第7話 嫁に嫌われてるだけじゃなくて親友にも引かれてるみたいで

 村長の家へとミレルと連れだってのんびりと歩く。


 こうして女の子と二人で歩いてるなんて、転生する前は無かったし、憧れていたんだけど……望んだ状況ではないね、これは。

 ミレルと恋愛をしていて楽しくお喋りをしながら歩いているなら良いんだけど、実際は会話もなければ代わりに殺意を纏った視線が飛んでくる気がするし、針のむしろに立たされている気分。

 そして誰とも出会わない!

 誰か通りがかりに声をかけてくれれば少しはマシになりそうなのに。


 仕方がないのでとりあえず僕から話を振ってみよう。


「誰にも会わないね……?」


「……みんな畑に行ってるからね。もしかしたら村長もいないかも知れないわ」


 会話が続かない。

 でも、やっぱり会話をしているときはミレルの雰囲気も少しマシになる。

 ミレルの好きな話題とか把握しておいた方が良いかもしれない。安全のためにも。


 左手に川を臨みながら緩やかに下っていた街道だけど、いつの間にか川が湖になっていた。

 淀み無く澄んだ水を豊富に湛えた湖は、初夏の日差しをキラキラと水面に反射させ、とても美しかった。

 湖の対岸、湖に川が流れ込んでいる場所に中洲があって、そこに大きな大きな木が立っているのが見える。

 こんな風景を見てると心が和んでくる。

 日本にあったら間違いなくパワースポットになりそう。


「あの大きな木は何か有名な木なのかな? 曰く付きというか」


 ミレルは首を傾げて少し考えるそぶりを見せる。


「そうね、オバケが出るという話よ? わたしは会ったことがないけど、それはとても美しい姿をしているけど人ではないらしいの。だからオバケって呼ばれてるの。精霊かも知れないという噂があるわ」


 薄く笑って少し楽しそうに語るミレル。

 幻想的なものは好きなのかな?


「異性に告白したら必ず適うとかじゃないんだ……」


「何ソレ? この村じゃそんなの必要ないわよ。誰が誰を好きかなんてみんなが知ってるもの」


「プライバシーとかないのか……?」


「そうじゃないわ。両想いで一緒になることはみんなで嬉しいものだからよ。それにデボラさんがいるから……」


 あの人そんなに耳聡いのか……ん? 好き合って一緒になることが祝われるということは、そうじゃない場合は祝われない?


「両想い以外でっていうことがあるのか?」


「そりゃこんな小さな村だもの、同年代が少ない場合は相手がいないから仕方なくということも良くあるわ。そういう常識的なことも忘れてるの?」


「そうみたいだね……」


 村の中では恋愛することが少ないのが常識なのか……これが異世界の常識を知るということ。

 日本の山奥でもそれが常識のところも有ったのかな? 僕の認識とかけ離れればかけ離れるほど、それが常識であることに僕も気付きにくくなる。

 そういう常識を丁寧に教えてくれる人を大事にしないと。

 それってつまり……ミレルだよね?

 殺るか殺られるか?って関係ではムリだよなぁ……

 利害が一致してる間は良いけど。


 常識の話をしながら歩いていると、川沿いの街道から外れ今度は左右に家がまばらに並ぶ上り坂に入った。


「おやおや? ボグダンどうしたんだ? ミレルちゃんなんかと一緒に?」


 突然右手方向から声を掛けられた。

 会話に集中していた僕はビクッとなって、そちらを振り向く。左手にある路地から一人の男がこちらへ出てきた。

 ガッシリとした体格に短く刈り込んだ髪型、どこからどう見ても身体を動かす仕事をしていることが想像できる。

 腰には剣が提げられているから、村の警備員か何かかな?


「ミレルなんか、とは何ですか? 失礼ですね」


 ミレルが先んじて少し怒った風に答えてくれる。

 僕にはどう答えて良いか分からないからね。


 でも彼には丁寧語なんですねー?


「ごめんごめん、珍しい取り合わせだったから……ってミレルちゃんどうしたのその顔……?」


 ゴツイ顔を顰めながら警備員(仮)は言葉の途中でこちらを向く。


 何かを疑ってますね? 犯人が僕じゃないかと疑ってますよね?


