第3話

作業部屋を出ると、玄関の重く頑丈な扉を支える蝶番が軋む音が聞こえた。

石造りのこの屋敷は、人が居ないのも相まって遠くの戸の開け閉めの音や、靴音、荷物を下ろした音やコートに着いた雨粒を払う音まで凛とした空気に乗せてよく響かせた。


「ただいマ。運ぶの手伝ってくれるノ?」

引越しでもするかのような大きなダンボール箱の横で、コートをスタンドに引っ掛ける楊が足音に気づき、冗談混じりに笑った。

髪とズボンの裾が膝下まで濡れているようだが、車で移動していたのか、外の雨音を考えると想像よりは酷くないようだ。


「書斎に戻る途中だ。」

ぶっきらぼうに答えると、近づき箱の中身を覗いた。

頼んだものがキッチリと揃えられている事を確認し、くるりと踵を返して早足にどこかへ消えてしまった。

その後姿を見送ると、玄関脇の物置部屋から台車を取り出してきて、ダンボールを乗せて作業部屋にむかって歩き始める。

廊下はヒンヤリとした空気が漂い、靴音に合わせてキィキィと台車の苦しげな音が響く。

作業部屋に入り、中央の作業台にいつも通りダンボールの中身を並べていると、近づいてくる足音が聞こえた。


作業部屋の物は、許可なく触ってはいけない。

前に、自分の作品造りに足りない道具を借りようと(たしかハサミだった)適当な引き出しを開けたら激怒された。

革城は、無愛想だが決して怒りっぽいわけではなく、どちらかと言えば面倒を嫌う温厚なタイプなので、怒った所など見た事も無かった為心底怖かった。


だから、仕事を手伝うようになってからも、勝手に道具を触ることだけはしないと決めているのだ。

手伝う、と言っても道具の買い出しと、材料の運び込みぐらいで実際の施術は見た事もない。

改めて、買ったものを確認し、振り返ると部屋の入口から黒い何かが飛んできた。


「風邪をひかれたら困るからな。」

顔面目掛けて飛んできたのは、バスタオルだった。

余談だが、この屋敷のリネン類は寝具を除いて全て黒い。理由は汚れ(血液)が落ちてなくても目立たず気にならないから、という事らしい。

バスタオルをキャッチしたのを確認すると、捨て台詞を吐き今度こそ書斎の方へと帰って行った。


「……さて、お風呂入って食事の準備でもしますかネ」

受け取ったバスタオルで頭を拭きながら、荷物から解放され心持ち軽やかにキィキィと音を立てる台車を物置に戻して、自室に戻った。


この屋敷は、二階建てで、中央に玄関ホールがある。

階段は玄関ホールと左右の端にあり、玄関ホールの右隣に客用トイレ、その横が応接室、その隣が食事などに使われる大部屋、突き当たりが作業部屋だ。

玄関ホールから見て左隣には、使用人部屋、その横が厨房、リネン室、突き当たりが風呂、風呂場は洗い場、浴槽の奥に増築された風呂焚き部屋がある。

冬場や雨の日に使用人が外で辛い思いをせず風呂を沸かさなくてすむようにというはからいで、もともと外に面していた薪場を小屋状にしたらしい。外からも入れるようになっており、乾燥が終わった薪を運ぶのが楽なようになっている。

2階は、左側は家族が使っていた部屋が2つ、その横に客間が2つ、古い振り子時計が置かれた階段ホールを挟んで右側に書斎、衣装部屋、当主の寝室、突き当たりが展示室。


展示室は、歴代当主の作品やコレクションがあるが常に鍵がかかっている。


楊に与えられているのは、使用人部屋では無く客間の2つで、1つは寝室として、1つは楊の創作部屋である。

何処と無くごちゃっとした室内は、この屋敷の中の部屋とは似つかぬ生活感のある雰囲気で楊という人間らしくも見える。

着替えを取って、風呂場に行くとそこにはひんやりとしたタイルと冷水の浴槽があった。

こういう時に、丘の下の町での暮らしが恋しくなる。

町には電気は引かれているし、ガス、水道等のライフラインは揃っている。

この家は、町で仕事を無くした人間を雇用する為にも人手が必要でなければならなかった為、水道はひかれてるものの電気、ガスは完備されていない。


家の事をやる人間が楊1人になってしまった今となっては、不便以外の何物でもないので、いい加減整備してほしいと思ってはいるものの、丘の上に電線を引いてくるのは容易ではないわけで、いい顔はしないだろうから言い出せずにいるのだ。


脱衣場に服を置き、意を決すると風呂を沸かすため薪をくべに行く。

小屋は、石造りの屋敷とは違い薄い屋根と壁に強く打ち付ける雨音で満ちていた。

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