Aさん

椿叶

Aさん

 僕の前の席の人――Aさんとでも呼ぼうか――はクラスの人気者だ。明るい性格で,いつもみんなを笑わせてるし,いろいろな人が彼女と話したがっている。彼女の人気の理由はそれだけではない。美人でスポーツもできるのもきっとその一つだろう。

 一言で言えば,Aさんは僕が持っていないものをたくさん持っているのだ。

 勉強に関しては僕の方が明らかにできるが,勉強なんかできたって,人とちゃんと話せて,いろいろな人とコミュニケーションができなければ何の意味もないのだ。僕の勉強の能力は何の役にも立たない。勉強の能力なんかよりも,コミュニケーション力のほうがよっぽど欲しい。

 だからだろうか。彼女にはすごく憧れた。「僕もあんな風になれたらいいのに」とばかり願った。いろいろな人と話して,体育やレクリエーションの時間に重宝される。どんなにすばらしいことだろう。

 彼女はよく僕にも話しかけてくれた。単純に席が近いからなのだが,それでも嬉しかった。Aさんと話しているときは本当に楽しかったのだ。

 そうして,僕はだんだん彼女のことを好きになっていたのだった。僕は友達がいないから,友達ができた喜びを,「好き」という感情に間違えているのかもしれなかったが,それでもよかった。ただ話せていればよかった。

 だけど,日がたつにつれて,だんだん彼女とのおしゃべりが苦痛になってきた。彼女の話が面白くなかったわけでも,彼女が友達のいない僕を見下しているわけでもなかった。ただ,僕が嫌になってしまったのだ。

 彼女が僕とあまりにも違うから。僕は彼女のようになれないとはっきり分かるから。だから,彼女と自分が嫌になった。日がたつにつれて,僕が彼女を好きになるたびに,そう思うのだった。自分が惨めで仕方がなかった。早く席が替わればいいと思った。


 最近になって席が替わったが,大した開放感もなかった。より惨めになっただけだった。むしろ,前よりも彼女がうらやましくて仕方がない。

 自分が変わるしか解決はできないのだろう。だけど,変われない。この苦しさは,きっと彼女には分からないだろう。

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Aさん 椿叶 @kanaukanaudream

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