第4話 悪夢が続くのは嫁に嫌われているからで

 僕はすぐに朝食を食べて、昼過ぎまでずっとミレルからこの世界のことを聞いていた。


 と言っても、ミレルはこの村──レムス王国のシエナ村で生まれ育って、ほとんど外に出ていないから世界のことと言えるほどのことは知らないみたいだった。


 とりあえず、シエナ村は想像していたとおりに山間の村だった。

 周りの山々はアルパリト山脈と呼ばれていて、南西から北東に向けて走っているとか。


 僕は頭の中に左下から右上に線を引き、線に沿って「アルパリト山脈」と書いて、その線の中心付近に「シエナ村」と書いた。


 この村はプラホヴァ領の外れ、領の北西の端にあるらしい。


 地理は苦手だったから正直覚えられる気がしない……けど、常識は覚えておかないと。


 頭の中の地図に、シエナ村が左上の端になるように円を描いて、その中に「プラホヴァ領」と書き足した。


 この村は、山脈の南東側に拡がるジャブロード平原と、山脈の北西に拡がるヴァルニア盆地を真っ直ぐ結ぶ街道沿いにあるみたいだ。


 僕は更に地図に書き加える。

 プラホヴァ領を含む大きな「ジャブロード平原」の円を山脈の右下に、その円に接した「ヴァルニア盆地」の円を山脈の左上に描いた。

 その円2つを結ぶ線を左上から右下に引き、街道と記した。

 この地図の名前はレムス王国国内地図かな。


 2つの地域は活発な交流があまりなくて、街道の人通りも少なく、商売による収入は少ないようだ。

 村の産業は農業と畜産業がメインで、ミレルの家族で作っているカボチャは『美味しいけど死ぬほど硬いカボチャ』とプラホヴァ領でも有名らしい。


 ええ、本当に死にますとも!


 それは良いとして、山間の村で面積もそれほど無く大規模な農場は作れないので、税金と村で消費する分を除けば、領都プラホヴァに売りに行くようなものはほとんど残らないらしい。


 そんな中、気になる情報が。

 農業以外に民芸品としてランプを作ってるらしく、これに魔法が使われているとか。

 僕はファンタジーな転生という体験をしたんだから、やっぱり望むべきはファンタジーな要素──つまり魔法でしょう?

 日本では転生には魔法が付きものだと思ってるぐらいに、巷には転生して魔法の才能に目覚める物語──主に漫画やライトノベルだけど──が溢れていたし、僕もそれらに慣れ親しんできた。

 そのランプは魔法の道具による製作がされているらしい。

 村でその魔法の道具を使える人が一人だけいて、その人と手伝い数人で作っているとか。

 今座って話をしているダイニングテーブルの上に置かれているランプも、その人の作品らしい。


 これは是非とも行って見てみたい。


 あとは、魔法が存在するからか、機械文明はそれほど進んではいないということが分かった。

 水の力を利用する水車ぐらいはあるようだけど、蒸気機関はなさそう。

 ここに比べれば機械文明の進みまくった日本から来た僕では生活が大変そうだ……


 そして一番大事な『こいつ』──つまり僕のこと。

 名前はボグダンで、村長の息子らしい。

 つまり村の一番偉い人の子供で、実質的に次の村長候補だとか。

 影響力は大きく半端な行動は村を混乱させるから、村長の息子らしい行動を取らないとダメだと力強く説明された。

 というか、懇願されてる感じがするのは気のせいかな……?

 なんかいきなり生活のハードルが高くなった気がする?

 『こいつ』も村長の息子に相応しく非常に働き者でいつも村のことを考えて行動していたらしい。

 村が良くなるようにと、色んな人の手助けをしていたとか。


 なんかおかしくない?


