第2話
天気は相変わらずの雨だった。
材料の買い出しに行かせたきり、楊は4日程姿を見せていない。
書斎の隅の埃を忌々しく思いながら、革城は部屋を出た。
「帰って来たら、隅々まで掃除させよう」
屋敷はそれなりの広さがあり、1人では管理が大変だが人嫌いの革城は父から受け継いだ際に使用人を全て解雇してしまった。
もとより、悪魔の家として有名なこの屋敷に好きこのんで働いていた訳では無い者たちは、退職金に色をつけてやったら喜んで出ていった。
しかし、革城は決して自分で屋敷の雑事は行わない。
それでも屋敷が綺麗に保たれているのは、楊のおかげである。
学生時代の同級生で、革城の数少ない友人である楊は、先進的なアートを創る売れないアーティストで、楊に生活空間として屋敷の空き部屋の1つと給料を渡す代わりに、屋敷の管理、家事全般、仕事の手伝いに至るまで全て任せている。
買い出しは、最寄りの町で済むものがほんとんどで普段なら1日、2日で帰ってくが、周りを高い山に囲われており、殆どの物資を港経由で仕入れているので、この連日続いている天気の悪さのせいで物資不足になっており、恐らく隣町まで山を越えて行っているのであろう。
屋敷は、天鵞絨に遮られてもなお聴こえる、窓を打ち付ける雨音以外は全くの無音だった。
廊下に靴の音を響かせながら、作業部屋に道具の手入れにやってきた。
まだ、生身の生き物を扱うその部屋に暖をとる為の設備はなく、掃除しやすいタイル張りで全面水洗いが出来るようになっている無機質な部屋は一段と空気が冷たい。
入ってすぐ脇に、手洗い台があり、その奥には血抜き用の広い洗い場がある。天井から滑車で吊るせるようになっており、動物はそのまま、人間は柔らかい綿の布をハンモック上にかけ表面に余計な傷がつかないように丁寧に行う。
部屋の真ん中には、半円状の鏡の付いたオイルランプを9つほどまとめて作った、手術用のライトのような作業台用の蝋台が3つ、その下には可動式で大きさの調節が出来る作業台が置かれている。
隅には人形用の薬品プールが2つ程あり用途に応じて薬品を入れ替えて使えるようになっている。
剥製を作る時とは違う、手術器具のような道具のチェックと消毒を念入りに行いまた元の場所へ寸分も違わず戻す。
この部屋の掃除と道具の手入れだけは、必ず自分でやると決めていた。
部屋に残る血の臭いと獣臭、薬品臭は革城に多忙だった父を思い出させる。父は仕事熱心な男で、依頼は断らなかった。その為父と話をしようと思えば、この部屋で作業を手伝いながらというのがお決まりだった。必然的に技術はあっという間に身につき、いつの間にやら表情一つ変えず動物を切り刻める悪魔の子と使用人達に影口を叩かれるようになる。
この一体は、血は不浄の証であり、万物は等しく、またその亡骸も尊いものであり安穏をえられる地に葬るべきであるという教えが広まっている。ようするに、動物の遺体をその形のままオブジェにする剥製も、皮製品も、宗教的道徳に背く悪行なのだ。
故に革城家は悪魔と言われ町外れの丘の上に追いやられてしまった。
それでも、この仕事で財を成せたのは、神の教えよりも人の欲が強いと言う現れであろうか。
人間を素材にする人形造りは、遠い昔に、王家から極秘に頼まれたのが事のきっかけであった。
隣国との、水面下の緊張状態が続く中、当時の王が病に倒れたのである。しかし、王の訃報の混乱に乗じて攻めいられるかもしれないと、当時の側近が『5年程度でよいので、このまま遺体を保存出来ないか』と革城家の当時の当主に話を持ちかけてきた。
当時の当主はそれを受け入れ、王の遺体に施術を行なう。
死がバレることなく隣国との不可侵条約は無事結ばれ、その後暫くして王は表向きにも亡くなった事になり、国民や周辺国に既に死んでいた事がバレることなく盛大な葬式と共に荼毘に付した。
そこから、医学や科学のあらゆる知識と培った技術を組み合わせ出来たのが今の人形だ。
生きた肌の質感、柔らかいままの髪や身体、多少乱暴に扱っても壊れない生きた人間のような頑丈さ。
どこから聞きつけたのか貴族達や一部上流階級の間では、それを所有している事がステータスと言われるようになり、いつのまにか依頼が入るようになった。
しかし、当然のように自分の欲に任せて他人の生命を殺める人間の多さから、無闇に依頼を増やさない為にそうやすやすと手を出せない程の高額にしたのだ。しかし、それが逆にある種の貴重性を高めてしまったのは間違いなく、欲が見栄という名の服を着たような人間の物欲をさらに刺激してしまった。
もちろん、受けるか受けないかは当主の好みとさじ加減であるので、現当主に代わってからというもの、造られる人形の数は激減した。
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