第42話 試練の塔 第二の攻略 ~その3
さて、生前は、遺跡や迷宮を探索することなど、想像だにしないことだった。
フィクションにはよくありそうだが、私はあまりTVゲームをしたことのある人間でもなかったので、そういう概念自体から、離れて生きている方ではあった。
男子たるもの、ある種のそういった想像にロマンを持つべきだったのかもしれない。
映画は見るほうではあったので、いわゆる、インディ・ジョーンズのような冒険ものには憧れがあったのだが、いやはや人生とは、わからぬものである。
ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。
そんな私の人生観では、遺跡探索にロマンを感じることはあったとしても、そのなかで怪物の襲撃を受けて、刃でそれを迎え撃つのは、あまり気が乗らないところである。
ここは試練の塔、第一層。
のちに、私は知るのだが『ジッグラト』と呼ぼれる階層である。
私を闇に紛れて襲撃したのは、白っぽくも黄色みがかったゴム質の薄汚れた皮膚。長い手足に鋭く長い爪を持つ、生物だった。
いつの日か、学園で戦った『グール』と呼ばれる怪物である。
私は、咄嗟にその襲撃を愛刀『黒燕』を振るい、いなす。金属と奴の爪が擦れ、火花が散る。返す刃で切り捨てるべく、
だが、一体を切り捨てても、その怪物の影に潜んでいた個体が、耳まで裂けた真っ赤な口が開き、襲い掛かってくる。
「無駄だ」
左手の『
目の前にいる個体を盾に、他にいるグールをけん制。体を回転させながら、天井に着地、降りぬいた勢いで、刀による突きを放つ。伸縮自在の刃は、迷宮に根付く植物からの光にわずからに照らされ、引き抜かれた残滓に淡い一閃を残した。
グールたちの腕が通路を舞う。
そのまま、天井、壁と走り抜け、さらに両足を次々に切断。
足掻くグールたちは、なんとか駆け抜ける私の動きを止めるべく、腕を伸ばし、爪で攻撃しようと迫るが、空を切る。お返しに、また腕を落としてやった。
「私は、広いフィールドよりも、穴倉や狭い通路のほうが得意でね」
身動きのとりづらい超接近戦を強制されたが、むしろ望むところだった。
グールは砂漠に生息し、旅人を食らうという。故に、私は、この荒野を舞台とする迷宮に、存在することは想定していた。その上で、魔術感知とネズミの如き夜目を活かせば、襲撃を予測することは可能だった。
奴らは、体色を自在に変える保護色、伸縮する肉体を活かし戦う。しかも本来、夜行性だ。薄暗く狭い迷宮では、その能力はより強みを増す。
ああ、確かにグールの動きは、以前よりも俊敏だ。前回、この動きをされていれば、私はいとも容易く倒されていただろう。
だが、前回の戦いで、グールの動きは既に見切っている。テイラーと私、そしてあの場にいた
その肉体は人間よりも可動域がはるかに広い、身を捩れば巧みに回避し、手足を振るえば、狭い通路に適合した形での攻撃を行ってくる。観察して気付いたが、人間よりも手足の関節が多いようだった。今もまさにそれを活かしてくる。
知らなければ、苦戦しただろう。
だが、お前たちの動きに限界がないわけではない。
徹底的に、その限界をついてやる。
グールとグールの間に割って入り込み、その視界を隔てる。柔軟に動くとはいえ、長い手足は一度伸ばしてしまえば、懐に入られれば邪魔だ。私は刃を伸ばすのではなく、縮めることにより、有利に立ち回る。
黒燕で切り裂き、死者の小手でけん制。私の幼い身体は、威力に劣るが、苦痛をもたらす電撃を纏い、格闘戦に持ち込めば、小回りの点で分がある。
グールは肉体の作りをある程度、自由に変化させることができる。戦況に合わせて、より特化した形状になって戦える能力を有する。
逆に言えば、いちいち特化させた形状に肉体を変えるためのラグが存在する。
わずかに対応したグールが、少しでも平たく、小ぶりな体を作り上げたのか、仲間であるグールの隙間を縫って、私に迫る。
それでも、逃げ場はある。通路は狭くとも、天井や壁を駆ければよいのだ。
私が装備している
「天井や壁を走り、刀を振るうなど、造作もない……はずだろう!」
テイラーの計算能力の補助を受け、魔術師としての計測能力を徹底的に生かし、最も安全で効率的な動きをリアルタイムに演算、それを肉体に実行させる。
魔術配分、タイミング、速度、どれが1つ間違っても成立しない。
それでも、私は確信している。
私の編み出した『ハーメルン』ならば、必ずできる!
