第6話 嫁との初めての異世界散策はハードルが高いみたいで


 転生神様に話した要望通りだ。

 確かに僕は嫁さんといずれ出来る子供を要望した。

 しかしながら、その嫁さんがどんな人物か、その子供がどうやって出来たか、などは要望しなかった。

 この分だと『慎ましくも微笑ましい生活』や『普通に幸せな生活』というのも叶えられるのだろう。

 僕の思惑と一致するかは別として。

 まずは現実を受け止めないと。


 僕は目の前の残ったサンドイッチに視線を向ける。


 彼女の言っていることがどこまで本当かは分からないけれど、ミレルは『こいつ』を恨んでいる。

 僕にはもちろん全く身に覚えがないけど、この身体に転生した以上それは人ごとではなく、自分のしたことだと捉えないと危険な気がする。

 僕の予感でしかないけど、『こいつ』は様々なところで恨みを買っている人間だろうと思う。

 だとすれば、その被害者に「自分のしたことではない」とか「記憶が無い」と言えば、反感を買って恨みは増長し、ミレル以外にも命を狙われかねない。

 転生特典も身体的な保護は徐々に薄れていくと言われたし、いつまで超再生能力が続くか分からない。

 ミレルも含めて恨みを清算して、『こいつ』の新しい人生を始めないと、まともに生きていけないように……最終的には本当に殺されてしまう。


 まずはミレルの説得からだ。

 どうやったら赦してもらえるのか?

 ミレルは僕が死ぬこと以外なら、どんな償いを望んでいる?

 『こいつ』の僕の印象とミレルの説明には齟齬があった。

 ミレルは明らかに嘘をついている。

 そこにミレルの思惑があるはず。


 それはたぶん、『こいつ』の記憶が無くなったのを良いことに、真っ当な人間であったと思い込ませて、真っ当な人生を歩ませようとしているのでは無いだろうか?

 だとすると、ミレルは僕がそんな人生を歩むなら赦してくれるのかも知れない。

 恨みも忘れてくれるかも知れない。

 そんな簡単に、殺したいほどに憎んでいる相手を赦せるとは思えないけれど、その可能性に僕はかけるしかない。


 とりあえず、今はミレルの仕打ちを甘んじて受けよう。

 痛覚が軽減されるとは言え痛いのはイヤだから、何か方法を考えないといけないけど、少なくとも今の身体ならこのサンドイッチは唐子特盛りだと思えば食べられないことはない。

 料理を初めて作った可愛らしい嫁さんの、初々しいDEATH料理だと思えば食べられないことはない。

 僕じゃ無けりゃ、本当にDEATHるんだろうけど。


 ミレルの様子をうかがうと、冷や汗を垂らしながら引きつったような笑顔で僕の様子を見ている。


 僕はミレルに笑顔を向ける。

 笑顔を向けながら残り二切れのサンドイッチを頬張り、極力美味しそうに食べる。

 食べ尽くす。

 幸運なことにどちらも二切れ目より刺激は少なかった。

 身体保護が効いているのかも知れない。

 カボチャは本当に美味しいから香草──というか毒草を抜きさえすればきっとまともに食べられるもののはずだ。


 今食べたサンドイッチの味から毒草を取り除いた味を想像してみる。

 想像できるのはパンの香ばしさとカボチャの甘み、それにそれらを少し引き締める塩っぽさ。


 うーん……いや、ちょっとは刺激が欲しいかな……?

 じゃないよ!

 慣れてきてるのか僕は!?

 この環境に!!

 多分胡椒ぐらい欲しいなと思ったんだ、きっとそうだ。

 危険な思想は一旦スルーしよう。


「美味しかったよ。ありがとう、ミレル」


 毒入りだとしても作ってもらったのは確かなんだから、お礼は言わないとね。


 僕の言葉に対して、ミレルは少し顔を青ざめているように見える。

 笑顔を浮かべようと頑張ってると思うけど、頬がヒクついてるよ?


