第2話 この身体の元の持ち主はまともな性格ではないようで
僕は現実逃避の眠りから目を覚ました。
本当に寝れるとは思っていなかったけど、さすがにほぼ死亡状態から回復させるのに体力を使ったりするのだろう。
お腹もすいてるし……
女神様の説明からすると、たぶん食べなくても生きていられるんだろうけど、お腹がすいてる状態でいるのはイヤだ。
なんとなく心が貧しくなるからね。
僕は、見知らぬ天井を眺めるのをやめて、身体を起こした。
まずは身体のチェック。
身体の隅々まで、目で見て手で触って異常が無いかを確かめる。
うん、異常なし。血すら付いてない。
つまり、傷を治すために、体内から出て行ったものを回収したと。
固まった血液をそのまま返したら血管が詰まってしまうだろうに……日本の医学では考えられない、魔法のような方法だ。
いや、実際脳内に響いたメッセージの感じからすると、魔法なんじゃないかな……?
神様がいるのだから、きっと魔法ぐらいあるんだろう。
昨日と同じく、考えても仕方がないことは考えないことにして、まずは情報を得るためにもご飯を食べれるところを探そう。
外に出ればご飯を食べるところぐらいはあるだろう。
お金は……この人も生活してたのだから探せばあるだろう。
希望的な推測ばかりだけど、悲観的になって何も出来なくなってしまっては、転生させてもらった意味が無いし。
僕はとりあえず、軽く部屋の中を見回した。
部屋の高いところに付いている明かり取りから、光が差し込んでいて室内は明るい。昨日は暗くて良く見えなかったけど、この部屋には、ベッドと小さな机と椅子ぐらいしかない。
食べ物はないね。
ここは寝室かな?
とりあえず他の部屋に行こう。
部屋を出ると、少し離れたところに食事が出来そうな机や椅子のセットと、ラグが敷かれてソファの置かれた寛げる場所が並んでいた。リビングとダイニングという感じだ。
リビングにはソファが置かれているけどテレビもなく、ダイニングの天井にシーリングライトも付いてない。
代わりにダイニングテーブルの上にはランプらしきものが置かれていた。
どうやら現代日本とは文明レベルが違いそうだ。
そして、奥に見える玄関の構造からして、室内でも靴を履いたままの文化っぽい。
自分の足下を見る。
もちろん裸足だ。
寝室へ引き返すと、ベッドの脇に蔓を編んだツッカケが置いてあった。
靴を履くべきところで履いてないのって、裸でいるみたいで何となく恥ずかしい……とりあえずツッカケを引っかけてから、またリビングへ戻った。
「あら? 坊ちゃん、起きていらしたのですか? 今日は珍しく早いですね」
リビングに戻ってきたところで、声を掛けられた。
って言うか、誰か居たの?
キッチンの方から、お婆さんと呼ぶかどうか悩む年齢の女性が現れた。
短く切った金髪に緑色の瞳で、間違いなく欧米人って感じがする。
ふくよかな体型からか、人付き合いの良さそうな雰囲気が伝わってくる。
もちろん僕の知らない女性だけど……
でも、坊ちゃんって呼ばれた?
女性は前掛けで手を拭きながらこちらを見ている。
つまり、家政婦さん?
「あらあら、寝ぼけてらっしゃるのですか? 家政婦のデボラですよ。デボラおばさん」
おお、名乗ってくれた。お優しいことです。
戸惑っている僕を見て名乗ってくれたのだから、思った通り悪い人ではないのだろう。
これはまともにコンタクトできる第一村人発見かな?
そんなことを考えていると、デボラおばさんが首を傾げて、不思議そうにこちらを見ていた。
返事してないからか?
この感じからすると、きっといつも来てくれてる人なんだよね……そうなると、なるべく気さくな感じで、さわやかな笑顔で、かな?
僕にとっては知らない人だけど、この身体の元持ち主からすると、よく知った人だろうし。
決めたら実行。
僕は営業スマイルを浮かべた上で軽く片手を上げて、でも丁寧さを損なわないような挨拶を返してみた。
「おはようございます」
「っ!?」
デボラおばさんが目を見開いてめっちゃ驚いてるぅ!!
違うのか?
僕はそういうキャラじゃないのか?
「坊ちゃんが挨拶を! しかも坊ちゃんと言っても怒らないなんて! これは初夏なのに雪でも降るんじゃないですかね……」
うぉぅ……この身体の元持ち主は挨拶すら返さなかったのか……こいつは……『こいつ』と呼ぼう。
『こいつ』は最低な部類だな……あれか? 挨拶されたら舌打ちする系か? 不良なのか? いや同い年にしか転生できないと言われたからこいつも27歳のはず。不良と言って良い年齢ではないよね、もうチンピラだよね? タバコとか吸わないよね? 僕は喫煙できないよ?
