第15話 わたしが聖女?


 わたしは身体に違和感を感じて目を覚ました。

 悪い感覚ではないけど、確かに寝る前までと何かが全く違っている気がする。

 ……痛みを感じない! 怪我が治ってる!?

 『あいつ』に付けられた傷。見るたびに、痛みを訴えてくるたびに、わたしの憎しみを増やしていたその傷が無くなっている。


 これはいったい誰がやったことなのかな……?


◇◇


 今日は朝から色々とおかしかった。頭が付いていかないぐらいにおかしな事がいくつも起こった。こんな山奥の村で事件なんて週一回もあれば多い方なのに。


 まずランプ工房。

 ラズバンさんは相変わらずマイペースで、魔法を使えることは凄いと思うけれど、話が長くて相手をするのが大変だった。でも、村唯一の魔法使いで、大事なお金の収入源であるランプの製作者。無下には出来ないから尚大変。

 そこに連れて行けとボグダンに言われたときは、恨み言の一つでも返そうかと思ったけど……魔法を知るためだと『あいつ』なら絶対に言わないようなことを理由にしてきたから黙っていた。


 そして、あの出来事。


 ボグダンが魔法の話を理解していることにも驚いたけれど、おかしいのはそれじゃない。

 変なタイミングで席を外したと思ったら、都合良くラズバンさんでも作れないような凄い魔石を持って帰ってきたことよ。

 ラズバンさんはエルフの師匠の仕業と思ってるみたいだけど、都合が良すぎるのよ!

 大体、今日エルフを見たなんて話、夕方に出掛けたときにも聞かなかった。村の人間じゃないだけで目立つのに、それがエルフとなると尚のこと。なのに誰も見ていない。

 それはつまり、エルフはいなかったということ。


 余り出掛けないラズバンさんは欺けても他の人は無理よ。

 間違いなくボグダンがやったことでしょう。でもアーティファクトを持っていないはずなのに……どうやって?も気になるけど何がしたいのかも分からない。


 ただ、一つ言えるのは、ラズバンさんのやる気が出て来たって事。

 ラズバンさんはランプ作りという年中変わらない仕事をしているため、メリハリがないからか最近は仕事をこなしているだけという感じだったらしい。

 でも、今日わたしたちが訪れた後、ラズバンさんが何か熱心に研究し始めたらしい。ここ数年見ていなかったやる気に満ちた顔で。

 わたしの家の隣に住んでてランプ工房で働いているラザルお爺ちゃんが、そう言って喜んでいたから間違いない。ラザルお爺ちゃんにとってラズバンさんは子供みたいなもんですもの。子供がやる気を出したら嬉しいものでしょうね。


◇◇


 次は些細なことだけど、おかしなことには違いない。

 ボグダンがアーティファクトを探し始めたこと。

 やっぱりボグダンはアーティファクトを持っていないのよ。だから警戒してしまったわ。

 でも、もし本当に魔法が使えるなら、使ってもらった方が村の為なのよ。

 そう思ったら本当かどうか確かめたくなったの。

 だから、出来るだけ早く見に行こうと思ったのに……なぜか微妙な顔を返されてしまって……必要だから聞いたんじゃ無かったの?

 本当、何がしたいのか分からないわ……

 人には理解できない……そう、人ではない……次に起こったことがもしかしたらそれを証明してしまっているのかも知れない……


◇◇


 それはシエナ湖で起こったのよ。

 あんな静かな湖で魚が逃げ惑うようなこと起こるわけ無いじゃない!

 天変地異の前触れかと思ったわ。

 なのにボグダンは平然としているし……

 こんなことがこのタイミングで起こるなんて……ボグダンが原因じゃないか疑ってしまうわ。

 無闇に疑っても仕方がないのだけど。

 でも、でも……溺れていたアナスタシアちゃんは……泳ぐのが得意なのよ! いつも元気な子なのよ!

 魚が逃げ惑っていて、その子が溺れていたなんて、湖の中で何かが起こっていたとしか思えない。


 そして、謎の光。


 太陽が湖の中に現れたんじゃないかと思うぐらいの光だったわ。

 一瞬だけだったけど。


 そんな異変があったのに戻ってきたアナスタシアちゃんは怪我がなかった。

 でも、息もしていないし心臓も動いてなかった……手遅れでもう死んでしまった……とわたしは思ったのに……


◇◇


「ミレルさんどういうことですか?!」


 アレシアさんがボグダンの説明を聞いてから、わたしをボグダンから離して問い詰めてきた。

 分かります、わたしもどういうことなのか知りたいです。


「アナスタシアちゃんをボグダンが湖から救い出したときには、あの子はもう死んでいたんです……」


「でも! でも、彼女は生きているわ! 蘇生って何か魔法でも使ったの?!」


 魔法……確かに魔法ならあり得るのかも知れない……でも死者を生き返らせる魔法なんて古文書とかに載っているような失われた魔法じゃないのかな……


「そんな魔法あるんでしょうか? それにボグダンはアーティファクトを持っていません」


「蘇生魔法なんて教会でも聞いたことが無いのだけど……アーティファクトが無いなら不可能よね……でも、じゃあ、どうやって!?」


 わたしも知りたいです。ボグダンが良く分からない儀式をしたら生き返ったのだから。どれが重要なことなのか、全てが揃わないといけないのかも……

 シスターであるアレシアさんなら分かるかも知れない。

 なるべく委細漏らさず伝えて聞いてみよう。


「それは……ボグダンのした儀式による物かも知れません」


「儀式?」


「はい。ボグダンは硬い岩場の上へ心臓も息も止まったアナスタシアちゃんを仰向けに寝かせました。そして、まずほっぺたを2回叩きました。それから彼女の口に3秒間ほど耳を近付けて、そのあとジッと彼女の胸を、これも3秒間ほど見つめていました。次は手首です。彼女の手首を自分の親指と人差し指で輪を作るようにして握りました。これは5秒ぐらいです。そしてボグダンは、今度は彼女の胸に耳を当てて目を閉じました。これも5秒ぐらいです。そこでわたしを見て、手伝って欲しいと告げました」


「まあ、ボグダンが!?」


 今は必死に思い出しているところなので、確かに驚くべき事ですけど少し黙っておいて欲しいです。


「はい。彼はアナスタシアちゃんの腰の上ぐらいに股を広げて中腰になり──」


「い、いやらしい話じゃないわよね……?」


 少し黙っててください。『あいつ』なら死者の冒涜もしそうですけど。


「ボグダンはわたしに、合図をしたらアナスタシアちゃんの口へわたしの息を吹き込むように言いました。このとき彼女の口から息が外に漏れないように注意されました。そして、わたしが指示を待っている間、彼は自分の手を重ねて彼女の胸の真ん中に当てて、胸が沈むくらいの強さで10回押しました──」


「い、いやらしい話じゃ──」


 黙っててください。アレシアさんは耐性がなさ過ぎると思います。


「そして、わたしに合図が来ました。2回連続で吹き込むように指示されたので、わたしは胸が苦しくなるぐらい大きく息を吸い込んでからアナスタシアちゃんの口の中へ息を吐き出しました。指示通りコレを2回行いました。指示が終わると、またボグダンは胸を同じ回数押して、同じ指示をしてきました。この繰り返しを合計5回行いました。彼は4回目が終わったときに、一度自分の額を左手の甲で拭いましたが、それ以外は同じ行動でした。そして6回目が始まり、彼が2回彼女の胸を押したときに、彼女は咳をして水を吐き出しました」


 必死にボグダンの行動を思い出して可能な限り伝えたつもりだけど、周りの空気がどんなものだったのか?変化はなかったのか?とか流石に気に掛けていられなかったので憶えていない。大事な情報だったらどうしようかな……


 話を聞き終えて黙っていたアレシアさんがわたしの肩を掴んできた。

 ど、どうしたの?


「ミレル! あなたがアナスタシアにのね!?」


「え、えぇ……そうです……」


 何かおかしな事をしたのかな……?


「ああ……あなたが聖女だったのね……確かにあなたならそうかもしれない……」


 いや、あの、何を勝手に納得されているのですか? わたしが聖女なわけないでしょう? だってあくまでもボグダンの指示に従ってやっただけだし……

 それ以前に『あいつ』に非道い目を受けたわたしが聖女なんておかしいでしょ?


「ミレル……教会には救命の福音書という古い古い書物が有ってね、そこには3番目の聖人テレジア様の事が書かれているのだけど、わたしが一番信奉している方なのだけどこの方が凄い方でね──」


 これは! 止めないと本当の意味での説教が始まってしまうわ!


「ア、アレシアさん落ち着いてください。今はアナスタシアちゃんの事が先です!」


「──そ、そうね。わたしが言いたかったのは、そのテレジア様の奇蹟よ。テレジア様が死者に7回息を吹き込むと生き返ったという話が福音書に載っているの。そこから『息を吹き込む』と言う言葉が『命を与える』と言う意味を持つようになったと言われているわ」


 息を吹き込む……確かにそんな意味もある。あるけど!


「わたしは本当にただ息を吐いただけで、何も特別なことをしていません! それを言うなら、ボグダンはこの事を知っているかのような自信を持って、しかも慣れた手つきで、その儀式をしていたんですよ! 指示の出し方も慣れていました……」


 わたしはただ彼に従って動いただけで……従ったから……?