「そ、そう……また作るわ……」


 返事も力が無い。


 一切れ目はともかく、二切れ目は普通ならかぶり付いた時点で分かるぐらいに盛ってあったからね。

 普通の量だと死なないと思って、バレることよりも確実に死ぬ方を重視したんだろう。

 それでも死ななかったんだから、途方に暮れても仕方がない。

 でも……


「ありがとう。でも、僕には刺激が強過ぎるから、香草は抜いてくれると助かるな。僕はその香草苦手っぽい」


 そう言って僕はペロリと舌を出しておどける。

 するとミレルは口を開けてポカンとした表情をしてしまった。

 緊張感のない表情に可愛さがあるから、普通にしてたら可愛いんだろうな……


「もしかして、記憶を無くす前の僕は好きだったのかな?」


 僕の言葉に、ミレルはハッとして表情を元に戻す。


「そ、そうね、そうなのよ。あなたはこの独特の刺激が好きだったのよ。わたしも苦手だから自分の分には入れていないのだけど、次から同じように作るわ」


 言い訳をしながら、ミレルは自分用に準備したサンドイッチを口に運ぶ。


 なるほど、ミレルは結構頭の回転が早いみたいだ。

 僕が作った言い訳の隙に、自分用のサンドイッチに香草が入っていないことと、さっき僕の差し出したサンドイッチを拒否した理由を説明した。

 これは手強い……色んな手段で殺しに来そうだ。

 でも嘘は苦手みたいだね。


 僕はミレルが持ち上げたサンドイッチに視線を移した。

 このサンドイッチも豊富なバリエーションがあるかも知れないね……


 暗澹たる気持ちでサンドイッチを眺めていると、自然と一緒に見つめることになるミレルの指。


 良く見るとミレルの指に炎症があった。

 いわゆる『かぶれ』というものだ。


 毒草によるもの……だよね?

 皮膚に触れるだけでもダメなのにそれを喰わそうとするし、自分がダメージを受けることも厭わずに毒を盛るって、そんなに憎いのか……

 前途多難だ……

 殴られることだけじゃなく、他の毒物についても避ける方法を考えた方が良いかもしれない。


 そんなことを考えてる間に、ミレルも昼食を食べ終えてしまった。


 さて、これからどうしようか?

 とにかく、まずは生き残るための手段を見つけないと。


「村のことも記憶にないから、案内してもらいたいんだけど……その傷だと出歩くのもつらいかな?」


 そう言うとミレルはまた驚いた。


 ミレルさん何に驚いていらっしゃるんですか?

 相手の心配をしたから?

 『こいつ』のキャラじゃないってのとだよね……


「怪我は大丈夫よ。軟膏を塗ってるし、1週間もすれば治ると思うわ。ジッとしてても早く治るわけではないし。あなたも自分のやってたこと知りたいでしょ?」


「そりゃそうだけど、良いの? ミレルは昼からやらないといけないこととかない?」


「ええ、そうよね、予定よね。今日はあなたに一日中付き合うつもりで来ているから、何も予定を入れてないわ」


 何やらミレルは何度も頷きながら答えてくれる。


 本人が良しと言ってるし、予定も空いているなら、情報収集させてもらおう。


「じゃあ、これは僕が片付けるから、何か準備することがあったらしておいて」


「片付ける!? あなたが?!」


 ですよねー

 また驚くよね?

 そうだと思った。

 大方さっきの驚きは、体調を気遣ったことだよねー

 かと言ってこれは譲れない。

 料理は作ってもらったんだから僕も何かしないとね。

 毒入りだったとはいえね。


 ああ、そうか、僕が料理を作れば問題が一つ解決するのか。

 次からそうしよう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 食器を洗い終えてキッチンからダイニングに戻るとミレルが考え事をしながら待っていた。


 きっとあれだ、僕をどうやって殺すかを考えているに違いない。間違いない。

 というのは被害妄想なのだろうか……否定しきれないのが怖いよ!


「ミレル? 準備できた?」


 そう言うとミレルは不思議そうな顔をして頷いた。


「ええ」


 別に準備することは何もないらしい。

 気を利かせたつもりだけど、見当違いだったみたい……女の子と付き合ったこともない僕には難しいな。


 問題ないようなので出掛けることにした。


 外に出て生け垣を潜ると砂利道があり、その先には川が流れている。


 川沿いの家なのか。

 これなら水を汲んでくるのもそれほど大変じゃ無さそう。

 日本ではそれなりに太い川に見えるけど、こっちではどうなんだろう?


