頂戴いたします。この家宝に見合う働きが出来るよう精進いたします」


 お父さんが僕の両肩をガシッと掴む。


「本当にお前はボグダンか? ……いや、これも聖女ミレルちゃんの影響だということか……」


 勢い良く掴んだ割に、すぐに力を緩めて離してくれた。何か引っかかる物言いだったような……


「良かったわねぇ、ボーグ。お母さんは嬉しいわぁ」


 涙ぐみながらお母さんが手を取ってくれる。

 そんな感動されても、僕には厄介事を押し付けられたような感覚しか……確かに気にせず魔法を使えるようになったけども。全然フラグとか関係なかったっていう線も無いわけじゃないか……希望的観測だけど。


「それでは、わたしたちは畑の方に行って来ますので。我が儘を聞いてくれてありがとうございました」


 ミレルがそう言って僕を外へと引っ張り出した。

 なんか急いでない?


「ミレルちゃん、ボグダンが魔法を使って粗相したら殴ってでも止めてくれて良いから。よろしく頼む」


「ちょっとぉ、ダニィ、それは無いんじゃないのぉ──」


 そんな言葉を背中に聞きながら、僕らは村長の家を後にした。


 今日は一日農業体験だ。魔法で問題が起きませんように……フリじゃないよ?

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