異世界美容整形医
ハツセノアキラ
こうして僕は異世界美容整形医になった
第1話 悪夢の理由は殺されても死なないからで
最悪だ……
目を覚まして、最初に感じたのは痛みだった。
頭が痛い!
割れるように痛い!
気を失いそうなほど痛い!
転生から目を覚ました瞬間にそれは無いだろう!?
《管理者設定により自動でプリセット析術『
何かメッセージが聞こえた気がしたけど、痛みでそれどころではない。ただ少し痛みがマシになった気がする……?
ちょっと考える余裕が出てきた。
何が起こっているんだろう?
頭が痛いと人は咄嗟に頭に手を当てると思う。少なくとも僕はそうだ。
いつの間にか僕は痛みを訴えてくる頭に手を当てていた。
手にドロリとした感触を感じて、手に付いた気がした。
目の前に手を持ってきて、キツく閉じていた目を開けてみる。
赤い。
実家で良く見た色。
血の色だ。
頭から血が出てる!
さすがに驚いた。
確かに転生先の人間は死んでいると聞いたけど、精神の死だと聞いていたから、身体に傷はないと思っていた。
そう勝手に思い込んでいた。
確かめずに勝手に思い込むのは僕の悪いクセだ。
それで仕事が上手くいかずに死んだのだから。
でも今はそれもどうでも良い。
それよりも深刻っぽいこの状況の方が問題だ。
怪我はすぐに治ると言われたけど、ここが安全じゃ無い可能性がある。
僕は身体を起こして周りを見渡した。
どうやら僕はベッドに寝ていたらしい。
灯りがほとんど無い薄暗い室内を見回すと、すぐに近くに誰かが立っていることに気付いた。
《管理者設定により自動でプリセット閃術『
また、わけの分からないメッセージが脳内に響いて、少しだけ視界が明るくなった。
良く分からないことより、まず相手の把握が先だ。
ベッドから手を伸ばせば届く距離に、女性が立っている。
暗いからか輪郭が少しぼやけているようなところがあるが、大体特徴は分かる。
その特徴に僕は驚きながらも現実を認識した。
薄い茶色の髪に彫りの深い顔立ち、それに白っぽい肌。服装は上下共に簡素な麻っぽい服を着ている。
恐らく日本人ではない。
日本というほとんど日本人にしか会わない場所で生きていたから、女性が日本人ではないということしか分からない。
元の身体の持ち主が、たまたま日本人らしくない容姿の人と面識があるだけなのかも知れないけど、それは無いだろうと確信めいた思いが浮かんでくる。
それも現代ですらない、もしかしたら地球ですらない可能性が。
ベッドの周りを見れば、どこか趣のある山小屋のように見える。ログハウスの中のような印象だ。
ただ自分のよく知ったものが色々と足りないけれど。
そう、家電製品の類が一切見受けられない。
枕元には必ずありそうな時計とか。
置いてないだけか、それとも存在しないのか。
ボンヤリしていた頭が徐々にハッキリとしてきて、更に痛みも引いてきている。
頭から血が流れていたというのに、日本の現代医療をバカにしてるぐらい驚くべき回復速度だと思う。
死なないってホントなんだ……
もう一度女性を見る。
僕が声をかけなければこのまま立ったままで固まっていそうだ。
女性は酷く驚いた顔をしていて、僕をずっと見つめている。
両手で大きな
カボチャ?
持ってる雰囲気からすると結構重そうだけど……
そんなことを考えていると女性が口を開いた。
「あなた……生きているの?」
女性が震えた声で囁く。
彼女の言葉の意味が理解できる。
良かった言葉が通じる。
でも、僕には女性がまるで何かに怯えているように見えた。
だから僕は、安心させるように女性に向けて一度頷いた。
「うん、大丈夫だと思う。痛みも引いてきたし」
素直に自分の状態を説明した。
女性は軽く首を左右に振り──
「なんで……」
そう言って俯いてしまった。
コレは困った。結局今がどういう状況なのかが分からない。
このまま女性に声をかけて良いのか悪いのか……でも、声をかけないと始まらないか。
「えぇっと、ここはどこであなたは誰でしょうか? 可能であれば僕のことも教えてもらえるとありがたいです」
僕がそう告げると、女性は顔を上げてから、眉根を寄せて訝しげな視線をこちらへ向けた。
そりゃそうだろう。
いきなりこんなこと言われたら、僕だって同じような表情をすると思う。
でも、残念ながら事実なのだ。
僕にはここでの記憶は無く、こんな女性の知り合いがいたという記憶は無い。
僕がここの人間じゃないから。
僕は転生者だ。
僕の記憶の中では、さっきまで転生神と呼ばれるらしい女神様と話をしていたし、それより前の記憶は日本で生活していた。
こんな場所に旅行に来ていたという記憶も無い。
女神様から、僕は日本で死んだと説明を受けたし、その上で転生のチャンスがあるから転生するかどうかを聞かれたのだ。
そして僕は転生を希望した。
人生に未練と言うほどのものはないけれど、まだ27歳だし、日本においてこの年齢で死ぬのは早過ぎると思ったから。
だから、僕がなぜ頭から血を流してベッドに寝ていたのかも、この女性は何者なのかも分からない。
でも、転生してここでの命をもらったのだから、ここで生きていくためには色々と知らなければならない。
まず現状を把握するために、この女性から情報を得なければならない。
ならないのだけど──
「ふざけないで! そんなことで許されると思うの!?」
めっちゃ怒られた!
それだけでなく、女性の表情が見る見る恐ろしいものに変わっていく。
まるで般若のようだ。
それと共に膨れ上がっていく刺すような気配。
殺気というやつだ、これは。
格闘技などやってこなかったけど、素人でもそれと分かるぐらいに目に力がこもっている。
恨み辛みが込められた剣呑な視線だ。
視線で人が殺せそうだ。
ああ、だから、この身体の持ち主は精神を手放したのか。
きっと1回目はもっと怖かったのだろう。
2回目だからか少し弱まっているのだと思う。
なんせ1度目は相手を本当に殺しているのだから。
だからと言って、殺意が向いているのは間違いなく、そして僕は生きているということは……
「生きているなら何度でも殺すまでよ……」
低い……低い声で囁かれた言葉は、行動をもって形を成した。
女性は持っていたカボチャを振り上げ──
僕に向けて勢い良く振り下ろしてきた!!!!
躊躇いなく、迷うことなく、頭に。
ゴンッ!!
という音と共に僕はベッドに叩きつけられた。
最初は痛みが無かった。
衝撃の方が大きかった。
そして、首筋に痛みが走った。
それから徐々に頭が痛みを訴えてきた。
最初に頭が割れるような痛みと思ったのは間違いではなかったようだ。
実際に頭がかち割られていたのだろう。
今と同じように。
どんだけ硬いカボチャだよ……
《管理者設定により自動でプリセット析術『
またメッセージが頭の中に流れた。
と思ったらもう一回殴られた!
視界が暗くなり意識が飛びそうになる。
彼女はマジで僕を殺す気だ。
どんな恨みを『こいつ』は──この身体の元の持ち主は買ったんだ。
当たり前だけど僕には覚えがない。
だからといって許してもらえるわけ無い。
さっきの女性の言葉とこの行動がそれを物語っている。
これは間違いなく悪夢だ。
(転生先の状態がどんなものかは分からない)
確かに女神様にはそう言われた。
肉体の死より先に精神を手放したのだから、人によっては堪えられない環境であることも説明された。
これは確かに恐怖だろう。
それも恨みを買った本人ならなおさら。
気配だけでも怖く、表情を見ればなお怖く、そしてその行動を見れば死を確信する。
カボチャで殴り殺そうとしてくるなんて猟奇的な状況。
しかもそのカボチャが本気で死ぬほど硬い。
これ? ヤバくない?
転生したものの、すぐに死なない?
そう思える状況だけど、意識は途切れることなく、傷は出来た傍から回復していってる。
(転生してすぐは基本的に死なない)
女神様にそうも言われた。
だから多分死なない。
でも、死なないから余計に怖い!
女性は僕が死んでいないことが分かると、またカボチャで殴ってきた。
殺したいのだからそりゃそうだろう。
でも、何度やっても僕が死なないから、すぐに女性の息が上がってきて、カボチャで僕を殴るたびにその力は弱まっていった。
そりゃ、あれだけ重そうなカボチャを何度も全力で振り下ろしていれば疲れるよね。
それならこの悪夢も終わりが近そうだ。
無理やり止めても悪いし、それで良好な関係が築けなくなると困るし、とりあえず僕は死なないみたいだから疲れて諦めるのを待つしか無いかな……
この先良好な関係が築ける可能性は低い気がするけど。
「なんでよ……なんで死なないのよ……」
女性も諦めムードになってきた。
殴る力もかなり弱々しい。
「このっ!!」
最後の力を振り絞るように、女性はカボチャを高らかに掲げた。
そして、今までと同じく僕の頭に振り下ろしてきた。
でも、一つだけ今までと違ったことが起きた。
バキッという音と共にカボチャが割れた。
割れたところから赤黄色い中身がこぼれる。
パンプキンイエローというやつだ。
カボチャを模した武器ではなく、本物のカボチャなのか……
「あっ! お父さんの作ったカボチャが!」
割れてベッドや床に転がったカボチャを見て女性は驚いている。
きっと普通はこんなことしても割れないのだろう。
とりあえず悪夢は去った。
僕もこの超回復力のおかげで無事だ。
あとは現状を確認していくだけ……
「なんでよ! どうしてなのよっ!!」
女性は地団駄を踏むように、床を足で強く叩く。
納得できない。
ここまでして死なないのは納得できない。
そんな思いが容易に想像できる。
そりゃそうだろう。どう考えても普通は死んでる。
頭が割れて血が出てるんだ。
それも何カ所も。
死なない方がおかしい。
女性は僕を強く睨んだまま、その場に立ち尽くしてしまった。
素手でも殴ってきそうな形相だ。
これでは埒が開かない。
そう思って僕は頭を押さえながら、ベッドから降りようと足を動かした。
その瞬間──
「あっ……!」
女性は一目散に逃げていった。
扉を開けて部屋の外へと。
すぐにもう一度扉が開く音がした。
このログハウスから出て行ったのだろう。
えーっと……どうしよう?
話も出来ないまま逃げられてしまった。
どこか分からない場所で目が覚めて、良く分からない状況のまま殺されかけて、そして、やっぱり良く分からないまま自分の部屋で立ち尽くしている。
外に出るしかないよね?
誰かに聞くしかないよね?
とりあえず外に出るため扉を一つ抜け、もう一つの扉を開けて──
僕はすぐに閉めた。
だって真っ暗だし。
星明かりだけだし。
虫の声が聞こえる程度で人の気配もないし。
そりゃ人を殺しに来るのに真っ昼間は無いよね。
深夜も深夜、草木も眠る時間にするよね。
僕は溜め息を一つ吐いて、血の付いたベッドに戻った。
うん、悪夢ならとりあえず寝よう。
起きたら終わってるかも知れないし。
あの様子だと女性がもう一度来ることも、きっと無いだろうし。
そんな一抹の希望を持って僕は目を閉じた。
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