 川の対岸には、馬車でも通れそうな大きな道がある。


 他の道に比べて広いから、あれが街道っぽいな。

 建物は街道沿いの方が多いのかな?


 周りには、赤い屋根が特徴の木造の建物が並んでいるのが見える。


 やっぱり山間の村だけあって、建物の並びも広々とはいかないか。

 日本ほど狭くはないけど。


 建物の形だったり、生えている樹木だったり、目に付く様々なものが自分の知ってる日本とは違う。


 遠い外国に来た気分だ。


 風景がたまたま日本と同じような雰囲気だったとしても、転生した以上、それでも日本とは違うんだから、むしろこれだけ違っててくれた方が異世界に来た実感が持てて良かったのかも知れない。


「ボグダン、どうかした?」


 ミレルが不思議そうにこちらを見ている。


  ボグダン? ああ、僕の名前か……

 出掛けたいと言ったのは僕なのに、扉の前から動かないから不思議に思ったのだろう。

 こんな感覚は村からほとんど出ないミレルには無いのだろうか?


「ミレルはこの村が好きかな?」


 予想に反して、僕の口からはそんな言葉がこぼれ落ちてしまった。

 もちろんミレルは眉を寄せて、質問の意図が理解できないという表情をしている。


「いや、ごめん、今の質問は忘れて……」


 僕は何となく恥ずかしくなって、無かったことにしようとした。

 謝る僕に対して戸惑うような表情を見せるミレル。


「ええ……好きよ……」


 それでもミレルは答えてくれた。

 少し歯切れ悪く、思うところがあるようだけど。

 律儀に答えてくれるということは、根はマジメな子なんだろう。

 マジメだからこそ『こいつ』が許せなかったりするのかな?


「ありがとう。じゃあ、行こうか? まずはどこから連れて行ってくれるのかな?」


 ミレルは一瞬不思議そうな表情を浮かべてから、また硬い表情に戻す。


「そうね、親すら思い出せないのならまずは村長の家から行きましょう。村長のダニエルさんとその奥さんのグレタさん。あなたの両親よ。あなたの嫁として一緒に住むって挨拶しておかないといけないし、丁度良いわ」


 おぉぅ……嫁さんと一緒に両親に挨拶とはいきなりハードルが高い……知らない人だから相手のご両親に挨拶に行くようなもんじゃないかな。

 というか、やっぱり「僕の嫁」と言うところで苦々しい表情が少し出てるんだけどミレルさん?

 演技しきれていないところを見ると、本当は素直な子なんじゃないかとは思えるんだけど……


 僕の逡巡を余所に、ミレルはこちらに背を向けて歩き出してしまう。


 動きに遅れて揺れる三つ編みに、動作のキレが出ていて格好いいですよ?


 そんなどうでも良いことを思ってないで、着いて行かないと置いて行かれてしまう。


 道は少しデコボコはしているが踏み固められて歩きやすい。

 でも土のままなので、雨が降ったら雨水と言うより泥水溜まりが出来そうだ。


 今日が晴れで良かった。

 このサンダルではすぐに足が泥だらけになってしまう。

 アスファルトが恋しくなりそう。


 街道へと出る為の大きな橋の上でミレルが一旦立ち止まる。

 ミレルは振り返ることなく、左前方の山を少し登ったところを指差す。


「少し高いところにあるあの大きな家が村長の家よ」


 確かに他の家より大きい。

 少し見回してみると右側にも大きな建物──お城のような立派な建物が見える。


「あっちのお城ではないの?」


 確かに村長が住んでるって感じではないけど、小さな村でも一応領主になるなら、立派な家に住んでいても不思議はない。


「あれはプラホヴァ領主様が避暑に使われるお屋敷よ。毎年後一月もしたら涼みに来られるわ」


 なるほど、村長より偉い人が住むから村長より立派なのか。

 それだけ言ってミレルは歩き出してしまった。

 親に挨拶とか気が進まないけど、折角案内してくれるんだし、遅れないようにしっかり着いていかないとね。

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