 ミレルから聞いた『こいつ』の特徴は、僕が最初に抱いた印象と随分違った。

 もっと犯罪すれすれ──むしろ日本では犯罪になることを犯している人間だと思っていたけど、案外真面目で良いやつなのかも知れない。

 罪悪感で悪いことのほとんど出来ない僕には、マジメな村長の息子の方がやりやすいことは間違いないね。

 少し安心した……けど何か引っかかる。

 それをはっきりさせるにはもう少し情報が必要そうだ。


 ついでにファンタジー要素として重要なエルフなどの異種族について聞いてみたい。


「エルフなら、原初ヴラシエイの森に住んでるらしいわ。わたしは会ったことはないけど」


 それ以外の種族はよく知らないらしいけど、エルフが居るなら他もいるかも知れない。

 異世界感があって僕はウレシイ。


 ミレルから色んな説明を聞いて、僕のミレルに対する印象も変わった。

 ここまで休憩も挟まずに教えてくれたミレルにはホント感謝しかない。

 昨日のアレは怖かったけど、こうやって話してみると優しく丁寧に教えてくれるし、怪我の痛々しい印象がなければかなり可愛いと思うんだよね。

 こんな女の子と夫婦だなんて良いのかな?


 僕は少し舞い上がっていたと思う。


「色々話して喉も渇いたしお腹も減ったから、わたしが何か作るから一緒に食べましょう?」


 お、女の子の手料理ですか……?

 いや、嫁さんの手料理と言うことになるんだけど。

 いきなり嫁さんの手料理が頂けるとは!

 これがいわゆる転生特典と言うやつでは!?

 可愛い女の子と次々に仲良くなって、勝手にハーレムになるのが異世界転生の醍醐味だよね?

 異論は認めるけど。

 でも、僕は何を望んだんだったかな?


「デボラさんのパンもあるみたいだし、サンドイッチぐらいなら出来そうね。カボチャと香草を持ってきたから、パンプキンサンドで良いかな?」


 可愛く首を傾げて問いかけてくるミレル。

 作っていただけるなら異論は全く御座いません。

 ゴクリと喉を鳴らしながら僕は頷いた。


 ミレルは早速キッチンに向かって行って料理に取りかかった。

 まあ水は使うだろうから、と思って僕は外の瓶に水を汲みに来た。

 ついでに軽く家の周りを見てみても、デボラおばさんは見つからなかった。


 聞き耳立てる系の噂好きではないのか……


 デボラさんがいないことに安心して、僕は水を持ってキッチンに戻った。


「えっ! あなたが水を汲んできてくれるなんて……」


 水を持ってきただけで驚かれた……やっぱり何か違和感がある。

 『こいつ』は家庭のことは何もしなかったけど、村のことを頑張っていたのかな?


「ありがとう、後はわたしがやるからあなたはゆっくりしていて」


 現代日本の感覚で嫁さんを手伝ってしまったけど、もしかしたらこの世界では家事は女性がやるものなのかも知れない。

 僕はそれが良いとは思わないけど、それも仕方がないかな。

 異世界に来たわけだし。

 まだ実感は無いけど、これからずっと一緒に住むのであれば、少しずつ慣らしていけば良いと思うし、二人が良いと思う方向に変えていけば良いと思う。


 ダイニングテーブルでミレルから得た知識の整理をしながら待っていると、ミレルが2つの木皿に盛ったサンドイッチを持ってきた。

 それぞれ分けて盛り付けてあるみたい。

 ミレルはちょっと緊張しているのか表情が硬い。


 僕に初めて手料理を振る舞うから、緊張してるのかな?

 そうなると、黙ってると不安になるかな?


「良いにおいだね、美味しそう」


「そう、気に入ったなら良かったわ。うちのカボチャを使ってるから美味しいわよ?」


 そういえば玄関付近に置いてあったカボチャが無くなってる。

 美味しいと評判らしいしこれは気になる。


 ミレルが木製のコップに入れてくれた水を一口飲んでから、僕はサンドイッチに手を伸ばす。


 ミレルがやたらと僕を凝視してくるけど、手料理の感想が気になるのかな?

 感想を期待されてるなら、早く、でもしっかり味わって食べないとね。


 そう思いながら僕はサンドイッチにかぶり付いた。


 軽く焼かれたパンの香ばしさと濃厚なカボチャの甘味、そして後からやってくる香草の刺激。

 舌がピリピリと焼けるような刺激に驚きながらも、一口目を飲み込む。

 胃の中が一瞬で熱くなる。


 不思議な味だ。

 言うだけあってカボチャは確かに美味しい。

 味付けのバランスが日本の感覚とは違うみたいだけど、それは慣れるしかないかな?