 彼が昨日言った『天使憑き』という言葉が頭によぎった。


「人を救うことはとても尊いことです。確かに今までのボグダンでは考えられないようなことをしました。それは凄いことかも知れません。でも、息を吹き込んだのはあなたです。彼ではありません」


 アリシアさんが断言してしまった。

 これだから教会の人は……何か盲目的過ぎて好きになれないところが……目の前のことが見えなくなってしまっては救える者も救えないと思うのに。

 アリシアさんも悪い人ではないのだけど──いえ、むしろ良い人なのだけど……信仰心が強過ぎる気がするのよ。


 教会は「彼にも善良な心が──」とか言って『あいつ』のことを野放しにしていたけど、実際、『あいつ』を止めなかったから不幸なことがたくさん起こった。もっと実質的なことを人は求めていると思ったわ。

 わたしが何もしなければまだ不幸が続いていたかも知れないのに……??

 わたしが『あいつ』を殺したからこうなった?

 だからわたしが聖女になった……?

 でも、でも……わたしは変わっていない。変わったのはあくまでもボグダンで……


「何を泣きそうな顔をしているの? 大丈夫よ、聖女だったからってあなたはあなたなんだから。いいえ、あなたがあなただから聖女なのよ。自信を持って良いのよ。あなたがどんなことが出来るのかはまだ分からないけど、それは追々分かっていけば良いことだもの」


 そう諭すように言って、アレシアさんはボグダンのところに戻っていった。


 分からないわ……なんだか卵が先か鶏が先かという堂々巡りな考えをしているような……わたしは一体何をしてしまったの?


◇◇


 そして、今のコレなのよ。


 勝手に傷が治ってしまって……確かに新しい軟膏を今日手に入れたけど、今まで使っていた物と同じだし、それ以外に何か理由があるはず。


 わたしはボグダンがやったことだと思っている。


 でも、アーティファクトを持たずに魔法が使えるなんて、それこそ人間じゃないんじゃ……それこそ天使か神にでもなったんじゃ……それなら、傍に居るわたしが聖女になってもおかしくないけど……


 誰か説明してくれないかな?


 とりあえず『あいつ』のことは赦せないけど、あまりにも驚くようなことが起こりすぎていて……それに今のボグダンは『あいつ』とあまりにも違い過ぎるから、本当に別人になったと思うようになってきた。

 それこそ神の使いや神を疑うぐらいに。

 だから、わたしの恨みは『あいつ』が死んだことで納得しないといけないのかも知れない。

 ボグダンという名前だと『あいつ』のことが頭に過ぎるからせめてボーグと呼ぶようにしようかな……


 それで人が変わってしまえば村は幸せになっていくのかな?

 それで過去を忘れられれば、わたしは……




◆◆◆◆




「やはり師匠は凄いな……」


 オレの師匠は原初ヴラシエイの森に住むエルフだ。

 エルフと言えば耳が尖っていて長生きで魔法が得意、なんて昔から言われるが、師匠はそのイメージのままだった。

 オレは親からアーティファクトを受け継いだときに修行の為にエルフの森に行った。そこで弟子にしてくれたのが師匠だった。

 師匠の使う魔法はレベルが高く、あまり使える者のいない光属性が使えるという凄い人なのだ。

 なのに、オレがシエナ村から来たと言ったら、師匠は懐かしそうな物を見る目で「シエナ村に行ったことがある」と言って、そのよしみで魔法を教えてくれることになった。

 そんな人に師事を仰げてオレは幸運だった。


 いや、過去の話なんてどうでも良い。今はこの魔石だ!


「しかし、どうやってこの小さな魔石にこんなレベルの高い魔法を付与したのか……七色に変わるこの光斑が手掛かりだな」


 魔石を光にかざし、オレは魔石の色をもう一度確認する。


「美しい……」


 今日だけで何度見たことか……


 魔石の光斑はオレの知ってる限り5種類だけ。師匠もそう言っていたから、全てを混ぜてもこうはならない。

 だから、何か特殊な別の魔法か、何か見た目を変える付与の仕方があるに違いない。


 小さな魔石であることを考えれば付与できる魔法は少ない。全ての魔法を付与できたとしてもこの色には……いや、5種類全てを付与した時点で七色になるのか? しかし、発動する魔法は光灯ライトだけだったからこれは違うな。


 ならば単純に見た目だけを変える魔法が……その場合はこれだけ高レベルの光灯を付与できる理由にはならない。


 だとしたら、覆せないはずの容量を増やす方法があるのか……?


 それが可能なら魔石の利用方法の幅が飛躍的に拡がる!

 そうすれば、いずれもっと便利な魔道具を安価に提供できるようになる!!

 これは、いち早くオレも習得せねば!


 そして、オレは魔石を拡張させるイメージを膨らせることにした。

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