じゃくめつゐらく

ゆきさめ

じゃくめつゐらく



鬼住まう穢土にて。


「どうかお許しを……」



雑念多き川縁にて。


「あちらへゆきたいか?

あちらへゆきたいか?

むりょうじゅの総べる至上の極楽にゆきたいだろう。最果て、ここより十億と離れた楽園へゆきたいだろう。衆生の救いを願ったむりょうじゅの、その四十八の大願を叶えるべく、吾がこの凍てついた河の水面に船を浮かべているという次第である。ついにようやく、悩み始めて七日目を迎えんとする汝に、船を貸してやろうという次第である。

如何か」

「ああなんと慈悲深い大君か。

しかしこのおれは、ああ、ここに隠さず真をすべて、申し上げます、大罪を犯したものであるのでございます。畜生であるのでございます。

父も母もこの手で殺め、七つをすぐ後に控えていた可愛い可愛い妹も、この手にかけました。母の腹にはもう一人いましたから、おれは父と母に妹と、見えぬ妹か弟かの命というものを奪いました。

しかしながら、聞いてください、どうか。ええ、それというのもおれの家というと貧しいもので、その日を過ごせればよいというくらいで、食い物というと大体、気のいい御方のくださいます一口にも満たないものくらいでございました。有り難いことこの上ないとはいえこれでは腹の子にさえも十分なものはやれず、まして母や父などというとすっかり餓えて、痩せ細り、母などはまるで水で膨れた腹をしたかのようでして、それはまことに不恰好なものでございました。妹は泣くこともできぬほどで、父と母が己の分を妹にやって、それを食ってようやく生きているといった具合でございました。

おれは妹よりもずっと年は上で、しかし仕事などというと何もなく、物乞いのためにこの汚らしい両手を差し出すくらいしかできません。しかもこの醜い顔でしたから、本当に気のいい御方を待つほかありません。

そこでおれは気づいたのです。

この目に映る穢土の様に気づいたのです。

おれたちのような一族とも言えぬ塵芥が存在したところで、これに何を生み出すというのか、まったく何も生み出さぬのでございます。おれたちが死ぬか死なぬかということにここは一切の関係がなく、塵芥と同じものなどあってもなくても同じだったのでございます。

父が流行り病にかかったのをきっかけに、おれは端にごろんと転がっていた手ごろな石を手にしたのです。振り下ろしたのです。この手で父の頭を目掛けて振り下ろしたのです。はい、そうです、力いっぱい振り下ろしたのです。

父は死にました。

そして母を、同じ石ころで殴ったのです。そこいらじゅうに転がっているような、どこにでもある、あってもなくとも変わらぬような石で母を殴ったのです。ええ、それはもう、これでもかというくらい。

母は死にました。

母の腹にいた子も死にました。

そして妹に石をぶつけたのです。妹は泣くことも叫ぶこともしないで、情けない兄を叱咤することもしないで、無言のままに頭から血を流したのです。

妹は死にました。

そしておれはおれの頭を、父を殴り母を殴り妹を殴ったその石で、殴りつけたのです。

そうして、気づけばこの広い河に投げ出されていたのでございます。

大君のいうようにおれは七日の間考えに考え、船に乗るべきか否かと思っておりました。父も母も妹も、見えぬ子も、果たしてここを渡ったのかどうかと考えておりました。もし、もしこの向こうにいるというのならばおれも渡りたく思うのですが、おれが行ったところで恨んでいないとも限らないのでございます。おれにはそれが恐ろしいのでございます」

「そうかちょうどよかった。

ここは三瀬川ゆえ、ここからは火途か血途か刀途にしか行けなかった。船を出してもいいが、ここからは十億と離れた西方に行くためにはずいぶんとかかるのだ。

あちらへゆきたいか?

あちらへゆきたいか?

それでも、あちらへゆきたいか?

ゆくというならば止めないし、汝のためにも船を出してやる。だがむりょうじゅが衆生を救うといったところで、そこにあるのは順序という絶対のものであることを忘れてはならない。

しかし、喜ぶべきは、むりょうじゅの、その名に違わぬ包容力であろう」

「……。申し上げます」

「申してみるといい」

「この船を、出して欲しいのでございます」

「六銭だ」

「六銭?」

「渡し賃である」

「……」

「ないというのならば、西方どころかこの先を行くことさえ叶わぬのである。ここでその身が己さえも忘れるまで、彷徨うがいい」

「そんな」

「石積みの真似事でもしているといい」

「ああ、そんな……」



 仏住まう浄土にて。


「あいなし」



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