「『
跳躍力を引き上げる反発する力ではなく、その逆、吸着する力を足場に与え、壁と敵の隙間に滑り込む。今までに練習し続けた、足をまともに地面につけずに振るう剣術。
その修練の集大成。不規則な軌道を描き、振られた刃はその背後にいる怪物を真二つに切り裂いた。
一太刀、二太刀、背後に回り心臓を一突き。これで8匹目。刺さった刀を抜く動作は隙が生まれる、その隙を刃を縮めることで消し、短くなった刀の先をくるりと背後に向け、再度長さを戻せば、敵の頭に刺さる。9匹目。その死体を足場に使って、また天井に駆け上がる。
私に向かって伸ばされる手足は、全て足場になる。礼にそれを落としてやろう。
「まずまずだな、陽介。 肩慣らしとしては悪くない」
一番奥にいた怪物に目掛け、着地する勢いで突き刺した。奴の頭を左手で抑え、地面ごと、その肉体を縫い留める。最後の一瞬、グールは己の魔力を用いて自爆しようとしたが、それを電撃で止めた。直接脳に、苦痛を叩き込み、発動する魔術に干渉する。
ああ、思ったより、多芸だな。前回も防護魔術を使っていただけのことはある。でも、それは無意味だ。
「起きろ、ヒイラギ」
黒燕の刃に、刹那、逆立つ無数の刃が顕現。グールの体内から炸裂するように、逆立つ刃が、その肉体を粉砕する。
全身が、不愉快な汚物で塗れるが、仕方がない。
刀の血降りをしながら、振り返る。頬を硬い小手でぬぐう。
怪物の群れはもはや機能していなかった。どの個体も、手か足を失い、動きが乱れ、動揺を隠せていない。
そう私は知っている。
「お前たち、怪物にも恐怖心はある」
それが最も、私にとって有益な情報だった。
こいつらには、感情がある。原初の感情たる『恐怖』が。
つまり、この醜悪な腐肉食らいどもには、それだけで価値があった。
「陽介……、今こそ我らが威を示す時!」
私とテイラーは二体にして一心同体。
私とテイラー、同じ声で吠えた。声を媒体にし、力を発動させる。
「我に従え、我が名は『
テイラーの瞳が、赤く光る。
その声を聴いた、グールたちの瞳もまた、同じ光を宿した。
呆然とグール達は立ち尽くすか、床に伏せ、もう抵抗する意志を見せない。
「ふむ、どうやら、問題なく成功したようだな。 余が自ら動いているのだ、当然ではあるが……」
「ここの遺跡? それとも迷宮と言えばいいのかな、とにかく内部の怪物も、外の怪物とそう変わらないみたいだね。 学園に出たグールと個体差もそう大きくない」
「ああ、荒野にいた犬どもにも、力は通用した。 であれば、余も基本的には問題ないとは踏んでいたが……これが使えるかどうかは、今後の戦力に大きく影響があるからな。 実際、雑魚で事前に確認できたのは、僥倖と言える」
「正直、グールを雑魚と呼べるほど、私には余裕ないけどね」
グール達の戦い方を事前に知っていたのが、大きかった。
ひとまず迷宮の最初の戦いは、かなり有利に進められたが、何度も戦っていれば、疲労もするし、この先もこう上手くいくとは限らない。
「だからこその、
私にとってはこの戦いですら、ひやひやものだったのだけど、テイラーにとってはそうでもなかったようだ。
私がため息を我慢していると、テイラーは
「前の攻略時より、余の力は限りなく成長している。 敵がただの怪物だけなら、そう遅れをとることはあるまいよ」
「その自信はどこから来てるんだか」
「陽介、其の方はいつも勘違いしている。 重要なのは、勝つことではない。 生き延びることなのだ。 お前たち人間は生存するためにすら努力が必要ということを忘れている、だからこそ、勝つか負けるかなどという、目前の餌に目が眩む」
「はいはい、馬鹿なのは私の方ですよ。 強い敵にあっても、逃げたり、なんとかして工夫して進めばいいってことね」