 日本は塩味が強すぎると言われるぐらいだから、特にこんな異世界で塩っぽさは期待するのは間違いだろうし、交易があまり無いのであれば調味料も少ないのだろう。

 とにかく素材が美味しいのだから、調理さえ間違えなければ味付けは薄くてもなんとかなる感じがする。


「うん、このカボチャ美味しいね。有名だと言うのも頷けるよ。このピリリとした香草もカボチャの甘味を引き立ててると思う。ありがとう」


 僕がサンドイッチの感想をミレルに伝える。

 ミレルははにかんだようななんとも言えない笑顔を浮かべている。


「え、えぇ……味も気に入ってもらえたなら嬉しいわ……」


 歯切れの悪いミレルの答え。


 褒める点を間違えたかな?


 不思議に思って少し首を傾げながら、ミレルの表情を観察すると、少し頬がヒクついている。

 ついでにこめかみを流れる汗。


 これは冷や汗ってやつだよね?

 なぜ?

 初めての手料理を食べてもらった緊張から来るものかな?


「ミレルも食べる?」


 僕の皿に載ったサンドイッチをミレルに差し出すと、ミレルは慌てて首を振る。


「自分のがあるから大丈夫よ!」


 なぜか必死な雰囲気が伝わってくる。


 なぜそれほどに否定する?


 とは思いながらも、手に持っていた2切れ目を僕は口に運ぶ。


 うぉぅ……さっきより香草が多い!

 明らかに分量が違う。

 これはたとえこの香草が好きでも入れ過ぎなんじゃ……?


 ビリビリと舌に、そして喉に伝わってくる刺激。


 ミレルは激辛料理が好きなのかな?


 この唐辛子とかマスタードとは違う、もっと直接的に口の中や胃を焼いて荒らしていくような感覚は独特で、ハマる人はハマりそう……


 ……直接的に焼く?


 ふと僕の直感が囁いた。


 それ毒じゃね?


《管理者設定により自動でプリセット析術『痛覚軽減ペインアブソーブ』レベル4およびプリセット析術『治療ヒーリング』レベル10およびプリセット析術『毒物中和デトクサフィ』レベル10を発動します》


 あ、はい、毒物なんですね。


 それならミレルが食べることを慌てて拒否した理由も分かるし、もっと言えばわざわざ2つに盛り分けた理由も分かる。


 昨日ミレルは僕をあれだけ執拗に殺そうとした。

 それは一日で消えるほどのものなのか?

 そもそも『こいつ』はミレルに何をした?

 それほど恨まれる事とは?


 ……さっき僕はミレルの傷を見て思ったじゃ無いか?

 こういう暴行を女性が受けている場合はまず間違いなく強制性交等罪──いわゆる強姦を受けていると。

 そしてミレルの身体には新旧の傷が入り混じっていて、『こいつ』との間に子供がいるとミレルは言った……

 やっぱり『こいつ』は犯罪を犯してる人間じゃないか!?


 じゃあ、なぜミレルが一緒に住んでもいないのに『こいつ』の嫁と言ったのか?

 恨みのある『こいつ』と夫婦なんてイヤだろうに……何か目的があったからだろう。

 デボラおばさんを遠ざけて確実に殺せるようにするためかな?

 結婚しているなんて嘘だけどそんな重要情報を噂好きなデボラおばさんが聞いたら、話さずにいられないだろう。

 その為には誰か話す相手を探すわけで、ここから居なくなる。

 更に二人で暮らすとなると明日からも二人きりになる。

 ミレルは昨夜の経験から僕が中々死なないと思ってるだろうから、何度も命を狙えるように、もっと確実に殺せるように2人きりでいる時間を増やすため。


 どこからどこまでが嘘か本当かもう全く分からないけど──

 つまり、僕の感覚だけで整理をすると、DT彼女いない歴=年齢の僕が、暴行強姦の恨みで殺意マックスかつ妊娠済みの嫁さんをゲットしたと。

 これからその嫁さんと2人きりで、死なない僕が虐殺され続けるハッピーな生活を送ることになると?


 それは末永くお幸せに!


 じゃないよ! どうしてこうなった!?

 確か転生にある程度望みは叶えられると言われたはずなんだけど……僕がこんなにもドMだったと言うのか?

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