ちゃんと見つめなきゃ 1
タカヒロの顔がいきなり近づいてきたと思った私は反射的に目を閉じた。
そしてすぐに自分の唇を伝って現状を把握した。
タカヒロは口先で私の唇をはむはむし、次に隙間を埋めるようにぴったりと唇を合わせてきた。
そのまま長めのはむはむをすると、タカヒロの舌先がチョンチョンと私の唇をノックしてきた。
私はそれに応えて静かに薄く唇を開いてみせた。
タカヒロの舌がゆっくりと私の中に侵入し私のそれと触れ合うと、タカヒロ自ら優しくリードをしてくれた。
私はそれに合わせて少しだけ意思表示をしてみた。
4・5分ほどキスをしていたと思う。
タカヒロが口先でチュッチュッとしてくれたのを合図にゆっくりと唇を離そうとしたのだけれど、最後の最後まで互いの粘膜部分がくっついたまま離れようとはしなかった。
唇が完全に離れると私は静かに目を開いた。
すると、20センチも離れていないタカヒロと目が合ってしまった。
私は恥ずかしさのあまり、すぐにうつ向いてモジモジした。
タカヒロ「 ミノの唇、やわかかったぁ(*^ ^*) 」
くっそーッ!私と全く同意見だぜwww(照)と思いながらも、
実乃果「 うん。だね//// 」
と、顔を伏せたまま返事をするのが精いっぱいだった。
するとタカヒロがいきなり立ち上がり、駅とは逆方向に向かいたかったらしく『あっちに行くぞ~』という感じに目配せをしてきた。
タカヒロのあとをトテテテーと付いていくと、その先には飲み物の自販機があった。
タカヒロ「寒いからおごってやるよ(^ O ^) 」
実乃果「 え? ホントにぃ!ありがとぉ♪
じゃぁ私はボ○のカフェオレ~。
これ超好きなんだぁ♪( ≧ ∀≦)ノシ 」
とタカヒロを手先でバシバシ叩きながら買ってもらうと、私もタカヒロもいつもの雰囲気で笑っていた。
二人で缶コーヒーを飲みながら今日の予定や次の出勤日などの話をするだけで特に込み入った話はしなかった。
互いのコーヒーが飲み終えると、どちらが切り出すでもなく自然と解散する流れになり、和んだ雰囲気のままそれぞれの家へと帰っていった。
家に着いてからの私は有頂天の暴走が止まらなかった。
タカヒロの薄めの唇は想像していた以上に柔らかくて、そして、タカヒロのキスは最初から最後まで優しくて温かいものだった。
それらを思い出してはニヤニヤと恥ずかしさを何度もリピートし、その度に布団の上で身をくねらせ
しかしそんな幸せもつかの間で、突きつけられた現実がじわりじわりと襲い掛かってきた。
実はメールで告白をしてから今日に至るまでの数日間で、タカヒロが私にあまり興味がないという事に薄々気がついていたのだ。
それは3日も出勤日が被っていたにも関わらずタカヒロからは何のアプローチもなかったからだ。
告白されて嬉しいとか、ミノとすぐに付き合いたいと思っていたのなら出勤が被った1日目に呼び出してきたはず。
なのに何事もなく1日目が終了。
2日目も何の音沙汰もなかった。
だから3日目の仕事終わりまで私は様子を見ていた。
前のページの補足をすると、3日目の仕事が終わろうとしてもタカヒロはウンともスンとも言ってこなかったので、バイトが完全に終了してから『これから会いたいんだけど…ダメかなぁ?』と私が催促メールを送ったのだ。
メールを受け取ったときのタカヒロはというと、電車通勤をしている仲間達と駅に向かって帰っている途中だった。
そこを私が呼び止める形となったのだ。
そこからタカヒロと合流するまでのあいだは全てメールでやり取りをしていたのだけれど、タカヒロが『〇〇(地元の地名)で会った方がミノも帰りやすいだろう』と言ってくれた優しさは、実際のところタカヒロの本心ではなかったのだろうと察した。
たとえば私と二人だけで隣駅の居酒屋に移動をしたとして、さっき別れた仲間達とそこで鉢合わせをしてしまうことだって考えられる。
もしそうなったらアサコに伝わって要らぬ不安を与えてしまうかもしれない。
だったら、仕事を終えた皆を見送ってそのまま地元に残れば共通の知り合いに出くわす可能性はほぼゼロで安心というワケだ。
結果、アサコが忘れられないと言われて私は振られたワケだから、そういう発想に行きついても仕様がないと思う。
ここまでは自分でも納得できる範囲だった。
ただ分からないのは、振られたにも関わらずタカヒロが私にキスをしてきたことだ。
私に興味がなかったから先延ばしの返事になったんだろうし、むしろ迷惑にすら思ったからこの際なかったことにしたかったんじゃないの?
そもそもアサコと最後までちゃんと向き合うんじゃなかったの?
だったら何で……。
タカヒロの意図が全く読めない私は頭の中でグルグルした。
付き合ってもいない人からのキスは初めてのことで全く理解不能なのに、ましてや大好きなタカヒロからあんな形でキスをされたら……小さな望みを持ってもいいの?と勘違い虫がニョキッと顔を出してくる。
けれどもタカヒロが言い放ったアサコへの想いは紛れもなく本心だと思うし、だから今の私には完全に出る幕はないということも理解している。
だったら……タカヒロとアサコのことを最後までちゃんと見届けよう。
たとえ二人の別れに何年掛かろうともアサコとの恋を決して邪魔してはいけない、と心に固く誓った。
指をくわえてただ待つという事は私にとってすごく辛い決断だけれど、しつこく付きまとってタカヒロが私の前から姿を消してしまうリスクを考えたら “関わりの薄い友達” を演じていた方がいいと思った。
やっぱりアサコがうらやましいよぉ……。
あんなにタカヒロに想われてるだなんてズルい。
相手があのアサコだからこそ他のバイト仲間にも相談はできない。
ちゃんと人間関係を築いてこなかった私に味方になってくれる人がいないという事も十分すぎるほど分かっている。
タカヒロと疎遠になる覚悟を決めたうえに、自分で招いた孤立感とも闘わなくてはいけなかった。
両方からくる孤独感に押しつぶされた私は布団をかぶってワンワン泣いた。
そんな心境を秘めながらも、タカヒロの最後の出勤日は着実に近づいていった。
イケメン王子のおっしゃるままに 実乃果 @ictl8
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