「ああ、しかり。 これは殺しを誇る試練ではない。 なぜなら、魔術師とは、殺しと破壊を誇り、強さを求める戦士ではないからだ。 もし、そう思っているとしたら、それは底なしの愚か者だ」
「全く君の言うとおりだよ。 ああ君はどうして、ネズミなのにそんなに賢いのかね」
「ふむ、そうさな。 毒餌をさげられ、罠を仕掛けられ、どう猛な天敵に追われる生き方を一度してみると良い。 お前たち人間には、まずはそれが足りない」
「やだよ、そんな地獄」
テイラーの価値観は、人間にとってはやはり地獄だ。
この誇り高きネズミは、ネズミと人間を同じ価値で見ているのだ。彼は私にとって有能な賢者ではあるが、慈愛に満ちた聖者とはいいがたい。
私は気を取り直して、木製の
「それにしても、マリンカや、みんなが模擬戦に付き合ってくれたのもだいぶ効いてるね」
自分の肉体を動かす時の演算速度や精度が、どんどん上がっているように思う。
特にマリンカは召喚術で、対複数戦闘の練習をさせてくれるから、だいぶ参考になった。
「問題はこの先だぞ、陽介。 余は余の力に疑いを持つことは一片たりともないが、其の方が、どこで音を上げるのか楽しみでもある」
「いや、そうなる前に助けてくれない?」
このネズミ、たまに私の味方か疑わしいな。
なんで、私が心を折れるのをワクワクしながら待ってるんだよ。
迷宮は迷路のように入り組んでおり、時折、罠が存在した。さらに進んだ先にも、たびたびグールは徘徊していた。多くは群れで待ち構えていることが多かった。
そしてグールは、他の種族とは敵対しているようで、その争いを見かけることもあった。
まず、争っていたのは荒野にいた人面犬。さらに、それが進化したと思しき、おぞましくも二足歩行をする亜人種もいた。
彼らは仮面を被り、粗末な服を纏い、怪物の死骸から削り出した武器を使っていた。槍や剣、時折、
彼ら亜人が、迷宮における最弱の生物だった。亜人種は、人面犬を引き連れながら、迷宮のさらに奥深くに進もうと歩き回っていた。
亜人とグールは度々争っていたが、敗北を喫していることが多かった。そのため、私は彼らの争いを有効活用し、恐怖心を与え、支配下に治めた。強力な群れには、同士討ちを誘うこともあった。
彼ら亜人種を捕食しているのが、芋虫や蜘蛛の怪物だった。
虫の怪物たちは縄張りを有していて、どう猛だ。感情の作りが、私たちと違うために、恐怖心を利用して『ハーメルン』を仕掛けるのが難しい。
特に蜘蛛の怪物は糸を有効活用し、罠を仕掛け、動きを鈍らせたうえで、毒による捕食を行おうとしてくるため、より厄介だった。
彼らの群れに対しては、亜人種やグールの群れをぶつけ、おとりにするのが最も有効な手立てだった。
それよりも、さらに凶悪なのが……。
目の前に存在するこの怪物である。
石畳の床に飲み込まれている亜人種たち。彼らはうめき声をあげながら、床に沈み、どんどん体が溶かされていく。
「この床……いや壁もか。 これは生物が擬態しているのか」
「ふむ。 これは恐らくスライムであろうな」
「スライム……? これがか?」
スライムは擬態能力を有する群体生物である。
一見、液体のようにうごめく、この生物は、実際は無数の小さな粒のような生物が集まり、それぞれが役割を果たすことにより、まるで1つの生物であるかのように活動しているのである。
彼らは、周囲の壁や床に擬態し、無警戒に侵入したものを襲う。溶解液で溶かしてから、栄養として吸収しようとする。肉はもちろん、金属ですらも腐食させるほどの分泌物は、
脅威である。
亜人種の装備している武器や、衣服、仮面までもが溶かされていくその様は、見るに堪えないものだった。いかに醜い怪物と言えど、哀れですらあった。
「迂回したほうがよさそうだね」
「ああ。 我らの装備では、これは少々骨が折れる」
スライムは時に、より集まって巨大化したり、あるいは他の生物の形質を学び、どう猛、かつ、俊敏な獣のように動き回り、積極的な狩りを行うことすらある。
グールも擬態能力を有するが、スライムの擬態能力はより万能だ。擬態というより、変身と言ってもいい。
その上、群体故にダメージを与え、倒すことは難しい。
武器で攻撃を加えても、液体のようにうごめく性質から有効打になりにくい。また、炎や電撃で攻撃を加えても、弱点とはなりえない。その粘液には熱や電撃に対する抵抗を有している。
頭脳たる核の機能を有する部位を、破壊することが出来れば、一時的にその活動を制限することも可能だが、的確に核を射抜くことは困難である。
結論として、私の持つ攻撃手段では、スライムを倒すことはかなり難しい。できても、消耗が激しすぎた。下手に刺激をせず、その場を離れることを優先した。
しかし、この判断は必然的に、迷宮から先に進むルートを限定することになった。
階段を見つけ、地下深くに歩くにつれ、それが問題になった。
やや広い通路、柱が天井を支えている。
広い通路は、傾向として徘徊する敵との遭遇戦が増える傾向にあった。できれば、すぐに抜けたいと思った。
魔術探知、音の反響の違和感に気づく。複数人が迫っている反応。これは……相手がこちらに気づいている?
私が飛びのくのと同時に、テイラーは『
狙いをすますことが出来ず、でたらめな射撃になるが、攻撃を緩める気はないようだった。
「あれは、うちの生徒?」
柱の陰に隠れて、機をうかがう。さっき見えたのは、上の学年の先輩たちのようだった。
使っている銃は、『
簡単に言えば、『才能がない人間にも扱いやすい杖』だ。3年生以上で、警備科目を志望した地球の生徒だけが許可されている。日本で開発された杖だ。
「3人で組んで探索していたな」
しかも、他の生徒を排除するような動きをしている。なんだあれは。
「陽介、逃げろ!」
テイラーの警告。意味を理解するよりも早く、体が動いた。より、離れた柱の陰に飛び移る。『
明確な殺意。防護服に備わったシールドで致命的なダメージには至っていないが、判断を間違えたら、死ぬところだった。しかも、そう何度も耐えられるものじゃない。
純希くんも、さすがにここまでえぐいことしないぞ。
強化した聴覚が、彼らの声を捉える。
「こちら、三班。 ルーキーを補足、ダメージは不明。 警戒を続ける」
誰かと通信している?
おいおい、それはずるいんじゃないのか。
「複数人の探索者による協力体制……しかも、他にもいるのか」
ああ、確かにね。『試練の塔』の情報は口外禁止とは言われたけど、協力禁止とは言われたことなかったね。
つまり、彼らのしていることはあれだ。同じ地球側の魔術師で集まって、自分たちのチーム以外の魔術師を始末しているわけだ。いわゆるチーミングによるルーキー狩り。
別に、ずるくはないよ。この先、ライバルがいないほうが、都合がいいようになってるわけだね。それなら、そうするべきさ。ここは殺したって、死なないエリアなんだから。
「陽介、其の方に『余が分析した戦力情報』を送るぞ。 わかってるな?」
「ああ、もちろん」
それにこっちだって、一人で戦ってるわけじゃない。
「……先輩方、せっかくだから学ばせてくださいよ」
煙がもうすぐ解ける。
ここを突破しなければ、得体のしれないスライムのいる通路を駆け抜ける必要が出てくる。さて、どっちがマシかと言われたら。
「まあ、殺せるほうを押しとおるが、ね」
人間に向けて、引き金を引いたんだ。
もちろん、覚悟が出来てるんだろ、先輩。
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