「ボグダン、お前またか!? そんなことばっかりしてると、いくら親友のオレでもそろそろ──」


 捲したてながら僕に詰め寄る警備員(仮)の前にミレルが割り込む。


「今から一緒に村長さんのところに行くの」


「え? ええ?? ってことは……お前ら……?」


「村長さんに話して認められれば、ね? だからまだ決まったことではないから誰にも言わない下さい」


 混乱しているように見える警備員(仮)をミレルが丸め込んでいく。

 ミレルは何も明言していない。僕とミレルの関係がどうだなんて一言も言っていない。

 怪我のことを村長に訴えに行く可能性だってあるのに、警備員(仮)は勝手に思い込んでいく。この村ではこんな時間に男女二人だけで歩いている状況が、既にそういう仲の証明なのかもしれない。


 ミレルはそれを利用しているように見えるから、僕の嫁であることを言葉に出すと違和感が出てしまうことにミレル本人も気付いているのかもしれない。


 今更だけどミレルが僕に嫁だと説明したことと、他の人の反応が一致していない。

 まあ、ミレルの発言に衝撃を受けていて気が付かなかったけど、最初からデボラおばさんの反応から嘘だって分かったんだよな。

 ミレルは事実にしてしまえば良いと思っているんだろう。


「分かった、黙っておく。珍しい取り合わせだと思えばそんなことか……」


「ダビドは交代の時間でしょう? 早く行かなくて良いのですか?」


「そうだったそうだった、邪魔したな!」


 軽く挨拶をしてダビドが慌てて街道の方に去って行く。


「あいつが……何で? オレは独りなんだ……?」


 ダビドの寂しい独り言は聞かなかったことにして──


「彼はあなたの親友のダビドよ。あなたと同い年で衛士をしているわ。今日は北門の見張りみたいね」


「そ、そうなのか。真っ直ぐで良いやつそうだな」


「そうね……彼は良い人よ」


 僕を見るミレルの目線が少し鋭くなる。

 言外に「あなたと違って」って言ってる気がするぅ……

 大体ダビドもミレルの怪我を見てから、僕に対して「お前またか」と言っていた。つまり『こいつ』が少なくとも他人を怪我をさせることが良くあることで、彼も良く思っていない頻度で、かつそろそろ彼の堪忍袋の緒も切れそうな回数だったと。

 地に落ちていた『こいつ』の評価が、もう地面にめり込んでいってるよ……


 ミレルはさっさと村長の家を目指して歩き出している。


 道沿いに並んでいた家に比べると大きい新しい屋敷が見えてきた。

 これが僕の実家なのか……


「なんか思ってたより新しい……」


「数年前に新しく建てた屋敷だからね。ここが出来るまでの村長の家は、あなたが今住んでいる家よ? 他の家より豪華でしょう?」


 そうなのか?

 そんなに違いがあるようには思えなかったけど……


「家の前に立ってても仕方がないわ。入りましょう?」


 ミレルは僕に先へ進むように促す。


「え? 僕が先?」


「あなたの親の家なんだから、当然でしょう?」


 そう言われればそうなんだけど、案内してくれてるからミレルが先に入って説明するのかと。

 変にマジメだな……


「あなた記憶が無くなってからホントに気弱ね。我が物顔で入れば良いのよ」


 いや他人の家だし、流石に気後れしますよ?

 とは言えず、仕方ないので、一度深呼吸をしてから覚悟を決める。


「ただいまー……」


「ぷはっ! 間の抜けた声ね」


 ミレルに笑われてしまった。

 仕方ないじゃん! この村での帰ったときの挨拶すら分からないのに大声出せないよ!

 でも、僕が失敗すればミレルが笑ってくれることが分かったのは良いことだ。そんなもので良いなら積極的に失敗していこう。


 僕、ミレルの順番にドアをくぐり若干広いエントランスに入る。

 やっぱり勝手に入るのが躊躇われたので、エントランスで待つことにする。ミレルに先に進むように促されるけど、ここは僕の中で正しい方を選択をしたい。家主に話を聞いてもらわないとダメなわけだしね。


 ぼんやりと廊下を眺めていると、しばらくして右側の扉が開き、50代ぐらいの男性が出てきた。

 良く日に焼けた厳しい顔付きに、細めではあるがしっかりした体躯。意志の強そうな黒い目がこちらを睨むように見ている。


 これって怒られるパターンだよね?

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