一瞬で色々なことが頭を過ぎる。
こいつはヤバい。元の持ち主としてやっていくのがヤバい。
『こいつ』の記憶がある振りは、僕には出来そうにないぞ……
「それはそうと、今朝来たときに鍵が開いてましたよ? 昨晩誰かいらしてたのですか?」
僕が『こいつ』の評価に震えている内に、話が進んでしまった。
デボラおばさんは、質問してきた答えがよほど気になると見える。
その証拠にデボラおばさんが中々にいやらしい笑顔をしている。
本人が気付いているのかいないのか、相当の噂好きだと思われる。
しかも痴情が好きっぽい。
明らかに女の子が来て、ナニかあったと想像している感じがする。
『こいつ』はそういう男なのか? 夜中に取っかえ引っかえ遊んでるようなやつなのか?
って言っても昨日の夜に来たのはあれだよね? あれはきっとカボチャ妖怪だよね? あの有名な、カボチャ嫌いで食べ残すやつをカボチャで殴り殺すという……全く聞いたことないけどねー
あまりの衝撃に現実逃避をするところだった。早く回答しないと。
「いいえ、昨日は何も無かったですよ。朝までぐっすりでした。だからこんなに早く起きたんだと思います」
つい年上だからデスマス調で喋ってしまう。今までの情報だけで『こいつ』がデスマス調で喋るキャラじゃないことはもろ分かりなのに! しかもやっぱり営業スマイルを浮かべてしまう!
「どうしたんですか坊ちゃん!? 頭でも打ったんですか?」
ああやっぱり衝撃を受けていらっしゃる!
頭? 頭は打ちました、はい、しこたま打たれました。
と言うわけにもいかないよねー
とりあえず話を逸らそう。
「気にしないで下さい……それよりお腹が減りました」
ダイニングテーブルの方へと歩きながら僕はそう答える。
朝から家政婦さんが来てるんだから、朝食の用意をしてくれるんだよね?
日本では親が医者だったからそれなりにお金はあったけど、流石に家政婦を雇ってるほどではなかったからただの予想でしかないけど。
訝しげな表情のまま、デボラおばさんは首を傾げながらも縦に振った。
器用ですね。
「はいはい、そうですね、朝食の準備をしないとダメでしたね。では先に裏で顔を洗ってきて下さいな」
デボラおばさんがそう言いながら、キッチンの奥の扉へと視線を向ける。
勝手口だよね?
水道は……無さそうだから、裏に井戸でもあるのかな?
「分かりました」
返事をすると、またデボラおばさんが不思議そうな顔をしていらっしゃいますよ!
どんだけ普通の会話が出来ない人間だったんだ『こいつ』は……チンピラではなくコミュ障なのか! 重度の引きこもりだったのか!? だから家政婦さんが来て世話をしてもらっていたのか!?
謎だらけだ……外に出て一旦落ち着こう。
勝手口から外に出るとすぐ脇に手桶と水のたっぷり貯まった瓶が置いてあった。
あー 井戸じゃないのかー
井戸から汲んでくるのか、この瓶を井戸まで持っていくのかどっちかかな?
にしても水道がないってだけで大変だな……
……イヤ待てよ、この水はいつの水だ?
これからデボラおばさんは食事を作るんだよね?
デボラおばさんを初めて見たとき、手を拭いていたよね?
と言うことは、デボラおばさんが朝から用意してくれてたってこと?
恵まれてるなー『こいつ』!
そのくせまともに会話しないのかよ!
『こいつ』の評価がどんどん落ちていく。
そろそろ地に着きそうだ。
残念さに溜息をつきながら、手桶に水を汲んで手を浸けてみる。
結構冷たい。
デボラおばさんは初夏だと言ってたけど、気温も日本ほど高くない。
僕はそこでようやく周りを見回した。
あまりにも『こいつ』の性格が衝撃的過ぎて、周りを見る余裕を失っていた。
建物の裏手なのでほとんど垣根に遮られているけど、近くには木々が青々と生い茂る森が、遠くには雪を冠した標高の高そうな山々が見える。
キレイな景色だな。スイス辺りでアルプス山脈を眺めている気分になる。見たことないけど。
心地良い気温と朝の澄んだ空気、時折吹く爽やかな風が、知らないながらも確かに初夏を感じさせる。
湿度が低くて日本より過ごしやすそうだ。
周りの景色からすると山間の村といった感じかな?
少なくとも電気は無さそうだし、キッチンの感じからガスも無さそうだった。
キッチンは土間と言った方がしっくりくる感じだった。
アフリカの奥地でも携帯電話とか使われていた地球には、もう無さそうなぐらいの田舎だ。
どうやら僕は本当に異世界に来たようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます