第43話 試練の塔 第二の攻略 ~その4(対セカンドチーム)

俺は、秀才や優秀と呼ばれることはあっても、それ以上ではない。

それをもう既に知ってしまった。


どれだけ努力しても、自分は本当の意味での大した人間にはなれない。

主役になれないことは知っている。だからこそ、みんなの役に立つような活躍を支えられる脇役になろうと思った。


俺、木村 友弘は魔法学園の6年生だ。

日本の魔導器使いが集まった警備科に所属している。

警備科と言えば聞こえがいいが、実態は魔術を使う者としての適性が低く、研究者としても、技師としても大成しない人材が行き着く先だ。必然的に、魔術障害を持つ人間も少なくない。

まともに杖も使えない人材が多く、『銃型杖ガンド』を基本にして、各々が適性のある魔導器を補助に使用している。いわば、魔導器使いの集団だ。


目をフードと仮面で隠した少女。

一見すれば神秘的な装いである、楠木ひよりが口を開いた。


「ちゃらちゃらーん。 木村隊長、三班が『ルーキー』を捕捉。 2年生の廿日陽介みたいなのだが!」


気の抜けるような口調だが、いちいち咎めはしない。

彼女は後輩ではあるが、優秀な『思念師サーガ』だ。その所持する魔導器も、思念師専用のもの。

仮面と杖によってその能力を拡張し、索敵などの補助を行い、さらに念話によって、隊員同士の会話が成立するように手助けしている。

警備科の中でも、特別な……数少ない魔術に適性を持つ人間だった。


「廿日陽介……第2級指定秘匿魔術『ハーメルン』の使い手。 今日から、攻略再開だったか」


 残り少ない2年生の日本人の参加者のなかでも、要注意人物だ。

元は彼も、魔術障害持ちで、警備科でも加入候補として名前が挙がっていた。それが今や秘匿魔術の保持者だ。どんな手段で攻撃してくるか予測もつかない。

 今日は、北村翔悟も攻略再開になっている。2年の吉田純希含め、今、落とせるなら落としておきたい相手だ。


 だが、俺たちセカンドチームで戦える相手なのか?

 セカンドチームは、ある程度の実力はあるものの、第一層を突破することが出来ない人員で構成されている。

 それも、一度に戦えるのは3人までだ。

試練の塔では、徒党を組む人間が一定数を超えると、怪物達を刺激する(これは先輩から聞いた話なので、実際に見たことがあるわけじゃないが)ため、力量の差があっても、これ以上を数で補うのは難しい。


「どうする、どうする? ……スライムの通路を避けているから、このままいくと、いずれにしても接触するようなのだが!」


 楠木が気の抜けた口調で、判断を促してくる。

 彼女は口を開くだけで、士気が落とすことが出来る天才だ。かえって、それが冷静にさせてくれているのも否定しないが。


「今回は、2班に5階を突破させるのが目的だ。 だが、奴が先に進もうとする以上、迷宮はいずれ2班と奴を引き合わせるだろう」


 試練の塔は、攻略する参加者に、その力量にあった試練を与える。そのなかで、参加者同士を引き合わせ、戦わせることもある。

 よりふさわしい者が、先に進む資格があるというように。


「ここで奴を落とすか、削る。 2班には出来るだけ万全な状態で、5階の試練を受けさせるべきだ」

「じゃ、3班には戦ってもらうってことか?」

「そうだ。 通路を使って射撃させろ、最悪足止めで構わない。 同じエリアで足を止めさせれば、そのうち怪物が群がってくる。 奴を怪物とぶつけ、3班が巻き込まれるその寸前で……」

「わかってる、わかってる。 3班には引き上げさせればいいのだな? それくらいは、ひよりには簡単だ!」


 楠木の言葉遣いに、佇んでいた男子生徒……志田がたしなめる。


「楠木! 木村先輩になんて口をきくんだ。 しかも、隊長なんだぞ!」

「えー、木村隊長は気にしなくていいと言ってくれたのなのだが!」

「そう言われても、気を付けるのが上下関係だろ」


 志田は我々よりも重装な防護服を纏い、頭部をヘルメットマスクで覆っている。表情は見えないが、声や身振りで感情が丸わかりだった。

 志田は護衛役を務めている。彼はまじめな性格で、いつも楠木をたしなめている。

 今も左手を覆う金属盾を邪魔そうにしながら、後輩としてあるべき態度を指摘し続けている。怒り心頭でも、銃型杖ガンドの銃口を、決して冗談でも楠木に向けようとしないあたり、きちんと指導を順守しているところが、彼らしいと言えるだろう。


 正直、楠木の言葉遣いは気にならないと言えばうそになるが、『思念師』に限らず、魔術はメンタル状態が大きく性能に影響する。のびのびと魔術が使えるなら、それにこしたことはない。

 才能のある人間に、下手に口出ししないほうがうまくいく。言葉遣いを許すくらいで、効率が上がるなら、多少は我慢してもいい。


「それより、志田、あまり根を詰める必要はないが周囲を警戒しておいてくれ。 俺達もあまり留まっていては、怪物に狙われる可能性がある。 楠木の索敵があるとはいえ、油断は出来ん」

「……わかりました。 まあ、木村先輩や、楠木がやられたら一大事ですからね」


 志田は盾と『中型杖バトン』を構えながら、警戒に戻る。

 彼の役目は、俺たちの盾になることだ。時間稼ぎさえしてもらえば、俺と楠木が何とかする。


 にしても、今日は面倒な状況だ。

 『炎の監視者ウォッチャー』のサークルから、参加者が来ているのはいつものことだが、この第一層には、珍しいことに『蒼き一角獣ラース』の名家の魔術師も来ている。本物の魔術師を相手どれる戦力がない以上、不確定要素は排除したい。

 異世界側の魔術師には、絶対に近寄れない以上、進むことが出来るルートも限定されている。


「ルーキーを補足、対象のダメージは不明。 警戒を続ける」


 三班から念話が届いた。

 廿日陽介と接敵したらしい。基本的に、奴は接近戦闘しかできないはずだ。射撃魔術で通路を塞げば、出来ることは限られる。


 廿日陽介の周囲に、怪物たちが集まってきているのも観測できている。

 時間さえ稼げば、奴は対峙することになるだろう。後ろから挟み撃ちにするなり、逃げてきたやつを倒してしまえば、それでいい。


「まずい! まずいよ、木村隊長!」


 楠木が動揺している。危機感よりも、物珍しさが先に立った。

 俺が指示するよりも早く、脳に直接、映像が送られる。


「ん……?」


 三班が目にしているのは、グールの群れだ。

 通路の奥から、肉体を改造し防御を固め、防護魔術によってシールドを展開しながらゆっくりと迫るのが見える。

 

なぜその通路の奥から現れた?

いや、そもそも……廿日陽介はどうした?

怪物どもが、どうして廿日陽介を素通りして来る!


 グールは赤い瞳をギラギラと輝かせ、威圧するように迫る。


 三班は、『銃型杖ガンド』による応戦を開始する。射撃魔術で、魔術の弾丸を射出。シールドで弾かれるため、貫通性能を高めて撃ち出すが、防御を固めたグールに対しては有効打にならない。

 班長は即座に、『爆炎の槍ブラストゴア』を撃ちだし撤退を指示。魔力の消耗が激しいが撃たない訳にはいかなかった。

熱と数千m速度の爆風、それに織り交ぜられた金属片は、確実にグールにダメージを与えることには成功するも、恐れを知らず、着実に接近する。


 群れの合間を縫うように、薄く平たく変形した個体が、駆け抜ける。機動力を高めたグールが、爪を伸ばし班員を追う。こちらが爆炎の槍ブラストゴアを起点に、撤退しようとしていたことがわかっていたかのような動きだ。



「む、無理だ! 逃げきれない!」


 班員たちは、左手の盾からシールドを展開。反発させる力をシールドに纏わせ、グールを跳ね飛ばしながら、『銃型杖ガンド』から射撃。さらに押しこまれそうになったところをブレードを出し銃剣で応戦。

 機動型グールは装甲が薄い。攻撃さえ当たれば有効打になるが、後を追うグールが戦いを許さない。すぐに押し倒されて、蹂躙される。

 一番若手の班員がまっさきに装備ごと首をかみ砕かれ、悲鳴を上げた。ダンジョンの入り口まで転移させられる。もう一人の班員が、複数のグールにしがみつかれたのを見て、班長は駆け出した。

 一人でも、この場を離脱するべきだと判断したのだ。


俺は、舌打ちする。

なるほど、ハーメルン。至極単純なネーミングだ。

第2級指定秘匿魔術ハーメルン。つまり、『ハーメルンの笛吹き男』という逸話を元にしている名称。ネズミを操った笛吹の逸話を再現するかのように、怪物たちを操り、戦力に変える。強力な魔術だ。

だが、種がわかれば、まだ何とか対応できる。


「逃げ出せると思ったのかい?」


 だが、通路の先には、グールと同じように眼光を赤く輝かせた少年が立つ。

 ――廿日陽介だ。

 小柄な身に、コート状の防護服を着ている。

その瞳を除けば、変哲のない子供だ。


「調子に乗るな、2年!」


 班長は、ためらわなかった。

 すかさず、『銃型杖ガンド』の引き金を引く。魔力による追尾弾を連射した。避けても、弾丸は対象を追う。狭い通路では避けられない。


 廿日陽介は、真っ黒に染まった刃を振りかざす。

すると魔術弾がかき消えた。撃ちだした弾丸が、ひとつ残らず、消失した。


「――は?」


理解不能だった。

班長は、この緊迫した状況において、思考を止めた。だが、それを誰が責められるだろう。

そんなことがあり得るはずはない。


「馬鹿な! そんなことはあり得ない!」


 何度も何度も、追尾弾を撃ちだす。

 そのたびに刀が振るわれた。変形する刃が、一振りで複数の魔術弾を切り払っているのだ。追尾弾をやめて、連射性能を高めた魔術弾をでたらめに撃ち始める。

 身体をわずかに逸らしながら、最低限の弾丸だけ刀で優しく凪いだ。


「惜しい、判断が早いね。 発想は悪くないと思う」


 廿日陽介は、採点する教師のように言った。


「追尾弾は、弾丸に設定する誘導能力によって軌道が変わる。 通常弾を射撃しつつ、追尾弾を織り交ぜ、かつその誘導能力に差を与えながら、射出出来ればさすがに当たると思うよ」


 それが簡単なことであるかのように、廿日陽介は言った。

 それが普段見ている光景であるかのように。この程度の芸当など、普段からしているかのように、そう言った。


「ああ、でも『銃型杖ガンド』だと難しいのか。 ごめんなさい、先輩。 今、私が無茶なことを言いましたね」


 気が付けば、班長の真後ろにはグールが殺到している。

それらが、じっと視線を班長の背中に集めているのだ。『思念師』の情報索敵能力が、より一層、彼の絶望的な状況をはっきりと映し出していた。


 班長の『銃型杖ガンド』を持つ手が震える。自爆を覚悟して、射出する魔術を『爆炎の槍ブラストゴア』に切り替える。やられるなら、少しでもダメージを与えよう。冷静な判断力というより、警備科のセカンドチーム班長としてのプライドだった。


「あ、無駄だからやめた方がいいですよ」


 左手をかざしながら、廿日陽介は近づく。

 魔力を電気のように変化させ、それを纏いながらゆっくりと歩む。金色に輝く小手が、その電光に照らされた。


「引き金を引くより、私の方が今は・・早い。 なるべく、痛くないようにしてあげたいけど。 それを使われるなら、手加減できないからね」


 あくまで善意である。そういうかのように、友好的な笑顔を見せた。穏やかな口調だった。

 それを聞いた途端、だった。

 班長の全身がより震え始める。止めようのないほどに。


「警備科を……」

「うん?」


 廿日陽介は、首を傾げ、耳を澄ます。

 何の脅威も感じていないかのような、その素振りこそが、3班班長 石田一誠のプライドを大いに刺激していた。

 

「なめるぁああああっ!」


 彼は引き金を引こうとした。

 そして、視界が光に包まれ、暗転。バチバチバチと何かを鳴らす音、誰かがジタバタと激しくもだえるような音。男子生徒の悲鳴。


「あーあ。 だから、やめろと言ったのに」


 視界は暗転している。

 音声以外の通信機能は、落とされた。


「あれ、誰か聞いてるね?」


 足音が近づいてくる。

 それが止まる。

耳元でつぶやくような声。


「……見つけた」


 完全に通信が途絶える。


 俺は隣にいる楠木を見た。

 彼女は、震えていた。さきほどまで飄々としていた彼女が。


「き、き、木村隊長? ど、ど、ど……」

「落ち着け、楠木。 これまでも、強い相手はいた。 それだけだろう」


 フードと仮面で目を覆われ、楠木の表情は見えない。だが、それでよかった。

 年下の女子に、面と向かって泣き言を吐かれたら、さすがに俺も困る。


「……木村先輩? どうしたんです?」


志田は、不審に思って声をかけてきた。彼は何も見ていない。

楠木は、俺だけにこの情報を見せていた。いい判断だ。


「いや、たいしたことじゃない。 思ったよりも、奴が強いというだけ……」

「違うんだよ! 違うんだよ、木村隊長!」


 楠木? 俺は、そのらしからぬ態度にいら立ちを覚えた。

 今までも魔術師は相手にしたことがある。怪物を操るくらい、たいしたことじゃない。もっと厄介な相手はいた。だが、奴は攻撃を避けるか、防ぐかしている。ちゃんと攻撃が当たれば倒せるし、怪物の群れに警戒すればいいだけなら、『思念師』の索敵があれば、遭遇せずに済む。


「それが違うんだよ! 木村隊長!! ひよりのこと、ぜんぶばれてるようのなのだが!」

「ばれてる?」

「ひよりの通信網が全部、見られている! 現在位置も見られてる! これは……ハッキングだ!」

「なに? ハッキング……?」


 理解できなかった。思念を使った通信をハッキングする?

 ばかな、相手に『思念師』がいない以上、そう簡単に傍受も探知もできないはずだ。

 奴は魔術障害持ち、思念による通信技術などないはず。専用の装備もなしにそんなことが出来るはずがない。


「2班、5班が怪物と戦闘中! 3班は、通路を封鎖され、徐々に包囲されつつあるんだよ! 1班にも怪物が近づいている! ところどころ、邪魔で見えない!」


 しかし、ことは起きている。

 こんな状況への対応策など知らん。だが、出来ることはやるべきか。


「各班長の判断で離脱。 3班、石田班長の念話通信を切断……いや、まずは3班全員を切断しろ」

「わ、わかったなのだよ!」

「それでだめなら、一時、ネットワークそのものをすべて落とせ。 再構築にどれくらいかかる?」

「それは……」

「木村先輩! 危ないです!」


 志田が、俺の前に立ちふさがる。

 盾を構えシールドを展開、耐え抜く。俺に見えたのは、わずかに見えた金属の反射。黒い人影は壁から、床へ跳ねる。俺は二丁の『銃型杖ガンド』を構え、引き金を引く。右で強力な貫通力を持つ弾丸、左で連射性能高めた弾丸をそれぞれ射出。

刀を二振り、最低限の弾丸を切り払いながら、瞬きする間に、あたりを煙が充満していく。


志田が『中型杖バトン』を構えなおし、じりじりと距離を詰めていく。真っ先に、盾になるつもりだった。


だが、それをすり抜けて、俺の目前に廿日陽介が現れる。

銃型杖ガンド』からブレードを出し、二刀の銃剣を交差させて攻撃を防ぐ。奴の刀身のほうが強度が高いのか、左右の銃剣に亀裂が入る。長くは打ち合えそうにない。


「む、今の一撃を防ぐか。 不意打ちできたと思ったのだが、思ったよりやる」


 そう呟くと、再度飛び出す。

志田がすかさず『中型杖バトン』から『雷撃鞭』による攻撃を撃ちだしていたが、タイミングを予測されていたようだ。


「我が声を聴け! そして、足掻いて見せろ!」


 廿日陽介は、やはり燃えるように煌めく眼光で、どう猛に笑みを浮かべていた。

 さきほどまでとは、まるで違う表情だ。


 その黄金の小手を翳す、突如出現したナイフが射出される。ただのけん制の攻撃か?

射出された速度と質量を即座に計算、対応可能と判断し、防護魔術を発動しシールドで防ぐ。わずかな逡巡、シールドに任せて攻撃に転じることを、俺の警戒心が邪魔をした。


だが、防ぎ弾いたナイフが、魔力による発光。即座に回避に転じる。

ナイフに刻まれたルーンを媒体に、巨大な槍の如き金属体へと変化。強大な質量を伴った攻撃が、シールドを貫通。よけきれず、右腕を削りとられる。

くっ、なんともやらしい動き方をする。無理に攻め入ってこないが、確実に戦闘能力を奪うような攻撃をしてくる。


 志田は中距離を『雷撃鞭』で補いながら、盾を使い、廿日陽介を抑えようとしていた。一度は攻撃を防いだ盾だ。その判断は間違っていないはずだった。


「ふむ、今日斬る中で一番硬いぞ。 お前の盾は」


 廿日陽介の刀から、無数の刃が顕現する。志田の盾が攻撃をしのぐが、それを防いだ途端に、ごっそりと志田の身体から力が抜けた。


「あ……あれ?」

 

盾に付けられた夥しい傷と共に、志田の魔力もまた大量にがれているようだった。廿日陽介の刃には厄介な仕掛けがあるらしかった。

 このままでは返す刃で、志田が斬られる。

 そうはさせまいと、俺は廿日陽介に切りかかる。奴は飛びのきながら、空中で足を止め、斬撃を放つ。


「『空旋くうせん』」


 片足で空中を数回転、同時に繰り出される変則的な軌道の斬撃。黒く染められた刃は、この迷宮の中では視認しづらい。


召喚いででよ! 鉄心てっしんっ!」


 日本政府によって開発された人造魔人『鉄心』。心なき機械仕掛けのゴーレムが、大盾を携えて現れる。廿日陽介の攻撃に割り込ませる形で、その流れを止めようとした。


「ほう?」


 わずかに、驚きで廿日陽介が目を見開いた気がした。

 だが、志田はそのまま、曲がりくねった斬撃で盾ごと両断、体を4等分にされる。天井、壁を沿うようにして、放たれた攻撃が、志田をバラバラにしたのだ。


「――馬鹿な!?」


 そのまま廿日陽介が上に浮かび上がっていく、いや、違う。俺が、地面に向かって崩れ落ちているのだ。攻撃に巻き込まれた俺の足が、跳ね飛ばされたのだ。

 『天の羽衣あまのはごろも』を起動。体を浮遊させて、戦闘姿勢を保つ。

鉄心を盾にしながら、二丁の『銃型杖ガンド』を構え、右で『爆炎の槍ブラストゴア』を撃ちだす。魔力の煙を爆風で吹き飛ばしてから、もう片方の『銃型杖ガンド』で誘導弾を射出。


「『飯綱狩りウィールズ・アウト』!」


銃身が焼け付く臭いと共に、誘導性能を持った光線群が一斉に放たれる。どう逃げても、弾幕で圧倒する。斬撃で防げるレベルを超えれば、防げないはずだ。

 不敵に笑う廿日陽介が、左手をかざす。


「亜人どもを代償とする、来い!」


 金色の小手が雷を帯びる。

 青い輝きと共に、グールが2匹出現。防護魔術を使用し、シールドを展開。魔術の弾丸を防ぎきれず、盾になったグール達がダメージを負う。

 ここで、倒し切らねば勝利はない!


「行けぇええっ! 鉄心っ!」


人造魔人『鉄心』が、両手で大盾を振るい追撃、2匹のグールを薙ぎ払った。

現れたのは、無防備な廿日陽介。奴は刀を、再び空中で刀を振りぬこうと構え、迫りくる。鉄心を素通りし、接近してくる。

俺は、二丁の『銃型杖ガンド』を構え、迎え撃つ。いや、突撃する。

距離を取らせれば、あの曲芸じみた斬撃が、天井や壁を伝って飛んでくるからだ。


 刃は交錯し、銃剣がへし折れる。『鉄心』が大盾を振り下ろすが、廿日陽介の速度には全く追いつけない。空中を足蹴に、この狭い迷宮内を高速移動する。一歩間違えれば、壁にたたきつけられ、ただでは済まないだろうに、まったくためらうことがない。


 煙を『爆炎の槍ブラストゴア』で払い、隙を作ったうえで『飯綱狩りウィールズ・アウト』を撃ち込めば、決め手になる。だが、『鉄心』を召喚した以上、魔力の残量も心もとない。

 廿日陽介は、地面にとらわれず、そう広くはないこの通路を、天井や壁を伝い、でたらめな体勢で斬撃を飛ばしてくる。頑強な『鉄心』も、その耐久性に限界が来つつあった。

 拮抗できるのは、このわずかな時間だけ。


「楠木! 仕留めろ!」


 だが、楠木からは返事がない。

 背後から、後輩の声が聞こえない。どうした、楠木?

 念話は切断されていて、ほかの班の状況もわからない。


 ……切断されている?

 本当に?

 俺は、楠木に右手の『銃型杖ガンド』を向けて、引き金を引いた。


『灼熱の槍イニグスジャベリン』!」


 両目をフードと仮面で覆った後輩は、反射的にその身をシールドで守ろうとしたが、俺は全力の貫通術式を使い、容赦なく撃ち殺した。

 これだ、こいつが原因だ。


 通路を高速移動していた廿日陽介の動きが止まる。途端に動きが鈍くなった。

 こいつ、『思念師』の能力と頭脳を、使いやがった! 楠木ひより俺の後輩を利用して、自分の演算速度や魔術効率を底上げしていやがった! 絶対に許さない!


「『鉄心』っ! 捕縛!」


 『鉄心』は鎧を複数の腕に変形させ、そのまま、廿日陽介にとびかかる。俺は『鉄心』になけなしの魔力をすべて回した。機動力を底上げする。

 当然の速度強化に、動きの鈍った廿日陽介は対応しきれなかった。多椀の人造魔人にがんじがらめに拘束される。

 奴は、心底感心したような表情を浮かべて、それ以上抵抗もせず、甘んじて地に這いつくばった。


「ふむ、まさかここで見抜くとはな。 躊躇いのなさも、賞賛に値する」

「黙れっ! 俺の後輩を利用しやがって!」

「私も其の方の後輩なのだがな。 複数人で徒党を組んで、後輩を攻撃するとは、あるべき先達としての在り方を教わることが出来て、何よりだよ」


 俺は言い返せなかった。

 自分たちのしていることが、誇れるような攻略の仕方じゃないのは明白だったからだ。

 だが、こうでもしなきゃ俺達セカンドチームは、先に進めない。卒業まで頑張っても、1層を突破できるかどうかだろう。


「……お前は、『ハーメルン』の力で、相手を操り、情報を抜き取り、その頭脳や肉体を利用して、魔術の効率を底上げしてやがるな?」

「さてな。 聞いたところによれば、魔術師の技は秘匿されなければならないらしくてな、互いにそういった質問はしないことになっているはずだが?」

「ああ。 いや、答えなくていい。 俺は決めただけだ」

「決めた?」

「俺は諦めてたんだよ、自分は大した人間になれねえって。 もう6年だ、才能ってものを認めるしかねえ。 どんだけ頑張っても、俺はここ止まりだ」

「ほう、身の程をわきまえたのか。 立派なことだな」

「それは仕方ねえ。 だから、それはいい。 そこまではどうしようもねえよ」


俺は、秀才や優秀と呼ばれることはあっても、それ以上ではない。

それをもう既に知っている。

主役になれなくてもいい。だからこそ、みんなの役に立つような活躍を支えられる脇役になれればいい。そう思っていた。


「でもな、絶対に許せないもんができたわ」


 もはやまともに魔力も残っていない。

 それでも、俺は廿日陽介に銃口を向けた。


「俺は、自分の仲間を利用されたり、踏みにじられることは許せない。 こいつらは、俺が守る」


俺がそういうと、廿日陽介は年相応の表情を見せた。赤い眼光が収束し、普通の人間と変わらない目に戻る。キョトンとした表情に、次第に穏やかな笑みを浮かべる。


「ああ、わかるよ。 友達って大事だよね」


 突然の肯定。

 それでも、俺の憎悪は消えることはない。


「やれ、『鉄心』」


 俺は『鉄心』に命じる。

 残りのすべての力を使っての自爆を。例え、俺を巻き込んだとしても。

 そう思っていた。


「――え?」


 胸を何かに撃ち抜かれる。

 胸から飛びだしていたのは、それは金属製の槍だった。

 目の前の光景が一転する。

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ネズミの王 ~ エルフと私、時々抹茶パフェ 裃左右 @kamsimo

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