第4話

屋敷中に響く程の大きな音で、玄関の戸が叩かれた。

いつの間にか雨は止み、薄雲の隙間から三日月と寂しげに光る星が覗く、丑三つ時。


「ーー来たか。」


書斎の暖炉前の1人がけソファから立ち上がると、いつもの山羊の頭を被りゆっくりと階段をおりた。

老人と共に来ていた使用人が、ボストンバッグと人間一人分サイズの中身の入った大きな袋をもって玄関フロアに立っている。

馬の頭を被った楊は、物置から担架を運んできた。


「ちょうど、1時間ほど前に銃で」

運ばれてきた担架に袋を下ろし、肩の筋肉をほぐすように軽く回すと前回のトランクの2倍程の紙幣の入ったボストンバッグを手渡した。


「 銃か。……では、また完成したらご連絡しますよ」

担架に乗せられた袋を覗き、袋の中の髪をかき分けて表情を確認し、楊に作業部屋に運ぶように手で合図し、老人の使用人に向かい直ると、受け取ったボストンバッグを覗き中身を確認し、そのまま玄関の戸を開けて外へと促した。


「こんな仕事、イカレてるよな」

「…では、辞めたらよろしいでしょう。お喋り好きな貴婦人の、お茶の相手をする仕事でもなさったらどうですか。」

自分の袖口に付着した、黒く変色した女の血液を見て眉間に皺を寄せて後悔の念を独り言のように呟く。

表情のわからない山羊男は静かに返答すると、真っ直ぐと使用人をみて扉を閉めた。

半ば追い出されるように戸の外に出された使用人の男は、月を見上げ深呼吸し、車に乗り込み去っていった。


「運んどいたゾ」

「…あぁ。」

運び終わった楊は、階段の陰から作業部屋の方に顎をしゃくる。

山羊頭を外し頷くと、楊に山羊頭とボストンバッグを手渡し作業部屋に消えていった。


作業台の上に、横たわった女の身体は胸に一発の銃痕があり、身体中に血液が張り付き固まっていた。

ラテックスの手袋をつけると、乳房の下側にメスを入れ、最低限の切り口で、骨に沿って張り付いた皮膚を捲り上げ肋骨をノコギリで切り抜き、銃弾の刺さったままの心臓を露呈させる。

心臓を丁寧に取り払うと、流しのハンモックに吊るした。

動脈にホースを繋ぎ、水を流し入れる。

血管に残っていた血液が水に押され、心臓の繋がっていたはずの静脈から流れ出す。

この時に、注意するのは水の勢い。

血管を破ってしまっては、元も子もないので、年齢、性別、病歴、あとは、血管の触り心地で水量を決める。


血液を抜くのは、剥製なんかの基本だが剥製は動物がメインであり、哺乳類であれば体毛が、鳥類なら羽が、傷口を隠せるので切り口を大きく開き豪快に中身を取り出す作業をしても最終的には問題ないのだが、人間の場合は、なるべく隠しやすい目立たない所に、傷を作る必要があり、飾る為だけのものであれば問題ないのだが、裸にして使用するものとなると、そのメス入れと傷口を隠し目立たなくさせるのは非常に重要な作業になる。

この血を抜く作業も、より目立たなく効率よくする為に、元の血管をそのまま利用するというのが適している訳だ。

この作業には、身体のつくりそのものを利用した作業も多くあり、だからこそ人体の仕組みをより理解していなければならない。


革城家は、代々剥製業を営んでいるが、人間にも施術をするようになってからは、医学や、病理学、修復術に至るまで幅広く知識を身につけるようになった。


静脈から流れ出る液体が、透明になったら血管に水を通すのをやめ、体内に残る汚物を丁寧に洗浄する。

死んでも陵辱される娘を憐れむ気持ちも、昔程強くは無くなった。この仕事に馴れたのかもしれない。先程の使用人のように、自分の仕事を省みる事などもう二度とないかもしれない。ふと、先程の使用人の事を思い出しながら、作業の手を止めそうになり、我にかえる。

液を入れるまでは、硬直が進むためのんびりしている暇は無い。

身体に着いた汚れをざっと落とし、ハンモックから下ろすと、浴槽に下ろし、この身体に合わせた液を調合し浴槽に満たしていく。

頭まですっぽりと漬けると、つぎの支度をし始めた。


液に漬ける時間は6時間程。

毛細血管、全臓器に至るまで液を行き渡らせる事で、細胞そのものの腐食を防ぎ、柔らかさや肌の質感も残せるようにする。

もちろん、乳房や性器の弾力も本人のモノと同じ感触を再現するが、行為時の生理的、意図的収縮…俗にいう締り、は無い。

ので、膣や腸内に細い糸を通し少しキツめになるように調整してから渡すのも忘れてはいけない。

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悪魔の職人 神浜 遊 @yu-kamihama

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